競争力の研究

第6回 ITの活用(上)

ニューエコノミー

1990年代以降の米国でみられた情報通信(IT)関連の旺盛な投資と生産性の向上は「ニューエコノミー」と呼ばれた。最近ではIT関連企業の株価の大幅な下落や個人消費の落ち込みで、この時期の米国経済はかつての日本と同じバブルだったとの評価もある。だが、インターネットをはじめとするITを活用した新たな企業間取引の模索や業務プロセスの変化は長期的な経済構造改革をもたらしている。

ITによる構造改革のカギを握るのは、利用者側のイノベーション(技術革新)だ。極めて速く発展するITをいかにビジネスに生かしていくかが各企業や国全体の競争力の向上につながるともいえる。

経済協力開発機構(OECD)の資料を基に、日米欧の各国におけるITの利用度と生産性の関係を考察する。グラフでは主要国についてパソコン普及率を示す百人当たり保有台数の90年代の増加数と、80―90年代の全要素生産性(TFP)伸び率の関係を示した。基本的にパソコンの普及率が高い国ほど生産性の伸び率も高い傾向だ。

伸び低い日本のパソコン普及率

生産性の伸び率とパソコン普及率の関係グラフに示したデータ以外の資料も加えると、90年代には米国、スウェーデン、ノルウェー、デンマークなどでパソコン普及率が大きく伸びた。日本の普及率の伸びは英国、ドイツ、フランスなどとともに主要国ではそれほど高いとはいえず、生産性の伸びは鈍化している。

パソコンなどのIT関連機器を供給する企業は一部の国に偏っている。北欧諸国などはこれらの機器を輸入して自国の生産性を引き上げた。日本は米国などと同じく世界市場に大量のIT機器を供給する国だ。だが、多くの業種がITを十分に活用していないことが経済全体の生産性の低さにつながっている。

個々の企業がIT活用で生産性を引き上げるには従業員の自発的な取り組みを促す柔軟な組織作りが必要になる。従来の業務プロセスや意思決定の仕組みを全く変えずにIT活用を拡大しても効率を高めることは難しい。これは一国の経済全体にも当てはまる。

課題は雇用調整

企業はITを十分に活用することで迅速かつ柔軟に市場の変化に対応できるようになる。このような企業を育てるには、組織や戦略の柔軟な変革を妨げないように法制度も含めた環境の整備が重要だ。こうした試みが不可能な国はIT革命の利益を十分に享受することもできない。

日本は最近、商法改正などによって企業分割や分社化を円滑に実施できる環境整備を進めている。これはIT革命を進めるうえで重要な基礎作りになるが、企業が組織改革を実行する場合に大きな課題となるのは雇用調整である。

解雇や転職に伴って雇用者と被雇用者の双方が負担する経済・社会的コストは依然として大きく、これが組織改革を妨げる場合もある。こうしたコストを引き下げるには人材派遣業の規制緩和などで労働力の流動化を促す努力が必要だ。

日本経済新聞「経済教室」基礎コース(2002年1月3日~1月31日/全21回)より転載

2002年7月16日掲載