RIETI-NEDOジョイントBBLセミナー「未来を拓くイノベーションと新産業のフロンティア」シリーズ

デジタル感性による価値創造-デジタルハプティクス&エクスペリエンス研究開発の事例から-

開催日 2026年3月11日
スピーカー 栗田 雄一(広島大学 大学院先進理工系科学研究科 教授)
スピーカー 田辺 雄史(新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)イノベーション戦略センター 事務局長)
モデレータ 横井 一仁(新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)イノベーション戦略センター デジタルユニット長)
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開催案内/講演概要

人間の判断や行動は触覚・力覚・運動感覚といった身体感覚に強く依存するが、現代のデジタル社会における活用はいまだ進んでいない。こうした身体感覚は産業・医療・教育に新たな価値を生む「デジタル感性」の基盤になると考えられる。本セミナーでは広島大学大学院の栗田雄一教授を迎え、触覚体験を拡張するデジタルハプティクス研究開発を例に、AIやロボティクス技術を活用したデジタル感性領域の社会的意義と次世代経済への可能性についてお話しいただいた。このシリーズは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)イノベーション戦略センター(TSC)とRIETIとの共催で実施し、最先端技術や新産業領域の動向について継続的に発信していく。

議事録

RIETI-NEDOジョイントBBLセミナーの趣旨

田辺:
われわれ新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のイノベーション戦略センター(TSC)は、2014年に設立された研究開発技術のシンクタンクです。あまり世の中に知られた存在ではなかったのですが、昨今は技術インテリジェンスを中心に注目を集めるようになり、今回夢のコラボに至りました。

TSCは、社会問題や国内外の政策動向、先端技術、グローバル市場の動向といった観点から、わが国が新たに取り組むべき領域について分析・発信している機関です。取り組みの具体例としては、グローバルな社会課題全体をとらえたり、グローバル市場動向を俯瞰(ふかん)したり、サプライチェーンを分析したりして、「鷹の目・蟻の目・魚の目」でさまざまな角度から見ることで社会像を明らかにし、必要な技術を特定する活動をしています。

第1回は栗田先生にデジタル感性というテーマでお話しいただき、次回以降も順次進んでいきますのでご期待ください。

感性をICTに取り込む

栗田:
現代の情報通信技術(ICT)社会では、視覚と聴覚による情報がコミュニケーションの中心となっていますが、人の五感の残り3つである触覚、嗅覚、味覚は十分に使いこなせていません。

一方で、触覚の1つである身体感覚は、人間の情報処理において重要な役割を果たしているといわれ、その研究はこれまでも数多く行われてきました。しかし、身体感覚に関する市場形成はまだ道半ばといえます。

理由として、デバイスが大型で高コスト、身体感覚を定量化する方法が未確立、通信プロトコルや安全・倫理基準の整備が進んでいない、利用場面が限定されていることなどが挙げられます。特に、文脈や体験価値が伴わない身体感覚の提示だけでは日常の需要を生まず、応用シーンが限られています。

そこで、身体感覚を「感性を理解・共有する手段」と位置付けることにしました。人間が何かに触れることは、感性や認知の形成に深く関与し、社会的触覚は心理的親密さや情緒的結び付きに影響を与え、それがなければ孤立感やストレスが生まれます。すなわち触覚や力覚などの身体感覚は安心感、没入感、存在感、信頼形成を支える基盤であり、感性価値を目的に据えて身体感覚を手段ととらえることで、多方面の価値に接続できるのです。

感性とは、感覚に伴う感情や衝動、情動、欲望などを含めた言葉として定義されますが、感性を取り込んだ次世代ICT社会が形成されれば、人の認知や身体、情動にシステムや社会が適合できることになります。

社会的価値としては高齢社会における孤立の低減や医療・リハビリの高度化などが期待できますし、経済的価値としては触覚・体験を含めた産業コンテンツの創出、没入型エンターテインメント市場の拡張などにつながります。技術的価値としては身体を含む情報理論(フィジカルAI)の発展、人工知能(AI)理論の発展にも寄与しますし、文化的価値としては芸術・創作の新しい媒体、身体表現のデジタル保存などが生まれ、感性をICTに取り込むことで人と社会を拡張できる可能性があります。

そこで、人間の感性を計測・モデル化して共有可能にし、体験自体を情報として扱うためのICT基盤(デジタル感性)を構築することにしました。目的は感覚の提示だけでなく、感性の理解・共有・拡張です。身体・認知・情動・行為の循環をデジタル環境に実装することが最終目標になります。これが実現できれば、情報社会から体験社会への転換が可能になるでしょう。

デジタル感性を実現するための要素技術として、計測、推定、設計、提示、評価の技術が必要になります。これらはデバイスやAI、通信などの統合技術領域であり、身体・行為・感覚の循環が核となります。情報伝達ではなく体験の共有が目的であり、リアルタイム性をどこまで求めるかが重要なポイントになるでしょう。

付加価値を与える触感

体性感覚に対して、力や振動、圧力などの刺激を与えて情報を伝える技術をハプティクスといい、こうした技術によってプロダクトに付加価値を与える研究が盛んに行われています。例えば、顧客に興味を持たせるため、コストをかけて造形や表面の質感をつくることが重要な要素となっており、それが触感などとの相乗効果によってリピートにつながります。

子ザルを使った心理学の実験によると、たとえミルクを与えなくても柔らかくて温かい触感の親ザル人形を選んで寄り添う傾向があることが分かっており、社会的な動物には心地よい接触が重要な価値となっていることが示唆されます。

接触が心地よさにつながるのは、心地よい接触に特化したCT(C-Tactile)線維という神経線維があるからとされています。CT線維は脳と直接つながっており、これが発火すると心地よさが生まれるため、CT線維が主観的な心地よさの変動に直接影響していることが分かっています。

一方で、触感の心地よさと購入意欲との関係を調べた研究によると、触感の良しあしが金銭的価値に直接影響することが分かっています。それだけでなく触感に対する評価には、顧客の利用時間やリスク選好、買い替え頻度、年齢、世帯構成などが強く影響しています。逆にいえばパーソナライズが重要であり、属性・心理・行動で触感ニーズを予測することが可能です。

現在、Eコマース(電子商取引)において使われている情報は視覚や聴覚ですが、そこに触覚の情報を加えればさらなる市場拡大が期待できます。

考えてみれば、触覚や固有感覚が重要な財・サービスは意外と多いのですが、デジタル化はまだ十分には進んでいません。原材料や資本財の部分のDX技術・基盤は欧米に取られていますが、触感や固有感覚が重要な意味を持つ市場において日本がデジタルハプティクスのタッチポイントを取れれば、大きな市場にアクセスすることが可能となるでしょう。

デジタル技術で触感デザインを支援

われわれはそこを目標に、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)において、NEDOの委託でデジタルハプティクスに関するプロジェクトを進めています。その1つがプロダクトの表面の質感に関する研究です。マウスやスマートフォンカバーは、表面に微細な凹凸を付けること(シボ加工)で質感が生み出されます。さらに近年は見た目に関しても非常にリアルな反射や陰影表現をコンピューターシミュレーションできるようになっています。

こうした技術の研究が重要なのは、これまでは触感を体験してもらうためにサンプル試作が必須だったのですが、デジタルでのシミュレーションが可能になれば開発時間を大幅に短縮でき、触感デザインの低コスト化が期待されるからです。

具体的には、触り心地の異なるさまざまなサンプルを用意し、人に触れてもらい、その結果をデータベースに蓄積することで、人が触ったらこのように感じるというのを機械学習によって推定するアルゴリズムをつくることができます。さらには所望の触感を生成することも可能で、もう少し心地よくするにはどう変えればいいのか、AIが学習・提案してくれます。

触感の検索や生成AIでは、表面形状から触感を推定したり、望む触感に近づくための形状を提案することが可能です。私たちは、こうした機能を実装したクラウドで動くプラットフォームを開発しており、表面の凹凸を少しすべすべにしたりざらざらにしたり、心地よさを調整すると、それに合った凹凸形状を提案してくれるほか、見た目の変更も気軽に行うことができます。

このようなソフトウェアによって、これまで高コストだった視覚と触覚を考慮したデザインを低コストで行えるようになり、それが触感の価値を広く理解し、実装につなげられるようになるのではないかと考えています。

また、データベースを属性ごとに分けることで、ユーザー層に応じて触感推定の精度を上げることも可能になっています。触感から価値判断をつくる脳の情報処理についても共同研究をしていて、触感の違いによって異なる脳反応が出ていることも分かりつつあります。

さらには、デジタル空間で作った凹凸を加工業者にデータとして提供し、それを実際のサンプルとして納品するところまで可能にしつつあります。こうしたプラットフォームが実現すれば、触感価値という新たな価値を生み出すマーケットをつくり出せるでしょう。

デジタル感性の産業インパクト

デジタル感性はあらゆる産業においてインパクトを与えると考えられます。医療・リハビリ・ヘルスケア領域では、社会保障費の増加や勤労人口減少などの構造的問題に対し、治療効果の客観的評価や遠隔医療の必要性が高まっています。こうした中で、身体感覚を取り入れたバーチャルリアリティー(VR=実質現実≠仮想現実)が有用と考えられます。特に触覚・力覚の活用が期待されており、フィジカルなVR技術が確立されれば医療分野で非常に役立つでしょう。

具体的には、われわれはソフトエグゾスケルトン(柔らかい外骨格スーツ)の活用を提案しています。例えばウエアラブルな空気圧人工筋を使ったアシストスーツは、職場における身体的負荷の軽減のほか、リハビリやトレーニングの補助を実現します。われわれはスマートコーチングと呼んでいますが、よりモチベーションの高いトレーニングを可能にすると考えています。

われわれはその取り組みの1つとして体操支援アプリを開発しました。視聴覚効果を使って体操をリズムゲームのように行うことができ、運動評価結果をリアルタイムでフィードバックし、体操メニューの提案までしてくれるというものです。

こうした技術を活用することで、意識させない計測、運動能力の推定とデータ蓄積、トレーニング難易度への反映という流れで、AIを使った新たなデータヘルスケアの仕組みも実現できると考えています。

また、われわれは自動車の反力の計測を行っています。自動車の操作にはステアリングの反力が非常に大きく影響するのですが、われわれが反力を計測してみると、車種によっても異なりますし、正確に力を認識することができません。しかし、操作感に関していえば、センサーで測った物理量よりも人の感覚量の方が相関性が高いことが分かっています。つまり、感覚量をデザインした方が操作感をより生み出せることが示唆されます。

例えば、ショベルカーのレバーについて、より操作感の高い反力を提案することで、人が使いやすいインタフェースをつくることができ、効率性の高い遠隔就労を実現することも可能です。人手不足が課題となっている土木建設業界において、短時間で技術や操作性を高める上でも、こうした感性に関する技術は非常に重要になるでしょう。遠隔就労における身体性の欠如、通信遅延、コミュニケーションの質の低下、ストレスやメンタルヘルスといった課題を解決する上で、デジタル感性技術は非常に重要なポイントになると思います。

日本を感性テクノロジー大国にするためには、デジタル感性が重要と考えます。そのためにはデジタル感性のデータ標準や、脳と身体を統合した感性デジタルツイン、感性価値を生むコンテンツ創生、ロボットと人の共生などが必要だと思います。

価値の源泉が機能から体験に移っており、感性は計測→推定→介入→評価で工学的に回せるため、マネタイズの対象となり得ます。デジタル感性基盤を構築した国が6G時代の付加価値市場を主導していくでしょう。

Q&A

Q:
CT線維はいわゆる触覚の一部なのでしょうか。

栗田:
触覚といってもいいかもしれません。触感には触覚を生む受容器がいくつかあって、CT線維は触れると発火するという意味では触感に関係する感覚器の1つと考えてもいいと思います。

Q:
感性工学はデジタル領域でどのように応用されているのでしょうか。

栗田:
感性工学は昔から研究されてきた分野であり、人がどう感じるのかを設計変数に翻訳していて、これはそのままデジタル領域でも使えます。感性工学をモノづくりの感性設計から体験づくりの感性設計に広げられれば、より広いサービスになり得ると思います。

Q:
触覚が男女などの属性によって違うとのことでしたが、具体的にはどう異なるのでしょうか。

栗田:
表面の凹凸を変えた触感サンプルを触ってもらって、どう感じるかというのを調べた結果を見ると、男女で完全に分かれるというよりは、さまざまな要因が影響しています。その人が好む触感か、好まない触感かによって、購入の際に出せる金額がかなり変わってきそうだということが分かっています。

Q:
所望の触感を生成するアルゴリズムというのは表面の凹凸だけでなく材質なども考慮できるものなのでしょうか。

栗田:
はい、われわれがつくっているプラットフォームでは材質などを設定できるようにしています。表面の凹凸や形状のほか、柔らかさや温冷感も大きく影響を与えるといわれており、このあたりの情報もデータベースとして増やしているところです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。