AI・ロボット技術の進展と2040年産業構造の推計

開催日 2025年12月11日
スピーカー 深尾 京司(RIETI理事長 / 一橋大学経済研究所特命教授)
コメンテータ 松尾 武将(RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省経済産業政策局産業構造課課長補佐)
モデレータ 堺井 啓公(RIETI国際・広報ディレクター)
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開催案内/講演概要

日本経済は大きな転換期にある。この画期に適切な経済政策を構想するには、過去30年の長期停滞期の延長線上ではなく、より長期的な視点を持つ必要があり、近年の日本経済最大の病理である物的・人的投資停滞を打破する必要がある。RIETIでは経済産業省産業構造課と協力して、「2040年産業構造推計モデル」を構築し、30年ぶりに詳細な産業別に将来推計を行うとともに、AI・ロボット技術の進展が産業構造や職種別労働需要に及ぼす影響を分析した。本セミナーでは、RIETIの深尾京司理事長が同モデルの基本的な考え方と、それが含意する日本経済病理への処方箋やこれからの時代に期待される産業政策について解説した。

議事録

2040年産業構造推計の問題意識

RIETIは経済産業省と連携し、産業構造審議会経済産業政策新機軸部会の第4次中間整理「成長投資が導く2040年の産業構造」を基礎資料として、2040年の産業構造推計モデルを構築しました。大きな特徴は、AI・ロボット技術の普及が将来の就業構造に及ぼす影響を産業別、職種別に推計したことにあります。

2000年代以降、日本の労働生産性上昇が減速したのは、資本蓄積の停滞が主因であると同時に、非正規雇用や低賃金労働者の割合が増えたことで労働の質による寄与が低下したことが背景にあります。

国内総生産(GDP)に対する資本ストック、公的固定資産はいずれも2000年代以降、他の先進国に類を見ないほど下落しています。また、国の予算では社会保障関係の歳出が優先され、インフラ整備等への支出が停滞しています。

資本蓄積停滞の原因としては、製造業における生産の海外移転・空洞化、女性・高齢者の労働参加によって安価な労働供給が増えたことも影響しています。しかし、状況は変わりつつあり、空洞化については、経済安全保障のこともあって対中国の直接投資は減り、女性・高齢者の労働参加に関しても、労働の枯渇等が懸念されます。また、設備の老朽化によって企業の設備投資意欲は旺盛になっており、潮目が変わってきています。

労働不足に関しては、医療福祉分野で労働需要が現状のまま続くと、就業者の2割程度が医療・介護産業で働くようになり、他産業の労働がつぎ込まれる可能性が指摘されています。しかし、医療・介護の労働生産性は低いため、1人当たりGDPは停滞に向かい、医療・介護の労働をより効率的に使って労働生産性を高めることが重要な課題となります。

従来の内閣府の中長期試算や厚生労働省の年金財政検証では、全要素生産性(TFP)の上昇や労働投入量を基に推計していますが、2040年産業構造推計では日本経済を詳細な産業別に分け、例えば賃金が高い産業で労働投入が増えると、高賃金の職が増えて労働の質が上がり、生産への寄与が増加するといった効果も考慮に入れています。

資本も同じで、構築物は資本の減耗がゆっくり進むので、ソフトウェアやロボットのように経済的な減耗率が速い資本と比べ、生産への寄与が低いと考えます。ですから企業は、コストが高いにもかかわらずソフトウェアやロボットを投入し、資本財の構成がより先端的になることで資本の質が上がり生産への寄与が増加します。

こうした資本の質や労働の質の上昇は、内閣府や厚生労働省の推計ではTFPに含まれますが、われわれはその部分を切り出してTFPを引き上げる効果を内生的に調べています。資本財や労働の構成は産業間で異なるため、産業別に分析することでTFP上昇の中で労働の質や資本の質の要因を明示的に考慮することができます。その意味でも、2040年産業構造推計は政府として十数年ぶりの画期的な推計だといえます。

さらに2040年産業構造推計では、資本蓄積を外生的に与えています。経団連や政府の目標に準じて、活発な設備投資を前提としているわけです。当然投資を多くすれば資本過剰になって資本収益率が下落する可能性がありますが、資本の質、労働の質が上昇すれば、労働者1人当たりの資本ストックが増えても資本収益率はそれほど下落しません。

実際、2040年の新機軸ケースでは、AIやロボットの活用によって民間資本ストックの構成が、構築物等から生産への寄与がより大きい資本財に変わるという推計結果が出ています。これが資本の質を上昇させ、TFPの上昇につながるわけです。

また将来の産業構造転換を分析すると、製造業だけでなくいろいろな非製造業でも労働生産性が上昇し、実質賃金が上がる推計となっています。

購買力平価で換算した実質GDPと実質賃金の推移を国際比較すると、新機軸ケースでは比較的順調に投資が行われて産業構造変革が進んだと仮定した場合、1991~2020年の間にほとんど増えなかった日本の実質賃金や実質GDPはある程度増えると推定されます。ただし、ドイツや英国、米国の実質賃金の状況にようやく近づく程度であり、それほどばら色の推計ではありません。

AI・ロボットが就業構造に与える変化の分析

次に、AI・ロボットが産業構造や就業構造に与える変化について推計しました。厚生労働省のjob tagという職業情報データベースと職業能力評価票によって、各職種について、タスク(外国語を理解する、指を素早く動かすなど)別に必要とされるスキルのレベルが分かります。RIETIと野村総合研究所では2024年秋、日本の第一線の科学者・エンジニアに対し、AI・ロボットを組み合わせることによって各タスクについて、自動化が経済的にペイするスキルレベルがどの水準になるかを、2024年現在、2030年、2040年について尋ねました。

ここで留意しなければならないのは、2021年以降、生成AIの急速な発展でホワイトカラーやプログラマーの需要が減少していると指摘されている点です。しかし、われわれの調査ではAIとロボットを組み合わせた技術の中期的な影響を見ているので、例えばAmazonのピッカー職(商品を棚から集める作業員)が消失するような事象も含む推計となっています。

回答結果を見ると、当然AI・ロボットのスキルレベルは平均的にはだんだん上がるのですが、対面での議論など一部の仕事では、AI・ロボットのスキルレベルはなかなか上がらないものがある一方で、レベルが非常に高くなるものもあります。

これに基づいて、あるタスクについて必要とされる水準をAI・ロボットが上回るようになったらそのタスク分の仕事が自動化されると想定し、職種別、産業別に自動化リスク指標(ARI)を推計しました。この値が1であれば完全にAI・ロボットに置き換わるわけですが、ARIが最も高かったのは包装従事者の0.994で、一番低かったのは研究者という結果になりました。

このように、ある職種において行われているアクティビティの、例えば3分の1あるいは半分が置き換われば、その職種で働いている人は残りの仕事に集中でき、その分だけ労働の一部がAI・ロボットに置き換わることを想定しています。

われわれはARIの推計値に基づき、AI・ロボット技術が人間中心の仕事をどのように代替していくか、モデルを作って推計しました。各産業でいろいろな職種の人が働いていて、各職種にわれわれの分類で50ほどのタスクがあり、各タスクについて500人規模の事業所においてペイするようなAI・ロボットの導入がどれくらい起きるかを計算したわけです。

ただし、タスクの実行には人間の労働だけでなく、資本サービス(備品等)や中間財(光熱費等)の投入もあるので、そうしたものも一体で置き換わると考えています。各企業における生産は、①労働およびこれを補完する生産要素の投入、②溶鉱炉や半導体製造装置などの資本設備、③原油やシリコンウェハーのような中間投入の3種で構成されると仮定します。そして①の部分がどれだけAI・ロボットに置き換わるかを推計しています。

全国イノベーション調査などによると、企業におけるAIやビッグデータ、ソフトウェアの利用状況は中小企業よりも大企業の方が格段に進んでいます。従って、AI・ロボットの導入には規模の効果が存在することを仮定しました。

その結果、小規模事業所が多い産業(例えば農業など)ほど置き換わりが遅く、製造業などではかなり速いことが分かりました。この推計に基づいて、どの産業でミスマッチが起こるか、どの職種の労働需要が減っていくのかを産業別、職種別に見てみると、例えば管理的職業は就業者が非常に余ることが分かります。

産業構造課が学校基本調査などのデータに基づいて、教育課程別の卒業者の労働需給のミスマッチについても推計していますが、基本的に理系が足りなくなって文系が余る結果となり、この分析結果は文部科学省の審議会等でも議論に使われているようです。

2040年の産業構造はどうなるか

日本経済の最大の問題は物的・人的資本蓄積の停滞にありますが、1人当たりGDPで見ると、産業構造が順調に変わったり、AI・ロボットの投入等が行われれば、他の先進国並みの労働生産性や実質賃金の上昇が見込めます。

またAI・ロボットの普及により、職種別・産業別の労働需給が大きく変化する可能性があり、小規模事業所でも自動化技術は求められます。仲介役であるベンダーが果たす役割は非常に大きく、法整備も決定的に重要です。

このモデルでは、技術革新やTFPの上昇は情報通信産業やロボットを生産する産業で生じ、他産業は安価な新技術サービスを享受することを想定しています。しかし、米国経済分析局のレポートによると、情報通信サービス業だけでなく法律事務所や投資機関もdigital data assetに膨大な投資をしていることが分かっています。同じことがAI・ロボットでも起こる可能性はあり、AIによるTFP上昇は各産業内で起こる可能性は否定できません。

一方、AI・ロボット技術の普及にはいろいろな不確実性があります。日本が1990年代の情報通信革命で他国に後れを取ったのと同じことが起こる可能性がありますし、どのようなAI専門家が必要とされるのかがよく分からないという問題もあります。また、AI・ロボットの技術革新やTFP上昇がどの産業で起こるのかを予見するのは難しくなっています。

情報通信産業で競争が激しくなれば価格が安くなってユーザーが利益を得ますが、一方で独占状態が続けばサービスの価格は高止まりして利用者が利益を得ない可能性もあります。しかし、最近は中国などがAI・ロボット技術を開発しているので、価格が下がってユーザーが利益を得る可能性はあるでしょう。

それから、産業革命期と同様、技術革新とTFPの上昇にはタイムラグがあります。産業革命期には数十年単位のラグがあったという研究もありますが、それはAI・ロボットでも生じる可能性があります。これらの要因の動向次第では、AIサービスの供給側が膨大な投資を回収できず、AIバブルが崩壊する可能性もあるでしょう。

コメント

松尾:
この推計に至った背景としては、日本国内で人口減少等を理由とした将来悲観が根付いているため、実現可能な明るい将来見通しを持つべきだとして、経済産業省では2年間のプロジェクトを実施していました。

推計に当たっては特に2つの大きなインプットを置いています。1つは産業構造の転換、もう1つは2040年度に200兆円という国内投資の官民目標を達成したときにどのような絵姿になっているかを推計した点です。

その結果、新機軸ケースではGDPも賃金も伸びていますし、民間設備投資も伸びて、賃金も実質で増えています。ですので、モデル結果からも投資と賃金の好循環をしっかり表すことができていると考えています。

資本の質に関しては、建物・構築物といった既存型投資は横ばいですが、研究・開発などの次世代型投資が確実に増えており、成長に寄与しているという推計が出ています。産業分類別で見ても、投資の量だけでなく質の転換が行われることが推計されています。

産業構造が変わることによって日本国内全体がどのように変わっていくのか、2040年に向けてどのような投資をしていくべきか、どれだけ労働を増やしていかなければならないのかというところにもしっかり踏み込んで推計ができていると思いますので、われわれとしても第4次中間整理で推計した結果を踏まえて、産業ごとにどのようになっていくべきなのか、そのために必要な政策は何なのか、今後の新機軸で詳細を深掘りして議論したいと考えています。

Q&A

Q:
日本は労働市場が非常に硬直的ですが、このモデルを構造推計するに当たって労働市場をどのように仮定しているのでしょうか。

深尾:
この推計では、15年の間に労働は伸縮的に産業間を移動すると仮定していますので、仮に労働が硬直的だとすると悲観的なシナリオになってしまうと思います。そこはかなりばら色に、終身雇用制で職種を変えられない状況はないと仮定しています。

Q:
質の高い資本や労働をTFPに換算する際に使用される産業別係数は、さまざまな定量定性要素を考慮して推計されたと理解しましたが、係数の振れ幅はどの程度あると考えていらっしゃいますか。

深尾:
JIPデータベースの直近の値を使っていますが、推計に使ったデータが将来的に変わって推計結果がどう変わるかというロバストネスのチェックは特にしていません。考えてみたいと思います。

Q:
AIバブル崩壊の局面では、政府は何を優先すべきでしょうか。

深尾:
日本は海外のAIサービスを使用する立場にあるので、バブルが崩壊してコストが安くなること自体は歓迎すべき側面もあると思います。ただ、データセンターのような形での投資は国内でも行われているので、データセンターへの投資が大幅に減少するときには、将来のニーズも見越して維持や合理化を考える必要が出てくるでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。