開催日 | 2025年6月25日 |
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スピーカー | 江口 清貴(防災DX官民共創協議会 専務理事 / 神奈川県庁CIO兼CDO / 防災庁設置準備アドバイザー) |
スピーカー | 菅野 拓(大阪公立大学 准教授 / 防災庁設置準備アドバイザー) |
スピーカー | 村上 敬亮(デジタル庁統括官・国民向けサービスグループ グループ長) |
スピーカー・モデレータ | 西垣 淳子(RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省大臣官房政策統括調整官(経済産業政策局担当)兼中小企業庁長官官房政策統括調整官(DX・EBPM担当) / 金沢工業大学 客員教授) |
開催案内/講演概要 | 2024年1月1日に発生した能登半島地震では、当初から孤立集落や域外移動が生じ、避難者や避難所の状況把握は困難を極めた。石川県庁は災害関連死を防ぐため、県内外への長期避難者を含め被災者の情報を正確かつ時系列に沿って把握することが重要と考え、日本初となる被災者データベース(DB)の策定に着手。防災DX官民共創協議会やデジタル庁の支援を受けながらさまざまな挑戦をしてきた。この取り組みは他の自治体や民間企業からも高い関心が寄せられ、2024年度には被災者DBの標準モデルも策定された。本セミナーでは被災者DBの策定に携わったメンバーを招き、被災者DBが目指してきたことや今後取り組むべき課題について論じていただいた。 |
議事録
被災者データベースの必要性と課題
西垣:
能登半島地震では、能登地域6市町の高齢化率が50%前後に高まっている中、避難所への避難者は最大約3万4,000人に上り、2025年5月時点でも3,600人が1次、1.5次、2次避難所などにいらっしゃるなど、避難が長期化、広域化しました。
その要因として、道路等のインフラの断絶が著しく、多数の自主避難所や孤立集落が発生したため、指定避難所以外にもいろいろな避難所が発生し、被災者の所在が確認しづらかったことが挙げられます。国がプッシュ型支援をしようとしてもニーズや量の把握が難しく、運搬も困難でした。自主避難所や孤立集落にいる被災者をどう把握するかが大きな問題だったわけです。
もう1つは、医療・介護施設等の機能低下や水道等の復旧の長期化に伴い、広域避難を余儀なくされたことが挙げられます。広域避難がこれだけ大々的に行われたことも今回の地震の特徴でした。このとき現場は、避難所がとにかく混雑したことと、福祉避難所が不足して福祉機能が果たせなかったという問題に直面しました。そうしたときに、避難所名簿や被災者台帳は被災地の基礎自治体が作成するとされていますが、被災者が広域移動したときにそれらを誰がどうやって作成するのかという問題も生じました。
そこで江口さんが石川県庁に入り、避難所情報の把握、避難者情報の把握、生活再建支援というステップ1・2・3をすぐに掲げてくださり、それに向けて被災者データベースの構築が進められました。
ステップ1では、指定避難所のIDを共通化しておくことと、IDのない避難所の名寄せが課題として浮かび上がりました。またステップ2では、避難所を退所した人たちの動向を追いかけることが課題となり、市町村を越えた情報収集を進めることで広域の被災者データベースを実際に作りました。市町村が把握する情報をベースに、本人や第三者からLINEなどを通じて連絡をもらいながらデータを集めるとともに、情報の適切な取り扱いのためのルール作りにも取り組みました。
ステップ1・2・3を通じてデータの収集、統合、可視化、政策決定のプロセスを私たちは目指したのですが、多くの課題が残っています。避難行動要支援者名簿に基づく医療介護支援の対応が十分にできておらず、その結果、災害関連死に結び付いてしまっているので、災害関連死をなくすためには何が必要なのかをこれからも考えていきたいと思います。
被災者支援の混乱が継続する要因
菅野:
日本は災害大国といわれているのに被災者支援の混乱はほとんど解消されていません。避難所の姿は100年前からずっと変わっておらず、日本の行政は非常にモラル高く動いているはずなのに、災害関連死という言葉がこれだけ人口に膾炙してしまっているのは恥ずかしい結果です。
日本社会はハード面の災害対応は得意なのですが、ソフト面の暮らしを回復させる仕組みは戦後そのままのバラック建てのようなイメージであると私には思えます。災害救助法はまだ占領下の1947年に制定された法律ですが、制定当時は避難所や仮設住宅のことは「収容施設」と書かれており、その法を大きく変えることなく今も使ってしまっているのです。
日本の自治体職員は非常に真面目なのに被災者支援が混乱してしまうのは、平時の暮らしの周りのモノやサービスは民間が供給しているため、それをいきなり行政がやれと言われても自治体・行政にこの分野のノウハウがほぼないからです。しかも、災害は社会問題の中でもかなり特殊で、ある地域にたまにしか起きないので経験知が積み上がりません。ですから、いつも経験のない人を被災現場に送り込む構造になっているのです。
さらには、災害関連死対策のプロは誰かというと、医療福祉関係の人々なのですが、そうした人たちの多くは災害時の対応は防災・危機管理の仕事と考えていることが多く、また法制度も縦割りになっているため、プロが災害対応に参画せず、関連死を防げない構図になってしまっています。
もともと被災者支援も社会保障の一環だったのですが、平時の社会保障は行政だけではできないだろうということで医療法人や非営利法人(NPO)や株式会社なども参入する準市場で供給されるようになりました。しかし、被災者支援はそうなっていません。ニーズが高いのに行政以外にサービス提供者はいないし、行政には専門性もないので、被災者支援は混乱しているのです。唯一の例外はDMATであり、民間の医師たちが自発的にチームを組成して応援要請に基づいて専門性を生かして活動しています。被災者支援の多くの領域で、こうしたモデルを作らない限り混乱は止まらないでしょう。
まさに地域包括ケアや地域共生社会づくりの災害版である災害ケースマネジメントモデルの体制構築が求められています。今回の災害対策基本法改正で、災害救助法に「福祉サービスの提供」が約70年ぶりに位置付くことになったことは一歩前進であり、今後はいろいろな人が関わって被災者支援をしていくために被災者情報の把握は欠かせないと思います。
防災DX官民共創協議会の取り組み
江口:
私が所属する防災DX官民共創協議会(BDX)は、民間と行政が一緒になって防災DXを進めるため、デジタル庁の声かけで能登半島地震の2年ほど前にできた団体です。それが被災者データベース等を作る礎になりました。
われわれの究極の目的は災害関連死をゼロにすることであり、デジタルが最も力を発揮するのはそこだと考えています。そのためにすべきことは単純で、どんな人が、どこで、どんな状況で、誰によって、どんな支援を受けているのかを把握し続けることです。かつ重要なのは、必要な支援が要らない人を抽出することです。本当に支援が必要な人に行政のリソースを投下するには、デジタルで対応が完結する人を抽出し、対応の自動化を進めることが必要です。
こうした取り組みのきっかけになったのが、コロナ禍における大型客船「ダイヤモンド・プリンセス号」での対応でした。あのときは感染者を神奈川県内の病院で収容しきれず、全量把握もできていませんでしたが、人海戦術を駆使して医療提供体制を構築し、外部人材を投入するとともに、データや情報通信技術(ICT)で省力化を図りました。
これまで通常の地方自治体は、出先機関や業界団体経由で病院などとコミュニケーションを取っていましたが、これを抜本的に変えるために県と直接つなぐ仕組みを作りました。これはデジタルだからできるわけです。LINE経由で県と市民をつなぎ、医療機関同士もシステムで連携して県で全て把握するようにしました。病床の稼働状況も直接つなぐことによりリアルタイムで把握し、コミュニケーションコストの最小化に努めました。
また宿泊療養施設の開設や自宅療養も始まると、感染者の健康観察が必要となります。当時1日数万人の対象者がおり、職員数百人態勢で電話をかけて発熱の有無や酸素飽和度などを調べていたのですが、これをAIによってデジタル化しました。そこで使ったのが、被災者データベースの原型となる全患者リストです。
能登半島地震ではいろいろな組織が被災者支援を行っていて、被災者データベース的なものも各機関でばらばらだったのですが、データを統合したシステムを神奈川県で作っていたので、それを援用して持っていったわけです。
被災者データベースに関しては、これまでも関東の首長たちが国に対して必要性を主張してきましたがなかなか実現しませんでした。国の目線と現場の目線の解像度が異なるためかみ合わなかったと思うのですが、能登半島地震での運用を契機にかみ合ったのだと思っています。
デジタルを活用した災害対応の強化
村上:
能登半島地震では、いろいろなところからデータは上がってきても、同じ避難所のことを言っているはずなのに発表主体によって避難者数が異なったりして、曖昧なデータと闘い続けなければなりませんでした。それぐらい現場は流動的であり、動いているデータから何を判断の基礎とすべきかを常に判断しなければなりません。
この問題の背景には共通課題がいくつかあって、1つ目に被災した基礎自治体が忙しく、現場のキャパシティーが限られる中、どんなデジタルであれば役に立つのかを突き詰めずに、こんな便利なツールがあると言っていても何も進まないのです。
2つ目に、防災の現場が発災直後であればあるほど基礎自治体に分権されてしまっています。従って、広域災害で自治体間連携をしなければならないときにまったく統制が取れないのです。
3つ目に、個人情報の問題があります。被災者の情報をあらかじめ一元管理すれば、手続きごとに被災者に尋ねる必要がないのですが、現状では被災者の情報を民間にどこまで渡してもいいのかというルールがきちんと決まっていないこともあり、現場で個人情報管理についてどう判断すれば良いのか困る事態が生じていると思います。
能登半島地震ではこの3つと常に闘いながら対応に当たってきました。逆にこれらが整理できなかったからこそ防災DXは遅れたのだと強く思いました。
今回の経験を踏まえ、被災者の情報や防災関連データの連携が重要と考え、広域被災者データベースを石川県主導で整備してきました。また、マイナンバーカードを被災者支援業務においても活用し、日頃からの利便性向上も強化していきたいと思っています。マイナカードを持っていない方にはSuicaを配布することで、避難者情報の把握が容易になると考えます。
そうはいっても平時からそれに対応できる人員を自治体が抱えるのは不可能です。現場の曖昧な情報をきれいなデータにするには、現地入りした民間企業やリモートの方々の支援が不可欠だったので、災害派遣で民間のデジタル人材の応援を借りることを制度化する必要があると強く実感しました。
こうした課題を乗り越えるための経験知を、今回は石川県にも随分がんばっていただいて獲得できたと思いますので、この経験知を生かしてDXのツールやノウハウをためていければと考えています。
質疑応答
Q:
被災地データベースはどのように災害ケースマネジメントに生かされていたのでしょうか。
菅野:
避難所に来られない高齢者や障害者にまずはアプローチして、その人の状況を支援者で共有し、生活再建を図るためのカルテのようなものとして生かされていたと思います。
西垣:
災害が発生すると厚生労働省から、高齢者の情報を把握するための事業費が各自治体に渡され、その事業費で保健師等をベースにして見守りをするのです。その状況をデータベースに載せることで、災害ケースマネジメントのベースの情報になるようにトライしていました。
またSuicaの配布は当初避難所の入所管理に使おうとしていたのですが、実際には入浴サービスで使い始め、被災者の所在が分かるとともに、入浴サービスの継続期間を判断する上でのデータとしても役立ちました。災害時には支援者側がそれぞれ情報を持つのではなく、被災者に注目して支援者側が情報を共有することで、誰一人取り残さない支援ができると考えています。
Q:
今後の大地震に向けて間に合わせるべき必須の制度整備は何でしょうか。
西垣:
被災者台帳のシステムを入れている自治体とそうでない自治体があるので、既存のものについては標準化し、広域自治体で共有する準備が必要だと思います。そのときに悩ましいのが避難行動要支援者の情報で、社会保障、医療介護などの平時の情報との共有体制がまったくできていません。ここをしっかりしておかないと大きな地震が来たときに大変なことになると思います。
菅野:
例えば首都直下地震のときに東京から埼玉へ避難したとしても、避難者を支援するのは現行法では東京で、被災地外で被災自治体が支える構図です。被災者情報の共有だけでなく、被災していない自治体が支援することを法的にきちんと整備して、余力を日本として活用できるようにすることが不可欠だと思います。
江口:
市町村間で被災者のデータを共有してもいいという機運の醸成が必要でしょうし、支援者は行政だけでなく民間にもたくさんいるので、その人たちとどう情報を共有できるのかというパーミッションが極めて重要だと思います。
また広域避難した後に地元自治体に戻ってきてもらうことを考えると、避難者とつながり続けなければならないので、こうしたデータベースは被災者支援のためだけでなく、地域の産業復興にとっても必要だと思います。
西垣:
東日本大震災においても、広域避難している人とつながり続けないと戻ってきてくれないという話がありましたし、現場で広域避難を住民に呼びかけていても、一度出ていくと帰ってこられないという意識が非常に強かったので、戻ってくるためにもしっかりつながり続けることは大事だと思います。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。