トランプ新政権の外交安保政策と日本の戦略

開催日 2024年12月6日
スピーカー 渡部 恒雄(公益財団法人笹川平和財団安全保障研究グループ 上席フェロー)
コメンテータ 藤井 亮輔(経済産業省通商政策局 米州課長)
モデレータ 池山 成俊(RIETI理事)
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開催案内/講演概要

2024年の米大統領選挙では、経済状況が有権者の最大の関心事となる中、トランプ氏が無党派層の支持を獲得して勝利し、再び大統領の座に就くことになった。第二次トランプ政権は日本にどのような影響を及ぼすのか。本BBLセミナーでは、笹川平和財団の渡部恒雄上席フェローが選挙の背景やトランプ氏の意図、再選後に政権が直面する課題、そして外交・経済政策の方向性について解説した。特に、トランプ氏の個人的な意図や、忠誠心を重視した人事戦略が政策に不確実性をもたらす独特の要素であると考察し、中間選挙までの2年間の動向に注目すべきだと指摘した。また、外交・安全保障政策に関して、日本が取るべき具体的な対応や戦略についても議論を深めた。

議事録

2024年大統領選を振り返って

今回の大統領選挙では、ドナルド・トランプ氏が7つの接戦州で勝利を収め、再び大統領の座に就く結果となりました。総得票数ではトランプ氏がカマラ・ハリス氏を約200万票上回り、開票率99%以上の時点で得票率は49.97%となりました。しかし、僅かながら過半数には及ばず、トランプ氏の喧伝とは裏腹に圧倒的勝利とは言えるものではありません。

トランプ氏の勝因は、キャスティング・ボートを握っていた無党派層にとって、トランプ氏による法の支配・民主主義・人種差別へのリスクよりも、物価高への不満と経済政策および不法移民対策への期待が、勝ったことです。出口調査によると、物価高の家計への影響について、「深刻」という回答が22%、「それなりに苦しい」が53%と7割以上が不満を持ち、経済状況が悪いと回答した69%がトランプ氏に投票しました。トランプ陣営は選挙期間中、「あなたの暮らしは4年前に比べて良くなりましたか?」というメッセージを有権者に訴え、物価上昇以前、コロナ禍以前の第一次トランプ政権下での好調な経済の記憶を巧みに喚起しました。

また、トランプ陣営の最終盤の接戦州でのテレビでの選挙広告は「ハリスはバイデンと同じだ」「不法移民が急増している」「物価はさらに上がっている」「世界の混乱は続いている」というメッセージで有権者のバイデン政権への不満に効果的に訴えました。一方、ハリス陣営は「トランプは大統領の資格が欠落している」「妊娠中絶の権利を守る」「中間層に減税を行う」という選挙広告を流しましたが、物価高で生活が苦しく、変化を求めている無党派層には響きにくかったと言えます。

トランプ氏の影響力

外交政策においても、現職のバイデン政権の外交への不満が、ハリス陣営に不利に働きました。特にイスラエル・パレスチナ紛争では、民主党内にはパレスチナに同情的な左派と、イスラエル支持派が混在しているため、バイデン政権はイスラエルを支持する一方で、パレスチナの人道支援や停戦を求めるという中途半端なものとなり、かえって不満を持たれました。一方で、共和党内では、トランプ氏の強固な支持基盤でもある福音派は一貫したイスラエル支持であり、ユダヤ系保守派と乖離がなく、イスラエル支持でまとまっています。一般の世論調査でも、イスラエル・ガザ紛争の解決について、バイデン氏とハリス氏よりも、トランプ氏のほうが良い政策を行うという回答が多い状況でした。ハリス氏は本来ならば民主党候補に投票したはずのリベラル層、若年層、アラブ系の支持をかなり取りこぼしたと考えられます。

トランプ氏はウクライナで「24時間以内に戦争を止める」と豪語していますが、同氏がウクライナ支援予算を握る共和党議会への影響力を米国内外に印象付けました。支持者の期待も集めています。2024年4月、トランプ氏と呼応する共和党下院の保守強硬派が614億ドルのウクライナ支援法案に反対している中、マイク・ジョンソン下院議長はトランプ氏に対して「今はウクライナ援助を継続して、ロシアの占領地域を大きくしないほうが、自身の政権で停戦交渉がしやすくなる」という説得に応じて膠着状態を解消して608億ドルの支援法案を成立させ、トランプ氏の議会への影響力を示しました。

またトランプ氏は、この件で保守強硬派から解任されかかったジョンソン下院議長を、SNSでの擁護コメントだけで解任から救い、強硬派と下院議長の両方への影響力を見せつけました。この一連の事例は、「トランプ氏との個人的な関係作り」が目標達成にいかに効果的かを示しています。日本のトランプ対策も含め、今後の国内外の政治的駆け引きにおいて重要なモデルケースとなると考えていいでしょう。

トランプ氏の行動原理を探る

トランプ政権は、これまでの共和党政権と比べて特殊であり、その意図、行動原理をつかむことは、容易ではありませんがきわめて重要です。根底には常に個人的な利益を重視する意図があると考えて対処すべきだと思います。

トランプ氏の大統領二期目の優先課題は、自身の「レガシー(政治的遺産)」を築くことです。これはトランプ氏だけの課題ではなく、三期目が憲法上許されていない米大統領は、例外なく、レガシー作りが最優先目標です。

トランプ氏は、特にノーベル平和賞に匹敵する外交成果を自身のレガシーにしたいと考えています。候補は、ウクライナ停戦、ガザ紛争の停戦と中東和平、北朝鮮の核開発の放棄という目下の最大の世界的課題です。ウクライナ停戦には、プーチン大統領に有利な条件を期待させて交渉のテーブルにつかせ、ゼレンスキー大統領には「ウクライナ支援の停止」という脅しで停戦交渉を進めるのではないでしょうか。ガザでは自身と関係の近いネタニヤフ首相に働きかけて停戦を実現できると考えているでしょう。北朝鮮の金正恩総書記との非核化交渉の再開もオプションにあるはずです。

トランプ氏にとっては、劇的な外交成果は、自身に対する刑事訴追や民事訴訟を恩赦したり無効にするために有効だと考えていると思います。実際に、ニクソン元大統領は、ウォーターゲート事件を念頭にフォード大統領から事前恩赦を受けましたが、彼には米国をベトナム戦争の泥沼から救ったという大きな成果があり、恩赦を受ける理由がありました。このあたりは、本人にとって最も優先順位が高い課題と考えておいたほうがいいでしょう。

トランプ氏は大統領職も企業のCEOと同じと考えているので、企業の業績を黒字化する発想で、貿易赤字を黒字化することも優先事項です。そのために対米黒字国には関税を課すか、あるいは関税を脅しにして譲歩を引き出そうとすると思われます。ただし、一律10~20%の関税や、中国に対する60%以上の関税は、米国への輸入品の価格に転嫁され、国内の物価を上げることになるので、2026年の中間選挙を睨むと、有権者に不満を持たれないように微妙なかじ取りが要求されそうです。

トランプ氏再選後、政権入りする人事選考や政策順位は、かなりのスピード感を持って進められています。その理由は、トランプ氏が第一期政権で学んでいることと、憲法上、三選は許されない第二期政権の残りは4年であり、しかも成果をださなければ、2026年の中間選挙で議会が多数を失い、政権のレームダック化が進んでしまうという危機感が反映していると思います。トランプ政権にとって最初のスタートダッシュは、他の政権に比較しても、かなり大きな意味を持つことになるはずです。

忠誠心を軸とした人事

トランプ氏は、第一期政権において、政治任用ではないキャリア官僚に自身の政策の実現を阻まれたという認識があります。支持者も、左翼的な「闇の政府」がトランプ主義を邪魔しているという陰謀論を信じているため、トランプ陣営は「アドミニストレーティブ・ステート(官僚国家)」の解体を掲げ、官僚主導の政治を縮小しようと動いています。イーロン・マスク氏を起用した「政府効率化省」の設立は、そのような目的で行われていますが、効率化や官僚の影響の排除を表向きの目的としながら、マスク氏自身のビジネス利益を上げようとする動きもみられます。

司法・インテリジェンス分野では、自身の弾劾裁判の弁護人だったパム・ボンディ前フロリダ州司法長官を司法長官に指名するなど、憲法や法律よりもトランプ氏に忠誠心を持つ人材を重要ポストに指名しています。前述の通り、自身の刑事訴追と民事訴訟をできるかぎり軽くしたいトランプ氏の意向は、トランプ政権のすべての中でも、最優先事項と考えられます。

通商・経済分野に関しては、トランプ前政権で米通商代表部(USTR)の代表を務めたロバート・ライトハイザー氏が役職に就かない可能性が高く、この背景には、トランプ氏に資金提供したウォールストリートの金融関係者からの関税よりも経済成果を重視する意向がかなり影響したと考えられます。

外交・安全保障分野では、世界における米国の圧倒的な優位維持を志向する「優越主義者」、中国との競争を優先する「優先主義者」、米国の対外関与を極力避けたい「抑制主義者」の3つの方向性を持つ人材が混在します。日本にとっては、伝統的な共和党の国際主義者に近い「優越主義者」のマルコ・ルビオ次期国務長官、マイク・ウォルツ国家安全保障担当大統領補佐官、および「優先主義者」のコルビー元国防次官補代理は、日米同盟重視姿勢が期待されます。ただし彼らも、日本のより大きな防衛支出を期待していますので、支出圧力はかかると考えておいたほうがいいでしょう。

日本が取るべき対応と戦略

トランプ氏自身の外交スタイルは「アメリカファースト」を基軸としながらも、短期的な利益を重視したディールを志向するため、政策の方向性を事前には明らかにしません。その意味で、日本は直接交渉の前に、様々な可能性を考えて準備をする必要があります。例えば、抽象的な理念よりは、米国にもたらされる具体的な投資額やそれによって生まれる雇用の数などの数字を準備して、トランプ氏の耳に入りやすいように伝えることは重要です。またトランプ政権において米国の求心力はさらに低下し、世界が不安定化する可能性が高いため、日本自身の軍事力・経済力・外交力を整備する生き残り策が必須です。

この戦略は笹川平和財団のプロジェクトで検討され、われわれは「プランAプラス」戦略と呼んでいますが、「プランA」である米国との同盟関係を強化・深化させることに加え、「プラス」として、反撃能力などの日本自身の軍事力の強化を進め、豪州、英国、インド、韓国、NATOなど、米国の同盟国やパートナー国との横の連携を強化します。一方で、中国やロシアとの対話チャンネルを維持し、緊張緩和と危機管理に努める姿勢も必要です。同時に、グローバルサウスへの影響力を確保し、多角的な外交を展開することが求められます。米国が自国の利益を最優先する中、日本は日米同盟により抑止力を担保することにプラスして、独自の外交力を駆使する包括的な努力が求められます。

プランAの肝の対米政策については、対中対抗競争を進める米政権(民主・共和両党)における日本の重要性が増しているため、日米同盟の重要性は理解され維持される一方で、防衛費や駐留費の負担増を求める圧力が強まることが予想されます。すでに日本は2027年度に防衛費をGDPの2%にまで引き上げる決定をしていますが、それ以上の要求に対応するために、これまでの単年度の防衛費の計上の在り方を見直して、通年のファンド型にするなどの工夫も必要になるかもしれません。

「トランプ大統領の行動は誰にも予測できない」という認識を踏まえれば、事前に今後の交渉に備えておくことの重要性を強く感じています。第一次トランプ政権に対峙した当時、安倍政権は安定して、挙党体制でチームを組んでいました。石破政権においても、交渉の初期段階から確固たる意志を持って臨む、強力な交渉チームの構築が急務です。

コメント

藤井:
米国の大統領選、閣僚人事、日本への影響予測、そして日本の対応の4点についての見解をコメントします。

まず今回の大統領選におけるトランプ氏の勝利は、民主党が取り込めなかったラテン系の票が共和党に回ったこと、また、共和党が従来の白人エリート政党から、労働者階級を幅広く代表する色彩を帯びた点も大きな変化として注目しています。議会構成においては、上院は安定した共和党優位が予測される一方、下院は2年後の中間選挙で逆転の可能性が指摘されています。このため、トランプ大統領は初期の2年間に成果を急ぐ動きを見せる可能性が高く、注意深く見ていきたいところです。

閣僚人事には次のような特徴があります。閣僚にはトランプ氏への忠誠を重視した他、共和党主流派の少数派、金融政策に長けた専門家、さらにイーロン・マスクのようなビジネスパーソンが含まれています。ルビオとウォルツといった共和党主流派との対話、また、金融政策に関しては、いかに中立性が保たれるかが重要でしょう。

予想される日本への影響ですが、貿易赤字の解消要求が再燃する可能性が高く、特に9兆円規模の対米貿易黒字を縮小する圧力が予測できます。日本企業の米国投資や雇用創出を強調し、米国経済への貢献を訴えていくことが重要です。また、トランプ政権が関税をディールとして利用する点にも警戒が必要です。為替政策や防衛費増額要求についても、同様の圧力が想定されます。

以上を踏まえて、日本としては、日米経済関係の維持を軸に、他の同志国と連携して対応する必要があるでしょう。加えて、トランプ政権下での第三国間交渉の影響も対岸の火事として見るのではなく、間接的な影響がないか感度を上げて注視することも重要です。最初の2年間を特に警戒し、直接的・間接的に対策を講じていくべきでしょう。

質疑応答

Q:

トランプ政権と中国との関わりやディールの可能性についてどのようにお考えですか。

渡部:

トランプ氏が中国と、日本や台湾などの安全保障を犠牲にするような大きなディールをする可能性は低いと考えます。それはトランプ政権内に対中強硬派が多いからです。中国経済が苦しい状況にもあり、中国側のディールの期待も、米国の関税圧力を緩和するような経済関連に集中するのではないでしょうか。

Q:

中国側がトランプ氏とディールを求めていると感じられる中、特に政府の力関係についてどのように見ていますか。また、プランAプラスの重要性についても伺いたいです。

渡部:

中国が望んでディールを進めたくても、米国の政権内部は対中強硬派が圧倒的多数のため、中国が安全保障上、米国から譲歩を得るのは難しいでしょう。特に台湾のポジションを交渉材料にする可能性は低いと見ています。

先に短く触れましたが、プランAプラスは、日米同盟を基軸としながらも、さらに踏み込んだ戦略として、日本の防衛力強化やインド太平洋諸国や欧州との連携を進める戦略です。中国やロシアとの対立回避のためのコミュニケーション強化なども必要で、日本も日米同盟だけに依存しない、多角的な方向に外交力を注力しなければならない時代に入ったのだと思います。

Q:

共和党の「トランプ党」化が進む中、次世代の共和党の方向性についてどうお考えですか。

渡部:

トランプ氏のカリスマ性に依存した共和党は、トランプ氏退場後に徐々に脱トランプ氏化しなくてはならないでしょう。ただし今も伝統的な共和党の価値観も残存しており、トランプ政権の規制緩和などの政策は引き継がれるでしょう。一方で、伝統的な共和党の政策にとって、労働者に寄り添った政策の実行は容易ではなく、今は民主党への失望感が労働者層をトランプ寄りにしていますが、もし労働者層がトランプ政権に失望すれば、それは今後の米国政治のダイナミクスに影響を与えていくと考えられます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。