農協や農林族議員の政治力は落ちたのか?(上)

山下 一仁
上席研究員

減反廃止報道と合わせて、減反が廃止できたのは、農協や農林族議員の政治力が落ちたからだという解説がなされている。その根拠として、農協出身の参議院議員が今回の参議院選挙で34万票しか獲得できず、6年前に比べて約10万票も減らしたこと、大物農林族議員が落選して農林族の代替わりが進んだことなどが挙げられている。

果たして、そうなのだろうか?

それが正しいなら、一部新聞の政治部の記者たちは、減反廃止と、農協がTPP反対の一大政治運動を展開し、これが成功していることとの違いを、どのように説明するのだろうか?

農協はたびたびTPP反対の大集会を開催し、1000万人以上の反対署名を集めた。農協は昨年末の衆議院選挙で多数の候補者にTPP反対の公約を行わせ、自民党内のTPP反対議連に、所属国会議員の過半数の議員を集めさせた。

党内の反対を抑えるため、安倍首相はわざわざオバマ大統領と会談し、長期間にわたる米国の日本車に対する関税維持と引き換えに、農産物関税について聖域がありうることを確認しなければならなくなった。車を売ってコメを買ったとでも言おうか? 政治的には、日本最大の輸出産業である自動車産業より、農業の方が強いのだ。これで、ようやく日本はTPP交渉への参加を決断することができた。

TPP参加決定後の参議院選挙では、多くの自民党候補者は、農協にコメなどの農産物の関税撤廃反対の約束をして当選してきている。自民党のTPP委員会や衆参両院の農林水産委員会は、重要5品目の関税が維持できなければTPP交渉から脱退も辞さないと決議している。

農業が衰退しているのに、なぜ農協の政治力が増したのだろうか。重要なのは選挙制度の変更である。2人の候補者が競っている小選挙区制では、たとえ1%の票でも相手方に行くと、2%の票差になってしまう。これを挽回するのは容易ではない。

ある衆議院議員は私に、「選挙になると、対立候補に本当に‘殺意'を持ちます」と語った。これは、嘘いつわりのない言葉だ。農業票にはもはや候補者を当選させる力はない。しかし、小選挙区制の下では、落選させる力は十分持っている。1%でも、逃がしてはならない組織票なのだ。候補者にとって、組織された圧力団体の票ほど怖いものはない。

国会議員は3年後の選挙を恐れている。3年間国会議員としても身分が保障されていれば、あとはどうでもよいと考えている議員はいない。10年、20年と、議席を確保したいのは、人情だ。サルは木から落ちてもサルだが、議員は選挙に落ちるとただの人だ。選挙に身分、生活がかかっている。農協を無視できるのは、安倍首相など選挙基盤の強い一握りの議員だろう。

なお、農協出身の参議院議員の票が減少したことが強調されているが、彼に投票した多くの人は、農家というより30万人もいる農協職員とその家族ではないだろうか。夫婦2人の有権者がいるとすると60万票になる。6年前の参議院選挙は、その前の選挙で農協が擁した農水省OBが10万票ほどしか獲得できずに落選したことと、農協の黒字部門の金融・保険(農協用語では信用・共済)事業を分離させるという提案が規制改革会議や経済財政諮問会議などで行われ、農協が組織存立の危機を感じたことが、農協出身候補者の高得票につながったものである。そのような事情にない今回の選挙で、得票が減少しても不思議ではない。

高い米価の維持は、農協の政治活動のコアだ。TPPに反対したのも、関税がなくなれば、外国から安いコメが流入し、米価が低落するのを恐れたからである。その高い米価は、農家が一斉に供給を制限する減反カルテルで実現している。減反がなくなれば、コメの供給が増えて、米価は下がる。米価が下がるなら、コメの関税も撤廃できる。TPPで関税撤廃の例外を主張する必要はない。

もし減反廃止が本当なら、農村はハチの巣を突いたような騒ぎとなり、今頃は日比谷公園で減反維持の大集会が開催され、農水省や自民党の周りは、抗議のムシロ旗が取り囲んでいるはずだ。また、地方議会は反対の緊急決議を行い、道府県の幹部は連日上京し、自民党や農水省などに減反維持の要請活動を行っているはずだ。

しかし、農協も農家も農村も道府県も、極めて平穏である。なぜか? 自民党・政府の見直し案が減反廃止ではないことは、長年農政に関与してきた農協や道府県などにはよくわかっているからだ。本件については、農協の機関紙である日本農業新聞が最も正確で冷静な報道をしている。同紙は減反廃止などという報道は一切していない。ある有力な農林議員は、経済誌の記者に、「減反見直しについて正しい記事を書いているのは日本農業新聞だ」と述べたそうである。

2013年11月11日「WEBRONZA」に掲載

2013年11月29日掲載

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