| 開催日 | 2026年1月29日 |
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| スピーカー | 齊藤 有希子(RIETI上席研究員(特任) / 早稲田大学政治経済学術院 教授) |
| スピーカー | 伊藤 由希子(慶應義塾大学商学研究科 教授) |
| モデレータ | 堺井 啓公(RIETI国際・広報ディレクター) |
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| 開催案内/講演概要 | 日本は医療サービスへのアクセスが良いといわれながらも、臓器移植の普及に関しては世界的に見て最低水準である。本セミナーでは、齊藤有希子RIETI上席研究員(早稲田大学政治経済学術院教授)と伊藤由希子慶應義塾大学商学研究科教授を迎え、臓器移植を経済学の見地から考察していただくとともに、諸外国の制度と現状を踏まえて日本における臓器移植の課題と今後の方策について論じていただいた。 |
議事録
臓器移植を経済学的な観点から論じる意義
齊藤:
臓器移植は特別な医療と思われがちですが、途上国を含む世界93カ国で行われており、技術的に確立された医療です。にもかかわらず、日本では全く普及していないという問題があります。
普及率や医療の価格の差は各国の医療政策や臓器移植制度に依存しており、制度や政策が変わればその差が縮小する可能性が示唆されます。現状、臓器移植にかかわる国際価格差は他の治療に比べてとても大きく、経済学の観点から議論することが重要と考えられます。
移植医療には臓器が必要であり、腎臓が代表的ですが、世界的に需要が供給を上回っています。臓器は希少でありますが、臓器には価格が付かず、取引が困難という事情もあります。そこで欧州では、国際的に臓器を共有する仕組みが進んでいます。
さらに臓器提供には、提供者の意思表示、提供者家族の意向、提供施設や医療者、あっせん機関、移植施設等、複数の個人と組織の意思決定や連携が必要です。それぞれの組織で、命を助けるための最適化を行っていても、臓器移植を普及させる観点から最適でない場合もあり、政策的に全体最適にする仕組みが重要です。
移植医療の制度は、オプトインとオプトアウトに大別されます。オプトインは、本人が臓器提供に同意した場合に臓器提供が行われます。日本を含むアジア諸国が採用しており、慈善型の制度といえます。一方、オプトアウトは本人・家族が反対しない限りデフォルトで臓器提供をします。欧州で主流であり、社会として臓器を共有するという考えに基づいています。多くの国では政策をオプトアウトに変えることでドナーの数が増えています。
われわれは、オプトアウトの制度を日本に導入すべきと考えます。全てが自由意思に委ねられている現状では、提供者に意思表示があったとしても家族や医療者が確認することすら困難で、結果的に移植医療が立ち行かなくなっているからです。
臓器移植の現状
各国の臓器ドナー数を比較すると、オプトアウトを採用している欧州各国は多いのですが、オプトインのアジア各国は少なくなっています。オプトインの中で米国は例外的に多くなっています。
スペインはオプトアウトにするだけでなく、臓器提供をコーディネートするシステムを構築していますし、シンガポールでは提供拒否の意思を示した場合に自身の移植医療を受ける順位が下がる制度が導入されています。またオプトインの米国や韓国では、脳死とされうる状態を医療機関で確認し、あっせん機関へ報告することが義務化されています。
一方、日本はインセンティブをつくる仕組みがなく、それぞれの努力に任せているのが現状です。日本では1997年の臓器移植法施行で脳死によるドナーが認められ、2010年の改正で、本人の意思が不明でも家族の同意で提供が可能となりました。にもかかわらず、臓器ドナーは、心停止下のドナーを含めた総数でみると、それほどは増えていません。
臓器移植が普及しない要因としては、法律上の政策オプションが限られていることが挙げられます。脳死患者の発生事例の報告義務がなく、オプトインの制度は自由意思に基づいているため、意思を表示するというアクションになかなか移行しないのです。世論調査によると、4割の人が臓器を提供したいと考えていますが、意思表示をしている人は1割しかいません。加えて、本人の意思が書面でなされていたとしても、それを医療現場が適時に受け取る仕組みがなく、実際の臓器提供のほとんどが家族承諾によるものです。
一方で、オプトアウト制度への変更をどう説得するかという課題もあります。オプトアウトでは、臓器を奪われるという考えがあるかもしれません。しかし、実は提供者本人や家族の意思をきちんと生かす仕組みであるし、自分にとっても治療を受けられないリスクが減るしくみです。臓器を共有することで自身や家族も医療へのアクセスというメリットを受けられる、という保険としての考え方が重要だと思います。
臓器移植普及の効果
ドナーが増えることには、社会的にはさまざまなメリットがあります。まず、待機者の待機期間が短縮することで、待機中の死亡が回避され、渡航移植の必要がなくなります。腎臓・肝臓など生体間の移植が可能な臓器の場合、生体のドナーにも身体的な負担が伴いますが、そうした負担を回避することができます。また、多くの待機患者が、代替療法である補助人工心臓や人工透析ではなく、通常の生活に復帰できることは、社会全体としての医療費や介護費の歳出削減にとっても効果があります。
具体的にデータを確認すると、日本では代替療法の普及などもあり、移植希望者が増加傾向にありますが、臓器提供は不足しており、待機の長期化が進んでいることか確認され、待機中の死亡や待機につながっています。一方、移植は生存率を改善させるというベネフィットがあり、移植後の生存率は移植待機者の生存率を大きく上回っています。
コスト面を見てみると、腎臓移植に関しては代替医療の人工透析が進んでおり、その医療費は1.7兆円(患者数34万人×年間医療費500万円)と、国民医療費48兆円の3~4%を占めます。ノルウェーなどでは人工透析は移植までの経過措置という認識ですが、日本では人工透析に頼り切っているのが現状です。しかし、移植医療に移行すれば、初年度の費用が約700万円、翌年度以降は約200万円と、2年で人工透析の医療費を下回り、医療費削減の効果があります。
日本における移植費用は、摘出と移植という手術費用の合計で、心臓は281万円、腎臓は142万円ですが、米国では心臓が2.9億円、肺が2.7億円などと大きな価格差があります。米国は手術費用だけでなく、あっせん費用も高くなっています。日本で移植を受けられれば、諸経費を含めてもはるかに安い状況です。国際的に渡航移植の可能性が制約されている中、そのハードルを乗り越えるために必要な高額な資金を調達しなければならない状態は避けた方がいいということも示唆され、日本国内における移植医療の仕組み構築は重要と考えます。
臓器提供を持続的に実施する仕組み
伊藤:
移植医療が国内で持続的に実施されるためには、臓器提供が増える仕組みを構築する必要があります。オプトアウトを前提とした法制度を整備し、情報や人員の拡充にもつながる好循環をつくり出したいと考えています。
現行の法律ではあっせん業務に対する許認可はありますが、基本的に現場の努力が求められます。自由度や任意性は非常に高いのですが、国による持続的な予算投入や情報整備、人材育成はできていません。
臓器提供施設では他にも多くの通常業務がある中、脳死患者の家族に寄り添い、臓器提供を提案することができていません。同施設の45%しか法的脳死判定の体制が整っておらず、過去3年で17%の施設しか臓器提供を行っていません。
根本的に仕組みを変えるには、省令や法律の改正が不可欠です。そうすれば法律に則して省令や通知を見直すことができ、法律が予算の根拠となって人員・情報基盤の強化が可能になります。ですから、法体系としてオプトアウトがあることは、むしろ臓器提供の意思をしっかり反映することのできる、社会のセーフティーネットであると考えます。私たちが目指すのは、臓器提供のプロセスを1つの医療として標準化することで、予算・人員配置などに関して国がイニシアチブを取れる体制です。
オプトアウトに向けての課題
足元ではドナーの9割以上は意思表示が不明であり、本人の意思表示が十分に生かされていません。実際、脳死下での臓器提供の8割は医療者からの情報提供となっています。
移植に関する情報提供を丁寧に実施している魚沼基幹病院(新潟県)の救急医、山口征吾先生は、脳外科医と救急医がドナー候補の情報共有を行うこと、救急医が責任を持って家族と話すこと、家族に臓器提供の選択肢を提示すること、都道府県や院内のコーディネーターとの連携が特に重要だと述べています。こうした体制がなければ、脳死状態になっても臓器提供に結び付きません。結局、各病院の体制整備や医師個人の姿勢に依存しているのが現状です。
日本の医療現場では、脳死とされ得る状態の人(ポテンシャルドナー)のうち、3割程度しかドナーの特定に至っていません。欧州の多くの国では9割から6割という高い割合となっています。また、日本臓器移植ネットワーク(JOT)のコーディネーターが家族にアプローチする割合は全体の7%にとどまっています。つまり、医療者が脳死の診断に至らず、家族が意思決定できていないのです。その結果、他国ではポテンシャルドナーのうち最終的に半数近くが臓器提供に至っているのに対し、日本はわずか3%程度となっています。
また、医療技術として脳死状態を維持できる体制にある、いわゆる5類型施設のうち、臓器提供体制としての情報や人員を実際に整えている施設は半数以下にとどまっています。コーディネーターやメディエーターも半数以上が配置できていません。これは専門性が高く、負荷のかかる仕事であるにもかかわらず、臓器提供の事案が少ないなどの理由で追加的な待遇が伴わないことが要因です。
臓器移植の先進国スペインでは、オプトアウトだけでは臓器移植を拡大できないという課題に直面し、臓器提供病院に院内コーディネーターを配置したほか、臓器提供の全プロセスの責任者となる専門人材の育成を図ったことで、人口当たり世界一の臓器提供数となっています。欧州には臓器提供の意思がある割合が日本よりも少ないにもかかわらず、提供件数が数十倍という国もあり、国民の広範な、例えば8割9割近い同意がなければオプトアウトを導入できないわけではありません。つまり、国民意識や宗教・文化・死生観の問題だけではなく、重要なのは運用体制の問題といえます。
欧州では1967年からユーロトランスプラントといって、8カ国間で臓器を共有する仕組みを構築しています。今の日本は60年遅れた仕組みのまま時が止まっていると言っても過言ではないでしょう。
移植実施体制における課題
わが国において脳死下臓器提供数はコロナ禍前を上回っており、特に土日曜に摘出手術が集中するため、あっせん機関の業務が逼迫(ひっぱく)しています。そして移植施設側でも移植術を支える人員が確保できないことが課題となっています。院内体制の不備を理由に移植が中止になる事例も少なくありません。
国では、あっせん業務を複数の団体で分担し、JOTの負荷分散に取り組もうとしています。しかし、誰がどのように役割分担するのか、人材をどう育成するのかという課題が残り、継承すべき情報の分散、人材や組織対応の質の差が拡大する恐れもあります。
また移植施設にとっては、臓器移植を行うほど赤字が増えているのが現状です。寄附や補助金が得られたとしても人員補充などのつなぎの資金となり、人材は分散したままです。現場では赤字であったとしても、コスト計算に基づいた予算の要求といった点まで手が回っておらず、それによって誰も移植医療をしなくなり、移植医療の持続にとって悪循環になる可能性があります。
臓器移植を増やすには仕組みを変えなければいけません。現状は集中を回避する政策が行われていますが、これは国際的な潮流と逆行していると思います。オプトアウトの仕組みで移植体制を整えることは疾病に対する保険にもなりますので、法制度を基に予算・人員・情報を拡充する必要があると考えます。
Q&A
Q:
オプトインからオプトアウトへの変更により、ドナーがどのくらい増えるか、という因果推論を行った研究はあるのでしょうか。
伊藤:
経済学的な手法としての因果推論(国の中に対照群と介入群があるといった設定、あるいは仮想の対照群を設けるといった設定)については、知る限りはありません。単純な効果検証としてオプトアウト導入前・導入後を比較した各国の研究があり、国にもよるのですが、移植件数、ドナー提供者が大体2倍、多い国では7倍に増えたという分析もあります。
Q:
脳死移植以外に、腎臓などでは生体間移植の推進が進めば 飛躍的に移植件数は伸びると思われます。医療従事者が、腎不全状態になった患者に対し、透析を導入する以前に、移植を進める優先度を上げれば、経済的効果はより確実に出るのではないでしょうか。
齊藤:
日本では生体間移植の割合が非常に大きくなっていますが、そのデメリットもたくさんあります。生体間移植はドナー側への負担が大きくなりますので、脳死で代替できるのであればその方がいいとわれわれは考えます。
腎臓移植では、移植が必要となる原疾患は糖尿病重症化が約4割など、生活習慣病に起因することが多いため、予防が一定程度可能です。人工透析などの多額のコストがかかる可能性や家族に負担をかけてしまう可能性を考えたうえで、予防医療に力を入れていくべきであると考えています。
Q:
日本にとって、実際にオプトインからオプトアウトに政策変更した国の政策形成過程が参考になるのではないでしょうか。
齊藤:
オプトインからオプトアウトに変わった国は多くあります。オプトアウトによってちゃんと意思を受け取れる状態になるという意識を浸透させることが重要だと思います。
伊藤:
英国は2020年にオプトアウトに変更したばかりですし、スイスも移行中です。欧州では制度の見直しが進んでいますが、日本では議論がほとんど停滞している状況です。
Q:
日本において、臓器移植を円滑化するために、健康保険証やマイナンバーカードにドナー意思表示を記載する欄がありますが、それによってドナー意思表示をする人が増えたという分析はありますか。
伊藤:
なかなか増えていないと思います。マイナンバーカードの意思表示は基本的にカードに書いている方が多いと思うのですが、実際にドナーになる可能性が生じたときに持っていない場合が多く、マイナポータルで意思表示する場合も正式登録までの手続きが煩雑であるため、なかなか普及していません。
Q:
臓器移植をしてもフォローアップのための通院が続くため、結局コストは変わらないのではないでしょうか。
伊藤:
臓器移植にたどり着かなければ1年以内に亡くなっていた方が移植にたどり着いたことで免疫抑制剤を飲み続ければ、確かにコストはかかると思うのですが、移植しなければ亡くなっていたという機会損失を考えると、機会の提供は価値があると思いますし、特に腎臓に関しては人工透析を続けた終末期はとても大変ですので、それよりは臓器移植に結び付けた方が本人にとっても社会にとっても良いと思います。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。