| 開催日 | 2026年3月19日 |
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| スピーカー | 臼井 恵美子(一橋大学経済研究所 教授) |
| コメンテータ | 山口 一男(RIETI客員研究員 / シカゴ大学ラルフ・ルイス記念特別社会学教授) |
| モデレータ | 堺井 啓公(RIETI国際・広報ディレクター) |
| 開催案内/講演概要 | わが国における女性医師の数は増加傾向にあるものの、女性医師のキャリア形成上の問題や男女医師間の賃金格差は依然として残っている。一橋大学経済研究所の臼井恵美子教授は、2004年に導入された新臨床研修制度(スーパーローテート研修)に着目し、同制度の導入が女性医師の診療科選択に与えた影響を分析した。本セミナーでは、臼井教授がその分析の概要を解説。診療科選択に影響した要因の分析や、男女間の収入格差、労働時間、長期的キャリアに関する最新の知見をご紹介いただくとともに、男女医師がともに能力を十分発揮できる持続可能な医療体制の確立に向けて、今後の課題と対応策について論じた。 |
議事録
医師としてのキャリア形成の男女差
日本では女性医師の数が増加しており、30~40歳代の医師に占める女性の割合は、1994年の12%から2016年は28%に上昇しました。今後、女性医師の活躍がさらに広がることが見込まれる中で、女性医師と男性医師のキャリア形成の違いを明らかにすることは重要と考えます。
そこで私たちは、2004年に導入された新臨床研修制度(いわゆるスーパーローテート研修)が、女性医師のキャリア形成にどのような影響を与えたかに着目しました。分析には、厚生労働省「医師届出票」の個票データを用いました。この届出票は医師が2年に1度提出するもので、医師固有の医籍登録番号、性別、生年、医籍登録年などの情報が含まれています。これらの情報は基本的に不変であるため、それらを用いて個人を追跡することで、医師のキャリア形成が男女でどのように異なるのかを把握することができます。
診療科別に医師の構成比を見ると、外科、脳神経外科、整形外科、泌尿器科では男性の割合が高く、産婦人科、小児科、眼科、麻酔科では女性の割合が高くなっています。こういうした違いを踏まえ、なぜ男女で選択する診療科に違いが生じるのかという点に関心を持ちました。
医師は、医師免許を取得した後、臨床研修を経て初職診療科を選択することになります。人的資本を蓄積していくという観点からも、できる限り選択した初職診療科で継続的にキャリアを形成していくことが望ましいと考えられます。キャリア形成の初期段階では、初職臨床科において3~5年の専門医研修プログラムを受け、必要な症例数を経験した上で、基本領域の専門医資格を取得することが一般的です。さらに中堅段階では、より専門分化した領域において、さらに多くの症例を積み重ね、サブスペシャリティ領域の専門医資格を取得することが重要となります。本分析では、初職診療科の継続状況、基本領域専門医資格の取得状況、サブスペシャリティ領域専門医資格の取得状況が、男女の医師の間でどのように異なるのかを検討しました。
まず、男性比率の高い初職診療科、すなわち外科、脳神経外科、整形外科、泌尿器科では、初職診療科を継続している割合は男性医師の方が高く、女性医師ではやや低いことが確認されました。基本領域専門医資格についても、男性医師ではおおむね7割程度が取得している一方、女性医師の取得割合は男性医師より低い傾向がみられました。さらに、サブスペシャリティ領域専門医資格についても、女性医師の取得割合は男性医師より低い傾向がられました。これらの結果から、男性比率の高い診療科においては、比較的早いキャリア段階から女性医師が継続的に働きやすい環境を整備するとともに、専門医資格の取得を含む中長期的なキャリア形成を支える支援体制を充実させることが重要であると考えられます。
女性比率の高い診療科、すなわち産婦人科、小児科、麻酔科、眼科では、女性医師の方が初職診療科を継続している割合が高く、基本領域専門医資格についても、多くの診療科で男女差はあまり見られません。すなわち、これらの診療科では、初期キャリア段階においては女性医師の離脱が少なく、基本領域専門医資格もおおむね取得できていることが示されています。一方で、サブスペシャリティ専門医資格については、女性医師の取得割合が男性医師を下回っています。30代前半までに基本領域専門医資格を取得していても、40代前半ごろまでにサブスペシャリティ領域専門医資格の取得に至っていないことうかがわれます。このことから、女性比率の高い診療科においては、初期段階よりも中堅期におけるキャリア形成支援や育成が重要であると考えられます。
もっとも、近年では女性医師によるサブスペシャリティ領域専門医資格の取得も着実に進んでおり、今後は男性医師と同程度に取得が進む可能性もあると考えられます。
新臨床研修制度の効果
2004年に新臨床研修制度が導入される以前は、医師免許取得後、ストレート研修によって単一の診療科を選択し、そのまま専門研修へ進むことが一般的でした。他方、新制度のもとでは、スーパーローテート研修が導入され、内科や外科を含む7科目が必修となり、2年間にわたって複数の診療科を経験することになりました。そこで、本研究では、この制度変更が女性医師の診療科選択にどのような影響を与えたのかを分析しました。
初職診療科として女性医師が外科を選択する割合は、2004年以前から緩やかな上昇傾向にありましたが、2004年を境にその伸びがより顕著になりました。一方、男性医師については、2004年に小幅な上昇が見られたものの、全体としては外科を選択する割合は低下傾向にありました。泌尿器科についても、女性医師では2004年に選択割合の大きな上昇がみられたのに対し、男性医師では同年に低下がみられました。これに対して、女性医師比率が高いとされる眼科では、男女ともに初職診療科として選択する割合は2004年以前から低下傾向にあり、新臨床研修制度導入後も大きな変化は確認されませんでした。さらに、女性医師による外科選択の増加が、どの診療科からの移動によるものかをみたところ、主として内科からの移行であることが分かりました。
このようにスーパーローテート制の導入によって、男性比率の高かった外科に女性医師が進むことが強まったことが示されました。ただし、外科を選択する女性医師の内訳をみると、その多くは乳腺外科の増加によるものでした。実際、乳腺外科医に占める女性の割合は、2008年の15%から2016年には28.6%へと大きく上昇している一方、その他の外科領域では増加は限定的でした。
乳腺外科で女性医師が増えた背景としては、もともと女性医師自身の関心が比較的高い領域であったことに加え、消化器外科などと比べて緊急手術が少なく、仕事と生活の両立を図りやすいという特徴があることが考えられます。医師が、自ら関心に加えて、働き方との両立可能性を踏まえて診療科を選択していることを示唆する点は、重要なポイントであると考えられます。
新制度が長期的キャリアに与えた影響
2年間のスーパーローテート制のもとで、医師は研修医時代に複数の診療科を経験し、自らに適した診療科を見極める機会を得ることになりました。その結果、進路選択におけるミスマッチが減少し、その後の専門医資格の取得にもつながった可能性があります。そこで本研究では、こうした制度の効果に男女差がみられるのかという点に着目して分析を行いました。
分析の結果、スーパーローテート研修によって複数診療科を経験した後、外科や産婦人科では初職診療科の定着には変化が見られなかった一方で、サブスペシャリティ領域専門医資格の取得は大きく伸びました。内科では、女性医師においても初職診療科の継続がみられ、さらに基本領域専門医資格、サブスペシャリティ領域専門医資格の取得も進んでいました。これらの結果は、女性医師にとって選択した診療科との適合性が高まり、それが定着や資格取得の促進につながった可能性を示唆しています。
もともと女性医師は外科を選択しにくい傾向がありましたが、スーパーローテート研修の導入によって外科が必修になったことで、外科を選択する女性医師が増加しました。その結果、泌尿器科、脳神経外科、外科(とくに乳腺外科)における女性医師の割合が高まったことに加え、内科において女性医師がサブスペシャリティ領域専門医資格を取得する割合の上昇という、前向きな効果が生じたと考えられます。
もっとも、男性比率の高い診療科では、依然として初職キャリア段階、及び中堅段階の双方において男女差が残っており、今後これをどのように縮小していくかが重要な課題であると考えられます。特に整形外科では、新制度の効果が確認されず、現在でも女性医師が整形外科を選択する割合は低い状況にあります。この背景としては、整形外科医は身体的負担を伴う業務が比較的多いことが影響している可能性も指摘されとり、制度改革のみでは性差の縮小が容易でない領域も存在するかもしれません。
われわれは2023年に、札幌医科大学附属病院の西田幸代先生と協働し、札幌医科大学の同窓生を対象としたアンケート調査を実施し、男女医師の収入格差の実態について分析を試みました。
医師はアルバイトを行うことが多いため、収入を把握するには、主たる勤務先からの収入、アルバイト収入に分けて尋ねる必要があります。分析の結果、女性医師の主たる勤務先いおける年収は、男性医師と比較して、子どもを持つ場合には37.2%、子どもを持たない場合でも4.4%低く、いわゆる「チャイルドペナルティー」が大きいことが明らかになりました。
さらに、子どもを持つ女性医師は、収入を補うためアルバイトに従事する傾向があることも確認されました。すなわち、女性医師にとって、出産・育児に伴うキャリア中断の影響は非常に大きかったといえます。
また、医師のアルバイトが重要な意味を持つことを踏まえ、主たる勤務先とアルバイトそれぞれにおける労働時間についても尋ねたところ、アルバイトを行っている医師では週の総労働時間が非常に長くなっていました。アルバイトを行う理由としては、主たる勤務先における年収だけでは十分でないため、追加的な収入を確保する必要が挙げられ、その結果として長時間労働になり、睡眠時間も短くなる傾向がみられました。
アルバイトに関しては、もう一つ重要な特徴が明らかになりました。広大な北海道では、医師のアルバイトが地域の医療提供体制を支えるうえで極めて重要な役割を果たしており、札幌医科大学は道内各地に医師を派遣することを通じて、道内の公的医療を支えています。兼業の実態をみると、1泊2日を伴う遠方への派遣は主として男性が担っている一方で、女性医師のアルバイトは札幌市内が中心で、移動負担が男性医師に偏っていることが示されました。
このように、男女医師の間には収入だけでなく働き方にも違いがみられます。今後、女性医師の割合がさらに高まる中では、遠方派遣を含む地域医療の担い方について、女性医師も参加しやすい勤務環境や支援策を整えることが重要になると考えられます。
大卒女性のキャリア
そのほか、女性がなぜ理工系に進学しにくいのか、また理工系や医薬系に進学した場合に男女間でどの程度の賃金差が生じるかについても研究しています。
大卒男性の平均賃金と比較すると、人文科学専攻卒の女性は初職の段階ですでに1割低く、社会科学専攻卒の女性については初職時点では大きな差がありません。しかし、卒業後6~10年が経過すると、人文科学専攻卒の女性の賃金は大卒男性平均より35%、社会科学専攻卒の女性は24%低くなっています。
STEM系(理工系)を選考した大卒女性の場合、初職の段階では大卒男性平均とほぼ同水準ですが、卒業後6~10年では大卒男性平均と比べて27%低くなっています。一方、STEM分野の大学院卒女性については、大卒男性平均との差はそれほど大きくありません。また、医薬系専攻卒の女性は、初職では大卒男性平均を上回っており、卒業後6~10年では7%低くなるものの、そのペナルティーは比較的小さいといえます。従って、現状では、女性が大卒男性並みの所得を得るためには、STEM分野の大学院に進学するか、あるいは医薬系分野を選択することが有力な経路となっていると考えられます。
このように、STEM分野を選考した大卒女性の賃金は、大卒以上の男性と比べて低い傾向にありますが、その背景にはチャイルドペナルティーがあるのではないかと考え、女性を子どもの有無によって分けて分析しました。
卒業後9~11年時点の賃金を大卒男性と比べたところ、STEM分野の大卒女性は、子どもがいない場合で26%、子どもがいる場合で44%低くなっています。同様に、STEM分野の大学院卒女性についても、子どもがいない場合で19%、子どもがいる場合で49%低くなっており、チャイルドペナルティーも大きいのですが、子どもがいない女性の賃金も男性より大きく低いです。
実際、STEM分野の大学・大学院卒女性が正規職として就業している割合は、大卒男性平均よりも低くなっています。これは、子どもがいない場合であっても賃金が低いことと関係している可能性があり、その要因を明らかにしていくことが今後の重要な課題であると考えます。
Q&A
Q:
2004年を境としたサンプルデータは、継続サンプルのみでしょうか。医師を退職した脱落サンプルは考慮されているのでしょうか。
臼井:
医師届出票は2年に1度、原則としてすべての医師が届け出ることになっていますが、実際には働いていない期間などには提出されない場合があり、とくに30代では女性医師の届出が減少する傾向がみられます。したがって、分析にあたっては、届出がなされず、その後再び届出が確認される場合は、届出がなされなかった時点については脱落が生じていたことを明示したうえで分析しています。
Q:
外科手術は経験数が重要といわれ、日常的にも訓練を積んでいると聞きますが、出産・育児によって習熟度に差は出るのでしょうか。
臼井:
外科手術では経験数の蓄積が重要であり、日常的な訓練や実践の積み重ねが習熟度に影響すると考えられています。複数の医師から、どの手術を誰に担当させるかは上司の判断による部分もあると聞きました。たとえば、出産・育児を経験している女性医師に対しては、難易度の高い手術の担当を控えてもらうといった対応がとられる可能性があります。したがって、習熟度の差が生じるとしても、それが単純に経験不足によるものなのか、あるいは出産・育児を経験した医師に対する機会配分の違いによるものなのかを区別して検討することが重要であると考えています。
Q:
専門的な医療提供が期待される大学病院や医育機関でキャリアを形成する場合、サブスペシャリティ領域は必須と思われますが、例えば町の診療所などでかかりつけ医として勤務する場合、必ずしも専門医資格まで取得する必要はないような気もします。
臼井:
ご指摘のとおり、サブスペシャリティ領域専門医資格の必要性は、勤務先やキャリアの方向性によって異なります。大学病院や大規模病院で専門的な医療に従事する場合には重要性が高い一方、地域の診療所でかかりつけ医として働く場合には、必ずしも不可欠ではないこともあります。
また、サブスペシャリティ領域の整備状況は診療科によって異なります。たとえば産婦人科では複数のサブスペシャリティ領域がありますが、他の診療科では同じように整備されていない場合もあります。そのため、分析では、各基本領域の上にどの程度サブスペシャリティ領域が整備されているのか、また実際にどれほど取得されているかを確認しながら検討しています。
そのうえで、大学病院や大規模病院でのキャリア形成に限ってみると、女性医師は症例経験を十分に積みにくいことなどから、サブスペシャリティ領域専門医資格の取得に至りにくい可能性があります。ただし、この格差は近年の若い世代では縮小しつつあります。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。