rule makerとrule takerの差 ー 「WTOは死んだ」という議論のどこが間違いか

開催日 2025年12月24日
スピーカー 矢野 博巳(元WTO事務局参事官)
コメンテータ 川瀬 剛志(RIETIファカルティフェロー / 上智大学法学部教授)
モデレータ 冨浦 英一(RIETI所長 / 大妻女子大学データサイエンス学部長)
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開催案内/講演概要

世界貿易機関(WTO)は1995年の設立以降、貿易に関するさまざまな国際ルールを定めてきたが、2010年代以降はドーハラウンド交渉が止まり、紛争解決における上級審役割を持つ上級委員会が機能停止して、「WTOは死んだ」という声も聞かれる。近年はトランプ関税等の措置がWTO協定の基本原則を蔑(ないがし)ろにしているようにも見えるが、米国を含む各国はWTO協定を基礎に自国の政策を正当化するロジックを作り込み、新たな国際貿易秩序を構築しようとしている。本BBLセミナーでは、多国間通商外交の現場で長年活躍された矢野博巳元WTO事務局参事官に、「WTOは死んだ」わけではないという視点から、WTOおよび国際貿易秩序の現在地と日本のとるべき戦略について話していただいた。

議事録

国際ルールの大転換期

マスコミではよく「今や世界はジャングル(無法地帯)だ」という類いの報道がありますが、私はそうは思いません。今の時代は国際ルールがなくなってしまったわけではなく、国際ルールが書き換えられつつある大転換期にあると私は考えます。

「WTO is dead(WTO=世界貿易機関は死んだ)」といわれる理由として、国際交渉がうまくいっていないことが指摘されますが、各国の価値観は過去と比べて非常に異なっています。またトランプ米政権が行っている政策は、国内の貧富の差や分配の問題など非常に深いところに根差しており、トランプ政権が代われば急に直るものではないので、その点でも転換期だと思います。

「米国はルールなどを守っていない」とよく言われますが、米国は、「他国もルールを守らなくていい」とは一度も言ったことがありません。自分にとって都合の悪いルールは守らないけれども、他の国にはきちんと守ってほしいというのが彼らの本音なのです。

国際ルールは神が作ったルールではなく、歴史上何度も書き直されています。関税と貿易に関する一般協定(GATT)の第2条には、各国は関税を勝手に上げてはならないという関税譲許が定められており、トランプ氏はそれを無視し続けていますが、この条項は別に神が与えたルールではなく、第二次世界大戦後に発明された考え方です。第二次世界大戦が起こった要因の1つに、各国が関税を上げてブロック経済化したことがあります。その教訓を踏まえ、勝手に関税を上げてはならないというルールを作ったわけです。

いったんWTOルールを忘れて常識のレベルで考えると、関税は各国の国内法上は通常、議会の権限です。それなのに関税を一定以上引き上げるためにはジュネーブ(WTO)に行かなければならないというのは、一見、常識に反します。トランプ氏はそこを捕まえて、「なぜそんなことをしなければならないのか」と言っているわけです。先ほど言った、第二次世界大戦の教訓が失われているという言い方もできるでしょう。

今の時代は大きなルールの転換期だと言いましたが、例えば米通商代表部(USTR)のグリア代表も、「トランプ大統領がやっていることは1つの新しい制度を作ることなのだ」と述べています。その中で出てくる面白い言葉が「ターンベリー体制」というもので、トランプ氏はブレトン・ウッズ体制に替わる新たなシステムを作ろうとしている、というのです。

経済安全保障という概念

最近あちこちで「経済安全保障」という言葉が使われています。直訳するとeconomic national securityになりますが、英語ではeconomic national securityという言葉はあまり聞きません。日本の経済安全保障推進法の正式名称をみても、「経済安全保障」という単語が使われているのではなく、「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」となっています。つまり、この法律は安全保障そのものに関する法律ではなく、安全保障の「確保の推進」のための経済政策に関する法律です。この差は重要です。

本来、national securityは、自分たちの市民や経済、制度などを壊されないように軍事的に守ることを意味していましたが、現在はやや拡大解釈され、軍事ではない側面から守ることも指すようになってきたのです。

例えば、トランプ氏の発動した「相互関税」を例に見てみましょう。この施策の根拠である大統領令14257号は、相互関税を国際緊急経済権限法(IEEPA)などに基づいて実施していると述べているのですが、IEEPAは戦時における大統領権限について規定することを主目的に制定されています。戦時の話であって、「経済安全保障」の話ではありません。つまり、平時であれば関税を上げる権限は議会にあるのですが、緊急事態なので大統領の権限でできるようにしたのです。なお、IEEPAは関税引き上げ権限を大統領に任せることをも許容しているのか、ということは現在米国内で訴訟になっています。

米国が安全保障をどう考えているかを見るために、2025年11月に発表された「National Security Strategy(国家安全保障戦略)」を見てみましょう。米国が経済的に世界を支配し、軍事的に優越するであることが重要であり、米国が経済的・技術的な卓越性を維持することが大規模な軍事侵攻を防ぐために長期的には最も確実な方法である等と述べられています。「支配する」とか「軍事的優越性」のような視点は日本の「安全保障」政策とは異なると考えられます。つまり、そもそも、日米における安全保障政策を比較すると、両国におけるnational securityは完全に同じではないと思うのです。

トランプ関税と安全保障

もう少し次元を上げて考えてみると、外国と競争するために関税を上げるような経済政策を軍事的な意味の安全保障につなげる必然性はないと思います。米ソ冷戦期には自由主義的制度の防衛が米国の政策の主導原理であり、それが封じ込め政策の最も基本的な旗印でした。もちろんトランプ大統領はこうした自由主義のような抽象概念はあまり好きではないのですが、そうであるとしてもnational securityの旗印の下に関税を上げる必然性はなく、例えば「Make America Great Again」という旗印の下に関税を上げてもよかったと思うのです。あるいはアンチダンピング(AD)やセーフガード、補助金相殺関税(CVD)のように、他国の不公正貿易への対応を旗印にして関税を上げることもできるわけです。

安全保障の旗印の下に関税を上げるという現代のトレンドが生まれた理由は2つあると思います。1つは米国内の法令上、平時であれば関税を上げること自体は議会の権限ですが、議会で議論していても時間がかかるので、非常事態の法令を持ち出して大統領の権限で関税を上げられるようにするのが最も簡単だからです。もう1つはWTOルール(GATT第21条)上、安全保障の旗印を上げることで全てのルールをいったん脇に置いておけるという便利な面があります。

GATTの21条bという有名な条文では、essential security interests(安全保障上の重大な利益)を守るために必要な措置を3つ挙げ、各国はこれらの措置を取ってはならないと解釈してはいけないとされています。二重否定になっているので少し読みにくいですが、要するに、安全保障上の重大な利益を守るために必要な措置にはGATTの規定が適用されないという強力な適用除外規定、いわば伝家の宝刀になっているのです。

トランプ関税は何を根拠に行っているかというと、米国としてはGATT 21条に基づく措置なので問題ないという立場を取っています。これはつまり、米国は「WTOルールは全面的に無視する」と言っているのではなく、「GATT 21条に基づいてWTOのルールの適用除外となる」と主張しているのです。つまり、関税引き上げなどの措置を「安全保障」という旗印の下で行うというトレンドは米国が作ったのです。

米国がrule makeをするのはなぜか

トランプ第1次政権のとき、デニス・シェイ(Dennis Shea)在ジュネーブ大使は離任演説で、「WTOが最近駄目なのは各国がお互いを信じておらず、足の引っ張り合いになっているからという説があるけれども、そうではないと思う。各国は目指すところがそれぞれ異なるのではないか。何を目指しているかが違えばagreeなどできない」と述べています。

各国で価値が共有されていないことの例を挙げると、1つはそもそもmarket economy(市場経済)とは何かという大変基礎的なことについて米中間で合意できていません。2019年、WTOの中で最もレベルの高い会議であるGeneral Council(一般理事会)においても、米国側が「中国はmarket economyではない。それが世界の問題なのだ」と主張し、中国側が「わが国はmarket economyである」と反論する場面がありました。

もう1つ価値が共有できていないのが補助金の問題です。越境補助金といって、中国政府が国外にある中国系企業に出資していることが批判の的になっています。これをWTOでカバーできていないことがよく指摘されるのですが、その理由は補助金協定1.1条における補助金の定義にあります。

例えば日本が国内企業に補助金を出すのはまさに補助金協定上の補助金ですが、米国にある企業―たとえこれが日本資本の米国企業であっても―に日本政府が金を出すと補助金にはなりません。なぜそんな定義になったのかを考えると、自国の血税を外国にある企業に出すはずがないと当時の人たちは思っていたわけです。しかるに、現代中国は別の価値観を持っていて、そういう補助をするわけです。このあたりも当時の常識や価値が変わってきているのだと思います。

従って、今はルールがなくなりみんなが無視しているというよりも、米国が現行のルールは気に食わないから新しいルールを作ろうとしているのだと私は捉えたいと思います。ルールは究極の産業政策であり、ルールを変えることによって自身を有利にできるからです。ただ、新しいルールの策定は一種の創造的破壊なので、既存のルールをマスターした上でないとできません。単に無視すれば良いというものではありません。

日本の進路は

「WTO」と言う時には3つの側面があると思います。交渉の器としてのWTO、紛争処理(DS)の場としてのWTO、そしてWTOルールという3つの側面です。この3つを無意識に混同してはいけないと思います。交渉の器としてWTOがあまり機能していないというのはそのとおりですし、DSがあまりうまく機能していないのも確かです。しかし、3つめの側面、つまり、関税条項や最恵国待遇(MFN)、内国民待遇など、ルールとしてのWTOを忘れてはいけません。あまりよく考えずに「WTO is dead」と言うと、「日本としてはWTOのルールも要らない」というふうに聞こえるところが一番の問題だと思います。

新しいルールを作るのはどの国も難しく、既存のルールをマスターせずに今のルールを壊すことはできないと思います。これに対する反論として、「われわれ日本はrule makerではなくrule takerだからルールは誰かに作ってもらえばよい」と言う人がいるとすれば、私は、それはあまりに寂しい答えだと思います。

私がWTOに長く勤めて思ったのは、「世界は自分のためにある」と考えられる国が覇権国家だということです。米国や中国、欧州連合(EU)がある意味そうです。平時であればそういう国も通常はルールを守ろうとしますが、いざとなれば「ルールがおかしい」と言って変えようとします。日本人は「それはルールだから」と言われると反論することはまれで、「そのルールがおかしいのではないか」とはなかなか言えない国民性であるのがつらいところだと思います。

コメント

川瀬:
WTOを現象面から具体的にとらえると、米国以外の国々の間ではWTOシステムをベースに物事を進める部分はそれほど大きく揺らいでいないと思われます。また紛争解決手続きについても、上級委員会が機能停止して弱体化したことは事実ですが、「WTOは死んだ」というのはかなり大きなミスリーディングです。ルール形成に関しても、ドーハラウンドの成果が出ていないのは事実ですが、共同宣言イニシアチブ(JSI)のように一部有志国を中心に短期間で合意案策定まではできています。

また米国もWTOが不要と言っているわけではなく、WTO改革に関心を示していますし、拠出金も2024年分は支払い済みのようです。一連のいわゆるターンベリー合意の中でも、例えばインドネシアとの間の合意ではWTO合意の遵守に言及していますし、WTO紛争に関しても訴訟不参加の選択肢はあるにもかかわらず、最近EUに訴えられた案件に対してきちんと対応しています。

ですから、WTOは以前のように90点、100点の機関ではなくなったかもしれませんが、他の国際機関と比べれば十分機能していると思います。

日本にとっては「WTOは死んだ」と語るのは全く愚かしいことだと思います。日本にとってルールの支配による多国間自由貿易体制は不可欠であり、対中関係についても現行のWTOで封じ込めることは一定程度可能です。その点で日本は「WTOは死んだ」と言って斜に構えるのではなく、自由貿易の旗手としてWTO改革をサポートすることが望ましい通商政策の在り方だと考えます。

Q&A

Q:
米国の通商政策の基本は変わらないということでしたが、そうなのであれば、日本はプルリ(複数国間)やバイ(二国間)という場をどう活用しつつ立ち回ったらいいでしょうか?

矢野:
プルリやバイの関係から新ルールを積み上げることが求められると思います。国際ルールはある日突然素晴らしいものができることはめったになく、一国内の制度からバイになって、プルリになって、そこからマルチ(多数国間)になるという発展をするものだと思います。なお、新たなルールの形成はうまく「立ち回る」ためのものではなく、自分たちにやりたいことがあって、それを実現するためにまずはプルリから、バイからというふうに始めなければならないのだと私は思います。

Q:
WTOが死んでいないとしても、MFN(最恵国待遇)はかなり痛んだように感じますが、いかがでしょうか。

矢野:
そうだと思います。ただ、日本が米国に対抗して、MFNは今でもあった方がいいという立場を取る方がいいのか、米国に同調した方がいいのかというのは日本にとって大きな岐路で、これは国を挙げて議論すべき問題だと思います。

Q:
新たなルールメイキングや安全保障と経済活動の均衡のためにWTOはどのような寄与が可能でしょうか。

矢野:
WTOという器を使ってルールを改正できるケースは限られると思うのですが、必ずしも全てのルールメイキングをWTOという器で行う必要はなくて、プルリやバイで形成してもいいと思います。ですので、素晴らしい役割を果たせるとまではいえませんが、全く役に立たないとも思いません。

Q:
米中関係は市場経済の定義が一致していないだけでなく、最近であれば経済的威圧など行動自体の問題があり、また、貿易と競争政策の側面もあると思いますが、その点についてどうお考えですか。

矢野:
中国は政府(主権)がマーケットに介入し過ぎであるとは思いますが、共産主義国家とは何か、市場経済とは何かという議論が混沌(こんとん)の様相を呈しています。中国が自分たちは市場経済だと立論していること自体がWTOにおける議論を混乱させていて、市場経済とは何かという問題について、張本人である欧米と公式な場で大使同士が議事録に残る形でやり合っているのを見ると、ものすごくファンダメンタルな部分で食い違っているように思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。