| 開催日 | 2026年2月25日 |
|---|---|
| スピーカー | 有村 俊秀(RIETIファカルティフェロー / 早稲田大学政治経済学術院 教授) |
| コメンテータ | 若林 伸佳(経済産業省 GXグループ参事官 兼 環境経済室長) |
| モデレータ | 関口 陽一(RIETI上席研究員・研究調整ディレクター) |
| ダウンロード/関連リンク | |
| 開催案内/講演概要 | わが国ではグリーントランスフォーメーション(GX)政策の下、企業などが排出する二酸化炭素(CO2)に価格を付けるカーボンプライシングが進められ、2026年度から排出量取引(GX-ETS)が義務化される。本セミナーではRIETIファカルティフェローの有村俊秀早稲田大学政治経済学術院教授を迎え、GX-ETS制度の概要と特徴を解説していただいた。特に、規制が厳しい国と緩やかな国の産業間で国際競争力に差が生じ、緩やかな国でかえって排出量が増加する炭素リーケージ対策に注目し、制度設計が企業行動や競争力に与える影響を経済学の視点から考察した。また、欧州連合(EU)が導入を進めている国境炭素調整措置(CBAM)の影響についても取り上げた。 |
議事録
カーボンプライシングとは
気候変動問題はこれまで、市場の外側に存在するため(外部不経済)、市場の失敗といわれてきました。カーボンプライシング(CP)とは、この問題に対処するため、二酸化炭素(CO2)に価格付けをし、外部不経済を内部化することを指します。その手法としては、炭素税、排出量取引制度(ETS)、カーボンクレジットの3種類があります。
CPは市場メカニズムを使って社会全体で効率よく排出を抑制できるメリットがあります。しかし、日本では東日本大震災前から政府で検討されてきたものの、いろいろな懸念から導入に至りませんでした。
理由の1つが国際競争力の問題です。一部地域だけがCPを導入すると、その地域の産業だけが不利益を被ることが懸念されます。また、ある国だけCO2排出を減らしても他地域に産業が移転してCO2排出が増える恐れ(炭素リーケージ)があります。そして、そもそも削減効果があるのかという疑問もありました。
しかし、東京都では2010年から排出量取引制度が導入され、埼玉県でも2011年から始まり、いずれも排出削減につながっています。
GXのためのカーボンプライシング
一方、国ではCPの導入に向けて、2023年のGX推進法成立に伴い20兆円規模の支援を表明し、GX経済移行債を発行しました。それに合わせ、自主的な排出量取引であるGX-ETSのフェーズⅠが2023~2025年度に行われ、2026年度からは義務的な制度(フェーズⅡ)となります。これが非常に大きな変革をもたらすと考えられています。
2028年からは化石燃料賦課金といって、日本に入ってくる化石燃料に炭素税のような形で課金し、それがGX経済移行債の償還のために使われます。それから、発電部門のETSのオークションが2033年から始まり、この収入もGX経済移行債の償還に使われることになっており、CPはかなり長期にわたる大きな政策となっています。
フェーズⅠの特徴は、参加が自主的なのにも関わらず、GX資金獲得への参加が必須であるため、多くの企業が参加している点です。その結果、50%以上の排出をカバーしています。目標設定も自主的なのですが、企業レベルで参加する形になっています。取引対象はスコープ1(直接排出)のみであり、EUETSと同様、化石燃料の消費をターゲットに規制します。また削減クレジット方式なので、削減後に排出枠が配分されます。
この制度では、目標を達成したい企業が削減できない場合はカーボンクレジットを使ってもよく、カーボンクレジットを取引する市場が東京証券取引所で2023年から開設されています。
一方、義務的制度であるフェーズⅡでは、規制単位は引き続き企業レベルであり、300~400社と幅がかなり広くなります。排出量で線引きをするのでセクターで区分していない点が特徴で、電力や製造業に加え、物流業界や国内航空大手も対象となります。
排出枠の配分方法は一般的に、EUETSのようにオークションで有償配分する方法がありますが、今回は無償配分で始まります。従来の削減クレジットという事後的な配布方式から、事前に排出枠を配分する方式となります。そうすると金融の役割は大きくなりますが、2027年度の市場開設に向けたルールの議論はまだ行われていません。遵守が難しい事業者には、オフセットクレジットの利用を認め、Jクレジットと二国間クレジット(JCM)の利用が排出の10%まで認められています。
フェーズⅡにおける排出枠の配分方法は無償配分で始まりますが、EUも導入初期は無償配分であり、韓国も無償配分から有償配分へ移行しています。方法としては、過去の排出量に基づいて配分するグランドファザリング方式と、技術水準に基づいて配分するベンチマーク方式があります。
グランドファザリングは、基準となる年度の排出量に一定の削減率を乗じる方式です。主に非エネルギー集約業種に適用され、年率1.7%の削減率が提案されています。一方、ベンチマークはエネルギー集約型業種に適用され、例えば電力1kWhを発電するときのCO2排出量、鉄鋼1tを作るときのCO2排出量(排出原単位)に活動量を掛けて割当量を算出します。その方が公平で理解が得やすいという考え方です。
ベンチマークで興味深いのは電力部門で、燃種別でベンチマークを適用するパターンと全火力平均で適用するパターンが考えられるのですが、最初の3年間は燃種別にして、将来的には2029年20%、2030年40%という形で徐々に全火力平均にウエートをかけていきます。すると2029年には、石炭火力の発電事業者は発電パターンを変えるか、カーボンクレジットを購入しないと対応できなくなるため、2029年が大きなポイントになるでしょう。
排出枠価格にはEUもそれなりに試行錯誤していて、2010年代は5~6ユーロと低迷していたのですが、市場安定化リザーブの導入や、足元では脱炭素宣言やウクライナ戦争などもあり、90ユーロにまで達しています。
日本のGX-ETSでは、上限価格と下限価格を設けることになっています。価格が高騰すれば政府が一定の価格で排出枠を発行し、価格が下がり過ぎると企業の低炭素・脱炭素投資が行われなくなるので、最低限の価格も設けています。気になるのは下限価格をどう設定するかです。米国では、発電部門を対象とした地域温室効果ガスイニシアチブ(RGGI)で下限価格が有効に機能した例があります。RGGIはオークションで下限価格を導入していたのですが、今回は無償配分なので、価格を保証するためにリバースオークションが検討されています。
炭素リーケージ対策
炭素リーケージは2008年ごろに米国でも大きな論争となり、米国は当時Output-Based Allocation(OBA)方式を提案していました。産出量に基づく配分方法で、生産量が増加した場合は無償配分も増加するというものです。
もう1つは、炭素国境調整措置(CBAM)が議論されていました。CPを導入すると製品価格が上昇し、国外市場において価格競争上の公平性が失われてしまうため、輸入関税のような形で国境調整を行うことが当時米国で議論され、EUが実際に導入しています。
CBAMには、輸入製品に対して関税をかける方法と、輸出製品に炭素価格との差額分を還付する方法があります。この制度を実際に日本で導入すると、輸入関税をかけたとしても日本の鉄鋼産業のプラスにはなりませんが、輸出還付も併せて行うとマイナスの影響をやや抑えるという分析結果があります。ただ、当時は各国とも輸出還付をあまり実施しておらず、OBA方式が最もマイナスを緩和できるという結論に至っています。
GX-ETSでのリーケージ対策としては、貿易シェアを基に対象業種を選定することが挙げられます。前年度の排出実績と実際の排出枠の配分を比べて、リーケージ対策として購入しなければならない量が閾値を超えた場合は、超えた分の50%をサポートします。これはOBA方式に類似しており、日本に適したリーケージ対策だと思います。
GX-ETSの課題
2027年度には排出枠をトレードする市場が創設されるため、排出枠を取引するための制度設計が大きな課題となります。金融プレーヤーの役割も大きくなるでしょう。
またフェーズⅡの設計では、パリ協定における国の削減目標(NDC)との関係が議論できませんでした。GX推進法改正時には、国会の附帯決議として、一定の点検が必要だとする附帯事項が付いているので、どこかの時点で議論が必要になるでしょう。
脱炭素に向けた方向性としては、5年後の制度のアップデートの後が重要です。今回の制度ではベンチマークの与え方などで一定の省エネ投資が行われるようになり、重油から天然ガス、石炭から天然ガスへの転換が起こり、排出削減が着実に進むことが期待されます。脱炭素エネルギー技術(アンモニア、水素、CO2の回収・貯留等)が実装されるためには価格がある程度高くないと難しいため、そこにどう結び付けていくかというのも重要になるでしょう。
取引が始まった場合、発電部門に対するETSのオークションが2033年度に始まるので、そことの連携も重要ですし、GX経済移行債20兆円を償還するための価格設定も常に頭に入れておく必要があります。
国境炭素調整(CBAM)の導入
日本の脱炭素施策を考える上で忘れてならないのがCBAMです。日本では2010年ごろに財務省で検討された程度ですが、EUではこのほど、諸外国にもCPを負担してもらうためにCBAMを導入しています。2023年から報告義務が始まり、2026年から支払義務が発生します。EUETSの排出枠を輸入品に拡張し、輸入業者が排出枠許可証を購入することで排出枠価格をきちんと支払ってもらう手法で実施します。対象業種は鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、電気、水素で、次期フェーズでは化学などへの業種拡大も検討されています。
ただし、EUETSとリンクしている国や、輸出国で炭素価格が導入されている場合は減免されます。その結果、自国でCPを支払うのか、EUで支払うのかという選択に迫られることになり、インドネシアやベトナム、タイ、マレーシアなどではCP導入が検討されています。
CBAMが導入された場合の日本への影響を分析すると、日本からEUへの輸出は増えるとみられます。日本の鉄鋼製品は省エネ性能が高く、炭素価格が導入されれば他国よりも相対的に強くなるからです。一方、効率が悪い国の輸出は減るとみられます。また、中国は製品の効率が平均的に悪く、EUへの輸出は減少するでしょう。
わが国の周辺各国ではCPの導入が進み、CBAMの動きも非常に活発化しています。国際社会は関税を増やすことに抵抗感がなくなってきているという国際背景もあり、導入しやすくなっていると思います。
コメント
若林:
排出量取引制度は、2025年5月にGX推進法という根拠法を改正し、同年末に具体的なルールを設計しました。現在は、関連する制度、政省令の施行作業に入っており、2026年4月1日から具体的な算定ルールに基づく制度が始まります。
日本の制度の特色は、排出削減や脱炭素だけでなく、エネルギーセキュリティーや経済成長との両立が制度設計に盛り込まれている点です。また排出量取引制度に配慮事項を入れている点も大きな特徴です。炭素リーケージ対策も中長期的に大きな課題であり、各国のCBAMの効果をしっかり見極める必要があると思います。
排出量取引制度が最初から完璧にスタートした国はありません。必要となる脱酸素と経済成長、エネルギーセキュリティーの両立という視点で、日本の制度が過不足なく機能するのかどうかをよく見極めながら、必要であれば躊躇なく制度変更をすることが大切です。
いずれにせよ、政府の役割が非常に重要になる市場ですので、効果を十分に検証しながら、制度のより良い運用に向けて取り組んでいきたいと考えています。
Q&A
Q:
GX-ETSのリーケージ対策や研究開発は、無償枠が不足した場合にのみ追加割当があるため、生産の抑制が懸念されるのではないでしょうか。
有村:
今回、研究開発や生産増加に応じて排出枠を追加配分したことで、企業が一定の猶予を持つことができ、それなりに効果のある政策になっていると思います。
Q:
ベンチマークに関しては、原単位の差が大きく開いている業種では公平に設定できないように思います。削減努力のみでは埋まらない差があるのではないでしょうか。
有村:
同じ業界内で製品の違いに応じて微妙にウエートをかけて配分枠を分けたり、製品をカウントするのが難しい場合、投入している熱量で製品をカウントする形で、業種内で不公平がないようにさまざまな努力が行われていると思います。
Q:
CBAMでは、EUETSとリンクしている国、輸出国で炭素価格が導入されている場合は減免されるとのことですが、日本のGX-ETSはどこまで欧州の制度と同等性を持つものとして見なしてもらえるのでしょうか。
若林:
CBAMについては、実際に輸入業者が支払う金額の計算において、第三国で負担した炭素価格は控除することが決められている一方、具体的な控除の仕組みはEU当局からまだ提示がありません。EUが第三国の控除のルールを明らかにしたときには、GX-ETSで支払われる炭素価格が含まれるように交渉する必要があります。
Q:
EUのCBAMと炭素強度の測定方法について国際的な調和の議論は進んでいるのでしょうか。
有村:
EU側も炭素含有量の製品ごとの算定方法を精査しているところです。もともとはEU域内産業の排出係数をベースに、悪いパフォーマーを使って炭素含有量を計測する立て付けだったのを、国別の炭素強度を製品別にデフォルト値を作る方向で議論が進んでいるようです。その点では、国際的な調和の議論はあまり起こっていないと思います。
Q:
ある企業が排出量の多い工場を国内企業に売却し、売却先のバリューチェーンを利用する場合、その企業自体はCO2を減らしても製品製造上は削減しないという問題は解決できるのでしょうか。
有村:
売却するということはその工場を失うことになるので、排出枠の配分は減ってしまいます。一方で、賦課金が2028年から入り、そのCPは売却した事業者も負担することになると思うので、排出削減のインセンティブが一定程度残ることになるのではないかと思います。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。