| 開催日 | 2026年6月26日 |
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| スピーカー | 荒川 洋(経済産業省 製造産業局 製造産業戦略企画室長) |
| コメンテータ | 伊藤 萬里(RIETIリサーチアソシエイト / 青山学院大学経済学部 教授) |
| モデレータ | 堺井 啓公(RIETI国際・広報ディレクター) |
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| 開催案内/講演概要 | 米中対立やAI技術の進展など製造業を取り巻く環境が変化する中、本セミナーでは経済産業省製造産業局製造産業戦略企画室長の荒川洋氏を迎え2026年版ものづくり白書を解説いただいた。今年26回目の同白書は設備投資、AI・DX、経済安全保障の3テーマを柱とする。荒川氏は製造業の労働生産性について国際比較し、日本の人手不足と課題を概観した上で、対策として政府が推進する製造AX拠点構想を紹介した。経済安全保障の取り組みを実施する企業は前年度の4割から6割に増加したものの、その多くが情報収集止まりであり、収益性の低い企業ほど対応が困難な実態も示された。コメンテータの伊藤萬里氏は固定費用低減に向けた政策を示唆し、AIロボティクスにおける日本需要の可能性を論じた。 |
議事録
ものづくり白書2026のテーマと対外環境:米中経済摩擦とAI政策の整備
ものづくり白書は、法律(1999年成立・施行の「ものづくり基盤技術振興基本法」)が制定されて以来、それに基づく法定白書として2001年より報告が始まり、今年で26回目となります。経済産業省・厚生労働省・文部科学省の3省が連名で作成しており、本年度の経産省担当部分では「設備投資」「AI・DX」「経済安全保障」の3テーマを中心に据えています。特に設備投資については高市政権が進める成長投資や危機管理投資が背景にあります。DXは、2024年版、2025年版と同様、製造業にとって非常に重要なテーマですが、今年は分析の焦点がAIに移行しています。また、国際情勢の不確実性を反映した経済安全保障も引き続きテーマとして重点的に取り上げております。
2025年は米国が対中デカップリングを意識した政策を積極的に進めた年でした。米国は昨年12月に策定した「国家安全保障戦略2025(NSS2025)」で、中国を「国際秩序を作り変える意思と能力を合わせ持つ唯一の競争相手」と位置づけ、外部勢力への依存排除を製造業戦略の軸に据えています。こうした方針のもと、コネクテッドカー販売規制や追加関税などの措置が相次ぎましたが、10月の米中首脳会議では米国が関税発動を見送り、中国もレアアース輸出管理を一時停止し、当初の想定ほどデカップリングは進まなかったという実態があります。設備投資面ではAI関連の「スターゲイト」プロジェクト(4年間で最大5000億ドル)が立ち上がりました。7月には減税と抱き合わせで半導体関連の税制優遇や1500億ドル規模の国防予算を盛り込んだ税制法案「One Big Beautiful Bill Act(OBBBA)」も成立し、産業政策の強化も打ち出されています。
各国のAIをはじめとした政策整備も2025年の特徴でした。米国は「AIアクションプラン」で民間主導・規制緩和型のAI覇権を、欧州は「AI大陸アクションプラン」でAI主権確立を、中国は「AI+」行動計画で国家管理型AI実装を進める方針です。欧州は規制をかけつつ支援するブレーキとアクセルを両踏みする計画の作り方が特徴的で、また、現在議論中の「産業加速化法」で製造業のGDP比率を現在の約14%から20%に引き上げることを目標とし、脱炭素型の再工業化を目指しています。中国については第15次5カ年計画で成長率重視から品質の向上や技術自立を強く意識した計画に転換しており、米国の輸出規制への対応が背景にあると見ています。製造業に特に影響を及ぼす社会情勢についてのアンケート調査では原材料・資源価格の高騰がここ数年1位を維持していますが、今年は労働力不足が3位から2位に上昇したことが注目点です。
製造業の現状:人手不足・労働生産性・収益と人材認識
各国のGDPに占める製造業比率を見ると、米国が約10%、中国が世界最大の工業国として約25%、ドイツと日本はともに約20%程度で、日本は30年前からほとんど変わりません。ただし金額ベース(ドルベース換算)では、米国製造業は約3兆ドルと日本の3倍以上です。これは航空宇宙・半導体・軍需など高付加価値産業が集約しているためであり、比率こそ低いものの製造業の力は実際には強いことがわかります。
日本の製造業では人手不足が続いています。経産省の「2040年就業構造推計」では、2040年には製造業全体で400万人規模の不足が見込まれており、生産工程で200万人、AIやロボットを利活用できる人材でも340万人が不足するとされています。事務職系では440万人が余剰になるとされており、製造業の不足と事務職の余剰というミスマッチと人材転換が大きな課題です。外国人受け入れも増加傾向にあり、2025年の製造業における受け入れ割合は6.1%と上昇しています。
労働生産性については、国内では製造業は他産業を上回り、上昇もしていますが、国際比較では米国の3分の1、ドイツの7割程度でOECD34カ国中20位です。重要なのは順位の低下よりも、2000年ごろに世界1位だった時期と金額自体がほとんど変わっていないことです。円安の影響を勘案しても大幅な改善が見られないのが実態で、アイルランドやスイスのように高付加価値産業が集約しているかどうかという産業構造の違いが国際比較に影響しています。
2025年の収益状況では自動車産業の営業利益が大幅に落ち込みました。主因は米国の関税措置の影響で、トヨタは約1.4兆円、ホンダも約4700億円の減収影響があったとされています。一方、自動車以外の業種や日本経済全体への打撃は限定的だったという分析が多い状況です。
企業行動に関するアンケートでは、企業行動のうち人材確保や賃上げをマイナスとする回答が際立って多く、設備投資は投資として認識するのに対し人材はコストという認識が強いことが伺えます。これは労働生産性が低いために、人への投資がコストという認識につながっているのではないかと懸念しています。
AI・DX推進:製造AX拠点構想とフィジカルAI
AI・DXについては経営課題への意識が高い企業ほど戦略を策定している傾向があり、最大の障壁は知識・ノウハウの取得の難しさと人材確保の困難さの2点です。この障壁を解消するために経産省が進めているのが「製造AX拠点構想」です。日本の工場の中には生産データなど多くのデータがありますがそれが生かされていない現状があるので、そのデータを集めてAIで使えるように整備し直し、プラットフォームを開発しようという構想です。具体的には生産設備の最適配置や故障検知を想定しており、知識・ノウハウや人材がない中小企業でもプラットフォームを使えば一定のAI活用ができるようにして日本全体のAI活用の水準を底上げしていく考えです。この背景にあるのがフィジカルAIという考え方で、今のAIはデジタルの世界での活用が中心ですが、これをロボットなどにつなげ、AIの知識や分析力を現実の物理世界に波及させていこうという発想です。こうしたAIロボティクス戦略が政府で進められており、製造業だけでなく医療・小売・建設・物流など幅広い分野へのフィジカルAI社会実装を目指し、国産AIの開発と合わせてデータセットを構築しながらGENIAC(Generative AI Accelerator Challenge:経済産業省とNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)による日本国内における生成AI開発力強化プロジェクト)とも連携して取り組む予定です。
経済安全保障:情報収集止まりの実態と特定国依存リスク
経済安全保障への取り組みを実施している企業は、前年度の4割から6割に増加しました。特に中長期的(4〜10年)に対応しないことによる損失が対策費用を上回ると考える企業が増えており、中長期的な経営判断の重要性への認識が高まっています。ただし実態を見ると、国際情勢の情報収集を行っている企業は約5割に達しているものの、リスク分析・戦略策定・対応策の実施まで進んでいる企業は1~2割で、情報収集止まりの状況です。特に収益性の低い企業ほど対応が進んでおらず、経済安全保障の取り組みまで手が回らないという実態があります。脆弱(ぜいじゃく)性の高い品物については4割以上が中国を第一の供給国としており、レガシー半導体は2030年に中国の生産能力が世界全体の半分以上になる見通しとなっているほか、化学品も中国シェアが半分程度と、調達に必要な物資の中国依存リスクが高まっています。こうした状況を受け、経産省は今年1月に「経済安全保障経営ガイドライン」を公表し、経営層のマインドセットから取引先との対話まで具体的な方針を示しています。
コメント
伊藤:
今回の白書はAI・デジタル技術と不確実性を増す対外環境への対応に焦点を当てられていますが、まず考えさせられたのは資源再配分の問題です。重要物資・先端技術の製造業強化は必要ですが、そこに特に労働力を取られると本来投資すべきデジタルや無形資産の分野で資金・人手不足を招きかねません。産業全体のバランスを見ながらの政権運営が必要であり、今回の白書はこうした点がバランスよくまとめられているという印象を受けました。
2点目はAI・DX活用がもともと生産性の高い企業に偏っているという点です。初期の固定費用の高さを示唆しており、JETROによる輸出支援サービスのように固定費を下げる仕組みづくりがAI・DXにも必要です。さらに、AI・IoT導入による生産性上昇効果を検証した分析では、労働生産性で約7%、全要素生産性で約6%の上昇が示されています。
3点目はAIロボティクスです。私の家庭も共働きなのですが、家事ロボットがあれば小型車程度の値段であれば買うという家庭はおそらく多くなると思います。製造業・物流・介護・建設・農業など課題を抱える分野の国内需要の大きさが逆にアドバンテージとなる可能性があり、ポール・クルーグマンが主張する「自国市場効果(国内需要を超えて生産し純輸出国になりうる現象)」も期待できます。さらに、データ蓄積によりAIの精度が高まりネットワーク効果の強化や競争力につながる一方、企業間でのデータ共有をめぐるジレンマという課題もあります。
経済安保については、「様子を見る」という行動は経済学的に見ると「リアルオプション」といい、合理的な判断と言えます。対応しているのは技術リスクの高い企業、対中調達依存が大きい企業、タイの洪水のようなサプライチェーン途絶を経験した企業など必要に迫られている企業に限られており、技術リスクに応じた重点化と全体のデジタル化・AI普及による生産性向上が重要です。
荒川:
高生産性の企業ほどAI・DX投資を進め、更に生産性が向上するという好循環が生まれています。一方で、その好循環に入れない企業や収益性の低い企業は設備投資も後回しになっており、維持管理の投資しかできていないという点が課題です。導入コストを下げるための補助や税制の整備が非常に重要だと考えています。
Q&A
Q:
経済安全保障の取り組みが情報収集にとどまっている企業が多いとのことですが、大企業と中堅・中小企業で差はあるのでしょうか。大企業でも対応できていない場合はどういう理由があるのか関心があります。
荒川:
規模別の詳細な分析データは白書に出ていません。事例を見ると大企業が多く中小企業では良い事例があまり見つかりませんでした。組織体制が整っているかどうかで差が出ているという印象です。
Q:
日本は製造業の現場データがあることが強みとのことですが、世界の製造工場になって久しい中国のほうがデータ量は多いのではないでしょうか。
荒川:
日本は設備更新が遅れてレガシーな設備が残ったため長期データが蓄積され、一方、中国は設備更新が進んだがゆえに同程度の蓄積はないという議論があります。AIの進展で日本の現場データが活(い)きてくる可能性もあります。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。