開催日 | 2025年5月14日 |
---|---|
スピーカー | 岡田 陽(RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省中小企業庁事業環境部 調査室長) |
コメンテータ | 宮川 大介(早稲田大学商学学術院 教授) |
モデレータ | 関口 陽一(RIETI上席研究員・研究調整ディレクター) |
ダウンロード/関連リンク | |
開催案内/講演概要 | 2025年版中小企業白書・小規模企業白書が4月25日に閣議決定された。同白書では、中小企業・小規模事業者が困難を乗り越えて成長するための「経営力」に焦点を当てて分析が行われた。本セミナーでは、白書を編集・執筆した経済産業省中小企業庁事業環境部の岡田陽調査室長を招き、白書のポイントについて解説していただいた。岡田室長は、中小企業・小規模事業者は、積極的な設備投資、デジタル化、価格転嫁等によって労働生産性を高め、賃上げ余力を創出することが必要であると指摘した上で、経営者ネットワークへの参加や学び直し、経営計画の活用や差別化、価格設定、経営理念・情報の共有や賃上げ、働き方改善といった、経営者の「経営力」向上に向けた個人特性面、戦略策定面、組織人材面の取組を着実に実施するとともに、成長の壁を打破してスケールアップに取り組むことが重要であると説明した。また、特に小規模事業者に関しては、差別化による強みの創出や、経営計画を活用した経営の自走化、地域の社会課題解決事業の重要性を強調した。 |
議事録
中小企業の業況
円安・物価高、金利上昇、構造的な人手不足など、中小企業・小規模事業者を取り巻く環境は依然として厳しく、従来のやり方では現状維持も困難です。そこで、中小企業・小規模事業者の成長・発展に向けて必要となる経営者の「経営力」に焦点を当てました。
中小企業の経常利益は長期的には上昇傾向ですが、大企業と比べて伸び悩んでおり、近年その差は拡大しています。業況判断DIも足踏み傾向が続いています。また、コロナ禍以降、ほとんどの業種で人手不足感が強まっており、建設、サービスなどの現業職で特に不足しています。
賃上げについては、最低賃金は年々上昇し、賃上げ率は春季労使交渉で高水準に達したものの、大企業との差は拡大し、大企業の水準についていけなければ人材確保が難しい状況です。労働分配率は中小企業で約8割と、賃上げ余力も乏しい状況です。
賃上げ余力を高めるためには労働生産性の上昇が必要ですが、中小企業の労働生産性は伸び悩んでいます。業績改善が見られない中で賃上げを実施している中小企業も多く、営業利益を向上させて賃上げ余力を創出し、業績改善から賃上げにつなげることが重要です。
設備投資は企業規模が小さいほど低い水準であり、投資のモメンタムも減速していますが、コスト上昇や人手不足に直面する中、内部資金や借り入れを活用した積極的な設備投資により、業務効率化、付加価値向上を加速させていくことが求められます。
最低限のデジタルツールを利用するデジタル化の初期段階を達成した企業が増えていますが、デジタル化に全く取り組んでいない中小企業も一定数存在し、ソフトウェア投資も大企業ほどは進んでいません。
価格転嫁率は5割近くまで上昇し、着実に転嫁が進んでいるといえますが、まだ道半ばです。製造業・非製造業ともに中小企業の価格転嫁力指標は大企業と比べて低く、1人あたり名目付加価値額(名目労働生産性)上昇率の押し下げに寄与していますが、製造業では輸入物価上昇の影響等により2022年度に大きく落ち込んだ後、2023年には回復傾向に転じ、非製造業では2022年度以降大きく上昇しています。
日本銀行がマイナス金利政策を終了し、基準金利の上昇以上に、中小企業の金利実感である借入金利水準判断DIが上昇しています。一方、中小企業は大企業と比較して借入金依存度が高く、有利子負債が有利子資産を上回るため、金利上昇は利益下押しのリスクになります。
また円安・輸入物価高が継続しており、中小企業は輸出よりも輸入が多いので、円安による利益下押し効果を受けやすくなっています。一方、物価上昇を伴う利上げ局面では中小企業の売上高は拡大する傾向があり、物価や金利等の外部環境の変化が企業収益に及ぼす影響を試算すると、柔軟な価格設定による値上げを実施できれば、人件費や支払利息の増加の影響を加味しても、中小企業の経常利益は押し上げられる結果となりました。これはあくまで平均値であり、個社の置かれた状況は異なりますが、外部環境が大きく変化する中、経営者がしっかりと経営力を持って判断することがより重要になっています。
倒産件数はここ3年増加しています。主たる要因は売上不振ですが、水準は低いものの、複合要因の一部として人手不足や物価高を要因とした倒産も増えています。休廃業も2023、2024年と増加しており、休廃業企業の経営者の年齢は70代以上の割合が増えています。
経営者の後継者不在率は、2020年代に入って減少傾向にあります。政策効果もあって後継者不足の解消が進んでおり、経営者年齢の分布も平準化しています。
経営力の重要性
中小企業にとって最も重要な経営課題は人材確保であり、次いで中規模企業では省力化・生産性向上、小規模企業では受注・販売の拡大、事業承継が挙がっています。
加えて、長期的な視野で戦略を策定することが重要です。経営計画を策定している企業ほど売上高増加率が高く、長期を見据えた経営計画を策定している企業ほど付加価値が高まっています。
自社の商品・サービスの差別化や市場環境を意識した経営を実施している事業者ほど、価格転嫁が進んでいます。また、限界費用(企業が製品1単位を追加的に生産するのに必要な費用)に対する販売価格の比率を示すマークアップ率が高いほど、適切な価格設定を行って利益を確保できています。製造・非製造業ともに、マークアップ率が高い企業ほど経常利益、設備投資額、賃金水準が高い傾向にあり、適切な価格設定でマークアップ率を高めることで利益や設備投資、賃金への好循環が実現できるといえます。
売上高規模の大きい企業ほど経営理念やビジョンを定めて従業員に共有しており、そうした企業ほど売上高の増加率が高い傾向にあります。また経営情報を従業員に開示したり、従業員の属人化防止に取り組んだりして経営の透明性を確保している企業ほど付加価値額が増加しています。オープンな経営が業績改善に寄与する傾向が見て取れます。
取締役会や社外取締役を設置して内外の目を取り入れている企業では、成長やリスク管理のために重要な戦略に取り組んでいる割合が高くなっています。ガバナンス体制の強化は、経営陣に閉じた経営からの脱却につながり、企業戦略にも好影響を及ぼすといえます。
人材面では、高水準の賃上げを実施し、社内の風通しの良さや心理的な働きやすさを担保している企業ほど従業員の定着につながっています。従業員数が増加した企業ほど有給休暇や育児休業を取得しやすい職場づくりに取り組んでおり、こうした取り組みが人材確保に効果的と考えられます。
経営者の個人特性面では、経営者が異業種・広域のネットワークに参加して他の経営者と交流している企業ほど、成長に向けた新しいアイデアを獲得し、成長意欲が高まる傾向にあります。経営者がリスキリング(学び直し)に取り組んでいる企業は、売上高や付加価値が増加しており、経営者の成長意欲が高い企業ほど業績向上に寄与し得ると考えられます。
脱炭素化・経済安全保障・人権といった価値観への対応については、要請され、着手している企業はまだ限定的ですが、大企業がサプライチェーン全体で対応を進めつつある中で、中小企業でも対応の有無が今後の取引に影響を及ぼす可能性があり、強みにもなり得ます。
スケールアップに向けて
売上高規模が大きい中小企業ほど賃上げの実施割合や上昇幅が大きい傾向にあり、域内仕入高も高い傾向にあります。スケールアップした企業は持続的な賃上げや域内外の需要獲得によって地域経済を支えるため、スケールアップは重要と考えられます。
売上高規模ごとに重視する戦略は異なり、100億円以上では、経営者と同じ目線で判断できる経営人材やデジタルトランスフォーメーション(DX)人材の重要性が高まっている一方、10億円未満では、経営者にないスキルを補完する専門人材の確保や経営者の兼務解消、職務権限の移譲が重要になっています。
M&Aもスケールアップの手段の1つです。M&Aは売上高規模が大きい企業ほど実施回数が多く、スケールアップに有効活用されています。また経営者自らがポスト・マージャー・インテグレーション(PMI)を実施した割合は6割を超え、買収先企業の従業員と信頼関係をしっかり構築することがシナジー効果を生んでいます。
スケールアップを実現した企業は、プロダクトイノベーション、ビジネス・プロセス・イノベーションに取り組んでいる割合が高くなっています。10億円未満の企業では、支援機関を活用する段階ですが、100億円以上まで成長した企業は仕入れ先や大学などの外部のプレーヤーと連携してイノベーションに取り組んでいます。
知財に関しては、特許権所有企業における従業員1人あたり特許権保有件数が最も多いのは従業者50人以下の企業であり、中小企業が独自の技術と高いR&D効率を有していることが示唆されます。中小企業はイノベーションの担い手ともいえるでしょう。特許権の使用率は中小企業が大企業よりも高く、特許権以外の知財も活用されています。
輸出も成長手段の1つです。売上高が大きな事業者ほど間接輸出を含めた輸出を行う傾向があり、直接輸出額も大きくなっていることから、スケールアップに伴って輸出も拡大しているといえます。
持続的発展に向けて
小規模事業者を取り巻く環境として、個人消費は物価上昇の影響もあり実質で伸び悩み、消費者マインドも低下傾向にあります。小規模事業者は事業規模や商圏が小さい中で顧客のニーズをつかむため、差別化に向けて希少価値やプレミアム感、地域資源・文化の活用を重視しており、差別化を意識している企業の方が売上高の増加や採用人数の確保につながっている傾向にあります。
経営計画を策定した小規模事業者はその効果を実感しており、経営状況の把握や自社の強み・弱みの理解につながっています。経営計画を運用している事業者ほど売上高や営業利益が増加しています。基本的なところですが、経営計画を活用して経営を見直しながら自走化を目指すことが重要です。
地域の社会課題解決事業に取り組んでいる事業者ほど売上高が増加しています。地方自治体の挙げる地域経済の活性化や雇用創出、高齢化対策、空き店舗・空き家の活用といった課題にしっかりと対応することは小規模事業者にとってビジネスチャンスになり得ます。
支援機関に関する分析
中小企業・小規模事業者ともに、支援機関を活用している事業者ほど経営計画による業績改善効果が得られています。他方、経営課題の相談内容は複雑多様化しており、相談員の人手が不足している状況です。特に地方圏で不足が顕著であり、支援機関の対応力の強化や人手不足解消が課題になっています。
そうした中、支援機関がリソースを補い合う連携に取り組んでおり、連携に取り組んでいるほど経営課題が解決できています。連携に当たっては、連携の段取り・仕組みづくりや他機関への理解を深めることが重要であり、こうした面を意識していくことが求められます。
コメント
宮川:
中小企業白書・小規模企業白書は、中小企業を取り巻く環境について立体的な現状把握を可能としており、それが継続的にアップデートされていることが価値の源泉です。更にプラスアルファの深掘りの部分を必ず意識されており、今回でいえば、価格転嫁の分析にトライしている点が素晴らしいと思いました。他の重要な論点としては、例えば、労働分配率の問題もありますので、来年度以降の更なる深掘りを期待します。
小非製造業は価格転嫁ができているように見える一方で、生産性は上がっておらず、ここをどう読み解くかが政策を考える上でも重要です。なお、この分析に関しては、価格転嫁力指標をうまく使うことで生産性の議論の解像度を高めてはいるものの、分析手法上の課題もあり、正確に生産性を測ることの難しさが残ると思いました。例えば単純な利益率を合わせて参照するなどしながら継続的な計測や理解に努めることで、さらに価値ある資料になると思いました。
企業の規模をある程度確保しなければならないという政策の方向性は理にかなっていると思います。この点については、勝ち筋の探索や規模拡大による具体的なインパクトの出方について一層深掘りすることを期待します。
経営力に注目している点は素晴らしく、特にマネジメント人材の育成が非常に重要だと思いました。なお、経営力そのものの涵養に加えて、企業経営者の年代など人口動態を踏まえながら、経営者の交代をどのように実現し、その中で企業成長を実現して行くかという議論にも意味があると思います。
岡田:
価格転嫁力指標という企業規模別の付加価値デフレーターを策定することで、今まで把握できなかった企業規模別の実質労働生産性の動向を確認できるようになりました。この指標以外にも、企業規模別のマークアップを算出するなど、様々な角度から生産性と価格の面を捕捉できるように努めています。また、中小企業、特に製造業において価格転嫁力指標が低いことから、大企業と中小企業が取引条件を交渉する際に、取引上優位にある大企業からなかなか価格転嫁を認めてもらえない状況が存在する可能性も推察されます。政策的には、そうした部分に対応することで、市場として本来あるべき姿に戻すことが重要であると考えています。
ビジネスダイナミズムについても、近年は中小企業の存続割合が高まっており、競争という観点からは少し制約された状況にあるようにも見られるため、市場集中度も踏まえながら検討していきたいと考えています。
質疑応答
- Q:
-
企業の経営力は何で測るのが適当でしょうか。中小企業の経営力を高める政策にはどのようなものがありますか。
- 岡田:
-
経営力には多様な定義があり、白書では個人特性面、戦略策定面、組織人材面という3つの観点でとらえていますが、多様な指標を包括的に見ていくことが大事だと思います。経営力を高めるため、スケールアップの中で他の経営者との交流を支援する取組など、白書の分析を踏まえた経営力の押し上げを支援する政策に取り組んでいます。
- Q:
-
風通しの良い企業は業績が良いとのことですが、風通しの良さはどうやって評価されていますか。
- 岡田:
-
風通しの良さは心理的安全性に関わり、自分の発言がマイナスにとらえられたりせずに自由闊達に議論できる環境や、他者とのコミュニケーションが協力的で、仕事をするに当たって他の人と協力して進めやすい環境といった要素などがあります。
- Q:
-
どのような観点で人材確保に取り組むと成功につながりやすいのでしょうか。
- 岡田:
-
従来のように新卒かどうかや特定の性別、年齢、国籍等にこだわらず、多様な形でこれまでとは違う人材を確保する包括的な取組が求められます。最近は製造業で東南アジアなどから研究開発人材を雇用する動きもあり、東南アジアの大学卒業者をR&D人材として直接採用するなど、色々な取り組みが進んでいます。外国人材採用などによって多様性が高まった場合、あうんの呼吸での経営が成り立たなくなるので、多様な文化を多様なまま認めるだけでなく様々な仕掛けにより一体感を創出して、多様性を自社の強みにつなげることが重要でしょう。
- Q:
-
M&Aは実際、事業承継目的が多いのではないでしょうか。後継者不足に伴うM&Aはスケールアップとは違う目線で課題認識する必要はないのでしょうか。
- 岡田:
-
事業承継のためのM&Aも重要ですし、後継者がいない企業の第三者承継のためのM&Aも重要です。白書の事例でも紹介していますが、過疎地でライフラインとなるガソリンスタンドの経営者に後継者がいない場合に、他地域のガソリンスタンド経営者がM&Aを行い、広域でライフラインを存続させる取組も見られます。M&Aはスケールアップにも資する手段ですが、それだけではなく、第三者承継や地域のエッセンシャルな経済基盤の維持という観点からも大変重要な取組だと認識しています。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。