| 開催日 | 2026年2月18日 |
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| スピーカー | 松浦 寿幸(RIETIファカルティフェロー / 慶應義塾大学産業研究所教授) |
| コメンテータ | 依田 圭司(経済産業省通商政策局企画調査室長) |
| モデレータ | 堺井 啓公(RIETI国際・広報ディレクター) |
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| 開催案内/講演概要 | 近年、米中貿易摩擦やウクライナ侵攻などにより、地政学リスクの高まりが世界的懸念となっている。一方、世界の貿易・投資の流れに大きな変化が起こっており、サプライチェーン再編の動向に関心が集まっている。本セミナーではRIETIファカルティフェローの松浦寿幸慶應義塾大学産業研究所教授を迎え、二国間関係指標と貿易・投資データを活用した実証研究について解説していただくとともに、海外直接投資データの分析から、主要国間における政治的友好国への投資シフト、ローテク産業での近隣国シフト、ハイテク産業における自由貿易協定(FTA)締結国への投資集中など、産業・地域ごとに異なるサプライチェーン再編の実態について紹介していただいた。 |
議事録
地政学リスクによる貿易・投資のシフト
近年、米中貿易摩擦やウクライナ侵攻などの地政学リスクの増大を背景とし、サプライチェーン再編の動向に高い関心が集まっています。今日はわれわれの研究を含め、近年の地政学リスクが貿易・投資に及ぼす影響を分析した学術研究を紹介しながら、今後を展望したいと思います。
報道の頻度に基づいて算出される地政学リスク指数(Geopolitical risk index)によると、2022年のロシアによるウクライナ侵攻のときに地政学リスクが高まっています。また企業の業績発表・見通しにおける、nearshoring(近隣国からの調達)やfriend-shoring(経済的・政治的友好国からの調達)などのキーワードの使用頻度を分析すると、大きな動きが見られたのはコロナパンデミックが始まった2020年と2022年であることが分かりました。
またModified Lilien indexという指標を使って国際貿易における各国の取引相手の変化を分析すると、特に2022~2023年で顕著な変化が見られ、貿易シェアのシフトが世界的にかなり広がったことが確認できます。直接投資も同様に、2022年あたりから顕著な構造変化があったことが示唆されます。
こうした構造変化が起こる要因の一つが地政学リスクの高まりであり、その重要なポイントになるのが2018年ごろからの米中貿易紛争だと思います。この時期は米中貿易が減少した一方で、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国からの米国向け輸出が増加し、ベトナムやメキシコ等のnearshoringが増えたこと、さらには対中国の海外直接投資(FDI)が減少する一方でベトナムやメキシコ向けの投資が増加したことが指摘されています。
近年では国際通貨基金(IMF)のエコノミストであるGopinathたちが、地政学リスクによる貿易・投資のシフトを冷戦期と比較して考察しています。国連総会での投票パターン情報を使って米国寄りの国と中国寄りの国にグルーピングし、両ブロック間をまたぐ貿易・投資の変動を分析するというものです。
それによると、ウクライナ侵攻開始後2年ほどで両ブロック間の貿易がかなり減っている一方、中立国への貿易には変化がありませんでした。従って、中立国がコネクターとして米中両ブロック間の貿易・投資を媒介している可能性があります。冷戦期には東西両ブロック内で貿易取引が拡大しましたが、中立国への貿易は減少したので、冷戦期とはかなり異なる構造にあることが示唆されます。
さらに米中貿易紛争以降のシェアの変化を見ると、中立国が米国の輸入市場におけるシェアを高めている一方、中国からの輸出を多く受け入れており、米中両ブロックの橋渡しとしての役割が見て取れます。
国内回帰(reshoring)についても近年研究が進んでいますが、一部で兆候は見られるものの、大きな流れにはなっていません。2010年以降、世界貿易が低下しているわけではなく、国内調達への切り替えが全世界的に広がっているとまではいえません。
FDIパターン変化の分析
では、地政学リスクの高まりに伴ってFDIはどのように変化しているのでしょうか。われわれは東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)のエコノミストと共に、世界のグリーンフィールド投資(新規投資)のデータを使い、地政学リスク増大に伴うFDIパターンの変化を分析しました。
直接投資に注目する利点としては、貿易は短期的な調整ができるのに対し、直接投資は埋没コスト(サンクコスト)を伴うため、より長期的で戦略的な意思決定を反映することが期待されます。特にfriend-shoringやnearshoringの動きが一時的なのか、恒久的なのかを検証できることも利点です。また貿易の場合、必ずしも生産拠点の移転を伴わない貿易ルートの変更で指標が動きますが、直接投資は立地選択を伴うため、地理的再編成をより実態としてとらえられます。
今回使用したのはFinancial Times社のfDi Marketsというデータベースです。このデータを使うと、推定投資額や予想雇用創出数といった指標を取れるとともに、投資国と被投資国、さらには産業別に分けて分析できます。われわれは2014~2022年のデータを使い、投資元の国、投資先の国、あるいは産業別、業種別に集計した上で分析しました。
分析の枠組みとしては、二国間の新規投資のフローを分析対象とし、経済的な友好関係や政治的友好関係、地理的な近接性といった二国間関係指標を入れ、世界の投資家がどの指標にどの時点で注目しているのかを分析しました。
二国間関係指標の定量化は近年いろいろな研究者が挑戦しています。「政治的友好国からの調達」に関する指標としては、国連総会における投票パターンや二国間の政治的嗜好(しこう)の類似度から友好関係を数値化しています。また「経済的友好国からの調達」も地政学リスクの高まりとともに重要性が増すと考えられるため、地域貿易協定(RTA)のネットワークが地政学リスクの高まりとともにどのような意義を持ったのかを見る指標も入れています。さらに「地理的近接国からの調達」に関する指標としては、地理的な距離(二国間の首都の距離)を入れ、nearshoringの増減を分析しています。
「政治的友好国からの調達」に関しては2021年以降、政治的距離が大きい国への投資が減少していることがうかがわれる一方、「経済的友好国からの調達」に関しては、RTAパートナー国への投資が増えつつあるものの、統計的に有意な関係があるとまではいえません。また「地理的近接国からの調達」についても統計的に有意な変化はありません。
この分析を、貿易のデータで分析した研究(Ando et al. 2026)の結果と対比すると、貿易の方が動きが速くなっています。貿易はサプライヤーを替えたり、自社内の別の国の生産拠点から調達パターンを瞬時に変えたりできますが、直接投資は拠点再編に時間がかかることが示唆されます。
また貿易については、遠方の相手との取引が増加していると解釈できます。恐らくこれは、半導体など一部業種で代替的なサプライヤーが近隣にいない場合に遠方のサプライヤーに頼らざるを得ないためと考えられます。
業種、FDIタイプによる違い
業種間で見ると、2022年のウクライナ侵攻以降、政治的距離に対して、ローテク産業よりもハイテク産業の方が敏感に反応しています。特に化学で非常に敏感であり、自動車や電機、半導体などはそれほどではありません。
地理的距離に対しては2018年以降、ローテク産業があまり反応しなくなっており、遠方の直接投資を避け、近隣国への投資が増えていると解釈できます。
電機や半導体はやや特異な動きをしていて、2022年以降、地理的距離の影響が弱まっています。つまり、遠方の国への投資が増えているので、半導体などはサプライヤーが地理的に集中して近隣国に投資できないのであれば、遠方の相手に投資する流れになっていると考えられます。
投資については電機、半導体などでRTA締結国への投資が2018年以降増えていることが示唆されます。
直接投資のパターンをFDIタイプに分けて分析すると、先進国から途上国への直接投資が2018年以降減少していますが、中国を除き2022年以降に影響が出ています。2018~2020年は中国を避ける動きがあったのですが、ウクライナ侵攻以降に政治的友好関係の影響が生じていると考えられます。また中国を除外した場合、2018年以降、経済的友好関係にあるRTA締結国向けの投資が増えており、経済的友好関係の影響が生じていることが示唆されます。
今後の展望
RTA締結国向けの投資が増加しているのは、経済効率性を担保した投資行動であり、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)への参加を検討している国がASEAN諸国などに増えているので、仲間を募ってRTAのネットワークをさらに拡充していくことが今の時代においては重要と考えられます。
一方で冷戦期と比較すると、地政学的な緊張関係が今後も続くのであればさらなる貿易・投資のパターンの分断が進む可能性もあるため、そのあたりは注視する必要があります。
今回は全体的な構造変化を見ているので、ショックの因果効果を特定できていないことが課題であり、いずれの研究もトランプ2.0の政策の影響が含まれていないため、この点は今後も注視が必要です。
コメント
依田:
ベトナムやメキシコが米中摩擦において輸出やFDIの受け皿となっている点は、新たな生産ネットワークの形成につながっている可能性もあり、マクロ的な動向もしっかり見ていくことは非常に重要だと改めて感じました。
日米中のFDIの傾向は政治的距離によってあまり変わっていないように見えるのですが、足元で投資減少の変化が観察され、特に業種による違いが観察される点に政策的示唆があります。
その上で、業種をターゲットし、投資元(投資主体)が何を「政治的距離」としてとらえ、その結果、何を投資上のリスクとして投資判断を行っているのか、それらの影響について丁寧にアプローチしていくことが政策的な展開につながり得るでしょう。また企業規模による違いにもインプリケーションがあると考えられます。
今後の課題としては、先生が挙げていたようにショックの因果効果の特定が非常に重要だと思います。昨今の関税政策や制裁の話もあり、それらが企業の立地選択にどの程度直接的な影響を与えているのか、追加的ショックになるのかというのは、まさに現在進行形の研究課題です。今回の報告は、地政学リスクの高まりがどのチャンネルを通じて、どの産業にどの程度影響しているのかを体系的に示しており、今後の議論の基盤となる重要な成果であると思います。
松浦:
例えば米国の輸出規制や経済制裁において、日本企業が直接の規制対象ではなくても、対象外の企業に取引をスイッチしたり、第三国に輸出を振り向けたりして、予防的に第三国へ回避する動きがあることが分かっており、国際的な取引規制が投資の意思決定に大きく影響していると考えられます。こうした取引規制に対して、企業としてはリスクを分散したいので、政策としてはそれに対するサポートがより重要性を増すと思います。
Q&A
Q:
日本への対内直接投資については何か傾向が見られますか。
松浦:
今回の研究では日本の対内直接投資を取り上げて分析していないのですが、データを見る限り、日本の直接投資は対GDP比でかなり低く推移しているので、大きな流れとして増えてきているということは観察できていません。
Q:
離れた地域への投資が増えていることは一般論として効率性が犠牲になっている可能性があるといえますが、逆に増えている分野では距離のコストが高くない可能性はないのでしょうか。
松浦:
今回の分析結果で、時系列的に地政学的なショックがあって以降、急に遠方への投資が増えるパターンになっているので、地政学的なショックに対する反応として解釈していいのではないかと考えています。
Q:
2022年以降にロシアのウクライナ侵攻ダミーを置かれていますが、とりわけ2020年の米国のクリーンネットワーク構想発表以来、生産拠点再編がIT分野を中心に急速に進んだ時期と重なるように思います。ご説明ではロシアのウクライナ侵攻が生産拠点再編に与えた影響を過度に強調してしまう可能性もあるように思います。
松浦:
一連の地政学リスクや投資環境の変化がタイムラグを持って生じている可能性はあるので、ややスペシフィックなショックとの関係について注意して分析する必要はありますが、国際貿易の研究との対比で考えると、国際貿易に起こったショックがタイムラグを持って投資にも表れてきていると解釈しています。
Q:
ハイテク産業は政治的距離のある国へのFDIが低下しているとのことでしたが、ハイテク産業はどの業種を含むのでしょうか。半導体は政治的距離がある国でもFDIが低下していないようなので、不思議に思いました。
松浦:
ハイテク産業は、化学あるいは機械類関係の業種を指し、この中に半導体や航空宇宙なども含まれます。半導体が政治的距離のある国でもFDIが低下していないのは、RTAパートナーへの投資が増えている点や遠方の国への投資が増えているという他の要素も含めて分析したときに、相対的に政治的距離がそこまで意味を持っていないからで、半導体や電機はサプライヤーが限定されるため、経済的な関係性や距離にどうしても引っ張られるように思います。
Q:
望ましい政策や企業行動への含意についてはどのようにとらえていますか。
松浦:
最適な投資判断をできるだけサポートするような政策、それから国内回帰の兆候は見られるので、リスク分散の観点から国内に生産ラインを戻す企業を後押しする、あるいは移転に必要なリソースを円滑に調達できる体制整備が重要だと思います。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。