高度成長期日本の設備投資促進政策の効果と現在の産業政策への示唆

開催日 2026年1月15日
スピーカー 畑瀬 真理子(一橋大学経済研究所 経済制度・経済政策研究部門 教授)
スピーカー 松林 洋一(神戸大学 経済学部・大学院経済学研究科 教授)
コメンテータ 井上 誠一郎(RIETI理事)
モデレータ 関口 陽一(RIETI上席研究員・研究調整ディレクター)
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開催案内/講演概要

世界の主要国では近年、経済成長の促進等の伝統的な政策課題に加え、経済格差や気候変動、エネルギー問題等の新たな課題を解決するための産業政策が注目されている。一橋大学経済研究所の畑瀬真理子教授と神戸大学大学院経済学研究科の松林洋一教授は、特に高度成長期の日本において重化学工業化と産業構造の高度化を目指した体系的な産業政策が実施された点に着目し、当時の政策ターゲットとなった企業の設備投資に着目した政策手段とその効果を検証した。本セミナーでは両氏を迎え、新たに収集した企業レベルのデータによる各種政策手段の適用の実態やその効果等の検証結果を紹介するとともに、現在の産業政策への示唆について論じた。

議事録

産業政策研究の現在地とプロジェクトの概要

畑瀬:
日本の産業政策は高度成長期に注目され、その後研究はいったん下火になりましたが、グリーン・トランジッションや地政学的な理由などで、多くの国で民間の経済活動を誘導する政策が盛んになり、産業政策がリバイバルしたようにもみえます。産業政策研究も再び盛んになり、最近は個々の政策の内容や文脈に焦点を当てて、きめ細かく検証していく流れが生まれ、そうした中で東アジア諸国の事例にも注目が集まっています。

産業政策の効果検証といっても特定の目的に対していろいろな政策を同時に動員するケースが多いため、産業政策を特定して切り出すことが難しく、研究者にとっては検証手法が大きな課題となっています。そこでわれわれは、体系的に産業政策が取られた事例の一つである高度成長期の日本に着目し、検証することにしました。

日本の高度成長期の産業政策は体系的に行われており、研究者にとっては切り出して検証しやすいというメリットがあることに加え、多様な政策ツールが用いられたという特徴があり、再検証する価値があると考えました。その手段は企業の設備投資等を直接コントロールするものから、企業のインセンティブに働きかける間接的な手段までさまざまです。また、法的根拠があるものもあれば、行政指導の形をとるものもありました。

産業政策に関する初期の研究は、検証技術の制約等や個別企業のデータがなかなか取れなかったことから、産業別の集計データを用いるものがほとんどでした。われわれは有価証券報告書等からデータを収集することにより、企業レベルでのデータを使って検証することにしました。高度成長期当時の設備投資をターゲットにした政策には、競争制限的な政策、開銀融資に代表される政策金融、優遇税制という主に3種類の手段があります。それらの手段によって、資本コストの低減を通じて設備投資を増やすルートと、流動性制約の緩和を通じて設備投資を増やすルートの両面があると考えられますので、実際にそれぞれのルート経由で設備投資に与えた影響を把握することがわれわれのプロジェクトの目的となります。

これまでの研究

先行研究の産業政策の定義をみると、「資源配分に関する市場の失敗に対処するための政策的介入」と捉えるものから、より広く「政府の政策で、公的な目標を達成するため、経済活動の構造変革を明示的に目指すもの」と捉えるものまで幅がありますが、われわれは後者の観点から分析致します。

初期の研究では産業政策には効果がない、あるいは逆効果という評価があります。世界銀行の報告書「東アジアの奇跡」でも、特定産業の振興政策はほとんど明白な影響を持ち得なかったという厳しい評価となっています。国内においても小椋・吉野両先生の研究では、海運、電力、造船などの業界の設備投資に決定的な影響を与えたけれども、その他の産業には限定的な効果しかなかったとしています。

しかし最近の研究は、個々の政策の内容や文脈に焦点を当ててよりニュアンスに富んだ、より肯定的な評価をする流れになっています。われわれのプロジェクトは企業レベルのデータを用いることと政策手段の多様さを考慮に入れているのが特徴です。設備投資は個々の企業が現状や将来予測を踏まえて意思決定を行うものですから、企業別のデータによる効果検証が重要と考えています。

高度成長期の産業政策と設備投資促進策の概要

小椋・吉野両先生は、高度成長期の産業政策の財政政策面での体系について、(1)産業インフラの整備、(2)税制面で特別償却制度を通じて設備投資のインセンティブを高める、(3)財政投融資によって電力や海運、鉄道に低利で融資を行い、共通コストの低減を図った、とまとめておられます。

産業政策は特定の産業を対象に設備投資や生産に影響を与えようとする政策群というイメージが強いと思いますが、当時の日本でも繊維、紙パルプ、化学、鉄鋼といった業種が産業政策の重要なターゲットであるとの立場から研究してるケースがございます。これらの産業に対して、直接的に設備投資量をコントロールするような、設備投資にネガティブな影響を与える政策と、設備投資を促進する政策が併用されているケースもありました。

ネガティブな政策として例えば、綿糸・スフ糸に対して不況カルテルで設備制限をしたようなケースがあります。これはほんの一例で、さまざまな製品がこうした設備投資を抑制する政策の対象になりました。逆に、同じ紡績産業に対して政策金融を通じて設備投資を促進するようなケースもありました。これらの政策には、特定の産業を対象にした法律が根拠としてあることが多かったようです。

その他の政策手段として、優遇税制を用いた設備投資促進策があります。先進国でも広く行われていた政策で、日本は英国などを参考にしながらこの制度を導入しました。

日本では高度成長期の1950年、シャウプ勧告に基づく大規模な税制改正が行われました。このときは税制の中立性・公平性の観点から、優遇税制は導入しないというのが基本的な考え方でした。ただ、企業の設備投資を増やして産業を振興するニーズが非常に強かったため、比較的早い時期から優遇税制が導入されました。まず1951年には重要機械の割増償却、翌年には合理化機械の特別償却という制度が導入されました。

これらの政策が拡大しすぎたとして、1960年代に一部制度が縮小されます。それと並行して輸出を振興する目的で輸出割増償却が1961年に導入されて、一旦、拡大しますが、1972年に廃止されました。

特別償却制度が導入されてしばらくは、対象となる業種と設備が指定されるケースと、その企業が属する業種にかかわらず、指定された機械を導入すると特別償却ができるというケース(汎用機械)がありました。制度改革後は前者のみとなりますが、いずれも対象となる設備のスペックが、技術的に非常に細かいところまで指定されていたのが特徴です。

当時の政策当局者は特別償却について、補助金よりも政策目的に合致する政策手段になり得るという評価をしています。補助金は予算化されなければ使えるかどうか分からないという不確実性がありますが、あらかじめ機械が指定されていれば特別償却が使えるのは明確なので、設備投資を行おうとする企業にとっては安心して使える制度だったわけです。

また、特別償却を使う使わないの判断は企業ができたほか、償却不足の繰り越しが可能だったため、企業にとっては利用の有無や時期を決定でき、使い勝手が良かったのではないかと思われます。

産業政策の効果の検証

設備投資に働きかける政策のうち、投資抑制策と促進策がそれぞれどのような効果があったのかを見るために、われわれはまず、繊維、紙パルプ、化学、鉄鋼の4業種への政策手段の行使事例を歴史的資料から抽出して検証しました。

その結果、政策の適用状況は業種や企業によってばらつきが非常に大きいことが分かりました。そして、資本労働比率の政策介入のなかった場合との乖離(かいり)を分析すると、設備投資促進策の効果は業種によっては有意であり、抑制策は有意ではない、あるいは政策意図と逆方向に有意であるケースが散見されました。意図した政策と逆方向、つまり設備投資を抑制しようとしたのに増加してしまうケースについては、先行研究による事例の指摘があります。既存の設備量に基づいて追加的な設備投資の枠を配分する場合、将来的な成長機会の確保のため、現在の設備量を増やすインセンティブが企業に働き過剰投資を招くケース、将来的な需要予測に基づき設備投資枠を配分する場合、高度成長期の需要が強かった経験から予測が強すぎ、結果的に過剰投資となったようなケースです。われわれの研究で、こうした指摘が実証的にも確認されました。これらは設備の量を直接的にコントロールする政策手段の副作用と言えます。

次に、直接統制や政策金融よりも幅広い業種が対象となった特別償却制度について、その実態を新たに収集した上場企業を中心とする企業レベルのデータにより確認すると、(1)開銀融資よりも特別償却の方が幅広い企業に恩恵があったこと、(2)利用状況は企業によって非常にばらつきが大きかったこと、(3)特別償却額の分布には上方バイアスがあり、利用額が大きい企業は平均よりかなり大きな額の恩恵を受けていたことが分かりました。

そして特定産業振興のターゲットとされていない企業も特別償却の恩恵にあずかっており、労働に対する資本比率が小さい企業の方が特別償却額が大きいことが分かりました。人手の作業を機械に置き換えて合理化を促進するという、特別償却の導入時の政策目標が達成されたことが示唆されます。

設備投資促進策の効果

特別償却等の政策ツールが設備投資にどのように影響を与えていたかというと、資本コスト引き下げを通じたルートと、流動性制約の緩和を通じたルートの2つが考えられます。

特別償却、その他の非課税引当金・準備金、法人税率引下げ等の政策手段の効果を見ると、17年間のサンプル期間で190社平均の資本コスト引き下げ効果が1.5パーセントポイントとなりました。そのうち特別償却が0.9パーセントポイントだったので、優遇税制が重要な政策手段であったことが裏付けられました。

松林:
われわれは、資本ストックを被説明変数として設備投資関数を推定致しました。実質売上高の伸び率に関しては、有意に効き、需要側からの旺盛な需要が当時の設備投資をドライブしていたことが強くうかがわれます。キャッシュフローに関しても、もしそれが借入制約の緩和という意味合いを持つのであれば有意にプラスに効いているかもしれません。また、一期前の資本コストがマイナスで有意となっており、特別償却等の政策ツールが資本コストを引き下げ、設備投資促進に効果があったこともうかがわれます。

産業政策の最終ゴールはマクロの経済成長ですので、政策効果を考える上ではそれにどれだけ貢献できるかが重要だと思います。そこで、補足的に、特別償却額を説明変数にして、売上の増加を被説明変数として推計した結果、売上にある程度プラスの効果が出たという結果になりました。各種の設備投資促進策が売上を通じて成長に寄与したことがうかがわれます。

これからの産業政策への示唆

畑瀬:
日本の高度成長期には、過当競争抑制や経済成長のために企業の設備投資に働きかける非常に多様な手段が行使されました。その中で直接的な設備投資をコントロールする手段は、効果がない、または政策意図に対して逆効果という結果が出ています。

他方、政策金融や特別償却など企業のインセンティブに働きかける政策手段は、所期の効果を達成した可能性があります。またこれらの優遇策は、利用企業の売上を増加させる形で成長に貢献した可能性があります。ただ、最近はより精緻な分析手法も発展しているので、今後さらに緻密な分析を進めていきたいと思います。

高度成長期からの教訓を挙げるとすれば、産業政策においては、政策目標とリンクした経済主体のインセンティブに働きかける政策手段を選択することが、非常に重要だと思われます。

コメント

井上:
畑瀬先生・松林先生から、高度経済成長期に設備投資に関してどのような政策が講じられたのか、その効果はどうだったのかを検証した、貴重な御報告をいただきまして、大変勉強になりました。

高度成長期は投資が投資を呼ぶ好循環が働いていましたが、オイルショックやバブルの生成と崩壊を経て、日本経済は長期停滞に直面しました。この停滞期において、日本企業はアジアなど海外への投資を加速させ、グローバル企業として成長した一方、日本国内の資本蓄積が停滞しました。こうした中、2021年頃から、カーボンニュートラルや経済安全保障などの課題を解決するため、ミッション志向の産業政策を積極的に展開する「経済産業政策の新機軸」が打ち出されました。

例えば、来年度の税制改正案では、即時償却ないしは税額控除7%という大胆な設備投資促進税制の創設が盛り込まれています。こうした施策を行っていく上で、過去行われていた施策がどのような効果があったのかを学ぶことが大事ですし、今後とも積極的に展開されていく産業政策を経済学者が分析していく重要性が高まっています。RIETIとしても、そうした分析をできるだけ振興していくことが大事だと思っています。

私からお二人の先生に御質問させていただきます。設備投資への補助金や減税措置は全要素生産性(TFP)を高めない限り、労働生産性上昇効果は限定的になるとの指摘があります。この指摘について、どのようにお考えになりますか。

私なりに考えると、設備投資促進政策だけだと資本の限界生産性は下がっていくかもしれませんが、研究開発の促進や人的資本への投資などを一体的に政策のパッケージで講じるというのが1つの考え方と思います。また、企業の合理的な行動としては、リターンが大きい新興国に投資してしまうので、日本経済の成長のためには日本国内に投資を惹きつけるべく、税制や政策金融などのインセンティブ付与が必要だとも考えられます。これらについて、どのようにお考えになりますか。

畑瀬:
パッケージで政策を考えた方がいいというご指摘はそのとおりで、企業側のニーズに沿って効果が最も大きいところにお金が付くようなきめ細かい政策が必要だと考えます。

松林:
企業が手元の潤沢な内部留保(企業貯蓄)をどのように使うかを考えた場合、現状では海外投資、M&Aがかなりのシェアを占めていると思われます。しかしより長期的な時間視野で見ると、研究開発や人的資本に投資すべきです。特に人的資本の毀損(きそん)はきわめて著しいので、企業貯蓄の再配分によって、人的資本を着実に蓄積すべく、政策的にどのような手を打てるのかが鍵になると考えます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。