日本の戦略:トランプ政権下の関税政策にどう対応するか

開催日 2025年6月9日
スピーカー 戸堂 康之(RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー / 早稲田大学政治経済学術院経済学研究科 教授)
コメンテータ 長谷部 翔大(経済産業省 産業構造課)
モデレータ 冨浦 英一(RIETI所長・CRO・EBPMセンター長)
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開催案内/講演概要

第2次トランプ政権の関税政策が世界を揺るがしており、世界経済の不確実性は高まっている。その中で、日本はどのような対応を取るべきかということが問われている。本セミナーでは、国際経済学の第一人者である早稲田大学政治経済学術院経済学研究科の戸堂康之教授(RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー)をスピーカーに招き、これまでの実証研究を基に対応策について解説していただいた。日本は生産拠点を米国に移すために対米投資を行うとともに、利益を損なわないために海外との知的ネットワーク拡充を図り、グローバルサウスとのサプライチェーン拡大に向けて政策を実行することが必要だと論じた。

議事録

トランプ政策の影響

トランプ政権の政策では、米国からの輸入品にある程度の関税がかけられ、米国企業に対するM&A(合併・買収)が制限されることが予想されるため、日本経済にとっては対米輸出や投資に対する障害が大きくなると考えられます。ただ、その影響は冷静に判断する必要があるでしょう。

そもそも米国の関税による影響はそれほど大きくないという予測もあります。アジア経済研究所のIDE-GSMというシミュレーションモデルによると、日本の国内総生産(GDP)はトランプ関税によって0.2%増えると予想されています。これは、日本の対米輸出のシェアが低いことと、中国の対米輸出が日本に振り替えられる貿易転換効果があるためと考えられます。

トランプ政策の背景として最も大きいのは、米国における所得格差だと思います。米国の1人あたりGDPは1990年代後半から2015年の20年間でかなり成長しましたが、中間層の所得はほとんど変わっていません。しかし、2016年以降のトランプ1.0では中間層の所得が増加し、その後のバイデン政権では再び停滞しました。

つまり、トランプ支持者からすれば、トランプ政策がうまくいっていると実感してもおかしくないわけです。ですから、所得格差が続く限りトランプ的な政策は政権終了後も続くと考えられ、長期的な視野を持って対抗することが必要です。

日本はどのように対応すべきか

日本がトランプ政策に本気で対応するには、生産拠点を米国に移管し、対米投資を行うことが必要です。特にグリーンフィールド投資(工場を米国に新設する投資)が望まれますが、製造業は政策の不確実性を不安視して投資を減らす傾向にあり、トランプ2.0で対米投資を増やそうと政府が旗を振ったとしても、企業は反応しない可能性があります。ですから、日米政府が連携して政策の不確実性を除去する必要があるでしょう。

ただ、対米投資を半ば強制的に増やすことは、日本のサプライチェーンを非効率化させる危険性があります。日本が利益を損なわないためには、友好国との知的ネットワークを拡充することと、グローバルサウス(新興国、開発途上国)に対してサプライチェーンを拡大することが必要です。

知的ネットワークの拡大

国際的な知的ネットワーク拡大に関しては、国際共同研究の実施がイノベーション促進に有効であることが実証的に分かっていますが、日本は残念ながら国際共同研究が活発ではありません。それが日本の長期的な経済停滞の要因と考えられます。

ただ、幸いにして最近日本に追い風が吹いています。米中のデカップリング(分断)で、米中間の共同研究が縮小しているのです。米国は国際共同研究から相当ベネフィットを得ていますから、新たなイノベーション相手を探していると考えられ、当然日本がその候補になり得ます。

しかし直近では、トランプ政権がハーバードなどの大学に対して規制強化や支援削減を行っており、米国への研究者派遣や米国との共同研究は困難になる可能性があります。しかもこういった規制は米国のイノベーション力をそぎ、米国の技術力を低下させる可能性もあります。ですから、知的ネットワークの拡大は、米国だけでなく欧州、豪州、韓国、台湾などの友好国も視野に入れるべきでしょう。

最近は特に半導体産業で友好国との共同研究が活発化しています。例えば産業技術総合研究所(産総研)のコンソーシアムや経済産業省の次世代半導体プロジェクトなどが進められており、日米もしくは他の友好国が互いに学び合い、ウィンウィンの関係を築くことが期待されます。

こうした関係は、対外直接投資の活用によってさらに強化されると考えられます。そもそも日本企業の対外投資は、投資先の国での共同研究を伴うことが多く、投資先でのイノベーションを活性化するだけでなく、日本の親会社の生産性やイノベーション力を向上させることも明らかになっています。ですから、対外投資に研究開発を融合した手法は効果的と考えます。

さらに、対日直接投資を活用することも有効です。その一例が台湾の半導体企業、台湾積体電路製造(TSMC)です。工場を熊本に誘致したことで九州全域にサプライヤー、装置製造企業、ユーザー企業をさらに呼び込みました。地域のサプライチェーンが非常に分厚くなったことで地域内の技術波及効果が生まれ、産業集積によって規模の経済が発生し、生産性向上効果も見られています。さらにTSMCは、つくばにも研究開発拠点を設けて企業と共同研究を行っており、それによって先端技術が波及しています。

このように保護主義的な産業政策ではなく、海外の先端企業と知的につなげる点で「開かれた産業政策」が行われ、それが功を奏しています。ただし、産業政策は必ずしも成功するわけではなく、過去の各国の政策を見ても、競争的で開かれた産業政策は成功確率がより高いといえます。

国際的な知的連携を円滑に行う上では、遠隔での共同研究は革新的な研究成果をなかなか生み出さないことにも注意が必要です。つまり、対面の密な議論が大事であり、多様性の重要性を理解、許容、活用できる人材の育成が急務です。最近のトランプ政策では、米国から研究者が流出する可能性があり、それをうまく日本に取り込めば効果は大きいでしょう。

グローバルサウスとのサプライチェーンの拡充

残念ながら、日本企業のグローバルサウスへの進出はそれほど進んでいません。サプライチェーンを見ても、中国依存はまったく解消していません。一方、米国は脱中国をうまく図っています。輸出に関しては、日本は米中に非常に依存しており、東南アジア諸国連合(ASEAN)やインドはあまり増えていません。

こうした過度の中国依存がサプライチェーンを脆弱化させているといえるでしょう。仮に中国からの輸入が途絶すると、その影響は国内のサプライチェーンを通じて増幅されていくと考えられます。そうした状況を回避するためには、取引先を国際的に多様化することが有効であり、特に市場が急拡大しているグローバルサウスにサプライチェーンを拡大することが必要だと思います。

サプライチェーンは友好国の西側諸国に多様化していくことももちろん必要ですが、コスト面や市場へのアクセスを考えると、グローバルサウスへの多様化も視野に入れる必要があるでしょう。しかし、グローバルサウスは多極化しており、市場や制度に関する情報の不足、リスク評価の不足といった問題があって取引拡大は必ずしも簡単ではありません。だからこそ政策が必要になります。

サプライチェーン拡充に向けた課題

日本がグローバルサウスにサプライチェーンを拡大できていない理由はいくつかあります。1つは、グローバルサウスは米国をはじめとする西側諸国と中国とのバランスを取りながら成長してきたということです。しかし最近は、中国に比べて西側諸国の経済的利益の供与が不十分になっています。

さらに、中国は一帯一路でグローバルサウスの投資・貿易・成長を促進してきました。実際、一帯一路によって中国から参加国への直接投資や輸出は増えています。反面、米国も中国に対抗して一帯一路国への投資を増やしていますが、日本は必ずしも増えていません。しかも、一帯一路参加国における日本のインフラプロジェクト数や要人訪問数は減少傾向にあり、日本の一帯一路参加国との政治的、経済的なつながりは縮小しています。

日本は他の西側諸国と協力することで、グローバルサウスにより大きな経済的利益を供与する必要があるでしょう。それによっていろいろな関係を構築し、サプライチェーンや経済安全保障を強化することが必要だと思います。

そのためにはまず民間投資の拡大が必要であり、日本企業の海外進出支援(特にグローバルサウス向け)の拡充が求められます。さらに重要なのは、グローバルサウス各国のリスク評価です。激動する海外情勢の中で各国のリスクが見えにくくなっているので、新設される経済安保シンクタンクや、RIETIが事務局を務めるTrusted Thinktank Network戦略対話に期待が寄せられます。

インフラ構築・人材育成・技術協力も重要です。その中心となるのが政府開発援助(ODA)であり、新しい開発協力大綱に基づいてODAを柔軟に活用することが必要です。インフラ支援は米国にとっても利益となる可能性は十分あり、日米が協力できる余地はあると思います。

人権や労働、環境問題に対して現実的な対応を取ることも課題でしょう。西側諸国はこれまでグローバルサウスのサプライヤーに対して厳しい基準を課しており、それが経済的関係の障害になっていました。ですから日本は、こうした政治的・経済的制度の差異に柔軟に対応すべきだと考えます。

グローバルサウスとの知的連携も必要になります。グローバルサウスでモノを売っていくには、その地に合った研究開発、技術開発が必要であり、現地の研究者との連携が重要です。ただし、知的財産保護などの制度があまり整っていない国との連携は慎重であるべきです。

いろいろな保護主義的政策が行われている中、規制の影響は多様化とイノベーションで乗り越えるしかありません。実際、日本が中国から経済的威圧を受けたときもそれで対抗できたという実績があるので、そうしたことを考えながら政策を実施していくことが必要だと思います。

コメント

長谷部:
過去にデフレ経済が定着してきた中で、今後の日本経済の成長のためには、国内投資を進めることを通じて、国内に高付加価値な産業構造をつくることが重要だと思っています。中でも、対米投資への誘引や不確実性が高い国際情勢の中での企業が投資を躊躇しかねない状況の中で、グローバルサウスとの関係を含めて、どういったサプライチェーンを構築していくかというところが非常に重要なポイントだと思います。

純粋なモノの輸出から、技術や知的財産、サービスの輸出へのウエートの転換も非常に必要になることから、改めて製造業を中心に日米でのサプライチェーンの再構築が重要になるでしょう。そうした観点から、米国との間でどのようなサプライチェーンの再構築を目指すべきなのでしょうか。

一方で、グローバルサウスとの連携に向けて、中国が一帯一路政策で相当程度グローバルサウスに投資している中、日本が欧米の同志国とも連携しつつ再度連携を強化していく余地・ポテンシャルはどこにあるのでしょうか。

戸堂:
製造だけではもうからない時代となり、モノではなく技術やサービスの輸出を考えに入れて産業を変えていくことが必要でしょう。サービス業の対米投資が非常に伸びているのは良いことであり、それによって知的連携が生まれ、イノベーションが日本に返ってくることも十分にあります。

グローバルサウスについては、例えばEVにおいてはアジアを中心に中国発のサプライチェーンが広がり、日本車のシェアが下がる中、トランプ米大統領が脱炭素一辺倒ではないと言っているのは日本にとって悪いことではないと思います。日米の連携でハイブリッド車や高性能のガソリン車の役割にも注目する動きを世界的に起こしていく必要があるでしょう。

石炭火力も高効率なものをグローバルサウスに輸出すれば、ウィンウィンの関係を築けるはずで、トランプ政権の政策がそのきっかけになればチャンスになるかもしれません。

質疑応答

Q:

関税率が大恐慌の時代と同程度に高くなっていますが、現状は世界恐慌のような状況になっていません。これは金融危機のような状態になっていないということなのでしょうか。

戸堂:

大恐慌は金本位制で固定されていたため、金融的に対応できなかったことが大きいと思います。また今回、米国が駄目なら他の国との貿易に代替することは可能なので、そうしたものがうまく作用しているのだと思います。

Q:

米国が非常に新しいシステムを導入したことで、企業の対応としては予測可能性が失われるので投資が難しいと思うのですが、そこはどう対応すればよいのでしょうか。

戸堂:

まずは関税交渉を早く終わらせることだと思います。これは企業の力を超えた部分ですので、政府の連携が非常に重要だと思います。

Q:

新しい国際的枠組みの構築に向けて、具体的にどのような努力をするとバリューチェーンが安定するのでしょうか。

戸堂:

グローバルサウスの力を認めた上での何らかの新たな枠組み、具体的には環境問題についてもう少し緩やかに取り組むことを国際的に容認するような枠組みはあってしかるべきであり、それを日本が主導してつくっていけるのではないかと考えます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。