| 開催日 | 2026年5月26日 |
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| スピーカー | 渡部 恒雄(公益財団法人笹川平和財団 上席フェロー) |
| コメンテータ | 津上 俊哉(日本国際問題研究所 客員研究員 現代中国研究家) |
| モデレータ | 田村 暁彦(RIETIシニアアドバイザー / 日本貿易振興機構(JETRO)パリ事務所長) |
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| 開催案内/講演概要 | 2026年5月の米中首脳会談を受け、その評価と今後の展開、日本のとるべき対応が問われている。本セミナーでは、笹川平和財団上席フェローの渡部恒雄氏を迎え、トランプ氏の政治家としての資質を踏まえ、第二期発足以降のトランプ政権の動きと、米中首脳会談での両国の攻防と帰結を解説いただいた。長期戦略より米国民へのアピールを意識した「トランプ劇場」でのディール外交という視点から、トランプ関税、中間選挙を前にしたインフレや支持率、イラン攻撃とホルムズ海峡封鎖などの論点を整理しつつ、準備不足のまま臨んだ会談においては中国側が戦略的に優位に立ったと指摘し、日本には日米同盟の強化と多層的な横の連携が必要と説いた。 |
議事録
「ドナルド・トランプの創り方」から読むディール外交
渡部:
まず5月14日・15日に開催された米中首脳会談を読み解く前提として、トランプ政権は通常の米国の政権とは異なり、大統領がすべてを決め、事前調整よりもトランプ氏の資質に基づくディールの比重が大きい点、注意を喚起しておきたいと思います。その上で視野に入れておくべき点は、11月に中間選挙を控えていることです。2024年の大統領選挙では、出口調査で75%がインフレがもたらす家計の状況を、深刻かそれなりに苦しいと答え、4年前より経済が悪いと考えた有権者の69%がトランプ氏に投票しました。ところが第二期トランプ政権が進めている主要貿易国への相互関税、中国への100%以上の報復関税、不法移民の強制送還、法人税減税は、いずれも物価を押し上げます。インフレに不満を持って投票した有権者の意向とは矛盾しており、トランプ氏は物価高のまま中間選挙に突入しようとしています。
トランプ氏は長期的な戦略ではなく、短期的な戦術で乗り切る人物です。その考え方は映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』が参考になります。トランプ氏は弁護士ロイ・コーンの弟子として、「常に攻撃する」「非を絶対に認めない」「たとえ敗北しても常に勝利を主張する」という3つの教えを学んだと描かれています。
ハーバード大学のスティーブン・ウォルト氏は、Foreign Policy誌で、トランプ氏には「事実は異なっていても、成果の幻想を作り出す顕著な能力」があり、これによって昨年6月の12日間戦争で、イラン空爆に懐疑的だったコア支持層MAGA(Make America Great Again)派の説得に成功したと述べています。トランプ氏のビジネスマンとしての実像は凡庸でしたが、自己PRとリアリティー番組の成功でビジネスとディールの天才というイメージを築き、その延長で政治家としても幻想を作り出しているというのです。
加えてトランプ氏は、ニクソン元大統領が提唱したマッドマン・セオリー(狂人理論)を彷彿する、矛盾だらけのカオスと混乱は自分のディールにプラスだと考えています。従って「言っていること」と「実際に行うこと」は違うと常に認識しておく必要があります。
「トランプ劇場」のもとでの政策:関税・中間選挙・イラン攻撃
ではトランプ氏に影響を与えるものは何かというと、市場と支持率です。TACO(Trump Always Chickens Out)と言われ、グリーンランド領有の強硬論も、欧州連合(EU)の報復関税への懸念から株価・債券・ドルがそろって下がるトリプル安を招いた際には、マルク・ルッテ北大西洋条約機構(NATO)事務総長との合意で取り下げました。さらにミネアポリスでICE(移民関税執行局)の職員が市民を殺害し抗議デモが起こった際にも、共和党支持者から反発が出たことで、責任者を更迭して妥協しました。
トランプ氏の関税は「ディールの材料」でもあります。トランプ関税の目的は、①財源確保、②製造業の国内回帰、③米国の利益達成に向けたディールの材料、④対中デカップリングによる中国経済封じ込めの4つと考えらます。対中デカップリングは、首脳会談に多くのビジネスリーダーを同行させたことに表れるようにいまや縮みましたが、3つ目のディールの材料として、合成麻薬フェンタニルへの対応を理由に関税を課すなど、関税が経済以外の交渉の道具にもなっています。さらには、Politico誌は、「トランプ氏は関税を巡る諸外国とのやりとりをゲームとして楽しんでいる」と報じています。
大統領令を乱発し衆目を集めてきたトランプ政権ですが、その支持率は低下しています。米ウェブサイト「RealClearPolitics」の主要世論調査では、政権発足時の50.5%から直近平均40.8%へ下落し、危険水域の30%台を示す調査もあります。最大の要因は、公約した物価が下がらず中間層以下の生活が苦しいことへの不満で、エプスタイン・ファイル開示問題への対応やベネズエラ・イランへの軍事攻撃とも相まって求心力を下げています。選挙サイト「270toWin」での11月の中間選挙の予測では、下院は民主党が過半数を取る可能性が高く、上院は接戦です。有権者が最も重視するのはインフレ・物価対策で、ガソリン価格が上がり続ければ上院もひっくり返りかねません。
イラン攻撃にも触れますと、ベネズエラでのマドゥロ大統領拘束を成功させたことで、トランプ氏は大胆になりました。イスラエルの強い働きかけもあって開戦しましたが、イスラエルの斬首作戦では体制転換は起こらず、イランにはホルムズ海峡の封鎖能力は残らないという楽観に反して、実際にはホルムズ海峡が事実上封鎖され、米国も逆封鎖して膠着(こうちゃく)状況にあります。市場では、海峡開放の可能性ゼロを意味するNACHO(Not A Chance Hormuz Opens)という言葉も生まれました。トランプ氏は中間選挙前にガソリン高への不満を解消したい一方、支持層の福音派やタカ派内のシオニストへの配慮から安易な妥協はできず、イランは相対的に体制が安定していると考えているため米国の根負けを待っています。
米中首脳会談の評価と日本の針路
本題の米中首脳会談についても、私はイラン情勢同様、トランプ大統領のディール重視により、不必要な得点を中国に与えたと見ています。トランプ氏は貿易赤字解消には関心がある一方、台湾統一や東シナ海・南シナ海での拡張を抑止しようとする地政学的な思考には興味がありません。ボルトン元補佐官が言うように、中露の強権リーダーと良い関係を築けば国家関係も良くなると考えており、これに対して閣僚や共和党議会の対中タカ派も静かにしています。
昨年10月の会談で米中貿易戦争は一時休戦し、米国は対中関税を引き下げ、中国はレアアースの輸出規制を延期し米国産大豆を購入しました。今回、中国は一時休戦の延長と戦略的安定の維持という実利的な目標を達成し、米国も大豆やボーイング機の中国による購入といった成果を得たものの、一般には中国側優位と評されています。UCサンディエゴ校のスーザン・シャーク教授は、トランプ氏が自身の手柄になる大きなディールを抱え込んだ結果、「準備不足により会議の実質的な空洞化を招いた」ことで、中国に上手を取られたと指摘しています。
台湾については表面上の譲歩はなかったものの、レーガン政権以降の米台外交原則「Six Assurances(6つの保証)」の一つ、台湾への武器輸出について中国と協議しないという原則に抵触する発言がありました。台湾への武器輸出が対中交渉のカードの一つだとトランプ氏に発言させたことは、中国の得点といえるでしょう。トランプ氏のディール志向と首脳同士の人間関係重視の外交は、北朝鮮の非核化やウクライナ停戦でも成果を上げておらず、同盟国のような立場の弱い相手には機能する半面、タフに抵抗する相手には有効ではないのです。
では日本はどうすべきでしょうか。今後は、日米同盟だけに頼って独立・繁栄・尊厳を守ることはできないと考える必要があります。一方で、日米同盟なしに日本を守り切ることもできません。従って、プランA(日米同盟)に代えるのではなく、グレードアップする「プランAプラス」が必要です。日米同盟を一層強化・進化させるとともに、反撃能力など自国の軍事力を高め、オーストラリア、イギリス、インド、韓国、カナダ、NATOなど米国の同盟国・パートナーとの横の連携を進める。そして、中国・ロシアとの意思疎通による危機管理や、グローバルサウスへの影響力確保も欠かせず、中東へのエネルギー依存も低下させるべきです。
コメント
津上:
トランプ政権は二期目当初、145%の関税に象徴されるように中国と強硬に対峙する姿勢でしたが、レアアースの反撃を受けてから対応はがらりと変わり、以降はナチスに妥協した元英首相チェンバレンの宥和主義のような風潮さえ漂います。中国にとって今最も重要なのは時間を稼ぐことです。まだ力勝負で米国に勝てないため、当分は決定的な対立を避けたい。その根本の目標は昨年かなり達成されたうえに今回「建設的、戦略的な安定関係」を合意できました。そこで今回は、加えて台湾問題に力を入れたように見えます。
トランプ氏は今年、最高裁判決で相互関税が吹き飛び、代替の「関税122条」による10%も下級審で無効とされてレバレッジを失うバッドニュースが加わりました。さらにベネズエラで味を占め、イランに踏み込んだものの、イラン側が譲歩せず、いっそう立場を悪くして会談に臨んだのです。トランプ氏は台湾問題では譲歩しなかったと言いつつ、会談後は譲歩をにおわせる発言を繰り返しています。台湾への武器売却をやめれば米国内で強い反発を招きかねず、農産物の買い増し程度でディールに使うのはリスクが高い。釣り合う交渉玉はイランで、濃縮ウランの引き渡しで中国がイランを説得してくれたら、というディールを考えているのではないでしょうか。
渡部:
台湾をカードとするならイラン級の見返りがないと釣り合わないというのはごもっともですが、問題は中国にそこまでの影響力があるかです。イランの核開発の実態をよく知るのはロシアで、濃縮ウランの受け入れ先としても本来ふさわしく、中国に頼むのは筋が違うように思います。準備不足のトランプ外交だからこそ、直前に良いオファーが来れば飛びつくリスクはあるかもしれませんが、中国は今回、事を荒立てる気はないので、「台湾の独立を支持しない」という従来の表現を「独立に反対する」へとわずかに動かす程度の前進を狙う、そのくらいのイメージだったのではないでしょうか。
Q&A
Q:
有権者・中間選挙という観点から伺います。インフレに対応しなければ有権者との関係で危ういのではないか、という点をどうお考えでしょうか。
渡部:
インフレは深刻ですが、今から抑え込むのは難しく、対策として金利を上げれば景気を冷やすためなかなか手が打てません。トランプ氏の狙いはむしろ、自分の非は認めず、「インフレなど起こっていない」、あるいはそれを言うのは民主党側のフェイクだ、という形に持っていきたいはずです。ただ、ごまかしの利かないガソリン価格は下げたいと思っているはずです。
Q:
3年後のポストトランプ、共和党の後継者や民主党の復活はどうなりますか。
渡部:
トランプ氏の共和党支持者への影響力が圧倒的に強い現状を認識する必要があります。支持層には福音派、MAGA派、伝統的保守派まで幅広い層が含まれ、トランプ氏だからこそまとめられます。禅譲を受ける可能性が高いヴァンス副大統領やルビオ国務長官でも、その全てはまとめきれないでしょう。一方、民主党はゼロからの再出発で、不動層も取り込める候補を立てられるかが鍵です。テキサス州のジェームス・タラリコ氏のように党派を超えた人気を持つ人も注目されています。3年後の政権は民主党・共和党どちらもあり得ると思います。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。