競争力の研究

第12回 ミクロ分析

ポーター教授の手法

前回まで日本経済の国際競争力についてマクロの視点から概観してきた。これからはいくつかの産業を取り上げながらミクロの競争力がどのように形成されるのかを検討したい。産業別の競争力分析ではハーバード大ビジネススクールのマイケル・ポーター教授の手法が強弱の要因について示唆を与えてくれる。同教授は1990年に発表した著書「国の競争優位」で日米欧10カ国の100以上の産業を分析した。

ここでは各国の産業を比べた成果を基に、企業の競争力を支える継続的なイノベーション(技術革新)の源泉として(1)要素(2)需要(3)関連・支援産業(4)戦略・組織・目標・ライバル間競争――という4つの重要な条件を指摘している。

4条件を図示すると企業を囲む菱形のような枠組み(フレームワーク)になるので、これをダイヤモンドフレームワークと呼ぶ。

劣位補う海外進出

要素条件とは人材、設備、知識、資本、インフラストラクチャー(社会的生産基盤)などだ。こうした資源の質や量が高ければ高いほど競争力は強まる。

たとえば日本の製造業が相次ぎ生産拠点をアジアに移しているが、これは日本が人件費などの基本的要素で劣るためだ。だが、高度な教育を受けた人材や先端研究機関などでは優位にある。製造業の海外進出は基本的要素の劣位を補っているに過ぎないともいえる。需要条件とは国内需要の規模や消費者の性格を指し、イノベーションの速さなどを決める。国内需要が大きければ大きいほど競争力の向上に役立つ。品質や価格への要求が厳しい買い手が多ければ、企業も高品質の製品やサービスを供給しなければならなくなる。国内需要の拡大率なども企業を刺激する。

支援産業と連携

業種別の付加価値生産性関連・支援産業とは設備、原材料、部品をメーカーなどに供給する企業を意味する。こうした企業が品質を高め、供給先企業と連携すれば競争力は高まる。装置産業の強さや東京・大田区などにある中小企業のネットワークは日本の競争力の基盤となってきた。

戦略・組織・目標・ライバル間競争とは次のような内容だ。商慣習や制度といった「風土」は国ごとに違い、適した産業も異なる。企業が風土に合った経営戦略や組織を作れば業績は上がる。企業間競争は互いの競争力向上につながる。

グラフでは日本の新規産業や伝統産業の付加価値生産性を示した。対象企業が同一でないため、すでに提示した同種のデータとはやや異なる産業もあるが、新たな成長産業のテレビゲームの生産性が機械化の進行も手伝い突出している。

ポーター教授は日本経済が好調だった80年代にも日本企業がダイヤモンドフレームワークを理解すべきだとしていた。近著では、総資産利益率が米企業の半分に過ぎない日本企業の戦略の欠如、意思決定の遅さを批判する。横並びの効率化競争に専念し、得意分野に特化するための「何をしないか」という決断ができないというのだ。

日本経済新聞「経済教室」基礎コース(2002年1月3日~1月31日/全21回)より転載

2002年7月17日掲載