RIETI-NEDOジョイントBBLセミナー「未来を拓くイノベーションと新産業のフロンティア」シリーズ

今後、日本の勝ち筋となることが期待される新たな技術・領域はこれ!:NEDOイノベーション戦略センターより

開催日 2026年6月9日
スピーカー 田辺 雄史(新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)イノベーション戦略センター 事務局長)
コメンテータ・モデレータ 岸本 喜久雄(新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)イノベーション戦略センター センター長)
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開催案内/講演概要

技術の複雑化・社会課題の多様化が進む現代では、単独のキラー技術が世界を変えるというイノベーションの前提は通用しなくなりつつある。本セミナーでは、NEDOイノベーション戦略センター(TSC)事務局長の田辺雄史氏を迎え、2026年6月公表の「Innovation Outlook ver.1.0増補版」で提案する12のフロンティア領域を解説いただいた。社会課題起点で機能を介して技術を導くMFT分析の枠組みを示した上で、長期エネルギー貯蔵(LDES)、重要元素リサイクル、海洋CDR、微生物活用農業、量子センシング、ブレインテックなど多彩な領域を概説。産学官の対話でアジャイルに磨き上げていくTSCの手法も示された。

議事録

今日のイノベーションとは? Innovation Outlook のバックボーン

本日のセミナーではNEDOイノベーション戦略センター(TSC)より、「今後、日本の勝ち筋となることが期待される新たな技術・領域はこれ!」というテーマでお話しさせていただきます。まず今日のイノベーションを考える上で、「青い鳥はいるのか?」という問いかけから始めたいと思います。昔は青い鳥ならぬ、「世界を変えるたった一つの技術」がありました。トランジスタや電球など、一つの発明が世の中を劇的に変えた時代です。しかし現代は状況が大きく変わりました。技術の複雑化(AI×材料×データ×エネルギー)、社会課題の複雑化(気候・安全保障・人口)、技術と社会のフィードバックの加速によって、不確実性が増大し、プレイヤーが多様化していく。これらが重なり、社会から逆算しない研究開発成果はなかなか使われないという現実があります。

かつてのイノベーションの3つの前提「一つのキラー技術が世の中を変える」「明日は、今日の延長線上にある」「やりたいことが決まれば技術がついてくる」はいずれも通用しなくなっています。単独の技術では価値が成立しにくく、組み合わせを前提にしなければなりません。また「要素」としての技術を組み合わせることによって突破できることも多い。点から領域へ、単独から複合へ、固定からアジャイルへ、そして技術起点から社会課題起点へ、このような4つの転換の上に、TSCは「問いを設計し仕組みを提供する」役割を担い、「青い鳥たちが出会い、結びつく場」を設計することをミッションとしています。

NEDO の策定するInnovation Outlook(IO)とは、社会課題を解決しながら将来像を実現するため、各分野の技術・市場・政策動向を俯瞰(ふかん)し、わが国が新たに取り組むべきフロンティア領域を提案するものです。2025年7月にver.1.0を公表し、2026年6月には「1.0増補版」として12の新フロンティア領域を追加しました。

策定で用いるのがMFT(Mission-Function-Technology)分析です。社会課題(M)を解決するために必要な「機能・価値(F)」を中間レイヤーとして設定し、その機能を実現するための技術(T)を特定します。ある技術が課題と一対一で対応するわけではなく、機能というレイヤーを挟むことで技術の取捨選択や組み合わせが柔軟になります。社会課題起点のアプローチと技術起点のアプローチの間に、どのような機能があれば目指す社会像を実現できるのか、そのような視座から新たに取り組むべきフロンティア領域を特定しています。

エネルギー・環境・アグリ分野の新フロンティア

12の領域をご紹介いたしますと、まずサステナブルエネルギー分野では、「長期エネルギー貯蔵(LDES:Long-Duration Energy Storage)による変動性再エネ最大活用」を掲げています。天候に左右される太陽光や風力に対し、蓄電タイプの大容量再生エネルギーへのニーズから生じた領域で、一番分かりやすいのは、位置エネルギーを利用した揚水発電の例でしょうか。容量が10倍になればコストも10倍かかるリチウム電池とは異なり、LDESは熱・重力・圧縮空気など創意工夫次第で、日本の急峻(きゅうしゅん)な地形や廃棄物などの地域資源などを活用し、日本にあったLDESが期待できます。

環境・化学分野での1つ目は重要元素リサイクルです。レアメタルやレアアースは採掘・製錬・輸入を特定国に依存しており、地政学リスクの高さも指摘されています。リサイクルを進めるには経済性・技術・サプライチェーンの壁があります。低コストなリサイクルに向けた共通化技術として、元素ごとの専用・高コスト型プロセスではなく、1つのプロセスで需給や市況に応じて回収元素を切り替えられるような全体最適化した柔軟なシステムの設計、ブレイクスルーを目指していますので、多種多様な専門分野からの重要元素のリサイクルを実現する技術シーズを歓迎しています。

2つ目は「海洋CDR(Carbon Dioxide Removal)の工業的技術」です。大阪・関西万博のDAC(直接空気回収)の海版ともいえる炭素除去技術で、海水からCO2を除去する手法に着目しています。日本は国土を海に囲まれていますから、ネガティブエミッション技術(NETs)の工業的アプローチとして有望です。

アグリ・フードテック分野では「持続可能農業に向けた微生物活用」を提案しています。世の中には微生物が約1,000万種存在しますが、単離に成功し、純粋培養できているのはわずか1%で、残り99%はポテンシャルを秘めながらも、まだよくわかっていません。マルチオミクス解析(細胞・組織の遺伝子、RNA、タンパク質、代謝産物などの解析から得られたデータを一括して解析する手法)やAIシミュレーションなど複合的な技術で、その環境内の微生物の機能を引き出し、農業生産性の向上や環境負荷低減につなげることが目標です。

デジタル・バイオ・新設定分野の新フロンティア

AI・量子技術が進展し、省人化・自動化・デジタル化が可能性を拓く一方、AIの急速な伸長による電力消費が急増する中、省電力の技術開発が求められています。既存の技術限界を突破しうる5つの技術領域を取り上げます。

「原子層エレクトロニクス」は、シリコンウエハーの限界を超える可能性のある原子数層レベルの極薄材料を使って電子デバイスを作る次世代エレクトロニクスですが、製造プロセスが未確立であり、産学官の知見をインテグレーションする取り組みが求められています。「フォトニクスコンピューティング」は電子の代わりに光を使った演算で、超高速・低消費電力・高並列性が特長ですが、アナログ演算の誤差補正やデジタルとの接続など技術的課題が残ります。「量子センシング」は量子の特性を生かして既存センサーの限界(感度・測定レンジ・サイズのトレードオフ)を突破するものです。地球の自転によって生じるコリオリの力のような極微小な差も測定できるほど高感度で、これまで測りたくても測れなかった領域を切り開きます。「海洋ロボティクス」は、波や漂流物があるために技術的に難しいのですが、深海よりコストを抑えて試せる浅海でのオペレーションに着目しています。日本の広大な管轄海域を活用した海洋デジタルツインや無人漁業への応用が期待されます。「デジタル感性」は、視覚・聴覚だけでなく触覚・嗅覚・味覚や生理反応まで含めた多様な入出力から人間の内面状態を推定し、個人に寄り添うAIシステムが参照する感性モデルを構築しようとするものです。バイオエコノミー分野では「高度センシングによる先制ヘルスケア」を掲げています。病気になる前に健康状態を把握し、こちらもデジタルツインで最適行動を提案するという考え方です。血糖値センサーやウエアラブルデバイスなどのリアルタイム計測技術の組み合わせで、個人の状態に合ったヘルスケアが実現できます。

新設定分野として「ブレインテック・ニューロテック」と「数理科学による産業革新」の2つを提案しています。脳・神経については起こっていることの多くが未解明であり、ニューロモニタリングやデコーディング技術によってその働きを解析することで、認知症・精神疾患の予防や早期発見・治療への応用、将来的な脳オルガノイド(オルガノイドとは、多能性幹細胞を培養して作る、臓器や組織を模した3次元構造体のこと)の活用までを視野に入れています。数理科学については、変化を扱う微積分が産業革命を支え、線形代数が20世紀の現象モデル化を可能にしたように、数学が新たなパラダイムを生み出すという仮説があります。AIの電力多消費という課題に対し、トポロジーなどの数理的アプローチで省電力かつパフォーマンスの高い解決方法によってソリューションが生み出されることを期待しています。

「問いの設計」とアジャイルなイノベーション創発

以上の12領域は相互に関連しており、1つのキーテクノロジーで全てが解決するわけではありません。TSCとしては「これが答えだ」と断言するのではなく、問いを設計して幅を持たせた形で提案することが重要と考えています。言葉を選ばずに言えば「不完全」であっても先に世に出し、そこからコミュニケーションを開始するのがベストなアプローチと考えています。

岸本:
TSCは一昨年(2024年)に10周年を迎えましたが、そのミッションは「未来を捉え、描き、共に創る」です。Innovation Outlookをコミュニケーションツールとして産学官の対話でイノベーションを進めていくことを活動の柱としています。RFI(情報提供依頼)を通じてアイデアを集め、プログラムディレクター(PD)とのアジャイルな議論でテーマを磨き上げ、フィジビリティスタディを経て本格プロジェクトへとつなげていく。これがTSCのフロンティア育成事業の流れです。

現在フロンティア育成事業では「極限マテリアル」(2テーマ「高温超電導導体開発」「超高性能光学マテリアル」)と「地下未利用資源の活用」(1テーマ「天然水素」)の3プロジェクトが動いています。天然水素プロジェクトでは2025年10月のワークショップに多くの方が参加し、複数の大型提案が集まる可能性が高まったことを受け、2026年度は事業を拡大して予算化しました。今回の12の新領域もこのようなコミュニケーションを通じて育て、イノベーションを進めていきたいと考えています。

Q&A

Q:
Innovation Outlookの取り組みは、地域性や中小企業とどう関わりますか?

田辺:
例えばLDESは位置エネルギーを生かせる場所かどうかという地域性が明確にあります。海洋ロボティクスも、浅い海を持つ地域ならではの創意工夫が生きる分野です。中小企業については、公設試験研究機関や大学との連携でロジックの裏付けが得られることで、その企業にしかできない技術をスケールさせる道が開けます。

Q:
DARPA(米国防総省・国防高等研究計画局)やNIH(米国国立衛生研究所)のようなプロジェクトマネジメントモデルを参考にした取り組みはありますか?

田辺:
NEDOは米国ARPA-E(エネルギー高等研究計画局)との間でMoUを締結し、ARPA型モデルを日本のフロンティア育成事業に導入しようとしています。答えを特定するのではなく、問いかけた上で意見を集めてアジャイルに磨き上げることが核心です。民間投資が集まることを成功の定義とするARPA-Eの方式も参考にしており、DARPAやNIHについても継続して研究しています。

Q:
先端技術開発の出口戦略として、どのような方策が考えられますか?

田辺:
出口は1つに定まらず、M&AやIPO、特許活用、国の大規模プロジェクトへの接続など複数を想定しています。民間投資が集まることを指標としながら、段階に応じた出口を選んでいく考えです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。