“廃止”では全くない“減反見直し”(下)

山下 一仁
上席研究員

減反維持だけでは、話は終わらない。前回の自民党政権末期から、“水田フル活用”と称し、作りにくい麦や大豆に代えて、米粉や飼料用などの非主食用に向けられるコメを作付させ、これを減反(転作)と見なして、減反補助金を交付してきた。

自民党・農水省はこの補助金を増額しようとしている。つまり、民主党が始めた政策を止めて、1970年から行ってきた自分達の政策は拡充・強化しようとしているのだ。

主食用のコメの作付面積や量は今のままだろうから、主食用の米価は下がらない。むしろ、補助金が効きすぎて、非主食用のコメ作の収益の方がよくなれば、主食用の作付が減少し、主食用の米価が上がってしまうかもしれない。

価格は変動するので、仮起きの価格でおおまかに説明すると、本来8000円の主食用米価を減反で1万4000円に引き上げたうえで、その主食用価格1万4000円と、9000円の加工用米、3000円の米粉用米、1500円の飼料用米の価格との差を補助金で補てんしている。

つまり、補助金を使って主食用の米価を上げたうえで、非主食用の米価を下げるという、とんでもないマッチポンプ政策を実施しているのだ。それでも米粉・飼料用の需要先が少ないので、非主食用の米価をさらに引き下げて需要・生産を増やそうとしている。

自民党は、主食用のコメの作付が増えないようにするために、非主食用の作付を増やす補助金を増額し、この“水田フル活用”政策をさらに拡充しようとしていることに他ならない。

70年代は、生じた過剰米を飼料用にただ同然で処分した。今回はこの過剰米処理を飼料用などへの減反という形で事前に行おうとしているのだ。

補助金の数字で示そう。主食用に販売した場合の10アール当たりのコメ収入は10.5万円くらいである。米粉の販売収入は2.5万円なので、これと主食用の収入との差8万円を交付している。現在米粉・飼料用のコメ作付面積は6.8万ヘクタールである。減反面積100万ヘクタールの1割にも満たないが、補助単価が大きいので、今でも544億円がこれだけに支払われている。

もし自民党が10アール当たり補助金単価を10万円に増やし、生産者がこれに応じて20万ヘクタールに作付面積を増やすと、総額2000億円となる。これだけで今の減反補助金と同額になる。残りの80万ヘクタールの減反面積にこれまでと同じ補助金が支払われるとすると、減反補助金は3500億円を超える規模になる。これは、廃止どころか、減反の強化ではないだろうか?

国はこれまでのように生産目標数量を決めて都道府県に配分することはしないというが、農水省の文書は「生産者や集荷業者・団体(筆者注:その最大がJA農協である)が国の需給見通し等を勘案しながら、需要に見合ったコメ生産の実現を図るための環境を整備する」としている。減反とはカルテルに他ならない。

企業数の少ない製造業と異なり、農業のように、多数の生産者が存在し、個々の生産者の生産量が全体の生産に占める割合が小さい時には、減産や価格維持のカルテルは成立しにくい。これはシュンペーターの高弟、東畑精一教授が強調したところである。このため、これまで国が生産目標数量と補助金によって全体を統制し、減反カルテルを維持してきた。農水省の文書は表立った数量配分は止めるが、行政指導等により、引き続き関与は続けるという趣旨だ。今より透明性が低くなってしまう。

それらの対策を打っても、米価が下がれば補てんする。その対象農家もこれまでは4ヘクタール以上など大規模農家に限ってきたが、規模要件を撤廃して、小規模農家やその集合体である集落営農参加者でも受けられるようにするという。集落営農に参加する兼業農家にも価格保証をするので、農地は主業農家には集積しない。つまり、価格を高くして兼業農家を温存し、コメの構造改革を阻害するという従来の政策に、なんら基本的な変更はない。

各紙の記者は、減反参加を条件とした戸別所得補償の廃止にだけ目が行き、もう1つのアメである本来の減反補助金がより拡充されようとすることを見逃して、減反廃止と書いてしまった。農水省の担当課長も「私達は減反廃止など一言も言っていない」と言っている。彼は、減反廃止という報道にあきれながらも、自民党議員から廃止するのかと聞かれ、余計な説明が必要になったと困惑しているのだろう。

自民党の会合で説明する前には、農水省は農林族の議員に事前に根回しをする。私が担当課長なら、「大したことはないので心配しないでください。非主食用の補助金を増やしますから、主食用の米価は下がりません。勉強不足の記者が勝手に廃止と書いただけです。日本農業新聞は廃止など全く書いていません」くらいのことは、言っているだろう。

農水省の減反見直し提案を受けた自民党の会合で大きな反論もなかったのは当然だ。価格を下げないという減反の本質を変えないことが、事前根回しで自民党議員にはよくわかっているので、さほどの反対はなかったのである。

これは、産業競争力会議で新浪剛史ローソン社長たちが提案している減反の廃止とは全くの別物だ。減反を廃止するなら、米価は下がるので、関税も撤廃できる。しかし、自民党・農水省の案は主食用の米価を維持するばかりか、非主食用の補助金を拡充しようとしている。

TPP交渉で農産物の加工品や調製品などの関税を撤廃すると言う案が自民党TPP対策委員長から提案されたが、米粉などの非主食用の生産を一層振興しようとする中では、米粉やその調製品などの関税は撤廃できない。1日、自民党がコメなど重要5項目の関税を撤廃しないという従来の方針を変更できないとしていると報道されたのは、減反の見直しの動きと符合している。TPP推進にも、全く逆行する減反見直しとなってしまった。

向う3年間は大きな選挙はないので安倍政権は思い切った政策を展開できるのではないかという考えもある。しかし、JA農協がまとめる農民票が3年後の選挙で対立候補に流れることは自民党候補にとって悪夢である。郵政についての小泉元首相のような覚悟や信念がなければ、戦後農政のコアである減反は廃止できない。主要紙にも国民に正確な情報を伝える報道を望みたい。

2013年11月5日「WEBRONZA」に掲載

2013年11月22日掲載

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