| 開催日 | 2026年6月11日 |
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| スピーカー | 岡田 直也(経済産業省 中小企業庁 事業環境部 調査室長) |
| コメンテータ | 後藤 康雄(RIETIリサーチアソシエイト / 成城大学 社会イノベーション学部 教授) |
| モデレータ | 関口 陽一(RIETI上席研究員・研究調整ディレクター) |
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| 開催案内/講演概要 | 労働供給制約社会の到来という経営環境の転換期に中小企業をいかに成長させるかという問題意識を背景に、2026年版中小企業白書・小規模企業白書が閣議決定された。本セミナーでは中小企業庁調査室長の岡田直也氏を迎えその概要を解説いただいた。「稼ぐ力の強化」をテーマに中小企業の労働生産性向上に有効な取り組みが整理され、小規模企業の「経営リテラシーの向上」と「企業間連携」に焦点を当てた分析が示された。コメンテータの後藤康雄 成城大学教授は白書の議論が効率化中心の「分母」から付加価値創出という「分子」へと転換していることを評価し、AIを人材の代替ではなく補完ととらえる視点、関係性を重視する視点を改めて提示した。 |
議事録
賃上げの動向と人手不足:現状と課題
今回の白書は大きく3つに分かれています。両方の白書とも、第1部は共通して「中小企業・小規模事業者の動向」、第2部は、中小企業白書では「『強い中小企業』に向けた『稼ぐ力』の強化」、小規模企業白書では「小規模事業者の経営リテラシー向上と企業間連携による事業の維持・拡大」がテーマとなっています。まず第1部の賃上げ・雇用の状況をお示しします。
2025年度の賃上げ実施状況を見ると、中規模企業では8〜9割が賃上げを行っている一方、小規模事業者では据え置き率が4割以上に達しており、なかなか厳しい状況にあります。中小企業の労働分配率は大企業に比べて高く、既に約8割近い水準にあることから、賃上げを実現するには何より稼ぐ力を高めていく必要があります。
雇用面では、2010年代以降、多くの業種で人手不足感が続いており、2040年には2021年以降の推計で生産年齢人口が1200万人減少する見込みです。労働政策研究・研修機構の試算による最も厳しいシナリオでは、2040年の中小企業の雇用者数は2018年比で8割半ばまで落ち込む可能性があり、人手不足はさらに深刻化することが見込まれます。
中小企業の労働生産性:「時間当たり」指標が示す実態
付加価値額を維持・向上させるには、労働投入量が減っていく中で労働生産性を高めることが不可欠です。法人企業統計の分析では、労働生産性の増加率が高い業種ほど賃金の変化率も高い傾向が確認されており、生産性向上は賃上げにも寄与すると考えられます。
中小企業の一人当たり労働生産性は全体として横ばいで推移していますが、今回新たに試算した中小企業の時間当たり労働生産性は上昇傾向にあります。背景には一人当たりの労働時間の減少と、付加価値額そのものの上昇という2つの要因があり、名目値での計算ですが、実質化しても上昇傾向は変わりませんでした。業種別にばらつきはありますが、飲食・宿泊サービス業や生活関連サービス業は相対的に低いものの、時間当たり労働生産性ではやや業種間の差が縮まっている傾向が見て取れます。また、中小企業の中にも大企業の労働生産性の中央値を上回る企業が一定数存在しており、規模が小さくても高い労働生産性を実現できることが示されています。
稼ぐ力の強化:付加価値の増加とAX(AIトランスフォーメーション)の可能性
付加価値額を高める取り組みとして、まず成長投資が挙げられます。成長に向けた設備投資に取り組んだ企業は付加価値額の増加率が高い傾向にあり、投資前の業務プロセスの見直しが設備稼働率の向上につながります。事業承継・M&A(企業の合併・買収)も有効で、若い後継者への事業承継やM&Aに取り組んだ事業者ほど付加価値額の増加率が高い傾向があります。またPMI(買収後の統合プロセス)に取り組んでいる企業の方がM&Aの効果を実感している傾向も確認されています。
分母となる労働投入量の最適化では、省力化投資やAI活用・ITツールの活用に取り組んだ企業が効率的成長型へ移行している割合が高い傾向にあります。足元では約3割の中小企業がAI活用に取り組んでいます。AIは省力化だけでなく従業員の業務アウトプットを補完する機能も持ち得ます。今回の白書ではAXというAIを通じた企業変革の概念も取り上げており、成長に向けたAI活用に取り組む事業者ほど付加価値額の増加率も高い傾向が見られます。
小規模事業者の経営リテラシーと連携強化
稼ぐ力の土台として経営リテラシーが重要です。今回の小規模企業白書では経営リテラシーを①財務・会計、②組織・人材、③運営管理、④経営戦略の4分野に分類して調査しました。全体として改善の余地がある状況で、特に資金繰り計画と経営計画の策定は取り組んでいる事業者が2割程度にとどまっています。詳細な原価把握をしている事業者ほど価格転嫁率が高く、柔軟な働き方・社内コミュニケーションなどの組織活性化に取り組む事業者は採用がうまくいっている傾向があります。今回の白書では、各分野での取り組みが、業績や人材確保に明確な差をもたらしていることを示しています。
経営リテラシーの強化には企業間連携と支援機関との協力も重要です。企業間連携では共同開発や人材交流・研修の共同実施など生産性向上に寄与する取り組みが見られます。今回、これらの連携を4類型に整理したことで、目的に応じた適切な連携の在り方を選ぶ上での参考になると考えています。支援機関については、小規模事業者の支援ニーズと支援機関の取り組み分野の優先順位はおおむね一致していますが、支援機関側にも支援ノウハウの蓄積や人材確保に課題があります。今回の白書の全体メッセージとして「現状維持は最大のリスク」を掲げており、中小企業経営者の皆さま、そして支援機関の皆さまにも、改めてご確認いただければと思います。
コメント
後藤:
今回の白書を拝見して第一印象として感じたのは、過去の白書から今回につながる一貫した問題意識が流れているという点です。2018〜19年頃は人手不足、生産性向上、自己変革、デジタル化といった論点が前面に出て、コロナ禍を経て事業再構築が大きなテーマとなり、2023年頃から再び価値創出や経営力へと議論が戻って、今回は稼ぐ力が中心的なキーワードになっています。
今回の白書は、どう効率化するかという「分母の議論」から、どう付加価値を生み出しどう稼ぐかという「分子の議論」へはっきりと軸足を移しています。これは現場改善の話ではなく、企業経営そのものの話です。わが国の就業者の7割が属する中小企業のあり方を問うものであり、とりも直さずわが国の経済そのもののあり方を問うものといえます。その象徴がAXの議論です。白書はAIを単なる自動化ツールとして描いておらず、限られた人数で高度な業務を可能にする補完的な存在として位置づけています。中小企業には規模に比例して柔軟に変えにくい経営資源があり、AIはその不足を補完する可能性を持っています。経営リテラシーや経営基盤の整備が進むほどAIの効果も高まるという補完関係があると考えており、近年の実証研究もそうした傾向を示しています。
労働生産性の分析について重要な示唆があります。一人当たりで計算すると中小企業の伸びは年平均0.5%にすぎませんが、時間当たりで測ると年平均2.6%と大企業の一人当たりの値と同水準でした。中小企業は高齢者や非正規雇用者の割合が高く、働く時間が少ない傾向があるため一人当たりでは過小評価されやすい構造があります。ただし、水準の低さという構図は変わらず、経済的な論点と社会的な論点を整理して冷静に考える必要があります。
近年の白書に一貫して感じるのは、企業単独から「関係性」への視点の変化です。企業間連携の4類型化や支援機関における伴走支援の重要性の指摘がその例です。事業承継問題もいかに事業者をつなぐかという視点からとらえられますが、支援される側(がわ)とする側のニーズがほぼ一致していたことは、支援の量・質の拡充という政策的インプリケーションを持つといえるでしょう。中小企業政策はGX・経済安全保障・BCP・人権対応など広がりを見せており、今回の白書は日本経済の将来像を考える白書でもあると感じました。
岡田:
後藤先生、まさに私どもで考えていることと同じ方向性だと認識しています。現場論から経営論へという点、AIは代替ではなく補完という点、そして企業単独から関係性という点は、今回の白書で意識した視点です。
Q&A
Q:
AXは有効だと理解できるが、中小企業はIT化にすら積極的ではない面もあります。どのようにして中小企業のAXを進めていけばよいでしょうか。
岡田:
AIはITとは異なり、生成AIのように素人でも使いやすい面があります。経営リテラシーの強化そのものにも活用できるツールだと考えており、中小企業にとって入りやすいと認識しています。白書では輸入商社が製品解説の要約や翻訳にAIを活用した事例や、自社システムの開発にAIを使った事例などを紹介しています。AXをさらに先の企業変革につなげる事例は今後も注視していきたいと考えています。
Q:
経営リテラシーの支援を受けたいが、支援機関の探し方がわからず、補助金の手続きも煩雑で心が折れてしまいます。政府として、どのような工夫が考えられるでしょうか。
岡田:
小規模事業者は日々の業務に忙しく、経営のことをじっくり考える時間がないのが実情です。そのため、支援機関がプッシュ型で積極的に働きかけることが重要です。よろず支援拠点などの相談体制を整備しており、補助金の使い勝手についても改善を続けています。
Q:
M&Aのイメージ調査は自社が買収する場合のイメージか、一般論としてのイメージでしょうか。また、イメージ変化の理由は調査されていますか。
岡田:
理由についてはアンケートでは聞いていません。調査は各中小企業に広く聞いたもので、必ずしも自社が買収した・された事業者に絞ったわけではなく、回答者全般のイメージを聞いた結果です。
Q:
「現状維持は最大のリスク」の「最大のリスク」とは倒産を意味するのでしょうか。また価格転嫁は現在どの程度進んでいますか。
岡田:
「最大のリスク」は必ずしも倒産という意味ではなく、賃上げ、人手不足、インフレや金利のある時代という状況の中で、これまでの事業をそのまま続けていくことが困難な経営環境になっているという意味合いです。価格転嫁率は上昇傾向にありますが、足元53.5%でまだ道半ばです。原価管理をしっかり行うことが価格交渉力につながりますので、経営リテラシーの強化が価格転嫁の実現においても重要です。
Q:
事業承継・M&Aの優良事例として具体的にどのようなものがあるでしょうか。
岡田:
白書に優良事例を掲載しています。印象的だったのは、第三者承継において、買収される前の段階で前の代表者が既存の従業員に引き継ぐ経営上の意義をしっかり伝えたことで、買収後に新しい経営体制と従業員のコミュニケーションや生産性向上の取り組みがうまくいった事例です。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。