東北大学共催 RIETI 公開BBLセミナー:2025年大阪・関西万博シリーズ

未来技術が変える命と食:量子医療とプラズマ農業の最前線

開催日 2025年9月30日
スピーカー 大兼 幹彦(東北大学大学院工学研究科教授)
スピーカー 金子 俊郎(東北大学大学院工学研究科教授)
コメンテータ・モデレータ 堺井 啓公(RIETI国際・広報ディレクター)
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開催案内/講演概要

本セミナーでは、未来技術として近年注目される量子医療とプラズマ農業に焦点を当てた。東北大学大学院工学研究科の大兼幹彦教授からは、量子トンネル効果を利用したスピントロニクスセンサによる脳や心臓の微弱磁場の検出技術についてご紹介いただき、それによって実現可能となる小型・高感度の量子スピン型MRI(Spin-MRI)の可能性について解説いただいた。また空気プラズマを活用した植物病害防除や植物機能制御の研究成果について、同じく東北大学大学院工学研究科の金子俊郎教授からご紹介いただき、化学農薬・化学肥料の使用量を削減した持続可能な農業「サステナブルファーム」の実証試験についてご報告いただいた。

議事録

「量子技術による未来の医療デバイス」

量子トンネル磁気抵抗(TMR)効果とは

大兼:
私の研究室は東北大学の中でも歴史の深い研究室で、宮崎照宣名誉教授が1994年、今日紹介する医療デバイスの根本原理であるトンネル磁気抵抗(TMR)効果を発見しました。その弟子に当たる安藤康夫教授がTMR効果を超高感度磁気センサに応用する研究を行い、私が2022年に研究室を引き継いでいます。

TMR効果は薄膜の3層構造のデバイスで発現する現象です。この構造は磁性体2枚で非常に薄いインシュレーター(絶縁体)を挟んでおり、通常は電気が流れませんが、膜厚を極めて薄くすると量子トンネル効果が起こり、電気が流れます。2枚の磁性体が同じ向きであれば電気が流れやすくなり、逆向きになると流れにくくなります。

この分野は「スピントロニクス分野」と呼ばれ、すでに磁気記録技術や半導体分野で広く実装されています。われわれはその先のデバイスとして、生体磁場も測れる高感度の磁気センサの開発を進めています。このセンサは非常に薄い膜厚の1層1層にノウハウが蓄積されているので、他の研究グループにはまねができません。2010年ごろにこの構造を開発したことでセンサの感度が急激に高まり、生体内でも比較的大きい心臓の磁場だけでなく、極めて微弱な脳の磁場をも検出できるようになりました。

昨今はセンサモジュールの性能が飛躍的に高まり、超伝導デバイス(SQUID)と同程度の性能が室温下で実現されつつあります。研究開始当初に比べると飛躍的に性能が上がっており、われわれはリアルタイムで脳の磁場を取れるレベルまで持っていきたいと考えています。

医療機器としての応用

応用例の1つに、心臓の病気を診断する心磁計があります。現在は心電図による診断がポピュラーですが、心電図は空間分解能が低く、精度が低いという課題があります。一方、心磁計は超伝導を使ったデバイスですが、実用化されてはいるものの普及が進んでいません。性能は非常に良いのですが、ランニングコストがかかり、装置が大型化するという欠点もあります。

そこで、室温動作のセンサに置き換えることで、比較的簡便にクリニックや自宅で心臓の状態をチェックできるものを作りたいとわれわれは考えています。心磁計は、心電計では発見が難しい疾患を見つけられるため、国内だけでも数万人の患者を救える可能性があります。心磁計が心電図と大きく異なるのは、空間的な心磁マッピングを取れる点であり、磁場の分布から心臓の電流を推定でき、疾患が診断しやすくなります。

脳磁計への応用も進めていて、脳から出た信号をデバイスで検出し、それをコンピュータにつなぐBCI(ブレイン・コンピュータ・インターフェース)やロボットにつなぐBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)に応用することを最終的なゴールと考えています。現在は脳の磁場を計測してデモンストレーションできるようになり、極めて微弱な脳磁場を室温で検出できます。アルツハイマー病やうつ病などの疾病診断での活用が期待され、その市場規模は極めて大きいと考えられています。

コンパクトMRIの開発

非常に小型のMRIへの応用も進めています。従来のMRIは、超伝導のマグネットを使ってたくさんの磁場をかけて測るので巨大なのですが、われわれのセンサは非常にコンパクトであり、将来的にはモバイル化することで非常に広範な普及が期待できます。

またナビゲーションシステムへの応用も考えられ、ドローンへの搭載や、コンタクトレンズのように体内に組み込むことで、GPSでは難しい位置検出用のセンサとして使える可能性があります。

この技術は30年に及ぶ研究室のノウハウの蓄積によって出来上がっています。またMRIは電磁誘導の法則という古典的な法則で作られているものですが、量子技術を入れることで今までできなかったことができるようになりつつあります。われわれは医療デバイスを目指しているのですが、そこまでには時間がかかるので、それ以外の分野への応用を進めながら最終的に医療の応用に結び付けたいと考えています。

コメント

堺井:
心磁計に関しては、デバイスを張り付けたものを胸に装着して磁場の変化を測定できるので、国内7万~8万人とされる心疾患患者を救える技術として期待されますし、脳磁計も精度を高めることで脳疾患の膨大な市場における活用が望まれます。医療機器は認可が必要ですけれども、市場にはいつ頃出せそうでしょうか。

大兼:
心磁計に関しては2030年代前半を目指し、われわれの研究室が設立したスタートアップ企業が開発を進めています。脳磁計に関しては、医療機器としてのビジネスの計画はまだ走っていないのですが、非医療のエンタメやマーケティングといった用途で、こちらも2030年代前半までの実用化に向けて研究開発を進めています。

脳磁計についてはあと1桁ぐらいの性能アップが必要です。そこの研究開発は私が主導しますが、応用に関しては脳の磁場のデータが非常に少ないため、まずは脳の磁場を研究している先生方に十分なデータを蓄積していただき、有用性を確認するところから始める必要があります。非医療の分野については国内大手企業が興味を示しているので、共同研究を進めたいと考えています。

質疑応答

Q:

量子デバイスと従来の電子デバイスとの違いは何でしょうか。太陽フレアなどによる地磁気の乱れの影響はどの程度受けるのでしょうか。

大兼:

量子デバイスと従来の電子デバイスの明確な境はないと考えています。とにかく社会に役立つもの、より高性能、高機能のものを新しい現象を使って生み出していきたいと思っています。太陽フレアについては、非常に影響を受けることもすでに分かっていますし、それをノイズキャンセリングできることも実証されています。

Q:

量子スピンセンサの飛躍的な感度向上はかなり複雑な組み合わせですが、こうしたものをどうやって探索されたのでしょうか。

大兼:

一言で言えば学生が地道な実験の積み重ねを頑張った結果ですが、われわれの分野は基本的に研究者自身の感覚が最も重要だと思っています。われわれのグループで最も特徴的なのは軟磁気特性の研究であり、これは他の研究グループにまねができない部分です。それは私がすごいからできているわけではなく、東北大学における100年前からの研究の積み重ねを基にできていると考えています。

「空気プラズマを活用した未来の農業」

空気プラズマで活性種を合成

金子:
空気プラズマ(空気を原料として生成したプラズマ)の一例として雷が挙げられますが、日本では昔から雷のことを稲妻と呼び、雷が多い年は稲がよく育つと言い伝えられているように、空気プラズマは農業に役立つと考えられてきました。プラズマで窒素肥料を作れば減化学肥料で農作物を栽培できますし、プラズマの殺菌作用を使えば化学農薬の使用量を減らすことができます。さらにプラズマは植物の免疫力を向上させ、植物中の特定の成分を増やすなどのコントロールができることも分かってきています。われわれはこうした良い効果をうまく使った新しい農業システムを作ることを目標とし、それを「プラズマアグリ」と命名しました。

プラズマは、気体に何らかの大きなエネルギーを加えると生まれる、電荷を持った粒子の集まりを指します。2000年以降のブレークスルーによって大気中や液体中でもプラズマを安定して作れるようになり、応用範囲が格段に広がりました。

プラズマをどのようにして作るかというと、空気中の中性粒子に、電気によって高エネルギー状態にした電子を衝突させると、中性粒子が電子と正イオンに電離します。この電子をさらに電気で加速させ、中性粒子にぶつけて電離を繰り返すと、電子と正イオンからなるプラズマが出来上がります。このときに、電気的には中性だけれども他の物質と反応しやすい分子も生成され、それらを活性種と呼びます。この活性種が農業応用において非常に重要な役割を果たすのです。

活性種の中でもわれわれは、五酸化二窒素(N2O5)に注目しています。五酸化二窒素には強い酸化作用やニトロ化作用があり、植物にいろいろな作用を及ぼす可能性があります。また吸湿性が高く、水と反応すると窒素肥料の成分である硝酸イオン(NO3-)になりやすい性質があります。

五酸化二窒素の合成に成功

五酸化二窒素は空気プラズマで生成したオゾンガスと二酸化窒素ガスを混ぜて生成します。プラズマ中のガス温度が低いとオゾン(O3)、温度が高いと窒素酸化物(NOx)が生成されやすくなりますので、われわれは高温と低温のプラズマ反応器を別々に作って高濃度のNOxとオゾンを生成し、後で混ぜ合わせるという発想で装置を開発しました。この技術は特許も出願しています。

この技術を農業に活用するため、五酸化二窒素ガスを植物に噴霧することによる影響を調べたところ、植物免疫向上の実証に成功しました。シロイヌナズナという植物にプラズマで合成した五酸化二窒素を噴霧すると、植物ホルモンや植物免疫に関連する遺伝子の発現が促進されるという結果が得られたのです。さらに植物の葉にプラズマで合成した五酸化二窒素を噴霧すると、五酸化二窒素が植物の活動を活発にし、ある特定の機能性成分の増加に関与することも分かってきました。

窒素施肥の効果も実証できました。ミヤコグサという植物を窒素欠乏状態にし、空気だけを噴霧した場合と五酸化二窒素を噴霧した場合を比べると、後者の方がよく成長することが分かりました。また、五酸化二窒素は水と反応して硝酸イオンに変換されますが、その変換効率はほぼ100%であり、非常に高効率であることも分かりました。

コストに関しては、現状のプラズマ装置で作った窒素肥料は市販の肥料よりはまだ高価ですが、われわれが使っている装置を改良することで、1molの窒素を15~30円程度で作れる可能性があるので、従来の農業用肥料と同水準のコストが見込まれます。さらに五酸化二窒素は窒素肥料としてだけでなく、植物免疫の活性化や機能性成分の増産などの付加価値も持つので、革新的な肥料製品といえるでしょう。

サステナブルファームを提案

われわれはプラズマで合成した五酸化二窒素を使って、化学農薬や化学肥料を減らしながら作物を栽培するとともに、プラズマを作る電力を太陽電池で賄うことで持続可能な農場を目指す「サステナブルファーム」を提唱しました。実際に宮城県山元町のイチゴ農家などで実証試験も行っています。

われわれの研究は大阪・関西万博会場内のGUNDAM NEXT FUTURE PAVILIONにおいて、ガンダムのビーム・サーベルを使った宇宙農業として紹介されています(ビーム・サーベルを現代科学で創るとするとプラズマであろうとの発想から)。「ガンダムオープンイノベーション」というプロジェクトにも「ビーム・サーベル ~プラズマ農業プロジェクト~」のテーマで採択していただき、サステナブルファームの実現に向けて研究を進めており、将来的には宇宙農場に発展させたいと考えています。

コメント

堺井:
プラズマで合成した五酸化二窒素には非常に大きな可能性が感じられ、宇宙で使えば持続的な農業が可能になると思います。実際に宇宙実験を行う予定などはありますか。

金子:
宇宙で植物を育てるとなると、重力が小さい環境下で植物にプラズマ五酸化二窒素を作用させることによる影響を調べる必要があるので、宇宙ステーションで実験するための準備をいろいろと整えています。

堺井:
プラズマを農業に実装するためにクリアしなければいけない規制はありますか。屋外での活用の可能性はありますか。

金子:
プラズマを殺菌・殺虫のための農薬として使おうとする場合には、農薬取締法に基づいてきちんと登録する必要があります。一方で、植物の機能性成分を向上させるなどの効用を持つ物質(バイオスティミュラント)に関しては法律がなく、バイオスティミュラントの使用に関しては、今年(2025年)5月に農林水産省からガイドラインが出されています。

屋外でもプラズマ五酸化二窒素を噴霧して使うことはできますが、強風が吹いた場合などには、五酸化二窒素ガスが流されて対象物に届かない可能性があるので、液体に溶解させて液状(ミスト状)で噴霧する技術も開発していきたいと思っています。

質疑応答

Q:

この研究において東北大学の中でどのようなコラボレーションが行われたのですか。

金子:

プラズマ装置は私の研究室で開発しましたが、植物への作用効果の解明については農学研究科や生命科学研究科、医工学研究科の先生方と共同で研究した成果になります。サステナブルファームの研究も、農学研究科や生命科学研究科のほか、工学研究科のバイオ系の先生とも共同して行っています。私が学内で一緒に研究をしてくださりそうな先生を探し、直接声をかけさせていただきました。

Q:

月面農場での窒素肥料源としてどのようなソースを想定しておられますか。

金子:

窒素肥料を地球上から月面基地に持っていくのは費用面で高価になってしまうので、月面基地で持っている空気を使わせていただいて、その場でプラズマを生成して、窒素肥料(活性窒素種)を作ることを検討しています。ただし、空気を月面に持っていくための検討は別途行う必要があります。

Q:

プラズマの技術は人体にどのように役立つのでしょうか。

金子:

プラズマ技術の植物への応用の研究が盛んになる前に、医療分野での応用の研究も活発に行われていて、人に対する安全性もいろいろ調べられています。プラズマ医療の分野も全世界で発展してきており、プラズマの副作用ももちろん考慮しながら使っていくと、いろいろな分野で活用できるのではないかと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。