世界を動かす才能を解放せよ―日本はスタートアップのハブになる

開催日 2025年5月8日
スピーカー フィル・ウィックハム(Sozo Ventures, L.L.C. 共同創業者兼エグゼクティブマネージングディレクター / 11KS 代表理事)
スピーカー 迫田 章平(経済産業省 PIVOTプロジェクト イノベーションチーム メンター)
コメンテータ 清水 洋(RIETIファカルティフェロー / 早稲田大学商学学術院 教授)
モデレータ 石井 芳明(RIETIコンサルティングフェロー / 中小企業基盤整備機構 創業・スタートアップ支援部長)
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開催案内/講演概要

日本発のイノベーションが世界をリードする未来を実現するために必要な「エコシステムの進化」とは何か。本セミナーでは、米国スタンフォード大学で教鞭を執り、日本のスタートアップエコシステムの高度化とグローバル化を目指すNPO法人「11KS」の代表を務めるフィル・ウィックハム氏より、日本がスタートアップのグローバルハブになるために必要な要素について解説いただいた。さらに、同氏から刺激を受け始まった経済産業省若手新政策提言プロジェクト「PIVOT」の提言内容を紹介し、清水洋RIETIファカルティフェロー・早稲田大学商学学術院教授とともに、今後の日本のスタートアップエコシステムの在り方を議論した。

議事録

「2032年、日本がスタートアップのハブになる」

ウィックハム:
2023年に出版した『2032年、日本がスタートアップのハブになる:世界を動かす才能を解放せよ』という本が本日のテーマです。

私が35年間イノベーションに携わってきて、最も重要な要素と考えるのが「想像力」です。そこで私たちは、2032年の日本がどうなっているかを想像しました。それは、東京が社会を変え得る革新的なアイデアを生み出す世界有数のスタートアップエコシステムとなり、世界中から起業家や投資家が集まってくるという将来像です。

そのために実現したいのが、日本のより多くのイノベーターが、より多くの会社をつくり、より早い段階で事業化の支援を受けて、世界規模のグローバルベンチャーとつながることで、世界規模の資源にアクセスできるようになることです。

11KSは、日本の素晴らしいインフラや人材といったポテンシャルをグローバルなイノベーションエコシステムにつなげることを目指して活動しており、3つのレベルで情報発信を行っています。一番上が専門家から一般層に向けた情報伝達で、これは主に書籍の形です。中間が専門家と専門家の間の情報交換で、企業の協賛を得て国内外のトップの専門家を招いてイベントを開催したりしています。一番下は個々の研究者同士の交流を促進することを目的としており、そのために日本中の大学と連携しています。

日本はすでに、世界的なスタートアップのハブになりつつあります。その中で政府が行うべき支援は、レースカーを作ることではなく、レーストラックを整備することです。世界基準に沿った規制緩和を行い、世界中から才能ある人材を受け入れ、グローバル志向を持つスタートアップと投資家を支援することが必要です。2032年、経済産業省(METI)がMinistry of Economy, Trade and Innovationといえるような将来になることを願っています。

イノベーション促進に当たっての人材・技術・設備の流動化に向けた道筋づくり

迫田:
経済産業省では、2024年3月に策定したMVV(Misson, Vision, Value)に基づき、政策立案プログラム「PIVOT」を2024年夏に始動しました。所属部署の所掌にとらわれない本質的な課題への解決策の提示と若手職員の「個の力」の向上を目的として、6テーマのうちの1つとしてイノベーションを取り上げています。

イノベーションチームでは、イノベーション関連施策の融合やイノベーション人材を創出する風土の醸成などに関心を持つ7名のメンバーが3つのチームに分かれ、のべ100人近くと意見交換を経て提言を取りまとめています。

もともとテーマとしてイノベーション資源の流動化を掲げていましたが、どこから手を付ければいいか悩んでいたところ、フィルさんの著書と出会い、スタートアップをイノベーション主体として設定することを決め、議論を深めていきました。スタートアップでは、事業推進に必要な資源の獲得が課題となっているため、人材・技術・設備の3テーマに絞って解決策を検討しました。

人材に関しては越境学習に注目し、事例集やガイドラインをまとめました。越境学習とは、大企業の人材が所属組織と、所属組織とは組織風土の異なる越境先(スタートアップ等)を行き来して、越境先の業務に取り組むことで、組織内では得られないスキルや経験を得るものです。ガイドラインでは、越境学習者を継続的にサポートし、所属組織と越境先との橋渡しを行う「伴走者」の存在が重要であることも付言しています。人材育成や新事業創出に加え、異なる組織文化を持ち込むことで組織変革にもつながる効果があると考えています。

技術に関しては、知財権集約ビジネスに着目しました。スタートアップによる未利用知財の積極活用や大企業の知財を活用したカーブアウトによるスタートアップ創出に向けて、知財権集約ビジネスに関するガイドラインや事例集を作成し、周知・普及を図っていくこととしています。

設備に関しては、産業技術総合研究所(AIST)の研究設備の共用化に向け、国研・大学でのこれまでの取り組みをまとめ、課題を整理しました。AISTや製品評価技術基盤機構(NITE)での共用化事例や、スタートアップによる設備共用化のマッチングプラットフォーム事業などの事例紹介を行っています。

今後は、人材・設備・技術のテーマごとに個別に議論してきた内容を踏まえ、イノベーション資源の流動化を一体的に進めていく包括的な取り組みを強化していくべきだと考えています。

コメント

清水:
フィルさんの著書の中では、マインドセットをアンロックすべきだということが強調されていましたが、その変化はすでに起きていると感じています。私のゼミでもスタートアップにジョインした学生や起業した学生は多く、若い優秀な人材ほどスタートアップを目指すようになってきています。私たちに必要なのは、この兆しをさらに促進する方策を考えていくことです。フィルさんから見て、日本がグローバルハブになっていく上で一番キーになる要素は何だとお考えでしょうか。

その点で、ぜひ政府に要望したいのが公共財への投資です。スタートアップのシーズとなる知識を生み出すためには、市場に任せると過少になる研究開発への投資、例えば基礎的な研究開発や高度な人材育成、安価で質の高いリスキリングなどが重要です。それがなければ、中長期的な成長を犠牲にした短期的な手近な成果の刈り取りに終わってしまいます。また、日本は伝統的に、企業とそこに所属する個人の生活が密接に結び付いていますが、スタートアップには失敗も必要なので、企業はあくまでビジネスをする箱であり、企業と個人の生活を切り離していく必要があると思います。

PIVOTは非常にいい取り組みで、他の省庁でも同様の取り組みが行われているので、連携することの利点はあると思います。ただし、イノベーションにとっては多様性が重要なので、1つに集約するのではなく、緩く連携しつつも独自でやっていく形がよいでしょう。

経営資源の流動性が重要だという点は大いに同意します。人・物・金の流動性が高まれば、有望なところに流れるはずなので、その障壁はできるだけ低くしていくことが望ましいわけです。流動性制約の低減に最初に効くのは、恐らく全要素生産性(TFP)です。つまり、成長会計を見て、そこに何が効くのかという議論がさらにあると、より良かったと思います。

ウィックハム:
日本の若者のマインドセットがかなり変化してきているというのはその通りですが、その次のレベルの議論が必要です。スタンフォード大学では、学生の多くが起業しますが、大半はうまくいかずにゴールドマン・サックスやOpenAIなどに就職していきます。スタートアップの創業者になろうというのは、偉大な大学教授や偉大な外科医、あるいは偉大なスポーツ選手を志すのと同じで、華やかに見えるけれど、実際は長年にわたる努力と競争の連続であって、そのための準備ができている人はほとんどいません。

99%のイノベーションは、人が原動力となっています。東京は、その規模と生活の質の高さから、国内の優秀層を多く抱えるだけでなく、優秀な技術系移民を惹きつけています。今、グローバルなベンチャーコミュニティーがチャンスを求めて日本に来ています。スタートアップが持つべきものの1つが早期の買い手で、シリコンバレーでは地元に大手のコンピューター企業があり、そこがスタートアップを買収していく構造がありました。ニューヨークの場合は広告業やエンタメ業界、金融業界などで同様の構造が成立していました。東京も、ニューヨークやシリコンバレーと同じように何百という大企業が立地していて、Suicaが1枚あれば1日にたくさんの商談ができます。

シンガポールからスタートアップが出てこない理由の1つが、地元企業がスタートアップを買収しなかったことです。日本でも、どうすれば大企業がリスクを取ってスタートアップのテクノロジーを買ってくれるかということが大きな課題になります。そのためには、1社でいいから、北欧のSpotifyや南米のメルカド・リブレのような会社が出てくることが重要です。そうすれば、他の起業家が「あの人たちにできるなら、自分にもできる」と自信を持つことにつながります。

質疑応答

Q:

近年のイノベーションは、AIや量子コンピューター、バイオなど、膨大な初期投資を要する分野に集中していて、スタートアップに背負い切れる分野ではないようにも思います。初期投資とスタートアップとの関係をどう考えればよいでしょうか。

ウィックハム:

スタートアップは、技術への投資ではなく、技術によって可能になる新しいビジネスモデルによって成り立っています。つまり、AIの大型インフラを造るのではなく、既存のAIインフラを利用してサービスを提供するのがスタートアップです。例えばUberは完全なるインターネットビジネスで、インターネットを通じて通信し、インターネット上で動く地図を使い、インターネットを通じて支払いをする、インターネットによって可能になったビジネスですが、Uberをインターネット企業と呼ぶ人はどこにもいません。同様に、AIを使っているけれどAI企業とは呼ばれないような企業が、これからどんどん生まれてくると思います。

Q:

Spotifyのような大きなスタートアップは、エコシステムを構築しています。エコシステムを成長させるために、どのようなスタートアップ支援を政府が行うべきでしょうか。

ウィックハム:

100%政府の資金でつくられたスタートアップは、大抵が失敗します。政府がやるなら、膨大なお金を1カ所に投入するのではなく、たくさんの種をまいていくやり方がよいと思います。Spotifyの場合は、国が作ったシードファンドから助成金を得ていましたが、そのためにはVCなど他のところからも資金を集めてくることが条件となっていました。

メキシコやシンガポールでも、複数のファンドを対象とした同様のプログラムが実施されていて、素晴らしいファンドのエコシステムが構築されています。重要なのは、境界を厳しく制限しないことです。外からの投資も外への投資も自由にして、「国」という境界線をあまり考えずに自由にやらせることが大切です。

清水先生から成長会計についてコメントがありましたが、日本の会計法は海外投資家にとって大きな障壁となっているので、その辺りの規制緩和も必要になるでしょう。海外投資家から見て、その会社がもうかっているのかもうかっていないのか、よく分からない状況なので、グローバルスタンダードに合わせる必要があるのではないかと思います。

Q:

スタートアップ支援が省庁ごとの縦割りになっていることについてどう考えますか。また、今だからこそ米国との連携をするべきではないでしょうか。

迫田:

清水先生のコメントにもあった通り、イノベーションに関しては司令塔が完全にコントロールするようなことはしない方がよく、緩いところは残さなくてはいけません。そのバランスが非常に難しく、公共財とは何なのかというところの解像度がもう少し上がってくると、政策も作りやすくなるのではないかと思います。また、米国との関係性は、今後ますます重要になっていきます。その架け橋となるのがSozo Venturesだと思っているので、当省でも継続して議論していきたいと思っているところです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。