| 開催日 | 2026年7月23日 |
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| スピーカー | 依田 圭司(経済産業省 前通商政策局企画調査室長) |
| コメンテータ | 松浦 寿幸(慶應義塾大学産業研究所教授) |
| モデレータ | 冨浦 英一(RIETI所長 / 大妻女子大学データサイエンス学部長) |
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| 開催案内/講演概要 | 世界経済の不確実性や地政学リスクの高まりにより、アジア全体を含めてサプライチェーンの強靭(きょうじん)化が日本経済にとって急務となっている。本セミナーでは、経済産業省の依田圭司前通商政策局企画調査室長を迎え、「通商白書2026(令和8年版 通商白書)」の概要を解説いただいた。 |
議事録
通商白書2026:世界経済の現状と高まる経済リスク
通商白書2026は6月30日に閣議で配布・公表された78回目の白書です。白書は動乱の中の世界経済と新興国経済、世界経済の動向、施策編という三部構成をとっており、今年の主要メッセージは第1部に集約されています。
世界経済の2025年成長率はIMF(国際通貨基金)の見通しを上回る3.4%を記録し、貿易量を含めた世界経済の減速は回避されました。2026年は中東情勢による見通し下方修正で3.1%成長が見込まれています。日本経済については、投資収益の伸びなどにより経常黒字が拡大傾向にあり、投資による利益である第一次所得収支が経常黒字を支えています。2025年度の貿易収支は対米貿易黒字が約2兆円(約2割)減少した一方、アジアを含む他地域での貿易黒字が拡大し、全体の貿易赤字幅は縮小しました。米国の貿易収支は対中赤字の縮小とベトナム・タイ等での赤字拡大がみられ、中国によるサプライチェーンの東南アジアへのシフトや迂回(うかい)輸出の影響も考えられます。
世界と日本のいずれの観点からも、政策の不確実性は2000年以降最高水準を記録しています。ウクライナ侵攻や中東情勢の不安定化により地政学リスクも高止まりが続いています。足元では、ホルムズ海峡を通る船が平常時の5%を切る状況が生じました。中東は原油の埋蔵量・生産量・輸出量で世界的な存在感を持ち、アジア諸国のエネルギー安全保障上の重要なリスク要因となっています。日本の原油輸入における中東依存度は95.1%に上ります。ナフサなど石油製品についても、日本及び日系企業が進出するアジア諸国の中東依存度は高く、シンガポール等を介した間接依存まで考慮するとその度合いはさらに大きくなります。
こうしたGVCを通じた間接リスクの具体例として、医療用の手術用手袋を取り上げています。日本の手術用手袋は相当量をベトナム・タイ・マレーシアの3カ国から輸入していますが、これらの国々もナフサの中東依存度が高く、シンガポール経由の間接依存を含めて試算すると、手術用手袋の中東比率は5割に迫ります。また、中国は鉱物資源からグリーン関連製品に至るサプライチェーン全体で大きなシェアを握りつつあり、経済的威圧のリスクとなり得る状況もみられます。こうした課題への対応として、4月のAZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)+の場で「POWERR Asia(アジア・エネルギー・資源供給力強靭化パートナーシップ)」が打ち出されています。
新興国の重要性とGVCにおける中国の台頭
GDP(国内総生産)と人口の伸び、重要鉱物の埋蔵量、国連における議決力など、様々な観点から新興国との関係は重要性を増しています。輸出構造を見ると、先進国各国が新興国向け輸出を増加させており、特に中国は米国関税措置以前から対新興国輸出を大幅に伸ばしています。新興国側から見た輸入相手国も米国から中国へとシフトし、中国は新興国全体の輸入の26%を占めるまでにプレゼンスを高め、米国を逆転しています。
サプライチェーンにとって特に重要な中間材の供給面では、アジア各国において中国への依存度が急速に高まっています。ベトナムでは輸入シェアの50%以上を中国に依存する中間材品目が全中間材輸入品目の45%を占め、この5年間で9ポイント上昇しました。こうした対中依存は代替可能性によってはリスクとなり得ます。信頼できる経済圏の構築やルールの機能強化が重要と総括しています。
日本がGVCにおける存在感を高めるには中間材輸出を増加させていくことも重要です。また日本の新興国向け輸出は自動車が最大の品目ですが、その自動車でも、中国が対ASEAN(東南アジア諸国連合)を中心に電気自動車・ハイブリッド車・内燃機関車のいずれも輸出を伸ばしており、アジア各国での電気自動車への政策支援も拡大の一途をたどっています。
日本の対新興国投資と勝ち筋
資本ストックの投下と一人当たりGDPには明確な相関関係があり、新興国への投資は市場開拓、生産・供給拠点の多角化、サプライチェーンリスク管理のいずれの観点からも重要性が増しています。日本の対外投資は現状は先進国中心、対米がメインですが、伸びしろのある対新興国投資で収益率が高く、また直接投資がサプライチェーン構築を通じて日本からの輸出増加にもつながっている可能性がデータで示されています。対ASEAN直接投資ではフローベースで中国に逆転されているものの、足元では日本の追い上げも見られます。
過去3年間の新興国向けグリーンフィールド投資では、日本はエネルギー・不動産・自動車に大きく投資しています。各国の事例として、インドではスズキのCNG(圧縮天然ガス)車向けバイオガス事業や住友不動産のムンバイでの複合施設開発、ベトナムでは東京ガスなどのLNG(液化天然ガス)インフラや双日の工業団地建設、マレーシアでは堀場製作所の半導体関連投資やNTTグループのデータセンター事業、インドネシアでは住友商事とINPEXが主導する地熱発電や丸紅の工業団地開発などを紹介しています。
エネルギー投資が拡大基調であり、莫大(ばくだい)な電力を需要するAIデータセンターが拡大傾向にある中、アジアへの投資について、エネルギーと日本の技術を軸にした協力が鍵となるのではないかとまとめています。富士電機を例にした省エネ技術を組み込んだデータセンター展開の可能性、また東急などにみられる都市開発や工業団地整備における日本の経験とパッケージ力を日本の対外投資において強い分野の例として紹介しています。
各国の対新興国政策を見ると、米国はビジネスベースの貿易・民間投資による関係構築、中国は一帯一路の質重視、EU(欧州連合)は「グローバルゲートウェイ」戦略による域外インフラ支援を推進しており、FTA(自由貿易協定)・EPA(経済連携協定)の締結・連携も先進国・新興国を問わず活発化しています。通商白書2026のまとめとしては、「信頼できる経済圏」の構築(経済連携・連結性の強化)と「グローバルな危機管理投資・成長投資」(強靭なサプライチェーン構築)という二本柱の通商戦略を示し、現政権の17の戦略分野での国内外投資の推進を含むハイブリッドな通商戦略のもと、グローバルサウス・新興国への国としての支援を通じて国益につなげていく方向性を打ち出しています。
コメント
松浦:
今回の通商白書について、中東情勢の不安定化に伴う原油価格の上昇やナフサ供給懸念について、取りまとめ終盤に生じたであろうトピックをタイムリーかつ丁寧に分析・整理されている点が非常に印象に残りました。また原油輸入の直接的な影響にとどまらず、GVCを通じた間接リスクに踏み込んでいる視点も重要です。
私からの追加的な論点の1つ目は、機能素材を中心とした中間材輸出の強化です。日本の輸出の約25%を占める自動車は、中国の電気自動車の台頭による先行き不透明感もあり、高付加価値な機能性素材の輸出競争力強化が重要な選択肢になると考えます。神戸大学教授の松林洋一先生による機能素材製品の品質の国際比較に関する研究では、電子部品・バッテリー関連では中国が日本を大きく追い上げ逆転し、特にバッテリー品目でその傾向が顕著なものの、半導体関連素材では日本は依然として高い競争力を維持しています。
2つ目は中国の対外直接投資の拡大とその影響です。ASEANでの対中中間材依存度の上昇は中国からASEAN を介しての対米輸出など迂回輸出を背景とするという見解がありますが、いくつかの研究によると迂回輸出よりも中国企業の海外展開によるものとみられ、中国国内の生産コスト上昇が続く中で、中国の海外直接投資はさらなる増加が見込まれます。日本も海外投資を通じて中間材輸出を促進する流れをより一層強化すべきでしょう。
3つ目はエネルギー・インフラ投資における競争激化への対応です。RIETIリサーチアソシエイトで関西学院大学教授の西立野修平先生がRIETIのDP(ディスカッション・ペーパー)で、一帯一路を推進する中国との競争激化により日本のインフラ投資は案件受注が難しくなっており、ODA(政府開発援助)や政府の首脳外交が重要な役割を果たしていると指摘されているように、政府のバックアップが非常に重要になるかと思います。
依田:
松浦先生からご指摘いただいた機能素材・半導体関連素材については、日本の2025年度輸出とも密接につながっています。対米輸出が減少した一方、半導体関連素材や製造装置・工作機械が世界的な需要の伸びに支えられて輸出をけん引しており、自動車が苦しかった中でも輸出全体が伸びた背景には、こうした競争力があります。中国のバッテリー競争力が特に際立つという分析は個人的にも少し驚きでしたが、重要な示唆でした。中間財輸出の促進については、現地政府は現地でのサプライチェーン構築を求めることも多く、部素材の特性的に日本からの輸出が望ましいケース、現地での構築が合理的なケースを見極めながら、ボーダーレスなサプライチェーンをどのようにグローバルに組んで構築するかを考えていく必要があります。
Q&A
Q:
中国はかつての日本と同様に、国内の生産拠点が徐々に海外に移転していき、産業の高度化が進む経路をたどると考えられますか。
依田:
日本の80年代・90年代の動きと重なる部分は多いと思います。ただし、産業政策の規模や性格において日本と中国では違いがあり、今後はその違いに注目しながら見ていく必要があると思います。
Q:
日本企業のサプライチェーンのリスク管理能力は向上しているでしょうか。
依田:
企業レベルでは管理部門の整備・再構築が進んできていると思います。ただし、地政学リスクは政府間関係に根幹がある面もあるため、一般企業が対応できる範囲に限界があることもあります。政府としても組織改編を進めながら急ピッチで取り組んでいますが、そもそもサプライチェーンに関する情報は把握されにくい性質があり外部から客観的に判断することの難しさがあります。
Q:
政府が掲げる17分野・国内投資重点政策は、日本の輸出競争力にどう影響するでしょうか。
依田:
輸出競争力に係る政策としては、短期的にはJETRO(日本貿易振興機構)などを通じた販路拡大と輸出機会の確保が重要である一方、中長期的に投資による競争力向上が要となります。ただ、数値目標ありきになると投資効率に悪影響が生じるリスクもあります。目標を掲げつつ質の高い投資をいかに実現するかが問われます。
Q:
締め切りの制約で書ききれなかったこと、さらに深掘りしたいテーマはありますか。
依田:
サプライチェーンの分析は企業ごとの話であり、白書で扱うには難しさがあります。他方、中間材を品目別にさらに細分化した分析は重要な課題であり、今後の新たな付加価値になり得ると考えます。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。