開催日 | 2025年6月19日 |
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スピーカー | 川村 美穂(経済産業省製造産業局製造産業戦略企画室長) |
コメンテータ | 岩本 晃一(RIETIリサーチアソシエイト / 立命館アジア太平洋大学) |
モデレータ | 関口 陽一(RIETI上席研究員・研究調整ディレクター) |
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開催案内/講演概要 | わが国の製造業は、日本全体の国内総生産(GDP)の約2割を占めるなど、依然として重要な基幹産業ではあるが、グローバル競争の激化、人口減少による労働力不足や技能継承、カーボンニュートラルへの対応など課題は山積しており、大きな転換点を迎えている。本セミナーでは、経済産業省製造産業局製造産業戦略企画室の川村美穂室長を迎え、経産省が最新の調査分析に基づいて編纂した「2025年版ものづくり白書」の概要について、わが国製造業の業況や投資動向等に加え、経済安全保障に対する企業の取り組み実態など、製造事業者へのアンケート結果や事例、関連政策も交えてご紹介いただいた。 |
議事録
白書の構成
「ものづくり白書」は、ものづくり基盤技術振興基本法に基づく法定白書であり、今回で25回目の公表となります。経済産業省、厚生労働省、文部科学省の3省連名で作成している白書は珍しいと思います。
本白書は、ものづくりに関する基礎的なデータやその年の課題、政府の取り組みを掲載する第1部と、ものづくり振興施策集である第2部から構成されています。経産省では、第1部第1章の業況を担当するとともに、第4章で競争力強化についてまとめています。第4章の第1節では産業競争力維持に向けて脱炭素、経済安全保障を追求すること、第2節ではデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進について、第3節では経済安全保障について言及しています。
わが国製造業の現況
わが国の製造業は国内総生産(GDP)の約2割を占め、1人あたりの名目労働生産性も上昇しています。営業利益はコロナ禍の時期に落ち込んだものの、10年前の約1.5倍となっています。
民間企業の設備投資額は2023年1-3月期に100兆円を超え、以後も堅調に推移しています。設備投資額が減価償却費を上回って推移しており、われわれも中長期の成長をにらんで投資情報を引き続き見ていきたいと思っています。
企業行動について尋ねたところ、事業に影響を及ぼす社会情勢としては引き続き「原材料価格(資源価格)の高騰」「エネルギー価格の高騰」が多く挙げられ、「労働力不足」と答えた割合も2023年度と比べて増えています。直近3年で実施した企業行動では9割弱の企業が「価格転嫁」を挙げ、「賃上げ」「人材確保」「設備投資」を行った企業も多いという結果でした。
競争力強化において考慮すべき要素
近年、世界各国で産業政策の展開が加速しており、ガバメントリーチといって、民間に自由に任せるのではなく、政府がしっかりとてこ入れを図る傾向にあります。国際通貨基金(IMF)によると、2023年は2,500超の産業政策が世界で確認され、その目的は多様化しており、自国の産業競争力の確保、気候変動対応、経済活動に係る安全保障の確保に大きく3等分されています。
EUではこれまで非常に環境に振り切った政策を行ってきましたが、欧州中央銀行元総裁のマリオ・ドラギ氏がまとめた「ドラギレポート」によると、まずは成長のエンジンを見いだす必要性が指摘され、環境政策も成長を意識した考え方に変わってきています。米国のトランプ政権も、パリ協定からの離脱申し入れや関税引き上げなど、安全保障の名の下にものすごく振り切った産業政策を打ち出しています。
わが国も「競争力×脱炭素、経済安全保障」の要素を複合的にとらえて政策を打っていく必要があり、製造事業者は脱炭素、経済安全保障を考慮しながら、中長期的な目線で成長につながる投資を行うことが重要になるでしょう。
GX推進に関しては、わが国ではCO2排出量の4割弱を製造業が占め、そのうち7割は排出削減が非常に困難な産業が占めます。代表的なのは鉄鋼業で、特に産業競争力と脱炭素を同時達成すべき分野と位置付けられています。2025年1月には「GX推進のためのグリーン鉄研究会」が発足し、グリーン鉄(CO2排出量を抑えて生産された鉄鋼材料)の市場拡大に向け、供給側と需要側が一緒になって今後の推進方針をまとめました。
経済安全保障対応に関しては、わが国の自律性、優位性、不可欠性の確保に必要な措置を講じることで、産業競争力の維持・強化に貢献したいと考えています。ただ、個社によって取り組みに対する考え方が大きく異なるため、われわれはベストプラクティス集を出しました。組織体制の構築、技術流出対策、サプライチェーンリスクへの対策の3つに大きくカテゴライズし、取り組みの難易度と併せて掲載しているのでぜひご覧ください。
製造業の競争力強化に向けたDX
製造業においてDXは、産業競争力を伸ばす上で有用なツールですが、日本はDXに出遅れているという問題意識がわれわれにはあります。そこで2024年7月、製造産業局内にDXチームを組織しました。
製造業に限らずわが国のDXの取り組みは、個社単位のデジタル化・効率化は多くの企業がしっかり取り組んで一定の成果が出ていますが、製品・サービスの新規創出や高付加価値化等、高度かつ広範な領域での取り組みはなかなか成果が表れていません。成果を上げるためには、全体最適を見ながらDX化を図り、そこから得られるデータによって抜本的改革を行うための経営層のコミットメントが重要だと考えます。
産業横断での競争力強化に向け、サプライチェーン上の企業が連携し合って事業効率を向上することで、サービスの付加価値を高める取り組みも求められます。また、生産性や産業競争力の向上に向けて、ロボットや人工知能(AI)の活用も非常に重要でしょう。AIはゲームチェンジャーになると思いますので、少量多品種生産をはじめとした、高度かつ多様なニーズに対応するためにも、AIの開発・活用支援を政府としても推進していきたいと考えています。
個社の取り組み事例としては、ものづくりに加えてサービスも担う「ものづくりサービス業」へ転換することで付加価値を創出している企業や、素形材産業のように産業横断でデータのやりとりをしながら協調領域で必要なものを企業間で共通化し、全体として効率化を図って競争力を付ける取り組みもあります。
また、日本の強みである少量多品種市場へのロボット導入も進められており、ロボットのオープンな開発環境の構築に加え、ロボティクスで得られたデータを基にモデルを構築し、AI開発を促進する取り組みも進行しています。
DXはグリーントランスフォーメーション(GX)に対しても非常に有効です。工場・事業所単位では、われわれも予算を付けてエネルギーマネジメントシステムの導入を支援しています。サプライチェーン横断のGXに資するDXでは、自動車・蓄電池業界が横断でデータ連携基盤を構築しており、経産省が立ち上げた産業データ連携のイニシアチブ「ウラノス・エコシステム」の先行事例となっています。
またDXの効果を生かすためには、セキュリティ対策やデータ管理をしっかり行う必要があります。データを連携すると技術やデータが流出しやすいので、そうならないようにわれわれは「工場システムにおけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン」も公表しています。
DXが製造業になかなか普及しない理由として、どうしても日本は現場が強く、全体を俯瞰した視点が足りないのではないかという結論にわれわれは至りました。そこでわれわれは「スマートマニュファクチャリング構築ガイドライン」を2024年6月に策定し、翌年5月に改訂しました。まずは変革課題の特定を起点として取り組んでいただければと思います。
経済安全保障に取り組む製造事業者の実態
経済安全保障に関するわが国製造事業者の理解度を見るためにアンケートをとったところ、「聞いたことはあるが、具体的なイメージがわからない」「聞いたことがない」と答えた事業者が8割弱を占め、経済安全保障の取り組みを実施していない事業者も6割を超えました。実施している取り組みとしては、サイバーセキュリティや情報管理体制の強化、部素材調達先の変更や多元化が上位に挙がっています。経済安全保障に関するリスク分析の観点としては、自社の事業に関わるサプライチェーンが最も多く、リスク分析の対象期間は2~5年程度が大半でした。
リスク分析をする際に意識しているサプライチェーンの範囲としては、川上側・川下側ともに「1社先」という事業者が約半数で、「2~3社先まで」を合わせると約9割に上り、全体を見ている事業者はあまりいないという状況が分かりました。
経済安全保障に取り組む事業者の多くは、経営層または組織で横断機能を果たす部門(取締役会や経営会議など)が戦略・方針の策定をしっかり主導しており、社内の考えが各部署や調達先にもちゃんと伝わる体制を組んでいるところが多いと感じました。
逆に、経済安全保障の取り組みを実施していない理由としては、「自社の経営において必要性を感じない」「何をすべきか分からない」が上位を占め、経済安全保障の重要性がまだまだ理解されていないと感じました。
取り組みによって感じた効果としては、事業の継続(安定的な調達・生産・供給等)という回答が圧倒的に多かったです。私たちも効果としてはここが経済安全保障の本丸だと思っています。
経済安全保障の取り組みの費用対効果に対する考え方を尋ねると、「今後1~3年程度」よりも「今後4~10年程度」の方が、経済安全保障リスクに対応しないことによるマイナスが大きいと考えている人が多く、今のうちにリスク回避策を取れば中長期的には経済安全保障上のメリットがあると考える傾向が強いことが分かりました。
コメント
岩本:
「ものづくり白書」は、橋本内閣のときの中央省庁再編で製造産業局が発足したことを契機に作成が始まったと考えられますが、同じく経産省が作成する「通商白書」「中小企業白書」が専門の調査室を置いて非常に分析的であるのに対し、「ものづくり白書」の登場により、原課行政が主流だった製造業分野行政が非常に政策的・分析的にとらえる方向に変わってきたと感じています。
毎年同じ項目でデータの更新が継続されているのは非常に貴重なことですのでぜひ今後も続けてほしいですし、製造業が進むべき指針と考え方を提示し、豊富な事例も紹介されています。特にDXは毎年大きく取り上げられており、その時々の重要なテーマも取り上げられています。今年(2025年)は経済安全保障が中心的テーマであり、私が読んだ限り、白書の経済安全保障のパートはビジネスマンにとっても非常に分かりやすくて具体的な内容だったので、経済安全保障に取り組む上でのハンドブックになると感じました。
製造業は依然として日本経済を支える最も重要な基盤産業ですので、白書には今後も製造業が抱える構造的な問題の分析を期待したいと思います。各原課、業界団体から貴重で豊富なデータを入手可能であることは、多くの研究者が非常にうらやむ立場だと思いますし、他国との比較によって日本の製造業の立ち位置も分かると思います。
わが国の製造業は、「失われた30年」からの大きな転換期にあると認識しており、30年間、海外生産比率を増やし続けた一方、国内投資を抑え、賃金を抑え、非正規を増やしてきたことがデフレスパイラルの一因だともいわれています。
製造業の切り札とされたDXは、現時点で製造業全体の生産性向上にあまり結び付いておらず、日本のものづくりの特徴とされる職人の技能の高さや系列の存在は、今後も果たして有効なのだろうかとも思います。
「失われた30年」を解決に導く可能性のある多くの重要課題が製造業の分野には存在すると考えられ、白書にはわが国製造業が進むべき大きな方向性を示す役割を期待したいと思います。製造業が将来にわたっても日本経済をけん引する最重要産業であることは変わらないと思いますが、わが国の製造業は将来どうあるべきか、世界に通じる日本のものづくりの最大価値とは一体何なのかを考えていきたいと思っています。
川村:
次の白書では、トランプ関税の影響などを深掘りするのも面白いと思っていますので、先生がおっしゃるように、政府が何を考えているのか、どんな政策を行っているのか、世界の中で日本はどういう存在であるのかといったところを分かりやすく伝えられる内容にしていきたいと思います。
質疑応答
- Q:
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製造業で経済安全保障が広がらない要因は、脅威が何かという認識が弱いからだと思います。日本企業は米中の輸出管理強化や関税引き上げの影響が出た後に対策を取り始めているので、ベストプラクティスだけでなく、損失を受けないための情報を前広に製造業に伝えるとよいと思いますが、いかがでしょうか。
- 川村:
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個社の思いや取り組みを外に公開するのは企業側としても抵抗があると思いますが、もう少し一般化・抽象化して事例ベースで紹介することはできるのではないかと思っています。
- Q:
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製造業でDXやAI活用を進めるには、専門性を持った社員が必要になると思います。人手不足が続く中で製造業のDX化を進めるには、特に人材確保面が阻害要因になると思うのですが、いかがですか。
- 川村:
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わが国はDX人材が非常に不足するというデータも出ています。業に特化して人材育成コンソーシアムを組んでいるケースはありますが、企業では一般的に外部人材を雇うような動きは少ないので、人材をしっかり確保するためにも、業に特化した形でコンソーシアムを組んだり、政府が支援している講座などを通じて人材をしっかり育てていくことが重要だと思います。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。