開催日 | 2024年12月13日 |
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スピーカー | 毛利 真崇(株式会社サイバーエージェントAI事業本部 AIクリエイティブDiv.統括) |
コメンテータ | 渡辺 琢也(経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 情報処理基盤産業室長) |
モデレータ | 木戸 冬子(RIETIコンサルティングフェロー / 情報・システム研究機構 特任研究員 / 東京大学 特任研究員) |
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開催案内/講演概要 | AIの進化が進む中、生成AIを活用したビジネス・トランスフォーメーションが注目されている。効率向上が期待される一方で、著作権や運用管理への配慮も必要である。本セミナーでは、サイバーエージェント、AI事業本部・AIクリエイティブDiv.責任者の毛利真崇氏に、同社が推進する生成AIの社会実装と、その取り組みがもたらすビジネスへのインパクトについて解説いただいた。同社はインターネット広告事業を軸にAI技術を活用し、広告制作の効率化と効果向上を実現。さらに、生成AIを用いた画像・動画生成やAIタレント事業、審査AIなど、自社の業務効率化にとどまらず、外部企業の価値の向上においてもデジタル技術を活用する好例を示している。 |
議事録
サイバーエージェントとAI技術
サイバーエージェントは1998年に創業して以来、インターネット広告を主軸とした事業を展開してきました。現在では、メディア事業、ゲーム事業、そしてインターネット広告事業を中心に活動しています。特に、インターネット広告事業においては、AI技術を積極的に活用しています。私はAI事業本部内のAIクリエイティブDiv.の責任者として、効果の高い広告を自動生成するためのエンジニア組織と、それを活用してクリエイティブを作るクリエイターの組織の2つを統括しています。
また、当社はエンジニアの採用を強化しており、現在では社員の約4割が技術者です。その中でも2016年に設立した「AI Lab」という研究開発組織は特に重要な役割を果たしており、国際学会における論文採択数等をもとにしたデータから世界の「AI研究をリードする企業トップ100」にも選出された実績があります。また、当社はChatGPTの登場以前から日本語特化型の大規模言語モデル(LLM)を開発してきました。このモデルはフルスクラッチで設計し、商用利用可能なオープンソースとしてリリースしています。2024年7月にはバージョン3を公開し、外部の評価基準でChatGPTやClaude、Geminiに次ぐ性能と認定され、日本語LLM比較において、日本国内で最高水準のモデルとして評価※されています。(※NIKKEI Digital Governanceと米Weights & Biasesによる共同調査(2024))
また、外部の研究者とも連携し、約45の産学連携プロジェクトを推進しています。このような研究結果とAI技術を社会実装し、社会的価値に変えていくことが、AIクリエイティブDiv.としての使命です。
インターネット広告の特性とAIクリエイティブ
日本の広告市場は約7兆円規模で、インターネット広告は特に拡大しています。インターネット広告には以下の特徴があります。①オークション制で最適な広告を選び配信する運用型広告、②性別や年齢などに応じた細かいターゲティング、③効果をリアルタイムで計測・改善可能な点です。
これらによりこまめな広告クリエイティブの更新が必要で、放置すると視聴率やクリック率が下がり、広告の効果が低下する「広告の疲弊」が発生します。その状態を避け、効果が高いクリエイティブを効率よく大量に作るため、サイバーエージェントは3カ月で10万本以上のクリエイティブを制作しています。
取り組みの代表的な例は、「極シリーズ」という独自開発した広告制作支援プラットフォームです。これは広告を配信する前に、どの程度効果があるかを予測する予測エンジンと、広告素材の自動生成機能を持ったシステムです。
以前はチームでクリエイティブを制作していましたが、4年前からはデザイナーが1人ですべてを制作するようになりました。デザイナーは効果予測AIを使い、コピーや画像の自動生成機能を活用して、効果的な提案を行います。AIからのフィードバックが即座に得られるので、納品までの時間が大幅に短縮されました。
AI活用で広告効果の高いクリエイティブが生まれる確率が約2倍に向上し、デザイナーの制作効率も大幅に改善しました。平均で月172本(効率5.6倍)、トップデザイナーは月450本(効率15倍)を制作するなど、生産性が飛躍的に向上しています。
進化する画像生成
画像生成による、撮影コストや時間の削減も大きな効果を上げています。極AI人間という広告用途の人物写真の自動生成に関しては、近日中に背景付きや複数名の写真の生成も可能になる予定です。また、海外製の生成AIにはない、日本人らしい画像が生成できる点が強みです。今年2024年6月から始まったAIタレント事業では、架空のタレントを広告媒体に応じて柔軟にキャスティングでき、契約期間の制限や不祥事のリスクがない利点があります。静止画に加え、動画生成機能の研究開発も進行中です。
背景生成では「アウトペインティング」という技術で背景を自動生成することができます。ただし透明なボトルなど、商品によっては光のコントロールが難しく、不自然に見えることがあります。それを解決するために商品を100枚ほど撮影し、AIに学習させることで、文字入力だけで適切な背景と光の条件を自動生成できるようにしています。
また、「極AIお台場スタジオ」では巨大なLEDディスプレイを活用し、生成した背景とタレントを組み合わせた撮影が可能です。LEDスタジオは、アメリカはもちろん韓国でも映画やドラマ等のエンタメ業界を中心に活用が進んでいますが、当社はその技術を広告分野で活用しようと考えました。LEDを使用することで、背景と被写体の光のズレを防ぎ、リアルな仕上がりを実現しています。さらに、撮影中に効果予測を行う機能も備え、多くのお客様に利用されています。
生成AIの価値を最大限発揮させるには
生成AIによって、クリエイティブ制作の品質向上やコスト削減が進み、今後さらに大量のクリエイティブを効率的に制作・納品できる時代が到来します。その一方で、広告主がクリエイティブを確認できるキャパシティーは限られており、その上限を超えると生成AIの生成能力の価値を十分に得られなくなってしまいます。
この課題を解決するために、当社は「審査AI」というサービスを開発し、クリエイティブチェックを自動化する取り組みを進めています。このAIは、お客様のフィードバックを学習し、効率的にチェックできるようになります。これにより、審査にかかる工数を減らし、より多くのクリエイティブを世の中に配信することができます。
また、ここまでご紹介した様々な当社内でのイノベーションの成果を、社外のお客様にも提供するため、「AIクリエイティブBPO事業部」を新たに立ち上げました。企業が必要とするあらゆるクリエイティブ制作のマーケティング効果向上と制作効率化を支援するとともに、協業企業独自のクリエイティブ組織の体制構築も全面的にサポートします。第1弾として、株式会社ベネッセホールディングス様と協業し、ベネッセ全社業務改革プロジェクト である「AIクリエイティブセンター」を設立しました。ベネッセ様は紙のクリエイティブも非常に多く制作しており、制作に関わるコストが多大にかかっています。これを半減にする等の効率化や、顧客ニーズの変化に対応したパーソナライズ化したクリエイティブ制作を実現するための取り組みを始めています。
私たちの強みは、ゼロからAIツールを作るのではなく、既存の「極予測AI」や「審査AI」などをカスタマイズして提供するという点にあります。
また、現時点ではAIだけでクリエイティブをすべて制作することは難しいため、AIを活用しつつも、やはりデザイナーが必要になります。当社は以前から沖縄にクリエイティブセンターを持ち、東京よりも安価に体制を整えることで、企業の制作コスト削減にも寄与しています。さらに、沖縄の子会社「株式会社モノクラム」では、全国から美大や芸大出身者を採用しています。こうした体制や知見があることは、大きな強みです。
生成AIを管理し、安全に運用する
社内では複数の生成AIを管理するシステムを導入し、サイバーエージェントの社員全員が利用できるようにしています。このシステムでは複数の生成AIモデルを組み合わせており、テキストから画像や動画、音声を生成することができます。
社員は、過去に制作されたクリエイティブを参照し、自分のプロジェクトに合ったテイストを選んでカスタマイズすることができ、プロンプトを考える手間が省けます。また、AIが生成プロンプトを蓄積・提案してくれるという利点もあります。
プロンプトの管理は著作権侵害を防ぐためにも有効です。当社では生成AIを利用する際、著作権に関する問題に非常に注意を払っています。「類似性」と「依拠性」の2つの要素が同時に認められた場合に著作権違反が成立しますが、特に依拠性の部分を守ることに重点を置いています。プロンプトの管理を行い、例えば、著作権を持つキャラクターや有名人の名前がプロンプトに使用されていないかをチェックしています。著作権に配慮したクリエイティブを提供することも重視しています。
コメント
渡辺:
経済産業省ではGPU、計算資源の整備や高度な人材育成支援といった取り組みを推進しているところですが、こうしたDXにおいて、サイバーエージェント様は先端を走る企業であると認識しています。
日本全体で見ると、生成AIの利活用にはまだまだ課題が多い状況です。今春発表されたPwCの調査によると、米国企業の9割以上が生成AIを活用しているのに対し、日本企業では7割未満にとどまっており、特に顧客満足度の向上に活用する割合が米国企業数の半分以下であることが明らかになりました。この点で、デジタイゼーションやデジタライゼーションを経て、業務効率化にとどまらず、外部価値の向上にデジタル技術を用いることの重要性を改めて感じました。すでにこれらを体現しているのが、サイバーエージェント様のような企業です。好例から学び、同様の取り組みが日本全体で広がること、また、労働生産性の向上や企業価値が向上することを期待します。
また、DXを推進するためには、経営者のコミットメント、DX推進部署の設置、知識を持ったリーダー、そして全社員のデジタルリテラシー向上が必要であると考えます。特に、スタートアップ以外の既存の企業では、現場の抵抗を乗り越え、全社的な意識改革を進めることが重要でしょう。
最後に、サイバーエージェント様やNEC様のように、GPUが注目される以前から先行投資を進めた企業の組織運営の秘訣には、非常に興味を持ちました。これについて何かお考えがあればお聞かせください。
毛利:
経営者のコミットメントが重要だという考えに同意します。4年前、私の上司である役員が「デザイナー1人で制作を行う体制に変える」という意思決定を行ったのが大きなターニングポイントでした。結果として、デザイナーの生み出す価値は以前と比べて数倍にもなりました。経営者が迅速に体制を変えたことで、より大きな成果を出すことが可能になったと感じています。
サイバーエージェントは他の広告代理店と比較すると歴史の浅い企業ですが、だからこそ、ベンチャーマインドを持ち多くの挑戦をして新しい技術を使い、世の中に価値を提供することが求められると考えています。特に、世の中がまだ懐疑的な時期に新しい技術に挑戦し、価値を創出することが重要だと実感しています。
質疑応答
- Q:
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極AI人間が学習するデータとして、どのような画像を使用していますか。
- 毛利:
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AIに学習させているデータは、許諾を取得した画像も活用しています。最も品質の高いデータとして集めたのは、社員2,000人分の顔写真です。社員には同意を得た上で、1人につき何百枚もの写真を撮影しました。しかし、社員だけでは年齢などに偏りがあるため、クラウドキャスティングというサービスも利用して画像を集めています。
- Q:
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生成AIに関連するルールやガイドラインについての現状を教えてください。
- 毛利:
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現在、社内には「生成AIガイドライン」があり、主に2つのルールがあります。1つ目は、商用利用可能なモデルだけを使用するということです。2つ目は、著作権侵害、特に依拠性に関するルールです。今後、政府の公式ガイドラインがあればよいと思いますが、規制がイノベーションを妨げないよう、柔軟なルール設定と周知が重要だと考えています。
- Q:
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他社がサイバーエージェントのAIタレントを利用する可能性があるかと思います。そうした場合に、それを守るための仕組みやルール、ガイドラインがあれば教えてください。
- 毛利:
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今後AIタレントが喋ったり動いたりできるようになる予定ですが、声真似などの犯罪リスクが高いため、システムはクローズドな形で運用する考えです。現在はBtoB向けに提供しており、一般のユーザーには提供していません。将来的には契約を交わした企業が使用する可能性はありますが、企業以外には提供しない方針です。
- Q:
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AIを活用して価値を創造するための人材育成や採用について、方針や考えをお聞かせください。
- 毛利:
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開発部門のエンジニアやプロダクトマネージャーについて、徹底して意識しているのが、ウォーターフォール型ではなくアジャイル型にすることです。新しいビジネスでは失敗も多いので、「早く失敗しよう」という哲学を持ち、試行錯誤することを重視しています。エンジニアが自主的にPoC(概念実証)を進め、成功したものを実装できた時には、大いに称賛します。失敗には罰則はありません。モチベーションを高めるための制度や表彰システムも意識して整備しています。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。