| 開催日 | 2025年11月28日 |
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| スピーカー | 金 榮愨(専修大学経済学部 教授) |
| コメンテータ | 宮川 大介(早稲田大学商学学術院 教授) |
| モデレータ | 井上 誠一郎(RIETI理事) |
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| 開催案内/講演概要 | 専修大学経済学部の金榮愨(キム・ヨンガク)教授は、企業データに基づく生産性研究を出発点とし、日本における生産性のダイナミズムについて分析してきた。その中で、企業規模による差異、資源の再配分、参入・退出のダイナミズム、そして負の退出効果が生産性の成長にどのような影響を与えてきたのかを明らかにし、大企業における企業内改善による寄与の低下、中小・中堅企業による資源再配分を通じた貢献度の拡大、さらに退出企業の約半数がM&Aによることなどの知見を導き出した。本セミナーではこれらの分析結果を踏まえ、産業構造の再編、中小企業の成長経路、そして企業・産業間の資源再配分を支える制度改革についての示唆を提示した。 |
議事録
停滞の起源はどこにあるか
日本経済の成長を全要素生産性(TFP)の伸びで見ると、1990年代以降は徐々に低下し、設備投資や労働の増加などによるインプットベースでの成長は期待できなくなっています。最近は成長のほとんどが生産性に由来しているため、生産性の成長に関する分析が非常に重要になっています。
ここ50年間の上場企業(大企業)の生産性の伸びを見ると、1990年代に生産性の成長が突然低迷したわけではなく、1980年代からすでにTFPの減速は始まっており、企業内での生産性の成長は低迷し始めていたことが分かります。
構造変化の歴史
産業生産性の変動は、存続企業による貢献、新規参入企業による貢献、退出企業による貢献の3つに分解できます。新規参入企業の生産性が高ければ生産性にプラスとなりますし、退出企業の生産性が悪くても経済全体が健全化します。
工業統計調査のデータを分析すると、1980年代から1990年代のTFP上昇率の減速の大部分は内部効果の低迷が要因であり、2005年以降はマイナスになっているのが特徴です。もう1つの特徴は、2000年代以降、負の退出効果と正の参入効果が拡大していることです。つまり、生産性の高い工場が閉鎖(海外移転なども含む)するととともに、新規参入企業による貢献も最近は大きくなっています。
再配分主導と中小企業の役割
2010年代以降のTFP上昇を、中小企業を基本としているデータベースであるCRD(Credit Risk Database)で分析すると、その多くは再配分効果によるものであり、内部効果はほとんどありません。つまり、中小企業の生産性上昇は基本的には再配分効果によってもたらされている一方、一貫して負の退出効果は全体の生産性を押し下げています。
では、退出企業にはどのような特徴があるかというと、退出企業のうち雇用シェア10%にも届かない企業によって退出効果のおよそ半分がもたらされているのです。これは倒産や解散の場合もほぼ同じです。つまり、成長志向を持った限られた数の優良企業の退出が、経済全体に負の退出効果をもたらしていることになります。
退出のタイプごとに生産性を測ると、TFP上昇の中心は内部効果から再配分効果へと移ってきています。
また規模別にTFP上昇の要因を見ると、小規模企業の生産性上昇は最近非常に大きくなっていますが、同時に負の退出効果も続いています。大企業は2005年以降、内部効果が大幅に低下し、最近はマイナスになっています。また過去と比べて大企業間での資源再配分による生産性向上も表れ始めています。中堅企業は負の退出効果が顕著に拡大しています。
大企業の内部効果の低迷が起こるのは、複数事業所を持っている大企業の貢献が1990年代後半に約半分を占めていたのが、最近少しずつ縮小しているためです。その代わり、複数事業所企業での再配分効果は拡大しており、内部での生産性向上よりも企業内事業所間での再配分による成長が大きくなっています。
ビジネスグループ内の資源配分に関しても分析したところ、2000年代は大企業・企業グループがTFPの成長をけん引していましたが、2010年以降は単独企業(主に中小)が主役になりつつあります。また、大企業の硬直性が目立ち、純粋な意味での市場競争による再配分は停滞していることが分かりました。一方、中小企業のダイナミズムは非常に活発で、単独事業所の企業やビジネスグループに属していない企業の市場淘汰(とうた)機能による再配分効果が非常に強く働いていることが分かりました。
負の退出の真相
負の退出効果が最近拡大していることは分かったのですが、負の退出効果は実際に損失になるものと、ポジティブな意味での再編統合を意味する退出が混在することが分かりました。
退出する企業のタイプを、退出の理由によって、倒産、解散、廃業、合併による退出、その他に分類すると、退出の数ではその他、倒産、解散の順で多く、合併による退出は少ないのですが、生産性の平均は非常に高いことが分かります。
これを企業の年齢やCEOの年齢、従業員数、R&Dの有無などいろいろな要素をコントロールしても、合併によって退出する企業は基本的に生産性が非常に高く、解散や倒産による退出の場合は基本的にマイナスになっていることが分かります。労働生産性でも同様です。また、合併による退出企業は合併5年前までさかのぼっても常に生産性が高いのに対し、合併以外の退出企業は基本的に直前でマイナスになっていることが分かりました。
負の退出効果を合算してみると、負の退出効果のうち約半分は合併による退出企業が寄与しています。合併による退出は数が非常に少ないのですが、大企業が退出する傾向が大きいためこのようなことになるのだと思います。
合併によって退出する企業がその後どうなるか、合併される前の企業と合併する企業を合体させて仮想的に1つの企業のようにデータを構築して比較すると、合併してからしばらくは買収側企業のTFPが摩擦的に下がりますが、2年後からは労働生産性が非常に高いレベルで上がっていきます。上がる理由としては主に資本深化、つまり合併する側が合併される側に対して有形固定資産などを増加するための資本投入が考えられます。
合併した年とその後の1人あたりの有形固定資産の額を比べると、合併した年は有意な差はありませんが、2年目の資本労働比率は有意に上がっていることが分かります。例えば合併によってリストラが行われると資本労働比率がおのずと上がる可能性はありますが、合併後に従業員数は大きく増えており、人員整理による変化ではなく、実際に投資が行われていることを示しています。このようにM&Aは当初、TFPの観点では効率性を低下させますが、労働生産性の持続的向上に寄与することが示唆されます。
中堅企業のポテンシャル
中小企業、中堅企業、大企業の平均的な研究開発集約度を見ると、大企業が当然一番高いのですが、親会社を持っていない独立型の中堅企業の集約度が最近どんどん高くなっており、非常にイノベーティブになりつつあります。
生産性の成長率を比べると、独立型中堅企業は1995~2000年ごろはそれほど高くありませんが、最近になって非常に高くなりつつあります。ただ、中堅企業の経済全体におけるウエートはいまだに小さく、貢献自体は小さくなる傾向があります。
中堅企業と中小企業の間のダイナミズムに関しては、中小企業が独立型であっても子会社型であっても、中堅に成長する場合は生産性のプラスの効果が非常に大きいことが分かります。しかし逆に、独立型であっても子会社型であっても中堅企業が中小企業に縮小すると、負の効果があることが分かっています。
中小企業と中堅企業の間でのダイナミズムを1995~2004年、2004~2013年、2013~2020年で比較すると、中小企業が中堅企業になる割合は3.9%、3%、2.5%と徐々に低下し、特に独立型は2.1%、1.4%、1.1%と非常に低くなっています。
逆に、中堅企業が中小企業になる割合は、1995~2004年、2004~2013年は10%程度でしたが、2013~2022年は15%程度になりました。特に独立型は10%、11.9%、18%と上昇しています。その代わり、中小が成長せずに中小として残る割合も、56.1%、64.5%、74.4%と増えていることが分かります。
さらに中堅企業を分類して見てみると、2004~2013年は、従業員は減らさないけれども減資によって多くの企業が中小になっており、中でも独立型の中堅企業でその割合が高くなっています。つまり、中小のまま存続して支援を得るようなピーターパン・シンドロームが日本でも起こっていると考えられます。
まとめと政策的インプリケーション
このように日本経済は1980年代からすでに内部効果が縮小し始め、2000~2010年代には再配分効果が生産性の成長の軸になっていることが確認できました。そして、再配分の中でも退出の質にゆがみがあり、大企業やビジネスグループの場合は内部効果もグループ内での再配分機能も徐々に低下しています。
それから、金融制約や後継者問題などによって有望な成長企業の廃業という負の退出効果がある一方、M&Aによって前向きな統合も混在していました。また、大企業の停滞や中堅企業の縮小が、今の日本経済の成長のエネルギーを失わせているとも考えられます。
政策としては、退出の質を改善することが重要であり、成長企業に対しては負の退出効果が起こらないよう、選択的な承継の支援などが必要です。そして担保主義から、事業性評価によって生産性や将来性などに基づいて支援することが求められます。またM&A後の一時的なTFPの低迷が起こるので、そこに対する支援も必要と考えられます。
中堅企業にはスケールアップの支援が重要であり、特にR&D税制や海外展開に対する支援が必要と思われます。
内部効果を回復させるために、形だけでのDXはどうも生産性に貢献しないと指摘されており、単なる導入ではなく、例えばIT投資の場合、それに伴う補完的な組織資本の強化、人材への投資などが求められ、硬直的な内部労働市場を見直して成長部門への大胆な資源再配分が必要ではないかと考えられます。
コメント
宮川:
生産性分解は確立された手法であり、非常に信頼性の高いものではありますが、因果関係を特定するものではないため、計測結果を踏まえた深掘りが必要です。例えば、何が内部効果を規定し、何が再配分を促進するのか、中小企業から中堅企業への推移を規定する要因は何か、といった追加の検討が必要となります。これらの問いの中で、内部効果の規定要因に関してイメージされているものがあれば教えてください。
内部効果を含む多様な効果の中でどれが大きいのかという定量的なインパクトの把握も重要だと思います。この際、特定の効果が過去においてどのように変化してきたのかを確認することで、今後どの程度変化の余地があるかを検討するという姿勢も有効でしょう。もし現段階で、定量的な観点から注目すべき効果の想定があれば教えて下さい。
再配分効果に関しては、その背後で、労働資源が企業間で移動したり、経営者の交代があったりと、いろいろなことが起こっています。経営者の高齢化に伴い、事業承継とM&Aを通じた資源再配分の重要性が認識されていますが、より良い資源再配分を見通すためには、人口動態や経営者資源の重要性、M&Aに係る技術的要件など、個々の要因に下りて考える必要があると思います。これまでの計測を踏まえて何か深掘りすべきとお考えのメカニズムはありますか。
金:
内部効果の規定要因を掘り下げるのは極めて重要です。私たちも非常に興味を持っており、まだまだ分析途中なので、これからぜひ期待してください。特定のチャネル、事業承継やM&Aにおける因果関係に関してもこれからの宿題として取り組みたいと思っています。
Q&A
Q:
M&Aによって生産性の高い被買収企業がなくなることを負の退出ととらえておられますが、被買収企業も新たな社名の下で存続していきます。なぜ退出ととらえるのでしょうか。
金:
市場からいなくなったわけではなく、企業として退出したということであって、従業員も生産設備も基本的には残っています。
宮川:
オランダのデータを用いた研究では、退出企業のリソースを活用する形で新設企業を立ち上げるケースが分析されています。このケースが示す通り、合併を契機に退出した企業も、実質的には再配分の一部と考えるのが自然だと思います。
金:
日本経済において、企業再編が比較的許された2010年までの時期は、企業の再配分効果、所有構造の変化による生産性のプラスの貢献は非常に大きかったのですが、その後はかなり減ったため、規制緩和によって一時的に生産性を押し上げるような企業間の再編が起こったけれども、それが息切れした面は指摘できると思います。
Q:
M&A後に買収企業の労働生産性が向上することが示されていましたが、それはTFPで見ても、いったんは低下するけれどもやがて上昇していくと理解してよいのでしょうか。
金:
TFP自体が上がることはありませんでしたが、従業員数は劇的に増えており、企業自体が大きくなることによるシェア効果で経済全体がプラスになるのはご指摘の通りだと思います。
Q:
企業が退出するときに、専門人材がどこかに再配分されて、労働市場であふれてしまうことで労働生産性が落ちる可能性はあるのでしょうか。
金:
基本的にはないと思います。一時的に労働生産性が下がるかもしれませんが、どこかの企業が縮小して、そこから出た人たちが成長企業に移れば、私たちの分析では正の再配分効果として表れますから、経済全体ではプラスととらえて問題ないでしょう。
Q:
最近の賃上げの動きが生産性の内部効果を下押しするともいわれていますが、生産性が上がるから賃上げができるという話もあれば、賃上げについていけない企業が振り落とされるので生産性が高まるという議論もあると思います。
金:
賃上げが生産性に与える影響はまだ分析していませんが、先行研究によると、少なくとも最低賃金が上がることによって生産性が下がることはありません。また、賃金が上がったことで生産技術・方式を先端的なものに切り替える企業が出てきて、経済全体が生産性の高い方向に向かう可能性も考えられます。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。