| 開催日 | 2026年4月16日 |
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| スピーカー | 北原 対馬(山梨銘醸株式会社 代表取締役社長) |
| コメンテータ・モデレータ | 佐藤 克宏(RIETIコンサルティングフェロー / 早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授 / 京都大学 経営管理大学院 客員教授) |
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| 開催案内/講演概要 | 混迷を深める時代のなか、「正解のない時代に、意味と方向性を示す力」としてのリベラルアーツを経営戦略にいかに生かすかが問われている。本セミナーでは、1750年創業の日本酒『七賢』を醸す山梨銘醸株式会社の北原対馬社長に、伝統産業の継承と革新をテーマに自社の取り組みをお話しいただき、佐藤克宏RIETIコンサルティングフェローに経営戦略論の視点から論評いただいた。日本酒消費が長期的に減少するなか、白州の天然水という強みを起点にラインアップを抜本改定し、瓶内二次発酵スパークリング日本酒の開発を経て新領域の開拓へと向かわれる北原氏の軌跡に「変わらないために変わる」事業戦略を読み解いた。 |
議事録
「やればできる」:米国での経験
佐藤:
リベラルアーツが経営に大切だという声が増える一方、いったいどうつなげられるのか、というところがなかなか見えません。今日は日本の伝統文化の発想が経営者にとっての良い着想の種になっていくことを日本酒「七賢」の事例で解き明かして参りたいと思います。山梨銘醸株式会社は300年近く南アルプス・甲斐駒ヶ岳の清冽な白州の水で酒造りを続けてきた酒蔵です。この歴史と伝統と格式のある酒蔵が、北原社長のもと新しい境地を切り開かれ、昨年はインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)のSAKE部門で最高賞チャンピオン・サケを受賞されました。この革新の過程についてお伺いいたします。
北原:
私は山梨銘醸「七賢」の13代目でありますが、酒造家の後継者の例にならい他人の飯を食うべく、2004年に渡米しました。対米取引を開始したばかりの折ですが、現地の日系食品卸会社に所属し、日本食レストランや日系スーパーを販路に西海岸・東海岸を駆けずり回る日々を過ごし、非常に大きな影響を受けました。枠の中の自由とは異なる、「自分で考え、自分で実行し、果実も失敗もすべてあなたの責任」という本当の意味での自由と自己責任を学び、「やるのか・やらないのか」という結果へのコミットメント感覚を吸収して帰国しました。この3年間がその後の経営判断の基盤となっています。
日本酒業界の状況と構造的課題
帰国後の山梨銘醸は経営状況が厳しく、大学でPL・BSなどの会計学に親しんでいたため危機的な状況を数字で把握できたのは幸いでした。父との間では「のれんを100年・200年先へと安定的につなげていく」という目的は共有していましたが、世代が30年程度離れていることもあり、アプローチの違いから大きな衝突も生じました。中小伝統産業では家督制度のもとに社長在任期間が25〜35年に及ぶため、代表者の思いと実績が会社の命運を大きく左右します。
日本酒業界は1973年を最大消費年として53年間右肩下がりが続き、市場規模は当時の5分の1、約23%にまで縮小しています。醸造業者数も半分以下に減り、生産者の約7割が欠損企業という厳しい状況です。世間でいう「日本酒離れ」を、業界の数字も裏付けています。
白州の水を起点とした抜本的ブランドリニューアル
2011年頃から抜本的な改革に着手し、「われわれは誰に、どのような商品サービスを届けるのか」を問い続け、行き着いた答えが南アルプス・甲斐駒ヶ岳からの白州の天然水、その価値を最大化することでした。創業者・北原伊兵衛が1750年にその水の品質と量に惚れ込んでこの地に店を構えて以来、唯一変わらないのがこの天然水を使い続けていることです。これを根本に据え、2014年に全ラインアップの製造方法・パッケージ・価格を一新しました。
白州の水の軽く柔らかい性質に合わせた製造戦略の見直しは、販売戦略も変えました。そのすっきりとしてフレッシュな酒を売り切るために、首都圏4,000万人圏への販路集約、百貨店・酒屋・スーパー・日本食店という得意とする販売チャネルへの絞り込み、運命をともにするパートナーとの取り組みを徹底しました。この際「やらないことを決める」ことが施策の大きな柱となり、周囲の困惑を押し切って断行した改革は、商品改定後速やかに結果として現れました。決断を後押ししたのは、ブランド価値の最大化に加え、従業員の幸せ、サプライヤーへの貢献、そして300年支えられてきた白州町への責任であったようにも思います。
瓶内二次発酵スパークリング日本酒という新領域
2015年、瓶内二次発酵スパークリング日本酒を開発しました。日本酒のアルコール市場における消費数量割合はわずか4.6%にすぎない一方、炭酸を含むアルコール飲料は75%超を占めます。伝統的な江戸前寿司の店で、シャンパンで乾杯される光景を悔しい思いで見てきた定性的な感覚と、この定量的なデータが重なり、停滞する日本酒業界のブレイクスルーは炭酸領域にあると判断しました。アルコール度数・糖度・炭酸ガス圧の3変数を自然発酵で安定化させる高品質化に数年を要しましたが、現在スパークリング日本酒は全体売り上げの20%・製造数量の10%を占め、銘柄数・数量・金額ともに国内トップクラスのメーカーとなっています。昨年はIWCで1,476銘柄の頂点となるチャンピオン・サケを受賞し、社員や地域、県民の皆さまに「おらが酒」と喜んでいただけたことが大変うれしいことでした。
業界の定義と新領域への参入
日本酒業界には将来を悲観する声が多いものの、新規製造免許が数十年にわたり発行されず国内事業者は品質面で圧倒的な強みを持ち、数百年の歴史とのれんという無形資産を宿しています。世界の健康志向とジャパンブームのなかで日本食とともに日本酒の市場も大きく広がりうると見ています。重要なのは自分の業界をどう定義するかです。地元市場だけを見れば苦しいですが、アルコール市場のメーカーとして首都圏や海外を標的顧客ととらえれば無限の市場が眠っています。代表者が自社をどの業界のプレーヤーとして定義するかが、個別企業の未来を決定づけると考えています。
われわれは自身を、ライフスタイルを提案する企業ととらえ新たな2分野への参入を決めました。昨今の米価の高騰や農家の高齢化など、調達不足の懸念が高まる水の次の第一次原料であるコメをめぐる課題に対応し、山梨ならではのテロワール(土地など農産物の品質・特徴に関わる自然環境を指す)を訴求する農業分野と、宿泊業の2分野です。ボルドー・ブルゴーニュの高級ワインが実現してきた高付加価値化・国際化モデルを応用したものです。
最後に、われわれは経済産業省や中小企業庁、国税庁などの補助金を多数利用させていただいています。補助金を自ら申請・事業計画化・報告まで行うプロセスは、若い経営者にとってPDCAを構築・遂行する大きなトレーニングの場となりました。伝統産業には社会的に大きな強みが与えられており、今後もご支援をいただきながら、のれんの最大価値化を進めていきたいと思っています。
コメント
佐藤:
現在の経営戦略論には大きく2つの理論があります。マイケル・ポーター教授の、いかに競争のない事業領域を選ぶかというポジショニング理論と、ジェイ・B・バーニー教授のVRIO、すなわち価値(Value)・希少(Rarity)・模倣困難(Imitability)・組織活用(Organization)を満たす自社の強みが競争優位の源泉であるとするリソース・ベースド・ビューという考え方です。実務的には自社のビジョンを起点に、Where(事業領域)・What(自社の強み・提供価値)・How(持続的差別化とキーサクセスファクター)を組み立てることが重要です。
七賢の事例を読み解くと、起点はWhat、すなわち白州の唯一無二の水でした。Whereとして、日本酒が4.6%に過ぎないのに対し炭酸入り飲料が75%超というデータから無競争空間としてスパークリング日本酒の領域を選び取った点が秀逸です。Howでは、フレッシュさと料理との相性、特にコースの最初の一杯に泡物が選ばれるという点から「泡」をキーサクセスファクターとして見事におさえられたのではないかと思います。伝統産業を経営戦略の枠組みで読み解くことは、頭の体操になると同時に自社経営への思いを致す機会となり、また伝統産業が壁を乗り越える方法を学ぶ機会にもなると考えますが、いかがでしょうか。
北原:
私は定量・定性的な分析に基づいて決断を下してきただけにすぎませんが、マーケティング・ブランディングは非常に重要だと感じています。同じおいしい酒でも1,000円で売れるか1万円で売れるかはブランディング次第です。また会計学の理解は強い経営基盤の構築に直結します。
Q&A
Q:
抜本的なブランドリニューアルにあたり、社員や杜氏(とうじ)の理解をどのように得て、まとめていかれたのでしょうか。
北原:
社員の不安は非常に大きかったと思いますが、これをやらなければ未来は描けない、という思いもあったはずです。父との価値観の違いは、親子だからこそできる、構わずやってしまった、というところですが、実績を積むことで社員もついてきてくれたと思っております。
Q:
現在のポジショニングをどのようにお定めになったのでしょうか。また世界で見たときに、日本酒は何をキーサクセスファクターに戦っているのでしょうか。
北原:
大切にしているのはケーススタディーです。自社ブランド化と新領域拡大においては高級ワイン業界の事例を応用しています。また、世界で勝つためには、やはり他社が入っていない無競争領域において圧倒的に強みを生かせるものを見つけていくことが重要だと思っています。総じて伝統産業には歴史的な付加価値が与えられ、その可能性は大きいと考えております。
Q:
IWC受賞のスパーリング日本酒「白心」はブランドストーリーをしっかり出されていますね。スパークリング日本酒について、特許取得や模倣からの保護戦略はどのようにお考えでしょうか。
北原:
特許は取得しておらず、今後も取る予定はありません。市場はまだ10年ほどで、プレーヤーも20〜30社程度にすぎません。囲い込むよりも、他社の追随を許さないレベルまで技術開発を急ぎ、先行して走り続けることを優先しています。
Q:
日本酒は他の料理とのマリアージュも目指すべきでしょうか。それとも日本食の拡大とともに成長する方向がよいのでしょうか。
北原:
ワインがグローバル飲料となった要因の一つは中華料理への浸透です。ウイスキー・ウオッカ・ジン・ワイン・ビールが世界に広まった共通項は、他国の文化・民族とともにローカライズされ価値が共有された点にあります。日本酒の世界アルコール市場における数量割合は0.01%を切るほど小さく、だからこそ可能性が大きく残されています。フランス料理やイタリア料理と合わせていくことも、業界として取り組むべき課題です。
Q:
経営者として、普段どのようなことを意識してご自身を育てていらっしゃいますか。
北原:
取捨選択し、これと決めたものに集中的に時間とコストを投資する。最終的には決断力が問われ、それはオーナー経営者だからこそ取れるリスクの取り方だと思いますが、人間はいくつになっても成長できる生き物だと、努力を続けています。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。