開催日 | 2024年11月5日 |
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スピーカー | 宗像 直子(RIETIコンサルティングフェロー / 東京大学公共政策大学院教授) |
モデレータ | 冨浦 英一(RIETI 所長・CRO・EBPMセンター長) |
開催案内/講演概要 | グローバルな地政学的競争の激化に伴い、各国は自国の経済的利益と国家安全保障を強化するため、産業政策および通商戦略の再構築を進めている。とりわけ技術革新の加速とサプライチェーンの複雑化により、特定の重要分野において国家間の経済依存関係が深まる一方、独立性を重視する動きも顕著である。本講演では、東京大学公共政策大学院教授の宗像直子氏を講師に迎え、米中対立が先鋭化した背景、輸出規制や供給網強靭化の動向を踏まえ、変革期にある国際秩序の中で日本が経済安全保障を確保しつつ、産業競争力を維持・向上することの重要性についてお話しいただいた。 |
議事録
米中対立の経緯とWTOの限界
通商秩序は国際秩序の一要素。国際ルールは国内の法令と同様、時代とともにアップデートされる必要があり、それができないと様々な不具合が生じる。ここ数年はそれが高じ、既存の秩序の崩壊が進んでいる。
中国は市場経済に向けた改革を約束し2001年にWTOに加盟したが、まもなく国家関与の強い産業政策を導入、本格化させた。WTOがルールを機動的にアップデートできず、国家主義的な産業政策を効果的に規律できなかったことに今日の機能不全の原因がある。
中国では、習近平氏が共産党トップに就任後、「中華民族の偉大な復興」に向けた富国強兵路線が敷かれ、軍民融合、「中国製造2025」などの国家戦略が進められた。その過程でサイバー攻撃により米国の技術や個人情報が窃取された。
米国は、2017年末の「国家安全保障戦略」で中国に対する警戒を初めて公にし、翌年初の米国通商代表 (USTR)の議会レポートで、中国の市場歪曲行動の一番問題のあるものはWTOルールが及ばなくなっている、中国は開放的システムの恩恵に浴しつつ重商主義的産業政策を追求しており、米国が中国のWTO加盟を支持したことが誤りだったとした。
中国については、透明性の問題も大きい。民主主義国家では法律や予算が全て公開されるが、メディアを統制できる国は情報公開が不十分で、半透膜の向こう側にいる状態。中国はWTOの通報義務履行も不十分。
米国は、WTO紛争処理において上級委員会が交渉で合意した条文から逸脱した判断を下すとして不満を抱き、2017年以降、上級委員任命に反対し、紛争処理手続を止めた。WTOの交渉、紛争解決、監視の3機能いずれの問題も抜本的解決が見通せていない。
輸出規制と供給網強靭化
中国の「自給自足化」は、2018年の中国の通信企業ZTEが米国製品の供給停止という厳しい制裁を受けたことを機に加速した。習主席は「双循環」の講話で、中国が優位性を持つ産業で世界を中国に依存させることでサプライチェーンの断絶を防ぐ、その切り札となる産業を育成するとの方針を示した。
米国バイデン政権は、供給網の脆弱性を克服する取り組みを本格化させるとともに、ごく少数の対象を厳格に規制する“small yard, high fence”アプローチとして、先端半導体・製造装置の対中輸出を事実上禁止する措置を導入した。
2023年、中国はこれに対抗し、重要鉱物の輸出管理を導入するとともに、高性能磁石製造技術の輸出を規制した。磁石製造は以前は日本の独壇場だったが、中国政府がレアアースの輸出を止め、その安定供給を求める日本企業を誘致した結果、技術が中国地場に流出した。いまや中国は磁石製造技術を掌握し、輸出規制する側に回った。
中国の産業政策と日本への影響
2021年の在中国欧州商工会議所のレポートは、中国は自国に必要な技術を持つ外国企業を熱烈歓迎、飛行機のビジネスクラス待遇で誘致、技術を吸収、中国地場企業が育つと、貨物室送りに相当する中国市場からの排除に直面するという全体像を示した。
マルグレーテ・ベステアーEU上級副委員長は、中国の産業政策の影響は、中国に進出した企業が技術を取られて追い出されるだけでなく、その先には中国製品が先進国市場を席巻する段階があることを指摘した。
中国では、政府調達からの外国企業排除、国家標準による中核部品の国内設計・開発・生産の要求、日本の部品・素材企業の買収などの動きがある。立場の弱い中小企業が狙われており、取引関係の適正化が経済安全保障上の意味を持つに至った。
中国政府は外資を奨励する業種を公表し、順次改定している。川上から川下まで一気通貫の自己完結型の供給網を目指し、日本の産業競争力を支える基盤技術分野をマスターしようとしている。技術を保護する制度の整備とともに、エンフォースメント強化が重要。
今後の展望と日本の役割
国際政治学者のジョン・J・ミアシャイマー氏は、今後は世界全体を薄くカバーする現実主義的な国際秩序、米国中心の秩序、そして中国中心の秩序に分かれていくと予測した。今日それに近い状況にあるが、さらにグローバルサウスの存在感が高まっている。国際通貨基金 (IMF)はこれら国々が米中をつなぐコネクターの役割を果たしていると分析している。
日本はグローバルサウス諸国の個別具体的なニーズに即した協力を進め、課題ごとの連携を強化するとともに、薄い国際秩序の一端を担うWTOにおいて他のミドルパワーと連携し、その機能強化に向けてリーダーシップを発揮することが重要。
CPTPPに加入申請している中国には交渉で徹底的に改革を求めれば良いという議論があるが、中国を変えようとしてもうまくいかない上、中国加入後はWTO同様ルールのアップデートが難しくなり、WTOの外に”living agreement”を作ろうとした当初の目的が失われる。
力の論理が横行する時代に通商政策が力を発揮するためには、強い国力の裏付けが必要。経済安全保障政策を進める上でも研究開発、人材育成、イノベーション力向上が重要。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。