2024年の米国大統領選挙:課題と展望

開催日 2024年10月16日
スピーカー グレン・S・フクシマ(米国投資者保護公社 副理事長)
コメンテータ 前嶋 和弘(上智大学総合グローバル学部 教授)
モデレータ 浦田 秀次郎(RIETI名誉顧問・特別上席研究員(特任)/ 早稲田大学名誉教授 / 東アジア・アセアン経済研究センター (ERIA)シニア・リサーチ・フェロー)
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開催案内/講演概要

2024年の米国大統領選挙は、まさに「前代未聞」である。7月21日まで、バイデン氏とトランプ氏の両有力候補者は米国史上最高齢で、いずれも非常に不人気であった。トランプ氏は4件の起訴と34件の重罪の前科を抱え、バイデン氏は息子が3件の重罪に問われている。7月13日にはトランプ氏が選挙集会中に暗殺未遂に遭遇。7月21日には、1回目のテレビ討論会で惨憺たる結果に終わったバイデン氏が大統領選から撤退し、ハリス副大統領を支持することを表明した。本セミナーでは、米国投資者保護公社副理事長のグレン・S・フクシマ氏をお迎えし、米国大統領選挙の論点と今後の日米関係の在るべき姿について解説いただいた。

議事録

前例なき米大統領選

今年の米国大統領選挙は、さまざまな意味で“unprecedented”、前例がない選挙と言われています。7月21日のバイデン氏の撤退表明まで、有力候補者であったバイデン氏とトランプ氏は米国史上最高齢でした。両候補者とも非常に不人気という状況に加えて、トランプ氏は4件の起訴を抱え、バイデン氏の息子はさまざまな裁判の法律問題を抱えています。

7月13日と9月15日には、トランプ氏が暗殺未遂事件に見舞われ、6月27日のテレビ討論会で惨憺たる結果となったバイデン氏は、各方面から高まった撤退を求める声を受けて、7月21日に撤退を表明しました。

これには、バイデン氏が大統領指名候補者として残った場合、ホワイトハウスだけでなく上院も下院も共和党の支配下になり得ること、また今は最高裁判所が6対3で共和党が有利な状況下にあるためにトランプ氏に対するチェック機能が働かず、特に最高裁判所が7月1日に大統領免責特権の判断を示したことで、独裁的な大統領が誕生する可能性に危機感を高めた民主党がバイデン氏を説得したという経緯があります。

時間的制約に加えて、政治資金の引き継ぎが法律上煩雑なこともあり、民主党としては最終的にハリス副大統領を選ぶことになりましたが、もし2023年の時点でバイデン氏が撤退を表明していたら、他に少なくとも10人以上の候補者が民主党から出馬していたと思いますので、ハリス氏が指名候補者として残ったかどうかは疑問です。

原点回帰の民主党

バイデン氏の撤退声明を受けて、民主党は急速に活性化しました。民主党というのは、ワシントン色に染まっていない新鮮な人を選び、その人にワシントンを改革してもらうことを好む傾向があります。従って、2020年の選挙において、高齢の白人男性で、ワシントンでの仕事の経験しかないバイデン氏を支持する人はほとんどいませんでした。

しかし、民主党は、バイデン氏がバーニー・サンダーズ氏よりもトランプ氏に勝つ可能性が高いと判断して彼を担ぎ上げ、バイデン氏は見事に勝利を収めました。民主党としてはバイデン氏がトランプ政権の2期目を阻止し、その後は次世代へ将来を引き継ぐことを期待していたのですが、彼は大統領の座にとどまろうとした。従って、今回、黒人、女性、カリフォルニア出身で、ワシントンから見るとアウトサイダーのハリス氏が候補者になったのは、本来の民主党の性格に戻ったということが言えると思います。

撤退声明の翌日にハリス氏を応援するためのZoom会議があったのですが、316名の参加者のうち、約6割が女性、7割以上がカリフォルニアの人たちでした。これだけの支持者が次の日に集まったのは、ハリス陣営が6月27日のバイデン氏のテレビ討論会の結果、撤退を予測して、相当準備をしていたからだと思います。

大統領選に見る過去と未来の対立

最新の全国世論調査によると、ハリス氏が2.5から2.0ポイントでリードしており、7つの接戦州においては、アリゾナ、ジョージア、ミシガン、ネバダの4つの州でハリス氏がリードし、ノースカロライナ、ペンシルベニア、ウィスコンシンの3つの州でトランプ氏がリードしている状況です。これは非常に接戦で、どちらが勝利しても驚きません。

争点はやはり経済と移民問題です。トランプ陣営が徹底的に移民問題を議論している一方で、民主党は人工中絶問題を主要な争点として取り上げています。教育、医療保険制度、気候変動、あるいは外交政策においても、両候補者は非常に対照的です。

比較的高齢でドイツ系の祖先を持つトランプ氏に対し、比較的若いハリス氏はインド系の母とジャマイカ出身の父を持ちます。トランプ氏は東海岸の白人男性で、“Make America Great Again (MAGA: アメリカをまた1950年代の偉大な国にすべき)”という思想を掲げて、経済面でも軍事面でも文化面でも米国を強化することが理想的な世界だと考えています。

過去を強調しているトランプ氏に対して、ハリス氏は“Not Going Back (過去には戻らない)”というスローガンを掲げ、人種差別や女性蔑視がまかり通っていた世界には戻らないという将来・未来を目指したキャンペーンになっています。

ハリス氏の出身地カリフォルニアは人口4000万人で、経済規模では、米国、中国、ドイツ、日本に次ぐ、世界第5位の経済力を有しています。内陸には農業、北にはハイテク、南にはハリウッドあるいはバイオテックがあり、貿易と投資と移民によって繁栄している州です。異なる背景を持った両候補者による大統領選は、簡単に言うと、米国の過去と将来の間の戦いになると、私は見ています。

大統領選挙とともに、議会選挙も非常に注目されています。上院は今51議席対49議席で民主党が過半数ですが、共和党が過半数になる可能性もかなりあります。下院はわずか4議席程度の差で共和党過半数ですが、場合によっては民主党が過半数になる可能性があります。選挙は11月5日ですが、2020年の選挙の時のように、結果が判明するまで数日かかるのではないかと見ています。

米外交の行方

米国にとって、日本は、安全保障、政治、経済など、あらゆる面で重要な同盟国なので、どちらの政権になっても抜本的に大きく変化することはないと思います。ただ、米国と他国との関係あるいは国際組織との関係が変わることで日米関係も影響を受ける可能性はあります。

ハリス政権はバイデン政権の人員あるいは政策が継承されると見ている人もいるものの、彼女はバイデン氏とも対照的な背景を持っているので、今のバイデン政権とはかなり違う方向に行く可能性もあり得ます。また、ハリス氏は経済および外交に関する経験も知識も限られているので、国務長官、財務長官、商務長官、通商代表、国防長官にどのような人物を配置するかが非常に重要になってくると思います。

コメント

前嶋:
今年の選挙は、大統領候補になる予定だったバイデン氏が途中で撤退し、予備戦で戦っていないハリス氏が出てきたという点でも非常に前例がないものでした。ただ、民主党としては、バイデン氏は2020年の大統領選で「トランプ氏に勝つためのツール」だったわけで、ハリス氏が候補者になったというのは本来の民主党の方向性に戻ったと言えると思います。

トランプ氏とハリス氏は「MAGA 」対「Not Going Back」で、共和党側は移民問題や経済問題に注力し、民主党側は人工中絶が重要な争点になってくると思います。非常に対照的な候補ですが、私は、2024年の米国を「未曽有の分断」と「未曽有の拮抗」という言葉で表現しています。

米国の歴史を見ても、これほど僅差で議席数を競っていることはほぼありません。第二次世界大戦以降、下院は民主党が強く、1994年に49年ぶりに共和党が多数派になりましたが、基本的にそれまでは民主党が有利な時代でした。

南部では民主党が強く、民主党内でもサザン・デモクラットとリベラルなデモクラットの2つの勢力に割れていたところを共和党側が取っていったというのがこの30年の動きです。それによって今はリベラルな民主党と保守の共和党にはっきりと分かれながら拮抗しているので、20年前の米国ではもうないと言えます。

米国ギャラップ社による調査では、8月時点の民主党支持者のバイデン氏の支持率は89、共和党支持者のバイデン氏の支持率は4、その差が85と、まさに分断を示しています。ただ、この分断はトランプ氏の時にも見られていたもので、その時の差は90近くあったので、分断がピークアウトしているのかもしれません。

この分断は、南部勢力が民主党から共和党に変わったとともに、北部の人口が減ったことで南部が産業の中心となり、ディープサウスからサンベルトになってきたことに起因します。従って、世論調査を見ても行方は分からないという状況です。最後に質問させていただきたいのですが、トランプ氏とハリス氏で、対イスラエル政策、対ウクライナ政策、および対中国政策はどのように変化すると見ていらっしゃいますか。

フクシマ:
ウクライナ政策については、バイデン大統領はハリス副大統領、そして同盟国と一緒にウクライナを支援してきたわけですが、トランプ氏が大統領になった場合、彼はロシアに有利な方向に持っていき、米国側からのウクライナ支援を削除することになるのではないかと思います。

イスラエルに関しては、ネタニヤフ首相は間違いなくトランプ氏が選挙で勝つことを期待しています。ハリス氏が大統領になった場合、米国はイスラエルの防衛を全面的に支持する姿勢は変わらないと思いますが、彼女はパレスチナ、アラブ系、ムスリム系の被害者の立場もバイデン陣営あるいはトランプ前大統領より相当考慮するといった違いは出てくるのではないかと思います。

中国に関しては、共和党も民主党も米国にとって中長期的に最たる競争相手であるという認識を共有しているので、トランプ政権になった場合は、中国に対して厳しい関税政策を取るのは間違いないと思います。

ハリス氏が大統領になった場合は、周りにどういう人を配置するかで中国政策も含めて影響を受けると思います。米国の経済力や軍事力を強化して中国を競争相手として扱う一方で、気候変動等の協力できる面においては協力するのではないでしょうか。

ハリス氏が副大統領候補として選んだミネソタ州知事のティム・ワルツ氏は長年高校の教師を務めて、学生の交流の一環として1989年から30回以上中国に行っています。中国に関する知識、経験あるいは人脈が相当あるので、彼が中国の政策に関与することになると見ており、ハリス政権はトランプ政権よりもきめ細かい中国政策を実行するのではないかと思います。

質疑応答

Q:

世論調査の結果や報道はどの程度割り引いて解釈すべきでしょうか。見通しと結果が異なることが多い印象ですが、客観的かつ正確な見通しを発表することはできないのでしょうか。

フクシマ:

2016年の大統領選までは米国でも世論調査の結果を分析し、毎回4年ごとに方法論の改定を行い、正確性を高めていました。しかし、2016年の時は、トランプ支持者の中には世論調査への回答を拒否する、あるいは答えても意図的にうその回答を行うといった隠れトランプ現象によって投票率の予測が外れたというのがあります。

もう1つは、「ブラッドリー現象」という概念で、世論調査では黒人候補者を支持すると答えていた人たちが実際には投票せずにギャップが生じたというもので、今回もそれが生じるのではないかという指摘もあります。世論調査は1200人程度のサンプリングから平均を取りますが、これで正確に予測するのはほぼ不可能です。残念ながら、世論調査は限界があるというのが今の結論だと思います。

Q:

トランプ氏が公約で掲げている関税政策の実行可能性について、どうお考えですか。

フクシマ:

トランプ氏は関税が最高の貿易ツールだと言っていますので、彼が大統領になった場合、中国に対する関税の引き上げは実行すると思いますが、60%ではなく、もっと低いレベルで中国の特定の製品に関して行うと想定しています。一方で、日本やヨーロッパをはじめ、同盟国との貿易の関税引き上げについては1つの交渉ツールとして言っているだけであって、実行しないのではないかと私は思います。

Q:

対日政策においてはどのようなリスクが考えられますか。

フクシマ:

1980年代から一貫しているトランプ前大統領の言い分は、偉大だった米国がこんな悲惨な状態になったのは同盟国が米国を利用したからだという世界観で、1980年代の時点では日本がその張本人だったわけです。そういう意味で、日本に対して防衛面における負担を要求するでしょうし、彼はビジネスマンでもあるので武器輸出を強調するのではないかと思います。

しかし、私がより懸念しているのは、米国と朝鮮半島あるいは中国との関係で、それによって日本にも影響があるという点です。例えば米国軍を韓国から撤退させる、あるいは北朝鮮とディールを結ぶことで、日本にも影響が生じる可能性があります。

ただ、「プロジェクト2025」でまとめられた計画のように、トランプ氏には多くの実現したい国内政策があるので、少なくとも最初の2年間は、直接日本との関係で大きな変化はあまりないのではないかと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。