2022年に提供開始した輸出入申告データを活用した研究とそれに基づく政策提言・政策評価の可能性

開催日 2026年9月7日
スピーカー 神事 直人(RIETIファカルティフェロー / 京都大学大学院経済学研究科教授)
コメンテータ 上田 淳二(財務省 財務総合政策研究所副所長)
モデレータ 関口 陽一(RIETI上席研究員・研究調整ディレクター)
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開催案内/講演概要

行政記録情報を経済分析に生かす取り組みが広がる中、財務省が提供を開始した輸出入申告データは、日本の国際貿易研究の幅を広げつつある。本セミナーでは、RIETIファカルティフェロー / 京都大学大学院教授の神事直人氏を迎え、このデータを用いた共同研究の成果と、政策提言・政策評価の可能性について解説いただいた。神事氏は、従来の調査データではとらえられなかった企業レベルの貿易行動を品目や取引相手まで含めて把握できる点に着目し、他のミクロデータと接続することでより詳細な分析が可能になることを研究成果に即して示すとともに、利用者の拡大と秘匿性の確保をどう両立させるかという課題も提起した。

議事録

輸出入申告データの学術利用と各種調査データとの違い

財務省の輸出入申告データは、行政記録情報の学術利用の一環として、2022年から財務総合政策研究所と研究者との共同研究という形で利用が開始されました。今年(2026年)までに第5期までの募集が行われ、毎年1~3件程度が新規に採択されています。一般に「税関データ」と呼ばれるこのデータは、海外では2000年代から研究に利用されており、アンドリュー・バーナードらによる2007年の論文(Bernard, Andrew, B., J. Bradford Jensen, Stephen J. Redding, and Peter K. Schott. 2007. "Firms in International Trade." Journal of Economic Perspectives 21 (3): 105–130.)あたりを最初の研究成果として、その後は先進国だけでなく、新興国・途上国でも幅広いテーマで用いられています。

経済産業省の企業活動基本調査(企活調査)のような各種調査は、「統計法」に基づき二次利用の制度の下で学術研究に用いることができます。一方、輸出入申告データは税関が通関手続きのために記録している「行政記録情報」であって「統計」ではなく、二次利用という概念がありません。輸出入者が正確に報告するインセンティブが重要ですが、それには秘密の保護が不可欠で、その観点から日本では長らく、学術利用であっても個票データを利用することができませんでした。

データから明らかになった日本の貿易の基礎的事実と貿易仲介の実態

日本ではこれまで、企活調査の調査票情報を使った分析が行われ、輸出や対外FDIを行う企業ほど生産性が高い傾向にあることなどが示されてきました。ただし企活調査では、輸出入の総額は分かるものの相手国は地域レベルにとどまり、品目情報も含まれず、集計も年度単位、対象も中規模以上の企業に限られます。

輸出入申告データからは、日本の国際貿易に関する基礎的な事実が見て取れます。2017年のデータでは、HS9桁という細かい品目分類でも、1つの品目を1カ国だけに輸出している企業が全体の21%と最も高く、11品目以上を11カ国以上に輸出している企業も11%あります。ところが輸出額で見ると、後者が日本全体の約90%と圧倒的なシェアを占めます。企業別の年間申告回数では、申告が9回以下の企業が輸出で53%、輸入で46%を占める一方、190回以上申告する企業も輸出で9.1%、輸入で9.8%あります。輸出額が同じでも年に数回か毎日かでは輸出行動が大きく異なりますが、企活調査では区別できませんでした。

また、データを工業統計調査および経済センサス-活動調査と接続し、製造業企業による貿易仲介の実態を初めて分析しました。他社からの調達財を自社の生産財に随伴させて輸出する随伴貿易や、調達財だけを輸出する純粋仲介貿易は日本でもかなり一般的で、2014年のデータでは輸出品目数が30品目以下であれば純粋仲介貿易が半分以上を占め、100品目以上では46%が随伴貿易であり、商社のような役割を製造業の企業が担っていることが分かりました。

為替変動と輸出管理政策に対する企業レベルの反応

財を中間財と最終財に分けて為替変動に対する輸出量の価格弾力性を推定したところ、最終財に比べて中間財のほうが弾力性の絶対値が小さく、中間財の輸出量の反応は非常に弱いことが分かりました。輸出企業の多くは輸入も行い、グローバルバリューチェーンに組み込まれているため、円安・円高の影響が輸出と輸入で逆方向に働くこと、取引価格が外貨建てで設定される傾向が強いことがその理由です。また、生産ネットワークのチェーンが長いほど、為替変動に対する輸出数量の反応が弱くなる傾向も示されました。

政策に対する企業レベルの反応も分析できます。第一次トランプ政権は2018年以降に対中輸出管理政策を強化し、Huaweiなどがエンティティ・リスト(EL)に追加されましたが、輸出入申告データでは取引相手の企業名と所在地が分かるため、どの取引がEL登録企業向けかを特定できます。分析の結果、2018年から22年にEL登録された中国企業向けの輸出は、登録後に統計的に有意に減少しました。最初の1年半は中国国内の別の企業向けの輸出が増えましたが、2年後にはその増加は有意ではなくなり、代わりに米国の同盟国・友好国であるティア1の国への輸出が有意に増えました。

政策提言・政策評価の可能性と今後の課題

輸出入申告データはRIETIのプロジェクトでも活用が始まっており、上席研究員(特任)の齊藤有希子先生(早稲田大学)のプロジェクトでは、仕入先企業が国内顧客の海外進出に追随するFollow FDIや、Follow exportの研究などが進められています。

輸出入申告データは、一義的には税関行政に資するもので、港湾・空港の利用状況の分析などに貢献します。通商分野でも、輸出管理等の政策について、対象財の取り扱いや相手国との取引の有無による効果の違いを示せるほか、生産ネットワークを通じた影響も考慮できます。中小企業の輸出入を把握できる信頼性の高いデータはほとんどないため、新規に輸出を開始できた企業の特徴を分析し、支援策の立案に生かせる可能性もあります。いずれの場合も他のミクロデータと接続して活用することが重要であり、2023年に始まったインボイス制度の下で収集される国内の取引関係の行政記録情報と接続できれば、諸外国でもほとんど行われていない価値の高い分析が可能になります。

今後の課題は3つです。1つ目は制度に関して、オープンサイエンスの流れと秘匿性の確保をどう両立させるか、限られた利用者の裾野をどう拡大するかです。2つ目はデータの分析に関して、海外の取引相手にはIDがないため企業名と所在地から特定する必要があり、日本企業の海外現地法人についての親子関係の対応表の整備や、米国のような企業内貿易のフラグ付けが必要と考えられます。間接輸出・間接輸入も広く行われており、輸出入申告データだけでは実態を完全にはとらえきれず、他の取り組みも必要です。3つ目は行政記録情報全体の学術利用に関する課題で、EBPMの方針に基づき、各省庁の行政記録情報の学術利用拡大に向けた取り組みを促進していただきたいと考えております。

コメント

上田:
輸出入申告データは学術研究を目的として集められたものではなく、財務省の政策の検討に資する学術研究としてのみ利用しています。輸出入者の秘密の保護の確保が重要ですので、データの利用は財務総研内のオフライン端末に限られ、国家公務員としての守秘義務が課されます。中間生成物の持ち出しの際と公表前の2段階でスクリーニングを行っています。これまでに査読を経て学術誌に掲載された論文は6本です。

研究者の利便性と秘匿性の確保にはトレードオフが存在し、秘匿性確保のための審査リソースの不足が大きな課題です。研究実施にあたっては、行政は最新の課題や即応的な対応を重視する一方、アカデミアは分析結果のロバストネスや再現可能性を重視するため、両者の力点が重ならない部分もあります。EBPMをどう実践していくのかは霞が関全体の課題で、アカデミアと政策・行政実務を担う者たちの重層的な対話が必要と認識しています。

神事:
研究者と行政側が協力してこのスキームを改善していく必要があるというご指摘には、まったく同感です。行政の実務を担う方々には、各省庁が持つデータは国民共有の財産だという認識の下、国益にどう生かせるかという観点から学術利用のさらなる拡大を進めていただきたいです。また、共同研究の期間が終わった後も査読対応期間を設けていただいていることは、非常にありがたいことです。

関口:
査読対応期間について、年数の期限は設けていらっしゃらないのでしょうか。

上田:
研究期間は通常2年間です。研究終了時にデータを移管し中間生成物を消去します。ただし、それまでに査読付きの学術誌に投稿している場合は、研究期間内に行った内容のリバイズ作業を査読対応期間中に行っていただけます。期間はまず2年間、さらに延長が必要な場合には、原則としてもう2年間の追加が可能です。

Q&A

Q:
米国政権は、中国輸出品の米国への迂回輸出基地として日本などの第3国が利用されていると主張しています。HS9桁レベルの通関データを用いて行政的に有効な反証データを構築できるとお考えでしょうか。

神事:
日本企業が中国から何を輸入し、米国へ何を輸出しているかを企業レベルで正確にトラッキングすることは可能ですが、それを行政的に有効な反証データとしてどのように構築するかは財務省のご判断の範疇になるかと思います。また、私たちが使っている輸出入申告データは利用可能となるまで2年程度を要するためタイムラグがあり、現時点では最新でも2024年までのデータしか使えないという制約があります。

Q:
規模の大きな輸出に取り組んでいる企業が、少数ながら輸出額の大半を占めているとのことですが、他の統計データと組み合わせて企業の規模別に分析することもできるのでしょうか。

神事:
その分析も行っておりまして、大規模企業が日本の輸出の大半を占めていることが分かっております。ただ企業数としては、非常に規模の小さい中小企業が多数で、それぞれ限られた品目を輸出しているという状況です。

Q:
純粋仲介貿易の多さに驚きました。取引先の中小企業から調達した部品を、親会社がスペアなどの目的で輸出しているのでしょうか。

神事:
私たちがこれまで行った分析では国内の取引までは把握できず、どのような目的でどのような企業から調達した財を輸出しているかまでは確認できないため、今後の課題です。

Q:
財務総合政策研究所は、本件の管理や審査に何人くらいの人員を配置されているのでしょうか。増員の計画はありますか。

上田:
財務総合政策研究所は、研究者の方々が研究を実施する場を提供する役割を担っており、2つのラインを設けています。ただし、必要な審査がそこで完結するわけではなく、ガバナンス機能は官房の総合政策課が担い、個別のプロジェクトについての公表前の審査は関税局の関連部署等が担っています。プロジェクトの持続可能性の確保には、相応の人員・労力が不可欠と考えております。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。