| 開催日 | 2026年9月2日 |
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| スピーカー | 翁 百合(株式会社日本総合研究所 シニアフェロー) |
| コメンテータ | 内ヶ﨑 茂(HRガバナンス・リーダーズ株式会社 代表取締役社長CEO) |
| コメンテータ・モデレータ | 鮫島 大幸(デジタル庁 統括官付参事官) |
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| 開催案内/講演概要 | 人口が減少し、物価・賃金・金利が上昇する局面を迎えた日本で、企業が持続的に成長するための条件が問われる中、コーポレートガバナンス・コードの改訂が公表された(金融庁・東京証券取引所:2026年7月)。本セミナーでは、株式会社日本総合研究所シニアフェローの翁百合氏を迎え、改訂の意義と企業への期待について解説いただいた。翁氏は、労働人口が減る中で成長を規定するものは何かというマクロの視点から課題を整理し、形式主義に陥っているとの批判を踏まえた今回の改訂が、形式的な遵守から実質的な価値創造への転換を主眼とし、取締役会の機能強化と投資家との対話を通じて企業価値の向上を促すものであることを論じた。 |
議事録
マクロの視点から見た経済成長の課題
人口動態から、労働人口となる人たちがこれから減っていく時代になることが見えています。1980年代からの潜在成長率も大きく低下しており、資本ストックが減少しているほか、TFP(全要素生産性)も0.5~0.6%と芳しくありません。内閣府の2060年までの推計でも、長期的な経済の持続性を規定するのは資本寄与とTFPです。企業にとっては、国内投資に加えてTFPの上昇に結びつくような取組が重要で、そこには資本の質、労働の質、経営の質、イノベーションの波及が関わります。
加えて、物価・賃金・金利上昇という環境変化も起きています。過去30年は、コストカットと低価格設定、賃金の維持と国内投資の停滞によって雇用を維持する形でした。これからは付加価値創造に重点を置いてマークアップ率を向上させ、人、研究開発、設備等への投資の原資を確保できるように稼ぐ力をつける必要があります。
従来のコードへの評価と2つの課題
2015年にコーポレートガバナンス・コードが導入され、経営者の意識改革や制度整備が進み、東証(東京証券取引所)などの貢献もあって、市場との向き合い方も大きく変化しました。しかしながら主に2つの課題がありました。1つ目は、コードが細則化され形式主義に陥っているという批判です。企業から見れば開示負担が大きくなる一方、補充原則が増加してマニュアル化し、形式的に遵守している企業も少なくないという見方もありました。2つ目は、日本のコーポレートガバナンスは必ずしも十分ではないという投資家からの見方です。資本投資家の三瓶裕喜氏が経済産業省で発表した2022年の資料では、日本にはPBR(株価純資産倍率)が高くROE(自己資本利益率)が低いアグレッシブ・グロースの企業群が極端に少なく、成長期待が低い企業が多いとされています。金融庁の資料でも、TOPIX500の総資産に占める現預金比率(2024年)は日本が16%程度と欧米の2倍で、売上高に対する設備投資額や研究開発費の比率は見劣りしています。
改訂の主眼は「実質化」
今回の改訂では、経営層向けに序文を増やし、コードの目的は「中長期的な企業価値の向上」であると明記しました。ポイントは実質化であり、プリンシプルベース・アプローチという原則主義への原点回帰を図りました。47あった補充原則は、原則への格上げ、解釈指針への移管や、削除をして整理し、もともと83あった原則は、基本原則4、原則26の全部で30にスリム化しました。解釈指針はコンプライ・オア・エクスプレインの対象ではなくなりましたが、原則の実効的な実施を支援するために趣旨や背景を説明したものですので、ぜひ参照していただきたいと思います。コンプライ・オア・エクスプレインの思想は維持していますが、コンプライであっても「丁寧な説明」を求めている点が大きな変化です。
取締役会の機能強化と経営資源の配分
一番のポイントは原則4-1と4-2で、成長投資と経営資源の配分の重要性を明記しています。4-1では、成長の道筋を構築し、資本コストを踏まえて収益力・資本効率等の目標を提示した上で、人への投資や無形資産への投資といった成長投資、事業ポートフォリオの見直しなどについて、具体的に何を実行するかを説明すべきとしています。4-2の解釈指針では、現預金等の金融資産や実物資産等を成長投資等に有効活用できているかを不断に検証する必要性について記載しています。ここは最も投資家と企業の認識のギャップのあるところです。なお、適切な水準の現預金も、合理性を説明できる範囲において経営資源の配分の一環であるとコード改訂の趣旨説明資料で明らかにしています。
また、CEO(最高経営責任者)の選解任を取締役会の役割として原則に格上げし、業績の評価を踏まえた選解任とサクセッションプラン(後継者計画)策定への関与の重要性を示しました。リスク管理も原則に格上げしており、体制整備を求めています。解釈指針には、サイバーセキュリティリスク、サプライチェーン途絶リスク、技術等の情報流出リスクへの適切な対応等は収益機会にもつながり得るものと記載しています。独立取締役については、原則4-8で経営の監督を先に置き、2021年版で先に挙げられていた助言と、順序が入れ替わりました。原則4-9では独立社外取締役の質の確保を掲げています。アクティビストが増え、特別委員会を社外取締役が構成する中で、その質が喫緊の課題となっているためです。
投資家との対話と企業への期待
今回のコードに数値目標の明示的な記載はありませんが、収益力や資本効率の重要性は強調されており、PBRやROEも経営を考えるときのメルクマールとして考慮することが重要だと思います。経済産業省が公表した成長投資ガイダンスでは、資本コストを上回る資本収益率の重要性が明確にされています。東証のアンケート(2026年8月公表)によれば、投資家が評価する取り組みは、資本配分方針の明確化や事業ポートフォリオ改革の進展などであり、まさにコード改訂の考えと同じ方向だと受け止めています。上場企業のアンケート(2026年8月公表)では、75%が投資家との対話は有意義と回答しています。
ガバナンス改革は、企業価値向上の基盤であり、日本経済の持続的成長にも大きな意味を持ちます。今回の改訂の主眼は実質化であり、「形式的な遵守から実質的価値創造」に移りました。経営者や取締役会には、各社の状況を踏まえた中長期的な企業価値向上という本質的な課題への注力を期待しています。
コメント
内ヶ﨑:
今回のコーポレートガバナンス・コードの改訂の要諦は、攻めのガバナンス、強い経済への成長投資、取締役会の進化の3点です。コーポレートガバナンスのとらえ方は国によって異なり、米国は経営陣へのけん制機能、ヨーロッパはステークホルダーへのアカウンタビリティーの文脈が強いのに対し、わが国は稼ぐ力を強化するための経営のOSとしてとらえることが重要だと思います。CEOのアニマルスピリット経営を後押しする環境として、取締役会と経営チームをアップデートしていくことが経営の基盤になります。米国法律協会のコーポレートガバナンス原則にもあるとおり、最終的には人事権が重要で、大胆に権限委譲をする一方、評価と人事では取締役会が機能を発揮すべきです。
成長投資ガイダンスのファクト分析では、日本企業の株主還元はかなり進んでいる一方、成長投資は不十分とされています。大企業では最終利益のうち40%くらいを配当、20%くらいを自己株取得に回す例が多いのですが、大胆に売上の30%くらいを成長投資に向けるバランスが重要です。英国ではサステナビリティー委員会が指名・報酬・監査に並ぶ第4の委員会になり、ウォルマートなどでは指名・コーポレートガバナンス委員会が取締役会を、報酬・タレントマネジメント委員会が経営チームの進化に貢献しています。われわれに問われている最終的な問いは、上場企業の20%ほどが100年以上の長寿企業といわれる日本で、日本的なステークホルダー資本主義のあり方をグローバルなガバナンスのドレスコードの中でどう着こなすか、だと思っています。
鮫島:
コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する経済産業省のスタンスとして、成長に向け注力すべき原則を明確にするため、コードのスリム化/プリンシプル化に賛成しており、また、その企業の状況に応じて適切にエクスプレインすることも重要だとしています。
各論では、経営資源の有効活用として、設備投資や研究開発に加え、知的財産等の無形資産への投資も重要だと主張しました。経済安全保障への対応も、収益機会にもつながり得る前向きな取り組みだと明示し、リスク対応を促しています。取引適正化では、株主以外のステークホルダーと適切な協調に努めるべきとし、サプライチェーンにおける適正な価格転嫁が上場企業、対象企業を含め、サプライチェーン全体の活性化や、収益力向上につながるという主張が反映されています。
Q&A
Q:
コーポレートガバナンス・コードの中心的な課題である企業の成長戦略において、非財務情報の開示はどのような位置づけになるのでしょうか。
翁:
基本原則の2に、株主以外のステークホルダーとの適切な協働が挙げられています。中長期的な企業価値の創出は、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじめとするステークホルダーによる貢献の結果であり、人的資本への投資や適切な分配を通じて協働することで初めて達成できるという記載もあります。
内ヶ﨑:
非財務情報には将来財務につながる情報もありますので、中長期的な視点に立った戦略的な開示はますます重要になると思います。
Q:
株主還元の強調が、成長投資の抑制や長期的な投資の縮小につながらないでしょうか。コード改正はどのように対応していますか。
翁:
序文に、市場における中長期的な投資を促す効果をもたらすことを期待しているということが書かれています。ガバナンスの改善が実を結ぶまで待つことのできる中長期保有の株主は、短期主義的な投資行動の強まりが懸念される昨今においても、上場企業にとって引き続き重要なパートナーとなり得る存在であるという認識です。株主還元は重要な戦略の1つですが、中長期的な企業価値の向上を実現しつつ考えてほしいという期待が込められています。
内ヶ﨑:
成長投資先行型の経済を目指すコンセプトが今回のコーポレートガバナンス・コードの根底にあり、マクロでの強い経済とミクロでの成長志向型のコーポレートガバナンスを両輪で強化することが重要です。
Q:
M&Aをかけられた場合の独立社外取締役のあるべき姿を、欧米との類似例も引用しながらご説明ください。
内ヶ﨑:
海外では、買収提案に対してCEOがノーと言うと、アクティビストやストラテジックバイヤーは独立社外取締役の議長との対話を求めてきます。求められているのは、外部環境の変化に対応できる成長戦略の議論が取締役会でできているかの確認です。それが確認できれば投資家は取締役会に経営陣の監督は任せるべきです。そして、株主共同の利益を最大化する経営をできていることを証明する意味でも、マルチステークホルダーの声を取締役会に持ち込んで議論することがますます問われています。
Q:
取締役会の多様性、とりわけ女性比率について、今回の改正ではどのように対応されたのでしょうか。
翁:
原則2-2で社内の多様性の確保を掲げ、ジェンダーや国際性といった多様性が重要であるとの観点から、その多様性の確保についての考え方と、自主的かつ測定可能な目標を決定するとともに、その状況を開示してほしいと書いています。私見ですが、社外取締役の女性はかなり増えており、その企業で育ってきた執行の役員も徐々に増えてきていますが、もっと拡大していくとよいと考えております。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。