世界電気自動車バリューチェーンにおける構造変化とカーボン・パリティ

開催日 2025年11月20日
スピーカー 孟 渤(日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所 開発研究センター 主任調査研究員)
コメンテータ 神野 可奈子(経済産業省通商政策局 国際経済部 国際経済紛争対策室 室長補佐)
モデレータ 関口 陽一(RIETI上席研究員・研究調整ディレクター)
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開催案内/講演概要

世界の電気自動車(EV)を取り巻く状況は大きく転換しており、中国が鉱物資源の精錬からバッテリー製造、車両の組み立てに至るまで中核的地位を占め、最大の付加価値シェアを獲得している。一方、EVと内燃機関車(ICEV)のライフサイクル炭素排出量がカーボン・パリティ(電動自動車と従来のエンジン車におけるカーボン・パリティとは、製造から使用までのライフサイクル全体で見たCO₂排出量が両者で同水準になることを指す)になるまでの期間は、電力網の炭素強度やバッテリー効率などの差に起因して国によって異なる。本セミナーではジェトロ・アジア経済研究所開発研究センターの孟渤氏が、EVとICEVを識別できる国際産業連関モデルを作成した上で、EVの普及がEVのバリューチェーンに与える構造的影響を定量分析した成果を紹介すると共に自動車の電動化戦略は電力脱炭素化とバッテリー技術革新政策を整合的に設計すべきとの考えを示した。

議事録

研究背景

日本にとって自動車産業の重要度は非常に高く、規模も大きいのですが、最近は電気自動車(EV)が非常に発展しています。しかし、従来のエンジン車とは性質が異なり、バリューチェーンを見るときには、エネルギーや原材料などの最上流から製造工程、そして下流のサービス産業や充電、保険、リサイクルまで全体を1つのエコシステムとして見る必要があります。

従来の車は単なる交通手段という認識だったかもしれませんが、最近はスマートフォンを作っていた企業がEVを作り始め、EVは四輪が付いたスマートフォンともいわれます。技術面では、従来はエンジンの技術の蓄積が大きかったのですが、EVになると電池、モーター、コントローラーが重要な要素となります。特にEVが走るためには電気が必要であり、上流の発送電のインパクトも大きいものがあります。

しかし、自動車産業全体を見たときに、従来の車と比べて雇用がより多く生まれるかというと賛否両論があります。従事する人の多くがサービス関連やR&D関連であり、エコシステム全体としてはEVバリューチェーンのようなプラットフォームで見ないとストーリーが成り立たないからです。今回の研究ではそれを明らかにし、バリューがどこに生まれるか、副産物として二酸化炭素(CO₂)排出はどうなるかを分析したいと考えました。

EV産業の動き

EVの保有台数はこの10年で飛躍的に増え、2024年は世界全体で約5800万台に上ります。その半分を中国が保有し、欧州、米国が続いています。

走行している車に占めるEVの割合は、ノルウェーが3割強、スウェーデンが15%弱で、中国は10%程度です。その背景としてエネルギー転換や気候変動への対応があり、北欧や中国のプレゼンスが高くなっています。

新車販売台数に占めるEVの割合は、ノルウェーが9割、スウェーデンが6割弱、中国は半分程度です。寒冷な北欧においてEVの割合が高い理由としては、電池技術のイノベーションが最近起こり、それなりに電池が持つようになったことと、潤沢な補助金が挙げられると思います。

EV-GVCの構造の可視化

EVの根幹となるのは電池、モーター、コントローラーですが、全体のコストの中で電池が40%を占めています。また、EVは自動化を念頭に多くのチップを入れる必要があり、1台だけで1000点ほどのチップが入れられている点が従来の車と大きく異なります。

EVサプライチェーンの上流から下流までのプロセスごとに国別の市場シェアを見ると、最上流のマイニング(資源採掘)は、必ずしも中国が独占しているわけではなく、各鉱物によってさまざまな国が握っているのですが、非常に集中的です。しかし、サプライチェーンのレジリエンスからすると、1カ所に集中するのは良くないと考えられます。一方、下流側の加工などになると、中国勢が大きなシェアを占めています。

マイニングは、実際には多国籍企業が行っていることが多く、途上国のように鉱山開発の能力・技術がない場合にはコントロールできません。実際にどの多国籍企業がコントロールしているのかを見てみると、やはり中国と豪州、南アフリカなどの企業が多いです。多国籍企業が進出し、長期にわたる採掘権を確保してはじめてサプライチェーンの安定性を担保できるわけです。つまり、エコシステムを全体的に見ると、満遍なく最上流までコントロールしようとする勢いが明らかになると思います。

バッテリーの製造能力では、中国と東南アジアが強いです。日本、韓国を含めると7割強を生産しています。特に中国の2社の勢いが強く、寧徳時代新能源科技(CATL)が世界シェアの4割を持っています。CATLは、上流に何十社ものサプライヤーを持ち、世界中のメーカーに製品を供給しています。

EVの輸出入のネットワークの依存関係を見てみても、欧州や東南アジア、特に中国がグローバル的なハブになっていることが分かります。

EV-GVC上の価値創造とCO₂排出

経済学的には付加価値のトータルがその国の国内総生産(GDP)になるので、われわれは付加価値をGDPを見るときの重要なインジケーターとして見ますし、CO₂排出量もバイプロダクトとして見ます。

われわれは国際産業連関表というデータベースを基に、EVと従来のエンジン車のパーツとコンポーネント(中間材)を全部分けて分析することで、EVと非EVを分けて評価することを可能としました。

その結果、米国のエンジン車の付加価値は依然として高いのですが、EVをよく作る国がそれなりの付加価値になっています。一方、自国内に残る付加価値は中国が一番高く、EVを1台作ると80%以上が自国内の付加価値となります。これは原材料となる鉱物資源を提供する国がもうかるからで、他の国が中国よりも付加価値が低いのは、中国から中間材、特にバッテリーを仕入れているからです。

また中国は米国と比べても多くのCO₂を排出しています。理由は、中国は1ドルの付加価値を作るのに米国の2~3倍程度のエネルギーを消費していることと、EVの場合はバッテリーの生産工程で大量のCO₂が排出されることが挙げられます。

EVと従来のエンジン車(ICEV)のライフサイクル全体の炭素排出量を見ると、ICEVの方が多いのは分かるのですが、生産コストはEVの方が高くなっています。ただ、走行距離によって異なり、どれぐらい走ればCO₂の観点から得なのかというのは国ごとに異なります。

それを決める要素は2つあって、例えばEVを大量に使用したとしても、CO₂は上流で発生するので、グリーンのエネルギーを多く使えばCO₂排出量は少なくなります。つまり、その国の産業政策、エネルギーミックスの構造にもよるわけです。もうひとつの要素は、バッテリーの性能と運転システムの省エネ技術です。例えばバッテリーを充電し、従来は500km走れたのがイノベーションで1000km走れるようになれば、CO₂排出量を半分に減らせます。

この2つの要因をシミュレーションの中にシナリオとして入れると、現状がベースラインだとすれば、中国の場合はEVが5.7年走るとCO₂排出量が従来のエンジン車より少なくなり、カーボン・パリティとなります。同様に日本は7.6年、米国は1.7年走ればカーボン・パリティとなります。われわれのシミュレーションでは、エネルギー構造改革と電池効率の改善を両方行えば、カーボン・パリティまでの期間が中国の場合は5.7年から4.5年に、日本は7.6年から5.5年に、米国は1.7年から1.3年に短縮されます。

EV-GVCに関する政策論議

EVに関連して最も議論が大きくなるのが補助金の問題です。例えば中国の場合、エコシステムを全体的に底上げして、新しいゲームチェンジャーになったわけですが、そのためにこれまで相当な補助金を出しています。一方、日本の場合は消費者を補助するための下流補助金なのです。すると、消費者にとってはお得ですが、EVが中国で作られていれば間接的には中国を補助することになります。

各国のEV購入時の補助金を比べると、ノルウェーが2万ドルと最も高く、日本は約4000ドルですが、中国は1000ドル程度しかありません。中国は下流補助がどんどん少なくなっています。一方、GDPに占める補助金の割合は、中国は1.73%と他の国の3倍以上に上り、上流補助が手厚くなっています。

上流補助が重要なのは、例えば電力をより安く作れる国は、部品を作るときの電力コストが抑えられ、効率の良い中間材を仕入れることができ、競争優位が生まれるからです。すると、国際的なシェアが拡大し、自国に税金として戻ってきます。それによってさらに補助が可能になります。

国の産業政策にせよ、補助金にせよ、重要なのは産官の連携です。EV関連のベンチャーキャピタル投資は、中国、米国、欧州が非常に活発に行っています。EVに関する民間と国、学術分野が一体となって、EV分野をエコシステムとしてつくり上げたのだと思います。

一方、日本はあまりにも投資額が少なくなっています。従来の車はまだまだ強いですし、途上国の電力事情もあって、EVがあっても充電が難しいため、しばらくは大丈夫かもしれませんが、途上国が発展すれば将来的には電力事情が良くなると思います。加えて、人口的にもどんどん成長し、EVへの需要の観点では先進国ではなくむしろ途上国の方が重要になるでしょう。つまり、競争の意味で途上国での競争がこれからEVの王道だと考えなければなりません。

中国はグローバル・バリューチェーンにおいて圧倒的にシェアを持っているだけでなく、コントロール能力が高いです。従来の競争力は商品や産業の競争力ですが、実際はエコシステム、バリューチェーン全体のコントロール能力を見なければなりません。

エコシステム全体に好循環をもたらすような補助制度、つまり直接補助よりも間接補助でインセンティブを与えることで競争を生み、技術がどんどん進化して、価格競争で優位に立ちます。それによって世界シェアを取り、それが利潤として還流されるのです。

一方で、補助金だけでなく輸入関税も課題です。欧州と米国が相当危機感を持っていて、例えば中国のEVに対するハードルを上げ、100%近い関税をかけています。中国メーカーにとっては、EUや米国に参入しようとすると高い関税障壁がそびえているわけです。しかし、途上国はこれからが正念場です。途上国の特徴としては、自国でEVを作っていないので安くて品質が良ければ関税は要らない、参入してきてもいいというのが多分主流になるのではないかと思います。

中国では個人タクシーさえもEVを使い始めており、7~8割が使っているということは、少なくとも安さや頑丈さは申し分がないのだと思います。そうなると、将来的にはエネルギー事情によっては、EVが途上国で大きなゲームチェンジャーになるのではないかと思います。

コメント

神野:
現在はEVの産業動向のダイナミックな変化のまさに過渡期であり、中国の新エネルギー車はさらに伸びていくと考えられます。中国の今のトレンドは「油電同速」であり、先生が示されたような産業構造に与えるバリューチェーンの変化も、さらなる技術力の向上によってインパクトが大きくなっていくと思いました。

それから、マイニングの部分が今後大きなインパクトを与えると思うのですが、中国の需要量と供給量のアンバランスさがチョークポイントにもなりかねません。そこを埋めようと、中国企業が中南米やインドネシアに大きな投資をしているので、日本にとっても、グローバルにとっても、先行投資に対する危機感をもう少し持つべきだと思います。

中国の電池材料の需要量と供給量のアンバランスさは、中国にとって課題だと思うのですが、中国のリサイクル産業の発展も非常に実感しています。既にリサイクル事業者は車載電池のリサイクルだけで黒字化しており、中国は技術力もスピード感も世界で最も速く進んでいると思います。こうした状況はバリューチェーンにどれだけのインパクトを与えるのでしょうか。

孟:
中国の電池材料の確保において需要と供給にギャップがあるのはそのとおりだと思います。中国の重要鉱物の埋蔵量は世界的に見ても多く、既に多角的な投資を行っています。中国の戦略としては、これから電池をますます多く輸出することになるので、サプライチェーンの安定的な供給が求められます。特にマイニングリソースが豊富な国と組んで現地生産もできるようにすることが今後一層重要になります。それからバッテリーの回収も重要で、途上国と先進国が組んでエコシステムとして推進しようというのが思惑にあると思います。

それから途上国にとっては、エネルギーの上流のリソースしかない国がEVの世界で競争優位に立つのはなかなか難しいのが現状です。リソースのある国は、マイニングを対価として技術を獲得、あるいは輸出して先進国と一緒に利益を得る必要があります。先進国といかにフェアにバリューチェーンで生まれる価値をシェアするか、あるいはCO₂による汚染をいかに責任を持って除去するかが大きな問題になると思います。

Q&A

Q:
欧州でEV政策の見直しが図られ、2035年以降もエンジン車の販売が認められましたが、EV事業の今後のトレンドはどうなるとお考えでしょうか。

孟:
まだ完全にアップデートしていないのですが、EUはすでに見直しが進み、米国も政権交代で揺らぎが出てくると思います。EUでは2つの要因で見直しがなされたと思います。ひとつはウクライナ危機によってロシアからの仕入れが難しくなる点、もうひとつは、中国の自動車輸出が世界一になり、EVの普及に伴って中国に過度に依存するのを避けたいという思惑です。今後、論文の修正版でその点にも触れようと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。