ハンガリー選挙後のヨーロッパ政治

開催日 2026年5月18日
スピーカー 東野 篤子(筑波大学人文社会ビジネス科学学術院 人文社会科学研究群 国際公共政策学位プログラム 国際公共政策専攻 教授)
コメンテータ 国末 憲人(東京大学先端科学技術研究センター 特任教授)
モデレータ 田村 暁彦(RIETIシニアアドバイザー / 日本貿易振興機構(JETRO)パリ事務所長)
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開催案内/講演概要

2026年4月のハンガリー総選挙でオルバン・ヴィクトル率いるフィデス政権が大敗を喫し、新興野党ティサへの政権交代が実現した。本セミナーでは中東欧政治を専門とする筑波大学の東野篤子教授を迎え、この政権交代が対ウクライナ政策、米欧関係、そして欧州における反リベラル勢力の動向に与える意味を論じていただいた。フィデス敗北の主因は汚職・生活苦・インフレなど国内要因にあるが、EUによる資金凍結、NATOへの阻害行動、中国資本の無批判な受け入れへの批判も指摘される。この政権交代はMAGA陣営とも連携してきた欧州の反リベラル国際連携の弱体化をもたらす一方、欧州右翼ポピュリズムの退潮を意味しないことも示された。

議事録

田村:
欧州に駐在し欧州政治を日頃から追う立場として、イリベラリズムの台頭や極右勢力の動向はかねてよりBBLセミナーで取り上げたかった重要テーマです。本日は中東欧政治の第一人者である東野篤子先生と、元朝日新聞パリ支局長・ヨーロッパ総局長でフランス・欧州政治に詳しい国末憲人先生をお迎えし、ハンガリーにおけるオルバン・ヴィクトル率いる政党フィデスの大敗の意味するものを論じていただきます。

フィデスとは何か:16年間の変容

東野:
今年(2026年)4月12日のハンガリー総選挙では、フィデス政権が大敗し、新興野党のティサが3分の2以上の議席を獲得して政権交代が実現しました。フィデスは正式名称をフィデス=ハンガリー市民同盟といい、16年間にわたって長期政権を維持してきた政党です。フィデスは1988年に反体制的な青年組織として結成されました。ハンガリー動乱時に処刑されたイムレ・ナジの再埋葬・追悼式典が1989年に行われた際に、まだ20代の青年だったオルバンが共産党政権を堂々と批判し、一気に知名度を高めました。その後ハンガリーは “Back to Europe” を掲げてOECD、NATO、EUへと次々と加盟し、その旗振り役を担ったのもオルバンでした。

ところが2010年の首相再就任以降、オルバンは変質していきます。2011年の新基本法を巡ってEUとの摩擦が本格化し、2014年の「非リベラル国家」演説ではロシア・トルコ・中国を参照点に掲げ、リベラル・デモクラシーとの決別を宣言しました。2018年には欧州議会がハンガリーに対して、EUの基本的価値観に反する国に発言の制限・補助金の制限などを課す「第7(1)条手続」の開始を可決しています。

なぜフィデスは大敗したのか:国内要因とEU・NATO・中国要因

2022年の総選挙ではフィデスが圧勝しており、今回の大敗を当時に予測できるものはほとんどありませんでした。敗北の最大の要因は国内要因、すなわちフィデスの自壊です。汚職の深まりが人々の不満の的となっていたところに生活費の高騰・インフレなども重なり、フィデス政権への嫌悪につながりました。対抗馬のティサ党マジャル・ペーテルはかつてフィデスに属していた人物で、フィデスの問題を知り尽くした自分だからこそ汚職を解消できる、という訴えが有権者への強いアピールとなりました。

EUやNATOの要因も一因です。ウクライナに対する支援などを巡ってフィデスとEUとの「対決政治・人質政治」が続き、補助金が差し止められました。何かEUが提案するたびにフィデスが承認しない状況が続き、人々は得られるはずのメリットがEUとの摩擦によって失われると気づき始めました。シーヤールトー外相がロシアにEUの機密を漏えいしたと報じられたことも決定打となりました。EU理事会議長国として一定の役割を果たした時期もありましたが、NATO問題でもフィンランドやスウェーデンの加盟承認を長期間引き延ばし、「ロシアの代理人」という批判が強まりました。

さらに中国要因もあると考えられます。ティサはフィデスが中国資本を無批判に受け入れてきたことを批判しました。一帯一路や復旦大学のブダペストキャンパス建設構想などへの積極的な関与が問われる中で、中国のバッテリーメーカーが中国から労働者をそのまま連れてくる形の進出がハンガリーの労働力余剰解消に役立っていないという指摘もあり、中国資本への依存について、そのメリットの是非が争点として可視化されていきました。

EUにとっての意味とティサ政権の課題

今回のティサ党への政権交代はEUにとって単なる一加盟国の交代を超える意味を持ちます。EUの対ウクライナ政策における「ハンガリー・ボトルネック」は少なくとも緩和されました。欧州委員会の2026年5月11日時点の発表では、ウクライナへの900億ユーロ支援金についてこの発表の翌週中にも最初の支払いが可能な状況となっており、ウクライナが2026〜27年に必要とする経費の3分の2に相当するこの資金の実現見通しが立ちました。ティサ党はEU資金凍結の問題を解消するべく動いていますが、5月27日にも最初の行動計画が発表されるとのことで、欧州委員会が求める司法・反汚職・公共調達・制度的独立性など、改革の行方を見ていく必要があります。

また、フィデスはEU内外の右派・ポピュリスト・反リベラル勢力にとって政権・制度掌握の成功例でした。サルヴィーニ、ルペン、ネタニヤフなど反リベラル的な政治家がフィデスの党大会にビデオメッセージを送り、欧州極右・MAGA系右派・セルビア型の強権的ナショナリズムをゆるやかにつなぐ「反リベラル国際連携」のハブとして機能していたといえます。今回のフィデスの大敗はこの連携をほぐしていくと考えられ、またフィデスの弱体化は対米関係における「内部からのトランプ化圧力」の弱体化をも意味し、EU全体にはポジティブな影響です。ただし米欧間の構造的な緊張、すなわち欧州安全保障への関与、ウクライナ支援、通商・関税、対中政策はハンガリーいかんに関わらず残ります。

ブルガリアの事例:ポピュリズムの退潮ではない

ハンガリーの政権交代をもってEU内の親ロシア的・反ブリュッセル的な潮流が弱体化したと見るのは間違いです。2026年4月のブルガリア総選挙では逆に、親ロシア野党「前進するブルガリア」が圧勝しました。同党はラデフ元大統領を中心とする「反既成政治・反腐敗・社会保守・対露融和・穏健欧州懐疑主義」を束ねたキャッチオール政党といえます。ただ劇的な変化よりは、EU・NATO加盟国としての基本線は維持し、発足直後の重点は国内改革となることが予想されます。

コメント

国末:
私からは欧州右翼ポピュリズムの中でのオルバン政権の位置づけを見ていきたいと思います。ポピュリズムとは「人々を画一的なエリートと民衆に分類し、両者の対立の中で自らは民衆側に立つと訴える政治主張」であり、本来的に反エリート、反体制的性格を持ちます。現代の欧州右翼ポピュリズムは冷戦終結後に力を蓄えてきました。第1期(1990年代〜2000年代前半)は、フランスのジャン=マリー・ルペン、オランダのピム・フォルタインのように既成政党を攻撃し喝采を集め人気を得る「道化師型」でした。それが2000年代半ば以降はリーマンショックや欧州債務危機を機に、支持層を拡大して政権獲得を目指す「権威主義型」ポピュリズムに変容しました。フランスのマリーヌ・ルペン、イタリアのマッテオ・サルヴィーニらですが、オルバン・ヴィクトルはこの代表例といえます。

さらに反エリートを標榜しながら政権を担うために登場したのが「プーチンモデル」です。このモデルは指導者への権力集中、強大な力の誇示、基本的自由の制限、戦略部門への国家介入、市場より国益を重視します。2014年のクリミア半島占領で見せた手際よさがポピュリスト政党の間でプーチン人気を高め、プーチン体制は欧州のポピュリズムの統治モデルとなります。また、マリーヌ・ルペンの政党が2014年にロシアの銀行から900万ユーロの融資を受けた例のように金銭援助が期待できること、欧州各国の政府に対するフェイクニュース攻撃が間接的に自分たちに利益となることなどから、ポピュリズムはロシアと緊密な関係を築いてきました。しかし2022年のウクライナ全面侵攻でこのモデルは大きく揺らぎ、ポピュリズムが3.0に発展するのか退潮するのかは注視が必要でしょう。

東野:
オルバン政権はロシアに対して最も融和的だったといえますが、今後のハンガリーとロシアの関係については、ハンガリーのロシアに対するエネルギー依存(ガス80〜85%、原油80%がロシア産)は地理的制約として継続します。ティサ政権はフィデスのようにロシアの代理人として振る舞うことはやめ、EUやNATOとの再均衡を図る方向になると思います。また、ロシア・中国企業へのビジネスに対しては精査を強める方針を示しており、これまでのように自在に活動できる状況は若干抑制的になると考えられます。

Q&A

Q:
いくつかまとめてお伺いできればと思います。まず、今回のオルバン敗北は個別の事象なのか長期トレンドを占うものなのか、という点。また、ポピュリズム3.0はあるのか。オルバン・フィデスの政権復帰の可能性は。さらにハンガリーの対中ビジネス姿勢は変わるかという点についていかがでしょうか。

東野:
フィデスの大敗によってポピュリズムが退潮するとは思いません。今回の大敗は長期政権・腐敗・閉塞(へいそく)感が頂点に達した結果であり、ブルガリアやイギリスの事例もポピュリズム的動きが続いていることを示しています。欧州議会でも急進右派・ポピュリスト系の政党は各会派に分散しており、一つの勢力が消えても影響力は払拭されません。

オルバン的な指導者の復帰の可能性はありうると思っています。ティサの政治的手腕は未知数ですが、フィデスの大敗は懲罰票という側面もあったため、ティサが未熟と判断されればフィデス的なものが持ち直す可能性は否定できません。対中ビジネスへの精査は強化されますが、一帯一路だけではない個別の貿易案件まで深く入り込んでおり、短期・中期的に構造を変えることは難しいでしょう。

国末:
ポピュリズムが退潮するとの期待は、現在のところやや楽観的かもしれません。2022年のウクライナ全面侵攻でプーチンモデルが崩れ、その後イタリアのメローニが「強硬保守右派だがポピュリズムではない」別のモデルを示したかに見えましたが、2024年のトランプ当選で揺り戻しが起きました。今回のオルバン敗北でまた逆の揺り戻しがあり、今後は見通せません。岐路となるのは2027年春のフランス大統領選で、ルペンやバルデラの政権が誕生する可能性がそれなりにあります。『ポピュリズムとは何か』の著者ヤン=ヴェルナー・ミュラーが言うように、民主主義はダイナミックに変わり続けるものです。どう変わるかは分からないけれど、市民の側に変えるための努力は必要だということです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。