IMF世界経済見通し:政策転換の中、重要な分岐点に

開催日 2025年5月23日
スピーカー 𠮷田 昭彦(国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所長)
コメンテータ 中島 厚志(RIETIコンサルティングフェロー)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI上席研究員 / 経済産業省大臣官房参事)
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4月に公表された国際通貨基金(IMF)の「世界経済見通し」は、実効関税率が100年ぶりの高い水準に達したことや予測不可能な環境を反映し、世界経済の成長率予測が2025年1月の見通しから大幅に下方修正された。世界の総合インフレ率も、1月見通しよりもやや減速ペースが鈍る見込みとされている。貿易摩擦の激化や国際協調の後退が懸念される中、政策担当者はどう対応し、民間企業は何に備えるべきなのか。本セミナーでは、IMFアジア太平洋地域事務所長の吉田昭彦氏より、最新の見通しの内容に基づき、世界経済の見通しや中期的な課題について話を伺った。

議事録

足元の経済動向

今回の見通しのキーワードは、何と言っても「不確実性」です。これまで予想もされなかったような政策が実際に発動されたことで、今後の政策に対する不確実性が高まり、それ自体が経済全体に大きな影響を与えています。米国では、政策不確実性を示す指標はいずれも過去最大の水準に達しています。こうした不確実性の中で、政策当局も民間主体も対応・判断をしなければならないという困難な状況下にあります。

インフレ率は2022~2023年にかけてピークを超え、なだらかに低下してきていましたが、今回の関税がどう影響するか問われています。労働市場は、一時期の逼迫した状態からは徐々に正常化してきています。需要供給について、需要サイドはロシアのウクライナ侵攻があった2022年の初頭から大きく落ち込んでおり、特に中国の落ち込みが大きく回復できていない状態が続いています。米国は一時の落ち込みから回復する兆しが見えていたものの2025年に入り下方に傾いている状況です。供給サイドを見ると、比較的中国や欧州の小国は順調です。先進国は総じて弱いところが多いものの、その中でも相対的に米国は比較的打撃が小さいと言えます。経済循環的なポジションを見ると、米国は個人消費の落ち込みにより少し勢いが落ちてきている一方、欧州では回復の兆しが見られるものの、中国は不動産部門の不調もあり低迷からなかなか抜け出せない、という状況にあります。財政バランス・金融政策においては、イタリアの財政改善が大きく表れており、また日本は2024年まで金融緩和方向にあり他の国が金融引き締め方向であるなか、少し外れた動きであったことが示されています。

各国の実質GDPとコロナ前のトレンドを比較すると、コロナ前のトレンドを上回っているのは米国のみで、中国をはじめとする新興国では2025年になってもマイナスのギャップが大きく、コロナ禍の傷跡が癒えていません。同じ頃に起きたエネルギーショックでは、ロシアのウクライナ侵攻による価格高騰が、原油・天然ガスの輸入依存度が高い欧州経済を直撃しました。一方、米国はもはやエネルギー純輸出国に転換しており、耐性の強さを見せています。

労働生産性の面では、米国が一時落ち込んでいたものの活発な投資を背景にリバウンドしていますが、欧州は労働市場の硬直性や資本市場の発展の遅れにより伸び悩んでいます。財政面では、各国とも公的債務が重く、利払費の増大が懸念される中で、金融政策で景気を下支えする余力も減ってきています。生活費負担の増加により家計の余裕も減っており、次なるショックへの耐性に懸念が残ります。

世界全体の貿易量は対GDP比では横ばいですが、米中対立のあおりを受け輸出先・輸入先がシフトしていることが分かります。統一的な解釈は難しいですが、米中がお互いを避け第三国経由にシフトする様子が見られますし、欧州においても中国からの輸入を減らすといった様子がみられます。また、海外直接投資(FDI)が米国に集中する一方で、さまざまな不安を反映してドルは減価しています。

見通し:多様な可能性

今回の経済見通しでは、前提条件があまりに大きく揺れ動いていたために、通常の「ベースラインシナリオ」ではなく、慎重な意味合いを込めた「reference forecast」という言い方で中心的な見通しが示されました。これは、4月4日現在の経済貿易政策等に基づいて示されたものです。他方、「alternatives scenario」として、相互関税発表前の4月2日時点に試算された見通し、その停止措置が発表された4月9日以降に簡易分析によって試算された見通しも併せて示されています。

Reference forecastでは、2025年度・2026年度の実質GDP成長率は前回からそれぞれ0.5ポイント、0.3ポイント下方修正されました。懸念されたほどの落ち込みではないという印象を受けるかもしれませんが、これはあくまでこの時点での見通しです。コモディティ価格が全体で7.9%下落する見通しであり、米国の利下げペースが鈍化する一方で、欧州はむしろ加速する見込みです。また、新興国では財政政策が緩和から引き締めに転じることが予想されており、経済に対しては下押し効果になることが見込まれます。

国別では、米国、日本、英国、カナダなどの国で、関税政策の影響及び政策不透明性の高まりを受け実質GDP成長率の低下がみられるものの、スペインは洪水復興需要などで例外的に0.2ポイント上昇しています。新興国では、実質GDP成長率が全体的に低下し、中国も5%から4%へ減速、ロシアも戦時経済の過熱が落ち着いて1.5%や0.9%の水準に落ちています。インフレ率は世界全体で徐々に低下し、先進国では2%目標に近づいていますが、コロナ前の水準には戻っていません。中期的には、多くの国で実質GDP成長率が5年前の見通しよりも低下しており、その背景には生産年齢人口の減少など人口動態の影響があります。国境を越えた人口移動がこの影響を和らげる可能性もありますが、人口移動を管理するような政策は同時に複雑な波及効果を伴うため、対応は一筋縄にはいきません。

政策的優先事項

今回の見通しでも下方リスクが多数挙げられています。中でも最も大きな懸念は貿易関係で、そこから派生する影響は多岐にわたります。例えば、足元はややドル安方向ですが、関税の発動によりドル高が進行すると、新興国経済に打撃を与えるほか、インフレの上昇、戦略物質の囲い込みよる貿易の停滞、分配の不均衡による社会不安、さらには食糧危機までつながることも予想されます。従って、貿易関係の下方リスクはとりわけ大きいと言えます。他方、技術革新や国際協議の進展など上方リスクもありますが、その実現には選択肢が少なく困難であると推測します。

近年、貿易制限措置が年々増加しています。2025年はまだ始まったばかりですが、その増加ペースはすでに前年までを上回り、財だけでなくサービスや投資分野にも貿易障壁的な措置が実施されています。その結果、企業の決算書などでも「分断」という言葉が使われる頻度が増え、投資判断の先送りや消費の停滞といった悪影響が懸念されます。

政策的には、貿易環境の安定化が最も大きな処方箋となります。安定的かつ予測可能な貿易環境の構築に向け、関税抑制や国際協調の推進が求められています。金融面では、国内の安定を確保することで、短期的な視座で予期せぬショックに耐えられるようにすること、財政面ではコロナやウクライナ戦争で失われた財政の余地を回復することが推奨されています。さらに、中長期的には構造改革や気候変動対策も経済へのプラスの刺激になるとしてこれらを着実に進めることが政策的提言となっています。

今後の展望

今回の見通しでは、2025年に世界の実質GDP成長率が2%を下回るリスクは30%と見込んでおり、これは前回の17%から大きく悪化しています。一方、インフレに関しては、2025年のインフレ率が5%を上回る確率は31%とやや減少傾向で、比較的落ち着いた動きになっていると言えます。

世界経済見通しのBOXにおいて、2つのシナリオが示されています。シナリオAは4つの悲観的見通しが示されています。米国で減税が延長され経済刺激が続き、欧州では生産性が低迷、中国でも内需が弱い状態が続くという、米国と欧州・中国との間のコントラストが高まる場合、米国のみプラスと予想され世界全体では若干マイナスになる見通しです。また、関税や貿易戦争の影響を受けたシナリオでは、どの国も損をすると見込まれていますが、不確実性の高まりや金融引き締めのシナリオでは、関税・貿易戦争以上に大きな影響をもたらすとの試算が示されています。

一方、シナリオBでは状況が改善する場合を示しており、米国の財政状況の改善、欧州の公共投資の増加、中国の構造改革と生産性向上、という3つの見通しが示されています。特に中国の構造改革と生産性向上が実現した場合には、中国の成長が大きく押し上げられ、他の国にもポジティブな影響があると見込まれます。好ましいシナリオが実現すれば、米国の経常赤字の縮小や中国の経常黒字の減少により、貿易摩擦が緩和されることが予想されます。関税は、短期的にはどの国でも総じてGDPにマイナスの影響を及ぼし、長期的にもどの国にもマイナスな影響が大きく、米国の輸出も落ち込む見通しです。現在の保護主義的な政策を続けることは、誰にとっても利益にならないことが示唆されています。

コメント

中島:
今回のIMF経済見通しでは、貿易摩擦の激化と政策不確実性が極めて高い水準にあることで、世界経済の成長が大きな下振れリスクにさらされていることが強調されています。その背景には米国の関税措置があり、米国はこれによって巨額の貿易赤字を是正し、製造業を国内回帰させようとしていますが、そうなると工業化と輸出によって経済成長を図っている多くの新興国・途上国に支障が出る恐れがあります。

一方、これらの国々では、人口増の鈍化により、資本増強と生産性向上が経済成長の鍵となっています。ところが、これらの国々がさらに生産と輸出を増加させると、世界の工業製品が供給過多になる傾向を強めかねません。近年、GDPギャップのマイナス幅縮小が過去と比べて進みにくくなっていますが、新興国・途上国の生産・輸出増によって需給の均衡が進みにくくなっているようにも見えます。こうなると、新興国・途上国の資本増強や生産性向上による経済成長の確保が、逆に世界経済を不安定にしかねないことになります。

そもそも、米国の国際収支の大幅改善は、多くの新興国・途上国の輸出と成長の機会を奪いかねません。また、基軸通貨であるドルの供給減少にもつながって、世界経済の成長鈍化や必要な財の輸入が困難になる新興国・途上国の金融危機に結び付きかねません。従って、米国の貿易赤字を大胆に変えることは、現在の世界貿易システムや通貨システムに大きな変更を迫りかねない内容となります。

以上を踏まえて、3点質問させていただきます。1点目は、米国経済への依存を減じながら世界経済を安定成長するには、各国でどのような対応が重要なのか。2点目は、世界の経済成長がドル高に依存している現状にあって、現在の為替相場をどのように見ればよいか。3点目は、日本経済はどうすれば良好な成長を実現できるのか、相対的な低成長見通しの下での課題と対応策をご教示ください。

𠮷田:
1問目に関しては、国際収支の不均衡自体が問題なのではなく、その背景にある構造的な歪みを是正することが重要です。具体的に実行可能な策としては、①為替制度を柔軟に保つことで外的なショックを吸収すること、②平時に財政を正常化し、ショック時に金融政策や財政政策が発動できる余地を残しておくこと、③有事に通貨を融通し合うような地域的金融協力の推進が挙げられます。

2問目については、為替相場の見方について直裁にお伝えするのはなかなか難しいところですが、ドルを含めた国際金融秩序の見直しが必要となるのではないかと思います。現在、財サービスの貿易通貨建てはドル建てが多くなっているものの、ドルへの信認が揺らいでいくと、貿易・資産運用についてドル建てに偏っている状況のままで良いのかを考え直す契機にもなるだろうと思いますし、あるいは国際金融秩序の根幹にはドルが基軸通貨として存在することが前提になっていますが、その前提についてもどこまで信頼できるのか、といった今まで当たり前と思っていたことがそうでなくなるかもしれないという目で、さまざまなリスクの点検をしていくことが有用だと思います。

3問目は、持続的に物価が上昇していくためには実質賃金の上昇が必要だと思います。企業の利潤状況は良好のためその環境は整っていると見ることができますが、関税をはじめ世界の状況が落ち着かない中で、企業がどこまでリソースを賃上げのために回せるのかについては見通し難い状況になっている点が一つの挑戦であると思います。一方見方を変えますと、確かに日本の実質GDP成長率は0.5~0.6%程度ですが、日本の人口構造や労働参加率がピークアウトしつつあることを踏まえ、本当に2%や3%の成長を目指すべきなのか、一度立ち止まって考える必要もあると思います。構造改革によってしか、中長期的な実質GDP成長率の引き上げは起こりません。日本では、労働市場の分断と硬直性が成長のネックになっており、デジタル技術の発展に対する企業の対応力、あるいは人的資本への投資、教育訓練の充実が必要であることも指摘されています。こうした提言に応じることが成長の鍵になるのではないでしょうか。

中島:
日本経済がピークに近づいてきたことは事実だと思いますが、0.5~0.6%の成長で満足すべきかというと、私はまだ成長の余地が残っているとみています。デジタル技術の導入やイノベーションによる成長力の押し上げはまだ不十分ですし、女性の労働参加率は高まっていますが、非正規労働の比率が非常に高いため、人的資本の使い方自体にもまだまだ改善の余地は大きいと思います。これからの経済成長を考えるときには、そうした点も踏まえてほしいと思います。

質疑応答

Q:

シナリオBで、中国が大きく成長するのはAIのインパクトなのか、何が要因でしょうか。

𠮷田:

この前提には、今の中国では必ずしも理想的な経済政策が取られていないがために、投資から消費へのリバランスが起こっていないという見方があります。そこが改善され、IMFが望ましいと考えるような政策が取られた場合には、上昇余地があるということを示しています。

Q:

米国経済の弱みはどこでしょうか。

𠮷田:

経済の脆弱性という意味では、財政状況の悪化が挙げられます。バイデン政権下から積み上げられたものに加え、トランプ政権でも減税を延長する動きがみられ、今までドルの信頼は厚く、米国の財政への不安は顕在化していませんでしたが、今後もそれが続くとは限らず、米国債の金利上昇などの兆しが見え始めているところ、今後米国経済について留意すべき懸念点の一つであると言えます。

Q:

トランプ関税の影響で長期的に米国の輸出が減るというのはなぜなのでしょうか。

𠮷田:

先ほどお示しした数字はモデルを使った簡易分析であり、具体的な前提についてこの場でご説明することは難しいですが、関税によって一時的には貿易にバランスを与えることができると思われるかもしれませんが、インフレを加速するなど、長期的にはネガティブな影響が出てくるということだと思います。

Q:

下振れリスクの内訳に不確実性を挙げられていますが、これは不確実性のためにビジネスがシュリンクするという意味でしょうか。

𠮷田:

実際に発動された政策の効果に加え、政策が不透明になっていることが心理面に与える影響は大きく、加えて投資判断の先送りや消費行動の抑制、賃上げへの躊躇など現実的な行動への影響も考えられ、様々な影響を総合して不確実性による経済の落ち込みというものを定量化して示しているものが、下振れリスクで示している不確実性となります。このような不確実性は経済活動の障害となりますので、できるだけ不確実性を減らすような政策が求められています。

佐分利:

最後にお2人から一言ずつ、まとめのメッセージをお願いします。

中島:

現在の米国の政策対応は朝令暮改的で非常に見通しにくいのですが、根本に流れている戦後の通貨・通商システムへの挑戦について、米中対立やさまざまな不確実性の背景にあるものとして大いに注目していく必要があると思います。

𠮷田:

IMFのような国際機関にとって国際協力の促進は大きな柱になっているわけですが、現在は逆風の状況下にあります。しかし逆手にとりますと、こうした状況だからこそ自由貿易や国際協調の重要性が意識されやすくなったと言えると思います。実際にASEAN諸国からIMFが国際協力の重要性を唱えるべきだといった声が上がっています。国際機関だけでは個々の加盟国を完全に説得するのは困難ですが、加盟国の声を追い風にしながら、加盟国や各国民の方々に対して国際協調や国際公共財の価値を理解していただけるように広報活動に努めていきたいと思います。

佐分利:

構造的な問題も含めて見通しが立たない状況ではありますが、これまでの世界秩序が崩れる中で日本がぶれずに国策を決め、世界の中でリーダーシップを発揮できるかが問われているというお話だったかと思います。大変貴重なお話をありがとうございました。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。