エネルギー転換に伴うセキュリティ課題

開催日 2024年12月11日
スピーカー 貞森 恵祐(IEA(国際エネルギー機関)エネルギー市場・安全保障局長)
コメンテータ 木原 晋一(資源エネルギー庁 資源エネルギー政策統括調整官)
モデレータ 池山 成俊(RIETI理事)
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開催案内/講演概要

再生可能エネルギーの導入拡大などエネルギー転換が急速に進展する一方で、化石燃料需要は増加を続けている。このような状況はエネルギーミックスの課題を浮き彫りにしており、バランスの取れたエネルギー政策の構築が喫緊の課題となっている。本講演では、国際エネルギー機関 (IEA)の貞森恵祐エネルギー市場・安全保障局長をお迎えし、主にIEAの「World Energy Outlook 2024」に基づき、エネルギー転換の速度に関する不確実性による石油、ガス等の需要見通しへの影響や、エネルギー転換に伴う新たなセキュリティ上の課題についてご説明いただき、それらに対する備えがいかにあるべきかを論じていただいた。

議事録

エネルギー安全保障と気候変動対策の両立

国際エネルギー機関 (IEA)は、1973年の第1次オイルショックを契機として創設された国際機関で、現在、OECD加盟国のうち32カ国が参加しています。加盟国は石油純輸入量の90日分を緊急時に備えた備蓄として保有することが義務付けられており、有事の際には市場へ協調放出する仕組みになっています。

石油は運用部門の燃料として全体の9割を占めており、その供給途絶は経済活動を大きく制約することから、依然として特別な位置付けを持っています。一方で、気候変動対策を受けて、石油消費の削減や代替エネルギー開発の取り組みは近年増大しています。

IEAは、世界のエネルギー需要と供給の現状および将来の見通しを示す「World Energy Outlook (WEO)」を毎年発行しています。2024年版のWEOでは、エネルギーミックスの将来的な変化を3つのシナリオに基づいて予測しています。

まず、現在の気候変動関連政策が今後も継続されることを前提としたシナリオ、STEPS(Stated Policies Scenario)です。このシナリオでは、2100年時点の気候変動は約2.4℃になる見込みです。次が、各国がCOPにおけるNDC(Nationally Determined Contribution)で表明した気候変動抑止措置を完全かつ予定通りに実施した場合のシナリオ、APS(Announced Pledges Scenario)です。この場合は1.7℃まで抑えることが可能になります。最後が、2050年までに実質的なカーボンニュートラルを実現するために必要なものを示したシナリオ、NZE(Net Zero Emissions by 2050 Scenario)です。

世界のエネルギー需給の見通し

エネルギーミックスの在り方は政策レベルや各国政府の政策によって大きく変わるため、その見通しには不確実性が伴います。2024年版のWEOでは、STEPSのシナリオを基に、エネルギー転換の速度における不確実性が各燃料の需要水準に与える影響についても分析を行いました。

石油需要は、2030年にかけて緩やかに上昇し、その後、緩やかな減少に移行する見通しです。その主な要因となるのが、世界全体における新車乗用車販売に占めるEVのシェア拡大と、中東地域における石油火力発電からガス火力および再生可能エネルギー発電への転換スピードです。

天然ガスは、大体2030年までに4400bcm程度まで増加した後、横ばいになる見通しです。しかし、天然ガスは発電燃料として他の燃料と競合する立場にあるため、相対的なコストや各国の政策に大きく依存し、不確実性が高いと言えます。特にLNGに関しては、新規供給の拡大によって供給過多が発生することが予想されます。

アジアのエネルギー市場では依然として石炭の位置付けが大きく、中国、インド、ASEANが世界の石炭消費量の4分の3以上を占めています。今後、石炭利用の段階的な縮小を図る上で、当面の間は、再生可能エネルギーと天然ガスの組み合わせが中心的な役割を担うことになると考えています。

2030年にかけて発生する潤沢なLNG供給が全て吸収された場合、2035年にかけて3%程度の天然ガス需要が上振れすることになります。ガス火力発電は再生可能エネルギーの出力変動を補うためにも使用されます。燃料費がかからない再生可能エネルギーが優先的に給電する仕組みなので、風力発電が鈍化あるいは停滞すると、より多くのガス需要につながります。

仮に天然ガス需要が直近5年間に見られた伸び率を維持した場合、STEPSで予測された横ばいケースよりも2割程度高くなると試算しています。これは、電力需要自体の上振れ、省エネの進展の遅れ、産業部門におけるガス需要の増加、そして石炭からガスへの燃料転換の加速等によるものです。

電化による新たなエネルギーシステム構造

エネルギートランジションを支える重要な要素の1つが、各セクターの電化です。電力需要はエネルギー全体の伸びを上回るペースで増えており、中国が近年の電力需要を牽引してきました。一方で、先進国では電力需要の停滞または減少が見られるものの、各セクターにおける電化の進展や、AIを活用したデータセンターの増加に伴い、今後は再び需要の増加が見込まれます。

最近のエネルギー転換における大きな節目は、新規に発生する電力需要が低炭素電源で賄われるようになってきた点です。これにより、電力部門からの温室効果ガス排出量が増えないという状況が確保されつつある状況です。

電力需要がさらに上振れした場合には石炭火力が増える可能性もあるものの、化石燃料発電の中でも温室効果ガス排出量の水準が低く、柔軟性の高いガス火力発電の需要増加が見込まれます。

現状のエネルギーおよび気候変動関連政策の水準を前提とするSTEPSでも、変動性の再生可能エネルギー電源のシェアは急増すると予測しています。変動性電源のシェアが高まると、ガス火力発電のような柔軟性の高いディスパッチャブル(出力調整可能な)電源の需要が高まります。

ただし、こうした柔軟性電源の需要は電源の容量として高い水準を必要とする一方で、運転時間は短くなるので、電力販売収入は減少します。また、季節による長期の変動性は対応がより難しく、変動性電源のシェアが高まるほどその問題は大きくなるわけです。

エネルギー転換に伴う課題

IEAは、去年2023年の4月に「Managing Seasonal and Interannual Variability of Renewables」というレポートを出し、太陽光や風力発電における月単位あるいは季節単位の発電余剰と不足に関するモデル分析を実施しました。

その結果、どの地域でも既存の火力発電所の活用が主要なリソースになることが明らかになりました。従って、柔軟性を提供する火力発電所や水力発電所に対する報酬を適切に設定し、その維持を図ることが市場設計においては大きな課題となります。

さらに、エネルギー転換に伴う電力需要の拡大と再生可能エネルギーの統合を進めていく上では、電力グリッドの大幅な拡充が不可欠です。EVの普及に伴って重要鉱物の需要増加が予想される他、新しい低炭素技術に関連するサプライチェーンのセキュリティ確保が各国の懸念事項となっています。

IEAは、昨年2023年のG7広島サミットの後、「Overcoming the Energy Trilemma」というレポートを発表し、その中で電力セキュリティ確保に向けた重要な要素をまとめています。まず、化石燃料消費に関しては大きな不確実性が存在していることを踏まえて、伝統的な石油やガスの供給セキュリティについても必要な対策を継続する必要があります。

エネルギー転換の主要な要素は電化であるため、変動性の再生可能エネルギー電源が大幅に増加する中で、ディスパッチャバルで柔軟性の高い発電設備を確保するための市場デザインが一層重要となります。

低炭素技術においては多様性を追求すべきで、特に原子力発電や低炭素燃料の開発が重要です。そして、これら技術に関連するサプライチェーンの強靭化も喫緊の課題として挙げています。これは、むしろ産業政策や貿易政策の課題でもありますが、政府にとって重要な政策課題となります。

コメント

木原:
私からはコメントを3点、質問を3点投げかけたいと思います。コメントの1点目は、近年、エネルギー安全保障の重要性がかつてなく高まっている中で、WEOにおけるSTEPSの感度分析は、現実に即した非常に画期的なものだと考えています。

2点目は、インドや東南アジアといった新興国・途上国では引き続き経済成長が続いており、化石燃料需要の増加が見込まれます。日本は、そうした地域特性に応じたソリューションを提供していく必要があります。Asia Zero Emission Community (AZEC)というイニシアチブの下、日本はパートナー国と共に経済成長と脱炭素化の実現に向けて取り組みを推進しています。

3点目は、エネルギー安全保障の概念が、電力のセキュリティだけにとどまらず、サプライチェーンの強靭化や多様化にまで広がってきています。IEAがそれを的確にとらえ、幅広い分析を行っていることを非常に評価するとともに、今後の分析も期待しています。

続いて、質問です。1点目は、再エネ、化石燃料、原子力の需要の見通し、そしてそれらの役割についてご見解を伺いたいと思います。

2点目は、第2次トランプ政権下における米国の気候エネルギー政策についてです。パリ協定からの離脱、石油やLNGの増産によるエネルギー価格低下の推進、あるいはインフレ抑制法の中での再エネやEV支援の見直しによって、どのよう影響が出てくるとお考えでしょうか。

3点目は、国際機関で働く醍醐味や面白さ、あるいは外から見た日本の行政機関についてのご所見を伺わせてください。

貞森:
1点目ですが、日本も気候変動対策について高い志の目標を掲げ、できることから取り組むというのは重要です。ただ、エネルギー転換の進展には大きな不確実性が伴うので、それに対する備えが国のエネルギー政策の基本計画の中に入っているべきだと思います。

具体的には、供給セキュリティの確保、供給サイドへの圧力抑止、既存設備の有効活用が挙げられ、そのためには市場システムを適切に設計していく必要があります。さらに、低炭素技術の多様性を確保し、安定的な低炭素エネルギーシステムを構築していく必要があります。

2点目ですが、米国の石油・ガス生産は民間事業者による要素が大きく、金融市場関係者からの制約が大きいため、規制による影響は一部あり得るものの、政権が交代しても大きくは変わらないのではないかと思います。

インフレ抑制法自体は廃止されるかもしれませんが、低炭素技術への国内投資に対する優遇措置は続くのではないか考えられます。また、パリ協定からの離脱が示唆されていますが、残って議論してもらいたいと、個人的には思っています。

3点目に関して、IEAは背景の異なる多様な国の出身者が集まっていて、優秀な方が多いので、勉強になります。国際機関というのは国民に直接影響を与えるような政策立案や執行をする立場にはないので、仕事の満足度という意味においては、行政機関とは大きな違いがあると思います。

日本政府での経験を生かして国際機関で働くのも大事ですし、国際機関で学んだことを日本政府に持ち帰って活用していくことも重要なので、若い人を中心にぜひ国際機関にアプライしてもらいたいと思っています。

質疑応答

Q:

天然ガスは不確実性が高いとのことですが、どのように対応すべきでしょうか。石油とガスに関して、IEAは約3年半前に上流投資は不要という考えを示されましたが、現在もそれは変わりませんか。また、欧州諸国ではロシア燃料からの脱却のために石炭への回帰も見られますが、どのように見ていますか。

貞森:

IEAは、世の中がNet Zero by 2050のパスに従って化石燃料消費が減る場合には、既存の石油・ガスの上流生産能力で足りると言っているのであって、上流投資が必要ないと考えているわけではありません。ちなみに消費は増え続けています。

石炭に関しては、ロシアからのパイプラインガス供給途絶への対応として欧州はさまざまな措置を取ったわけですが、不足分を石炭で補ったので石炭需要が増加しました。そのように、ガスが足りなくなった場合の代替としての石炭火力発電の必要性はまだ当分続くのではないかと思います。

ガスが安い米国では、ガス価格が上がると石炭が使われたりしますが、常に使うわけではないので温室効果ガスもそれほど拡大しません。当分のトランジションの間は石炭のキャパシティーをある程度維持しておくことが重要です。

Q:

国際的にも送電インフラ整備に関するさまざまな議論が行われているのでしょうか。

貞森:

そういった議論を受けて、IEAも電力グリッドのレポートを出しました。変動性の再生可能エネルギーの拡大に伴い、それを電力システムに統合するための強靭なインフラの確保が重要になります。送電線や配電線の整備は圧倒的に時間がかかるので、早期の着手が必要です。また、グリッドシステムへの負荷を低減するような発電設備も重要で、例えば石炭火力から小型モジュール炉 (SMR)への置き換えは、合理的なやり方と言えます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。