もし東京が「完全ロックダウン」したら…巨額損失と地方への大打撃

井上 寛康
兵庫県立大学大学院シミュレーション学研究科准教授

戸堂 康之
早稲田大学政治経済学術院経済学研究科教授 / 元RIETIファカルティフェロー

2週間で9兆円が失われる可能性

新型コロナウイルスの発生源である中国・武漢市では、感染拡大を阻止するために、省境をブロックし、生存に不可欠な業種を除きすべての経済活動をストップさせた。いわゆるロックダウン(都市封鎖)である。

このロックダウンの経済的影響は、武漢市だけではなく世界各地に広がった。武漢市には自動車産業や電機電子産業が集積しており、グローバル・サプライチェーンを通じて世界に部品や材料を供給していたからだ。その供給が途絶し、日産自動車、トヨタ自動車、ホンダなどの国内工場でラインが止まったり、減産措置を取ったりした。

日本でも緊急事態宣言が出され、東京や大阪などで外出自粛が要請され、経済活動が縮小している。この影響は、サプライチェーンを通じて国内の他の地域にも波及していく。

筆者らは、国内の約100万社の企業間のサプライチェーンのデータに経済モデルをあてはめることで、東京の「ロックダウン」が全国の生産活動にどの程度の影響を及ぼすのかを推計した。

ただし、あとで詳しく述べるように、この推計では現在実施されている比較的緩やかな「ロックダウン」ではなく、武漢などで行われたような、生存に最低限必要なもの以外の経済活動をすべて停止した「完全ロックダウン」を想定している。

その結果は以下の表に示されている。2週間の完全ロックダウンで、東京の付加価値生産額は4.3兆円減少する。しかし、東京以外の地域ではそれ以上、約5兆円の生産が減少する。これは、東京からの部品の供給が途絶し、東京での部品の需要がなくなってしまうからだ。だから、東京のロックダウンにともなう東京以外の地域への波及効果は無視できない。

表:東京の「完全ロックダウン」による経済的影響
表:東京の「完全ロックダウン」による経済的影響

下の図は、その波及効果を地図上に示したものだ。完全ロックダウンから2週間後には、全国の企業で生産が減少することが示されている。

図:東京の「完全ロックダウン」による経済的影響の地理的波及
図:東京の「完全ロックダウン」による経済的影響の地理的波及

その結果、2週間の完全ロックダウンでGDPの1.8%、9.3兆円が失われ、1か月では5%にあたる27.8兆円が失われる

ひとつ重要なのは、完全ロックダウンが長くなれば長くなるほど、東京以外の地域への波及効果が急激に大きくなることだ。2週間と1か月(30日)では期間は約2倍しか違わないが、生産減は約3倍になる。

この推計は少し大げさかもしれないが…

筆者らの推計は、東京の完全ロックダウンがサプライチェーンの途絶を通じて日本経済全体に非常に大きな影響を及ぼすことを示している。しかし、この推計には様々な前提条件があり、実際の影響にくらべて過大評価となっていることは否めない。

小池百合子東京都知事が東京のロックダウンの可能性に初めて言及したのは、3月23日の記者会見であった。筆者らはこれを受けて推計をはじめ、3月31日に論文の形で発表するとともに、その概要をSlideShare(無料でスライドを公開できるウェブサイト)にも発表した。ここでは、この推計を基にしている。

ただし、推計を始めた当初には「ロックダウン」によってどのような経済活動が制限されるのかははっきりしていなかった。

特措法に基づく緊急事態宣言が出されても、法的にはほとんどの経済活動に対して強制的な禁止措置はできない。しかし、「空気を読む」ことが重要な日本社会である。政府や自治体の「自粛要請」によって企業活動を停止することが社会規範になれば、海外で行われているように、ほとんどの経済活動が止まることもありうる。

そのように考えて、東京23区内において生存に必要不可欠ではない経済活動はすべて生産を停止すると仮定して推計した。生存に必要不可欠な活動は、卸売・小売、郵便・運輸、マスコミ・出版、電力・ガス・水道、電気通信、医療・介護と定義した。

実際には、4月7日に緊急事態宣言が出されたものの、企業活動に対する強い自粛要請が出されることはなく、現在のところ、特定の業種を除いて企業活動が停止しているわけではない。だから、以上の推計結果はあくまでも東京が完全な形でロックダウンされた場合のものであり、現実の緊急事態宣言の影響ではない。

また、ここで利用したデータは、各企業の本社の位置しかわからない。したがって、東京に本社がある企業は、もし東京外に事業所や工場があっても、すべて生産をストップすると仮定せざるを得なかった。

さらに、ロックダウンによって東京の企業からの部品の供給がストップした場合、東京外の企業は別の企業から部品を調達できる可能性がある。しかし、この推計では、ロックダウンの期間が比較短いことから、すぐには調達先を代替できないと仮定した。これらのことから、ここでの推計は過大評価されたものになっていると考えられる。

ただし、ここでの推計はあくまでも「東京の完全ロックダウン」の影響に限ったものだ。実際は、東京以外の地域も緊急事態宣言が出されているし、そうでない地域にしても外出の自粛などで経済が縮小している。これらの経済的影響はここでの推計には入っていない。

倒産と不況の連鎖を防ぐために

ともあれ、現実にはこの推計で考えたような完全ロックダウンではなく、緩やかなロックダウンが実施されているために、莫大な経済的損失はいまのところ回避されている。

しかし、現状の緩やかなロックダウンの下で今後感染が拡大していけば、いわゆる不要不急のものを除いて企業活動は完全に停止すべきであるという「空気」が醸成され、実質的な完全ロックダウンに至る可能性も残っている。

そうなると、直接ロックダウンされる東京や大阪だけではなく、全国の経済に大きな影響が及んでしまう。失業や中小企業の倒産も激増するに違いない。その結果、自殺者やうつ病に苦しむ人が増える可能性もある。

だから、経済活動をできるだけ止めないで、感染の拡大を防いでいかなければならない。そのために、現状でもまだまだやれることがある。

東京商工会議所の調査では、東京23区内の民間企業でテレワーク(在宅勤務)を実施している企業はわずかに26%だという。また日本CFO協会の調査によれば、本来テレワークが可能なはずの経理や財務部門でも、書類がデジタル化されていないためにテレワークができないことも多い。押印のために出社せざるを得ないこともあるという。

だから、政府は書類の電子化に関する規制を緩和しつつ、企業がテレワークを導入するための研修や設備投資に対して支援を拡大していくことが望まれる。書面や押印が原則となっている行政手続きの見直しについては、自民党行政改革推進本部の規制改革チームが政府に対して緊急提言を行っている。このような動きを早急に進めていくべきだ。

もちろん、テレワークが不可能な職種もある。工場の製造現場もそうだし、飲食店やスポーツジムなどもそうだ。

製造現場では、換気設備を改善したり、ラインを変更して従事者の間隔を広げたりすることで、感染予防をしながら生産を継続することが可能だ。飲食店ではデリバリー、スポーツジムなどはオンライン指導などによって活動の停止を緩和することができる。これらに対する政府の支援は「ものづくり補助金」、「IT導入補助金」などがあるが、さらに拡大していくことが必要だ。

これらの他、すでに実施されている企業支援策は、経済産業省のウェブサイトにまとめられているので、中小企業の方は是非ご参照いただきたい。政府の支援と企業の創意工夫で、経済活動をできるだけ止めないまま感染を止めることができることを期待したい。

2020年4月15日 現代ビジネスに掲載

2020年5月12日掲載

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