産業政策、経済摩擦と通商ルール:中国の「過剰生産」現象に関する考察

開催日 2025年6月26日
スピーカー 渡邉 真理子(学習院大学経済学部経営学科教授)
コメンテータ 福永 佳史(RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省通商政策局北東アジア課長)
モデレータ 冨浦 英一(RIETI所長 / 大妻女子大学データサイエンス学部長)
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開催案内/講演概要

現在の米中摩擦は、日米経済摩擦と同じ経済的構造を原因とする。つまり、新興国が構築した規模の経済が先進国の産業基盤を毀損し、双方に社会的緊張を生んでいるのである。日米摩擦は世界貿易機関(WTO)による裁定に加え、情報技術協定を通じた規模の利益の共有によって沈静化したが、中国の産業政策は日本の政策を精緻化したものであるため、規模の経済が強く働き、他国への影響が大きい。また長く続く政治対立の結果、規模の力を政治目的に濫用する動きもみられる。本セミナーでは渡邉真理子学習院大学教授を迎え、現在のWTOルールに欠けている、規模の経済による不均等を補正する仕組みを構築し、世界的な経済摩擦を解消する道筋について議論した。

議事録

中国経済の現在地

中国経済が世界においてどんな位置付けにあるのかと考えたときに、最近、覇権国の不在が戦間期の世界経済の混乱を招いたとする「キンドルバーガーの罠」が再来するのではという見方があります。当時は英国が覇権国としての力を失い、覇権が米国に移りつつあるのにイニシアチブを取らず、国際秩序が不安定化したわけです。

しかし1990年代以降の1人あたり国内総生産(GDP)を見ると、覇権国は依然米国のみであり、「キンドルバーガーの罠」以前の状況となっています。中国はキャッチアップしつつあるものの、先進国の成長軌道にはまだ乗っておらず新興国の成長軌道にあります。その意味で、覇権の移行が起こるとしても30~50年後になるでしょう。短期的には世界の覇権国は米国であり、米国に正常な状態に戻ってもらうことを考えるところにエネルギーを注ぐべきだと思います。

産業政策をきちんと経済成長につなげるためには、一定の規模と強力な協調が必要です。2024年秋の国際通貨基金(IMF)の分析によると、欧州連合(EU)諸国がばらばらに産業政策を行うと、資源を取り合うことで経済成長はマイナス3%になってしまいますが、足並みをそろえて動くとマイナス1%となり、英米とともに統一的な産業政策を行うことでプラスに転じるとされています。

産業政策の論理

産業政策の1つの大きな発想としては、政府が一定の資源を負担しないと産業は立ち上がらないという考え方が1920年代にすでに理論化されています。その後1990年代には、移行経済支援のためには産業政策が必要だという議論があり、このときに世界銀行が日本の産業政策を「東アジアの奇跡」として振り返る分析を行いました。当時の結論は、産業政策には市場を支援するタイプの機能主義的産業政策と特定の企業・産業を支援するターゲット型産業政策の2種類があり、後者はゼロサムゲームになりがちなので、前者を推奨するというものでした。それを途上国支援につなげる研究が2000年代に進み、中国の産業政策もこの文脈で語られることが多かったのです。産業育成の論理です。

そうした論者の筆頭とされるのが北京大学教授で世界銀行首席エコノミストを務めた林毅夫(ジャスティン・リン)さんです。彼は2024年7月、中国の三中全会終了後の産業政策に関するサウスチャイナ・モーニング・ポスト紙でのインタビューで、「経済成長のためには政府が産業支援する形での産業政策は必要である」と主張しています。

その上で、日本の経験も語っています。日本が半導体産業で勃興し、米国を抜いた1980年代から90年代にかけて、半導体摩擦が日米間で起こったわけですが、結果としては日米企業の合弁と、日本企業に技術と生産が集中しないことが要請された結果、日本による技術の独占が起こらず、日本の「失われた30年」を引き起こしたと述べています。

1980年代当時の日本の1人あたりGDPは米国の1.3倍ありましたが、今は半分以下に落ち込んでいます。林さんは「1980年代以降、日本が世界を牽引するような産業は出てきていない。日本政府が産業政策をやめたから経済成長は停滞したのだ」と非常に挑発的なことを言っています。

経済摩擦の論理

一方、小宮隆太郎先生を始めとする当時の日本の経済学者のグループは日本の産業政策に関して、もう少し冷静な分析をしていました。経済的に効率的であっても、産業政策で新興国が先進国にチャレンジすると先進国の産業基盤の構造転換を強いることになり、うまくいかない場合には政治的な摩擦が必ず起こるため、何らかの配慮や仕組みが必要だとすでに指摘しているのです。経済摩擦の論理です。

従って、ルールで対応するしかないというのが1980~1990年代の日本の経済学者の結論であり、1国だけが有利な産業を独占しないよう、国際的な水平分業、直接投資や産業協力による生産拠点の国際的分散化などについての合意形成が望まれると主張していました。

一方、社会科学者の村上泰亮先生は、規模の経済自体が経済摩擦の源泉であると整理しています。規模の経済とは、規模が拡大するにつれて費用が低下する現象を指し、これによって市場の失敗が起こることは広く知られています。

基本的なイメージとしては、大国が優れた産業を作り、性能のいいものを輸出すると、自らの購買力が上がって豊かになるのですが、産業政策の効果が一定以上強くなると、良いものをどんどん安く作ることになるので、輸出品が安くなり、輸入品が高くなります。その結果、交易条件(輸出価格と輸入価格の比率)は上昇せず、購買力は低いままになります。これが中国の抱えている問題の1つだと私は考えています。窮乏化の論理です。

WTOルールでは、規模の経済や産業政策によって交易条件が変わったとき、特定国が特定産業で独占的な地位を構築したときに対応するルールが全くない状態です。トランプ大統領はアメリカからの異議申したてとして、相互関税と呼ぶ手法を撮っていますが、規模に対する何らかのルール付けをして、お互いの国が毀損し合う状況を防ぐことが必要だと思います。中国を締め出したところで中国が消えてなくなるわけではないので、トランプ氏の政策はあまり堅実的な対策ではないと思います。産業政策が「経済摩擦の論理」を起動させることがあるということは正視した方がいいでしょう。

規模の経済が交易条件を左右すると、過剰生産現象を生み、他国の産業基盤を崩壊させてしまいます。こうしたことは造船産業や鉄鋼産業でも問題になっていますし、自動車産業でも起こりつつあります。産業政策は基本的に1国で行うとゼロサムゲームになるので、建設的ではないといえます。

中国の産業政策の特徴

中国の産業政策は「中国製造2025」から話が始まることが多いのですが、現実には1980年代に日本の産業政策から学んでおり、この動きを主導したのが劉鶴前副総理です。1993年に社会主義市場経済体制の確立を宣言し、自動車や水利、ハイテクなどの産業を振興することをうたったのですが、まったくうまくいきませんでした。ただ、注目すべきなのは、当時の政策がうまくいかなかったことだけでなく、このときに産業政策の実施体制を固めてそれがずっと機能していることです。

中国の産業政策の手段には、他国にはない明確な特徴があって、どの産業を奨励、制限、淘汰するかというリストを作成します。これが中国国内のいろいろな人たちの集中的な投資行動を招き、過剰生産になっている原因だと思います。また、こうしたターゲット型産業政策は競争政策と対立しがちで、過剰生産、過当競争を生みやすく、結果的に国有企業、大型企業、地元有力民営企業の手厚い支援となっています。

さらに近年の研究で明らかになってきていることは、産業政策で重要なのは産業連関を強化することであり、産業の縦のつながりで穴が開いているところを支援することで効率性が上がります。1970年代の韓国や2000年代の中国はそれをうまく達成できました。一方で、こうした政策が、国際的な格差の問題を生むこともあきらかになっています。新興国の中間層の所得が大きく伸びたのに対し、先進国の中間層の所得が30年間伸びていません。そこに関する手当てがないまま今に至っているのです。

中国からみると、摩擦は米国だけでなくアジアや欧州との間でも起こっています。2024年、習近平総書記が欧州を訪問した際、電気自動車(EV)の輸出急増は中国の比較優位性と需要によるものであり、中国に過剰生産の問題があるわけではないと述べました。とはいえ、実際に中国国内で、EVは過剰生産になっていて中国の有力企業が倒産しています。鉄鋼についても洪水的な輸出が始まり、他国から問題視されています。

そこでEUとの交渉では、EVの輸出価格に下限を設定することになるという報道が出てきたりしています。この問題へのひとつの解決法ではあります。しかし、このように2国間で交渉するのではなく、何らかの国際ルールにする時期が来ていると思います。また日本が得意とするパワー半導体市場においても、中国は米国の制裁強化以降、旺盛に参入しており、局所的には、これまで米中の間では起きてこなかった極端なスピードでの産業基盤が毀損されるタイプのチャイナショックが起きています。、ここにも何らかのルールが必要だと考えます。

こうした過剰生産状況は中国国内でも問題視されており、国内では「内巻」と呼ばれる過当競争状態となっています。国内の過当競争が輸出ドライブとなる形での海外輸出は市場メカニズムが壊れている状態だと思うので、この問題を解決しなければなりません。

今後どう向き合うのか

今後は、中国が多くの産業を占有するだろうけれども、世界は中国だけでできているわけではありません。1つの国が全てを持って、規模の力を政治的な力に転換しようとする動きは抑制しなければならないでしょう。

中国は働けども購買力が上がらず、国内は過剰競争になっているという規模の害があり、その他の国は産業基盤が毀損されているのですから、両者にとって何らかの形でより良い状況を実現するインセンティブが働く形になることが望まれます。

事前的な対策としては規模の利益をちゃんと共有できる仕組みの構築が挙げられますし、事後的な対策としてはアンチダンピングやセーフガードといった貿易救済措置の強化、貿易と安全保障の完全分離が求められると思います。

また米中が本気で産業政策競争をすると、この2国の規模の力に全部吸い取られ、その他の国の産業政策は無効化され、さらに負の影響が拡大する可能性があります。米中以外の国がそうした負の外部性から身を守るためにも、何らかの仕組みが必要だと思っています。

中国は経済的な生産力がより強くなっており、習近平政権はさらに強化しようとしています。しかし、生産力を強くすればするほど購買力、消費力は上がりません。為替による調整も考えられますが、中国政府は日本のプラザ合意は失敗だと考えており、経済摩擦の原因を自発的に調整しようという認識はまだ持っていません。従って、ルールの形で規模の力の弊害を抑制するようにアップデートしていくことが求められるでしょう。

コメント

福永:
中国は通商摩擦を自発的に解決するだけの意思をまだ十分に持てていないという指摘がありましたが、内巻状態は何とかしなければならないと思っているわけです。実際に中国の産業政策はどこまで変わるのでしょうか。また仮に中国の産業政策が変わったとしても、人口大国であるという事実は変わらないので、通商摩擦のトーンを下げるにはプラスアルファで何をすべきなのでしょうか。

渡邉:
5カ年計画のたびに行っている奨励・制限・淘汰産業のリスト化を一度やめればいいと思います。能力のある企業はそのリストがなくてもちゃんと投資行動を取るので、そうした企業が生き残る仕組みに変えられれば今の状況は抑えられると思います。現実にはかなり難しいと思いますが。

2つ目の質問については、規模の利益を共有するために産業の連関を国際化し、直接投資、産業協力、生産拠点の国際的分散化を進めることが求められます。ただ、そこから始めるには今の政治環境があまり良くないので、今日お話ししたようなことでしかお互い譲り合えるところはないと思います。

中国が自国の都合だけで国内市場のオープン化、国内に投資してきている外資への完全な内国タイミングを拒否することは、規模の利益を共有することを拒否することになります。現在の政治状況ではかなり難しいですが、再び直接投資に対して安定的な環境を作れるように努力することは必要だと思います。特に米中のような大国の規模を持てないその他の国は、連合して拮抗しないと全部を取られてしまうことになるので、そこは気を付けた方がいいでしょう。

質疑応答

Q:

中国の産業政策は変わらず、国際的規律も当面できないとすれば、日本の産業は規模の経済が働かないニッチ産業ぐらいでしか活躍できないのではないでしょうか。規模の害を抑えるための施策としては何が考えられますか。

渡邉:

ニッチ産業だけになってしまうと今の日本経済も支えられないことになりかねないので、そこから逃げるのではなく、何らかの形で関わる道を探していくことは必要です。そのときにイノベーションを起こすことは十分必要だと思いますが、これをどうしていくかというのはこれから議論が必要でしょう。ただ、どこかの国が全てを独占するのは、イノベーションを進める意味での効率性からしてもあまり良いことではないので、広く共有できるようにしながら、自分たちだけが占有するような行動は牽制するという両にらみで考えていくしかないでしょう。

Q:

1国だけが有利な産業を独占することがないようにと考えたときに、GAFAはどう考えればよいのでしょうか。あるいは今後市場が大きくなっていくインドについてはどう考えればよいのでしょうか。

渡邉:

GAFA自体、規模の経済を非常に利かせたビジネスをしており、ユーザーが多ければ多いほど集中のメリットが生まれることになります。ただ、その弊害はすでに生じているので、一定の規律付けは必要だと思います。

インドについては、人口は多いのですが、産業の力が十分大きいとはいえません。途上国が新興国へと発展する中で全てを自国でやった国はないわけで、そのプロセスの中で全部自分で取るということがないようにするためのルール作りは必要だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。