改めて、公的統計の「利活用」とは?

開催日 2025年5月22日
スピーカー 阪本 克彦(内閣官房内閣人事局人事政策統括官 / 前総務省政策統括官(統計制度担当))
コメンテータ 川口 大司(RIETI プログラムディレクター・ファカルティフェロー / 東京大学公共政策大学院 院長・大学院経済学研究科 教授)
モデレータ 池山 成俊(RIETI 理事)
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開催案内/講演概要

有効な政策を実施する上で公的統計の役割は大きい。しかし、わが国の公的統計はアクセスのしづらさや、利用可能な形になっていないこと、そもそもデータが少ないことなどが課題として指摘されている。国では2009年以降5年ごとに策定されている「公的統計の整備に関する基本的な計画」において、こうした状況の改善に努めてきた。本セミナーでは、内閣官房内閣人事局人事政策統括官の阪本克彦氏を講師に迎え、公的統計の利活用の在り方やその本質的な意義と今後の展望について、統計行政の現場に長年携わってきた経験に基づく独自の視点から語っていただいた。

議事録

公的統計結果の利活用

公的統計に関しては見落としがちな視点があります。それは、公的統計は、本来、行政目的(補助金等の算定根拠など)で調査し、作るものだということです。ただ、せっかく集めたデータだから有効活用しようというのが、公的統計の利活用なのです。従って、本来目的との関係で余計なものまで調べてプライバシーに踏み込んでいないか、国民に負担をかけていないかという制約があり、利活用のためと言って好き勝手に調査はできません。

政府統計の総合窓口としてよく利用されているのがe-Statというポータルサイトです。個人や企業の個別情報が出ているわけではなく、統計として集計したものを掲載し、せっかく集めたデータの有効活用という観点から広く利活用できるようにしています。

基本的に基幹統計、一般統計調査の結果、それから加工統計は、e-Statで見ることができます。かなり多くのアクセス件数があります。あってほしくはないのですが、統計上の誤りの早期発見や精度向上のためにも、統計をどんどん活用していただくことが必要です。

今後の利活用で重要になるのが業務統計(行政活動を通じて得られた情報を統計化したもの)です。統計法上の制約が緩いので、十分なデータが揃っていなかったり、誤りや精度上の課題があったりするかもしれませんが、例えば届出結果から作っているものであれば、市町村の隅々までの情報が入っているので、今後の利活用の伸びしろだと思っています。

調査表情報の利活用

統計調査の調査票情報の二次利用も進められていますが、その場合も、国民から統計作成目的で集めた情報なので、統計作成以外には利用できません。日本では、国際的に見て二次利用がしにくいという批判もあります。ただ、わが国では、行政は、民間の情報を勝手に使ってはいけない、民間に関与し過ぎてはいけないというのが基本的な考え方なのです。

個人情報に対する国民意識が高まっており、調査対象者に、自分のデータがどう使われるかわからないという不安から、協力していただけなくなることを我々は恐れています。基幹統計調査は罰則付きですが、現実には、任意の協力を得て行っています。回収率がこれ以上下がって統計として使い物にならなくなることのないよう、国民の理解が必要です。

二次利用のための調査票情報は、研究者の方々などに電子媒体に焼いて貸し出し、利用後に返却していただきます。広く提供し過ぎると、データが漏れる可能性も高まるので、委託費や補助金が出ている公的な研究用に限ってきました。漏洩に備えて提供するデータを最小限に絞るため、時間がかかり、研究者の方々にご迷惑をおかけしたこともあります。

オーダーメード集計という提供手法もあります。電子媒体で生データを提供するのではなく、研究者の方々から注文を受けて行政機関が集計し、その結果を提供する方法です。ただ、研究者の方々は、生データを見て探索しながら研究をするのが通常で、あらかじめ何をどう集計すればよいかわかっていることは稀であり、使いづらいという課題があります。

それから、調査票情報を匿名化してから提供する手法もあります。しかし、経済統計などでは、匿名化を試みても、なお、どこの社のデータかわかってしまうのが通常で、匿名化に成功している統計の種類は多くありません。復元できないよう匿名化の程度を上げると、学術的に使い物にならなくなるという問題もあります。

ただ、オーダーメード集計と匿名データに関しては、学術研究や高等教育における利活用だけでなくもう少し広い範囲で使えるようにするため、改正デジタル社会形成基本法などで準公共分野に位置づけられた健康・医療・介護や教育などの分野にも利活用の範囲を拡大しました。しかし、それでもセールスに使うのはさすがに無理というのが現状です。

学術的な利活用を考えると電子媒体の提供による利用に戻らざるを得ないでしょう。もちろん、施錠・入退室管理が可能な場所での利用に限っており、これまで大きな漏洩事案は起きていないのですが、返却漏れ等のヒヤリハット的なものは起きています。

万が一のことにならないよう、提供データを、研究に必要な最小限のものだけにしようとすると、データ提供までの時間がかかります。そこでデジタルの出番だということで、2015年(平成27年)から大学内にセキュリティの高いオンサイト施設を作り、施設内であれば、統計センターから引っ張ってきた生の調査票情報に触れて、統計を作成できるようにしています。ただ、大学の協力を得て設けられる施設なので、一気に増やすことはできず、利用時間が制限される場合もあるので、これも使い勝手の問題が指摘されています。

データ利用のニーズが高まっているため、オンサイトの整備加速だけでなく、更なる対応が求められています。このため、実際に個々の研究室で統計センターから直接データを引っ張ってきて、オンサイトと同じ環境を作ることができるリモートアクセス方式を導入しました。また、電子媒体による調査票情報の提供にかかる処理日数を大幅に短縮しました。

更に3月末からは、一元的な二次利用のオンライン窓口として、e-Statからも入れるmiripoというポータルサイトを立ち上げ、各省の申請手続きを統一しました。電子媒体での提供やオンサイト利用のほか、リモートアクセス方式の利用も申請可能です。

個人的には、miripoを使うと、提供にかかる審査状況をオンライン上で随時確認できる点が気に入っています。こうした見える化により、従来あまり問題になっていなかった審査のステップでも、ここに時間がかかっているというのが見えてくる可能性があり、二次利用に関する業務フローの分析や改善にも有効だと思います。

リモートアクセス方式については、現在は、科研費などを受けて行う研究が対象になっており、今後範囲を広げようとしています。将来、電子媒体に焼いて貸し出すことがなくなり、漏洩リスクが低下すれば、統計調査に対する国民の信頼向上につながると思います。

データ提供等ガイドラインに基づく対応

業務の見直しは誰かのリーダーシップや強い声があればできるわけではなく、事前にステップを踏んで、仕掛けを作っておく必要があると考えます。調査票情報の提供の早期化にも、その前のステップがありました。2017年5月の統計改革推進会議の最終取りまとめを受け、統計を含むデータ提供のガイドラインを定め、各省の提供手続きの標準化や窓口の明確化、申請から回答までの期間の記録、不満や要望のメール対応等を始めていました。

政府は取組みが遅いという声もありますが、これらは、データの取扱いに対する国民の信頼確保と調和させながらの取組みではありました。できるところから着手し、足りないところは次の手を打ってきていたのですが、力及ばず、多くの研究者の方々に不満や不信を抱かせてしまったことは、率直に反省したいと思います。しかし、各省も放置していたわけではなく、こうしたことに着実にご協力いただいていたこともお伝えしたいと思います。

統計行政体制の整備

2024年度の「内閣の重要課題を推進するための体制整備及び人件費予算の配分の方針」には、公的統計の品質向上に向けた人員確保が触れられており、2024年は政府全体の統計部門の定員が88人増となりました。毎月勤労統計問題以来の統計問題への対応もあり、統計の品質管理や、先に述べた二次利用の推進のための増員をしました。

ただ、今、公務部門で問題になっているのは、増員をしても、そこで働く人が集まらないことです。地方自治体の公共事業系の技官では、倍率が1倍に届いていないところもあります。また、統計業務の場合、知識がない方でもよいというわけにはいきません。統計業務を希望して国土交通省や厚生労働省に入る人は稀ですが、そうした省庁にも統計部門はあるので人材の確保・育成が必要です。総務省には統計業務を希望して入った職員がいるので、そうした中から各省に協力できるよう、現在は十数人を出向させています。

今後の課題

統計調査は行政目的で行われるため、白書作成目的など一部の例外を除いて、学術的な活用を念頭に置いた設計になっておらず、標準化や用語の統一ができていません。労働者など類似の用語の定義が各統計で異なる。各省で地方ブロック機関の所管地域が違うので、統計でも地方ブロックの区分が違う。省を超えて統計をつなげないという問題があります。

統計は使われなければもったいない。使ってこそ改善される面もあります。プロ向きにはリモートアクセスやオンサイトを更に充実させることが求められます。また一般向けにはe-Statの充実に加え、手軽に利活用できる見える化の取組みに期待しています。その上で、行政目的で行った既存の統計調査の結果を流用してつなぐのではなく、分析・利活用を目的とした新たな統計の体系的な整備が今後の重要な課題だと思います。

また、足元のデータが揃わないまま政策決定をする状況がコロナ禍でありました。とはいえ、調査環境が悪化する中、新しいデータを集めるのも困難です。政府は、ビッグデータを含む多様な代替データで足元の状況を「当てにいく統計」を検討すべきです。一方、当たったかどうかを事後的に確認し、作成方法を修正するため、統計調査に基づくしっかりとした統計も必要です。この2つを組み合わせた新たな発想からの体系化が必要です。

足元のデータが見えるようになれば、現状のような年に1回とか数年に1回、PDCAサイクルを回すのではなく、政策の見直しサイクルを速く回せるようになると期待しています。

コメント

川口:
日本の統計制度を振り返ると、e-Statの整備、miripoといった形でデータの利用環境は着実に改善している一方、国際的に日本は申請の煩雑さ、アクセス制限が引き続き課題となっています。しかし日本は、1億2,400万人の人口を有するので非常に大きなデータ基盤を作ることができ、国際標準の構築リーダーにもなり得る潜在力を持っていると思います。

日本におけるエビデンスの活用先として労働市場がありますが、日本の労働政策は職の再配置重視の政策になっていて、米国型の労働市場を志向しているとも考えられます。しかし、米国型の労働市場を目指す労働政策を進めていくにはかなり慎重な検討が必要であり、制度設計には多元的視点が必要です。かつ、エビデンスを作らないことには行政的な対応を考えることも非常に難しいでしょう。

ですので、行政データを使ったデータ整備を進め、それを国際発信していくことがますます重要となり、リモートアクセスの更なる進展や、匿名化処理を通じた個人情報保護と高度利用の両立実現が引き続き求められます。それを基に日本発のエビデンスを発信し、世界のエビデンス形成に日本が貢献するという視点も必要でしょう。

改革の方向性は明らかになっており、これを着実に実行するためには阪本さんに続く有能な改革型人材の配置が鍵になるでしょう。日本がEBPMを国際的にリードすることを引き続き期待したいと思います。

質疑応答

Q:

人材の確保についてはどのように取り組まれてきたのでしょうか。あるいは今後の展望についてコメントを頂ければと思います。

阪本:

統計行政に従事する職員は減ってきていますが、私自身、調査の統廃合や、外部委託、職員調査の調査員調査化等によるものと考えていました。ただ、数年前の統計問題の際、そうした合理化にとどまらず、調査の企画部門や審査部門の体制も薄いことが露呈しました。

そうした部門に定員をきちんと付けると同時に、これに充てられる人材を育成するため、行政内部の統計の資格を設けるようにしました。統計行政の場合は、分析だけでなく、調査の企画や実査の指導ができるスキルも必要なので、それらのできる職員を認定しています。そうしたもののほか、総務省の定員を各省に併任するといった工夫もしています。

Q:

地方自治体の行政データを学術研究面で利活用するのはまだまだ簡単ではないとのことですが、今後どのようなリーダーシップを取っていかれるのでしょうか。

阪本:

自治体の統計課では、法定受託事務として国がお願いする仕事が多いのですが、県民経済計算など自治事務として自ら取り組むべき仕事も多いのです。従来、国は自治事務への関わりが薄かったため、予算を付けてそうしたものを技術的に支援することも始めています。

そもそも自治体内の統計課のステータスは、首長のデータへのこだわりによっても異なります。統計課長自体、自治体で更に偉くなるための単なるワンステップとして、統計業務経験のない課長が就くこともあります。自治体の統計専門家のキャリアパスも含めていろいろ相談しながら、国から地方への支援を増やす時期に差しかかっていると考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。