| 開催日 | 2026年4月23日 |
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| スピーカー | 西平 順(学校法人電子開発学園北海道情報大学理事長 / 北海道情報大学前学長・教授) |
| コメンテータ | 田辺 雄史(新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)イノベーション戦略センター 事務局長) |
| モデレータ | 鈴木 馨(新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)イノベーション戦略センター 上席研究員) |
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| 開催案内/講演概要 | 高齢化が進む日本において、食が持つ機能性を科学的に立証し、地域住民の健康維持・増進へとつなげる試みが注目されている。本セミナーでは電子開発学園北海道情報大学理事長の西平順氏をお迎えし、2009年から構築されてきた食のヒト介入試験システム「江別モデル」を核とした取り組みをご紹介いただいた。GABA富化米による血圧降下・ストレス緩和、腸内細菌叢と労働生産性の関係、アミロイドβ血中測定を用いた認知症コホート研究など、さまざまな科学的エビデンスを蓄積しながら、遺伝情報や腸内細菌データを活用した個別化栄養レコメンドも実現しつつあり、産学官連携による「食と健康と情報」の全国・国際展開というビジョンが示された。 |
議事録
食の機能性評価としての江別モデルの立ち上げ
私はもともと臨床医で、その後基礎医学に移ったのですが、炎症性腸疾患(IBD)の研究をきっかけに腸の機能と食への関心を持つようになり、そこから食による腸疾患予防へと研究の軸を転換していきました。現在は北海道の農水産物に人のデータを加えて付加価値をつけ、産学・地域と連携した健康づくりに取り組んでいます。
江別モデルは2009年度に「食の機能性と安全性の評価システム」として北海道情報大学健康情報科学研究センターに設置され、さまざまな公的支援や行政の枠組みの中で展開してまいりました。2007〜2011年の5年間に文部科学省の「さっぽろバイオクラスター構想(Bio-S)」で臨床試験の基盤を作り、続く「さっぽろヘルスイノベーション(Smart-H)」ではさらに5年間、自走化を目標に、北海道大学・本学を中心として、函館の水産系マリンバイオクラスター、十勝の帯広畜産大学による農畜産系クラスターの3拠点が連携しました。北海道フード・コンプレックス国際戦略総合特区の指定を受けたことでも活動は大きく加速しました。
この仕組みは、食と健康をテーマに地域密着型の臨床試験システム・健康情報基盤として継続してきました。現在の主要メンバーは江別市・北海道・ノーステック財団・北海道情報大学・セルフケアフード協議会で、地域の女性協会を通じた臨床試験や道民カレッジなどでの講演などによって活動が浸透し、地域活性化にもつなげて参りました。2026年現在でボランティア登録者は約17,000人、臨床試験は累計140件程度を実施しており、年間8〜10件のペースで継続しています。
北海道食材の機能性評価とヘルシーDo制度
食の機能性評価の例といたしまして、産業技術総合研究所の分子生物工学研究グループとの連携による核内受容体アッセイの評価や、農研機構との新品種玉ネギ(ケルセチン)の機能比較などがあげられます。特に印象的だったのがホクレン農総研と共同で実施したGABA富化米の臨床試験です。広島のサタケ社の技術を用いて精米工程でGABAを富化した米を被験者に摂取していただき、プラセボの通常米と比べました。4〜5週目から収縮期・拡張期血圧がともに有意に低下し、ストレスホルモンであるACTHや血中コルチゾールの低下も確認されました。
こうしたエビデンスの蓄積を背景に、北海道は2013年に北海道食品機能性表示制度(ヘルシーDo)を創設しました。国の機能性表示食品制度の先駆けとなる自治体独自の制度で、ヒト介入試験によるエビデンスを持つ食品を北海道が認定します。現在160件程度の商品が登録されており、近年は道外食材の臨床試験も受託し、大手飲料食品メーカーとの連携が全国に広がっています。本学では通常臨床試験に必要なCROおよびSMO機能を一体的に備え、食材の機能試験をワンストップで完結できる体制を整えている点がわれわれの強みともいえます。
蓄積データを用いた健康づくりのための個別フィードバック
江別モデルでは蓄積したデータをいかに市民の皆様に還元していくかという視点から、地域健康づくりにも取り組んできました。食の臨床試験参加者一人一人の日誌を含むデータセットを作成し、蓄積した3,000人規模のデータを10タイプに分類しています。これを利用してヘルスケアアプリ経由で個別にアドバイスしているのですが、参加者の食に対する健康意識の高まりが観察されています。さらに一塩基多型(SNP)による遺伝的背景の解析を加え、糖尿病・肥満リスクが高い方への個別アドバイスも実施しています。試験参加によって食のヘルスリテラシーが高まり、健康寿命の延伸につながるのではないかと考えています。実際に江別工業団地組合と連携し、工業団地で働く方の健康増進にも活用いただいています。
また2014〜2016年の総務省SCOPE事業(戦略的情報通信研究開発推進事業)では「食と健康のライフイノベーションを実現するためのレコメンドシステム」を構築し、医師・管理栄養士のコメントを機械学習で自動生成する健康アプリを作り、市民の皆様にご利用いただいています。江別市ではこの健康アプリの基盤を活用し、デジタル田園都市国家構想の下にeライフトレーナーという健康管理アプリと、市内4カ所でのeライフステーションを展開し、血圧・体重等のデータ集積とフィードバックを継続しています。
ストレス研究から認知症研究へ、全国展開とその先へ
江別モデルの地域ベースでの取り組みは、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)での産学連携によって全国展開への機会をいただきました。2018~2022 年のSIP事業では農研機構と本学が中核となり、全国の国立大学・食品企業とのコンソーシアムを形成し、北海道800人、東京50人、京都・長崎・宮崎150人の計1000人を対象に、遺伝子・メタゲノム・メタボローム解析などを実施し、統合データベースを構築しました。
このデータから腸内細菌叢と労働生産性・ストレスとの深い関係が明らかになりました。睡眠の質と腸内環境が労働生産性に最も大きく関与することが示され、腸内細菌を4クラスターに分類して食事内容とストレス反応の関係を回帰式でモデル化する理論栄養学のアプローチが確立されました。さらに数十万件のレシピデータを活用し、健康な食品の組み合わせを「栄養素・習慣・レシピの補完性」の3指標に基づく個別化レコメンドの基盤を整備しています。
認知症への取り組みも官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)の下で進められました。島津製作所の田中耕一博士が開発した測定技術により、認知症の鍵となるアミロイドβを末梢血で測定できるようになり、1000人近くのデータ基盤を構築して認知症とマイクロバイオームの関係を検討しました。アルツハイマー病患者でアミロイドβが特異的に高値を示すことを確認し、認知症の約6〜7割を占めるアルツハイマー型の早期発見にこの血液検査が有効であることが分かってきています。
この成果を踏まえ、2022年度から「江別いきいき未来スタディ」を始動し、セルフケアフード協議会を中心に北海道情報大学・農研機構・島津製作所・江別市が五者協定を結び、55〜75歳の市民1000人を10年間追跡するコホート研究が進行中です。軽度認知症はいわゆる生活習慣病の性質をかなり持っており、食事や運動など生活習慣を変えることで改善できるというデータが今後かなり出てくるのではないかと期待しています。
さまざまな産学連携の中で公的資金の協力を得て展開してきた江別モデルはすでに自走できる取り組みに成長していますが、今後は地域特性に合わせてコンパクトにパッケージ化し、全国・海外へと展開していくことが目標です。全国10校の専門学校を擁する電子開発学園の情報教育ネットワークを基盤に、「食と健康と情報」を統合した健康社会の制度化を達成することが私たちの最終的なミッションだと考えています。
コメント
田辺:
食と人間との関係を見ると、まず量の問題があり、次においしさがあり、最後に機能というところに至ったと思いながら講演を聴いていました。テクノロジーの発達によってこの機能を正しく測れるようになったという点が非常に興味深く、ここに江別モデルの特徴があると受け止めております。2009年度から17年ほど取り組まれてきた中でテクノロジーがもたらしたブレイクスルーなどについてお聞かせいただけますでしょうか。また、機能性評価は今後どのように進化していくとお考えでしょうか。
西平:
私のバックグランドは医学領域ですが、医学と栄養学がなかなかつながらないというギャップを常に感じてきました。現存しているテクノロジーをいかに栄養学に活用して「栄養科学」まで持っていくか、「栄養」の中にさまざまな分析技術を入れていくことが重要で、そこが一つのブレイクスルーになっていると思います。腸内細菌の情報がないと栄養学が語れないくらい食事と腸内細菌の科学は重要ですので、食事と腸内細菌をしっかり分析、評価することによって、かなり精密な栄養科学が確立すると考えております。
もう一つの大きなテクノロジーは島津製作所が得意とするメタボローム解析で、血中成分を精密に測ることで、食物が体の中でどう作用しているかが分かるようになってきました。医学部で栄養学を学ぶ機会はあまりないのが現状ですが、栄養科学を医学の中で学ぶ時代はそう遠くないと期待しています。
田辺:
江別市は札幌市のベッドタウンという地域特性があります。このモデルを全国展開していく上で、江別の特性との差分をどのように埋めていくのかというのが多くの方の関心事だと思いますが、いかがでしょうか。
西平:
成功した要因は、地域住民の理解、立ち上げのための公的資金、そして継続したプレーヤーの存在だと思っています。基盤はそれほど大きくする必要はなく、コンパクトにして各地域の特徴を生かす形で、自走化できる仕組みを整えてパッケージにして展開できると思っています。
Q&A
Q:
メタボロミクスや腸内細菌のデータを組み合わせた網羅的な解析研究は計画されていますか?
西平:
これからはAIの活用が大きなブレイクスルーになると考えています。生成AIを統計解析に導入することで、以前は数カ月かかっていた作業が1日でできるようになりつつあります。まず質の高いデータベースを構築することが最優先で、それが整えば近未来的に実現できると期待しています。
Q:
他機関とのデータセットの互換性・規格化についてはどう取り組んでいますか?
西平:
データが散逸しているのは非常に大きな課題です。食品の分析方法がなかなか統一されていないところがあり、これは食品業界から宿題として受け取っています。食と健康の情報領域において基準の統一化にしっかり取り組んでいく計画です。
Q:
スーパーなどの流通との連携計画はありますか?
西平:
最終的にいいものを作っても流通を巻き込まないとうまくいかないというご指摘は、食品企業さんからもいただいています。流通することによって食産業の活性化にもつながりますので、お互いに情報を共有し連携を深めていくことがとても重要だと思っています。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。