2024年米大統領選挙と国際秩序の将来

開催日 2024年10月2日
スピーカー 久保 文明(防衛大学校長 / 東京大学名誉教授)
コメンテータ 冨浦 英一(RIETI 所長・CRO・EBPMセンター長)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI上席研究員 / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

接戦が続くアメリカ大統領選挙だが、民主党候補のカマラ・ハリス副大統領と共和党候補のドナルド・トランプ前大統領の外交政策の考え方には大きな違いが見られ、今回のアメリカ国民の選択はアメリカの政治のみならず、法の支配に基づく国際秩序の将来にも多大な影響を与える可能性がある。本BBLでは、防衛大学校長であり、東京大学名誉教授の久保文明先生をお招きし、アメリカ大統領選挙の主要争点と、各政権が国際社会に及ぼす影響について分析と解説を行っていただき、さらに両候補の外交政策の違いがアメリカの対外関係や国際秩序に与える影響に焦点を当て、長期的な含意について詳述いただいた。

議事録

アメリカ政治における分極化

今年(2024年)のアメリカの大統領選挙は、単にアメリカの政治だけでなく、法の支配に基づく世界秩序にとっても非常に重要な意味を持ちます。冷戦終結以降、それなりの通用力を持っていた法の支配に基づく世界秩序は、現在深刻な危機に瀕しています。その背景には、ロシアによるウクライナ侵略、中国による国際秩序の一方的な変更の試み、北朝鮮による核ミサイル開発、さらにアメリカの内向き志向といった要因があります。

アメリカにおける現在の政治の分極化は、1970年代から始まり、2010年代半ばまで続いてきたものです。民主党は大きな政府を支持し、共和党は小さな政府を支持するという対立軸のもと、世俗的政策、宗教問題、そして外交路線において、両党間には長年にわたる対立が見られてきました。

2016年、トランプ氏の当選によって共和党は劇的な変化を遂げました。民主主義に対する敬意の喪失や権威主義的な傾向に加えて、反エリート主義、反エスタブリッシュメントの姿勢を強め、自由貿易協定への反対や、孤立主義的な側面を押し出す政党に変わってきた部分があります。

バイデン氏やハリス氏を支持するアメリカ人の世界は多民族・多人種、世俗派のコアリションであり、最近では左派の影響力が強まっています。この民主党の支持者は主に東・西海岸地域の大都市に住む、高学歴かつ高所得なグローバリスト層が中心となっています。

一方、共和党はトランプ氏の下で、より白人の政党、とりわけ低学歴の白人労働者を主要な支持基盤とする政党としての性格を強めました。人工妊娠中絶の禁止、不法移民反対、進化論教育の排除などを掲げ、信仰を重んじる人々を中心に支持を集めています。

接戦のアメリカ大統領選挙

今回、バイデン大統領は絶妙なタイミングでハリス氏を後継者として推薦し、民主党内での内紛なしに候補者を引き継ぐことができました。ハリス副大統領はジャマイカ出身の父とインド出身の母の間に生まれ、アメリカの黒人としてのアイデンティティーを持って育てられました。上院議員時代および2020年の大統領選挙に向けて立候補した時には左派路線でしたが、今は立場を中道に移したと考えられます。

民主党にとって厄介なのは、トランプ氏に対する国民の評価が現職時より上がっている点です。これはノスタルジアか、バイデン氏に対する低評価の反動か、あるいは単なる記憶の風化なのか、複数の要因が考えられますが、いずれにせよ、この状況をどう打破していくかが今後の選挙戦の課題かもしれません。

さらに、民主党が勝利シナリオを描けていない一因に経済問題があります。客観的にはアメリカ経済は好調であるにもかかわらず、多くの国民は不満を抱いています。経済に対する人々の見方を変えるには時間がかかるので、民主党がいかにしてこの状況を説明していくかが重要です。

Real Clear Politicsの世論調査によると、選挙戦当初はバイデン氏がリードしていたものの、最近はトランプ氏が優位に立っています。候補者がハリス氏に代わっても支持率に極端な変動は見られないままです。それは、多くのアメリカ国民が、特にトランプ氏に対して「是か非か」という点について、意見をかなり固めていることの反映であると思われます。

両候補の外交政策

日本は、岸田首相の下で防衛政策を大転換し、4月の日米首脳会談においても日本が貢献する体制を整えてきたと言えます。そんな中、トランプ氏が当選した場合、ロシア-ウクライナ戦争に対してどのような態度を示すかが大きな懸念事項ではないかと思います。トランプ支持者には孤立主義者からネオコン派までさまざまな思想を持つ層が含まれているため、人選を見ていく必要があります。

バイデン政権やハリス氏がウクライナを最大限支援していこうという立場であるのに対して、トランプ氏は海外への軍事的関与を縮小しようとしています。NATOをあまり重視せず、安全保障や民主主義を守ることへの関心が弱い一方で、関税に非常に強い執着を示しています。トランプ氏は権威主義的指導者に対して敬意を抱く傾向があり、同時に経済的な損得勘定で動く可能性もあります。

一説によると、2016年の大統領選挙ではトランプ氏が当選すると思わず、トランプ政権1期目は急ごしらえで作られたという話もありますが、今回は当選を見据えた十分な準備ができています。America First Policy Instituteやヘリテージ財団もトランプ派のシンクタンクといっていいような状態で、ヘリテージ財団は政策提言集「Project 2025」を作成しています。

こういった人的ネットワークやシンクタンクによって政治的なインフラストラクチャーが固められているため、トランプ氏が再選した場合、政権初日から相当思い切ったことをしてくる可能性があるので注視が必要です。

America First Policy Instituteが出した“An America First Approach to U.S. National Security”という本では、対中政策について触れるとともに、「力による平和 (peace through strength)」が強調されています。このように国際情勢における焦点はウクライナ問題ではなく、中国にあるのかと思います。

トランプ氏の影と国際秩序

アメリカの分断と内向き志向は、世界に対して間違ったメッセージを送る可能性があります。特に個人的に心配しているのは、習近平による自身の権力の過大評価と、中国がアメリカの軍事力、総合力、そして意志力を過小評価する傾向です。もしかするとアメリカそのものが敵対国から過小評価されやすい傾向があるのかも知れません。

トランプ氏の下で共和党はアメリカファーストの公約を掲げるようになり、支持者たちは急速に孤立主義的な立場を強めました。一方で、民主党はウクライナ支援に力を入れているという意味で、外交政策では相当大きな入れ違いが生じ、貿易関係では両党とも保護主義的な傾向を強めていると言えます。このような近年の共和党の劇的な変化は、トランプ氏の影響力の大きさを物語っているのかもしれません。

コメント

冨浦:
私からは、聴衆の1人として、先生にいくつか質問させていただきます。まず、共和党に対して、小さな政府に象徴されるアメリカの伝統的な保守的価値観を求める声があまり見られなくなったと感じています。最近では、新興産業による支持政党の多様化も見受けられますが、小さな政府を求める声の政治的影響力について、どのように考えたらよいでしょうか。

二番目は、中国への対応です。トランプ政権では短期的な損得勘定で中国と妥結する展開が考えられる一方で、ハリス政権では米中対立が冷戦状態に陥り、長期化する可能性も考えられます。この点について、ご見識を伺いたいと思います。

三番目は、孤立排外主義的な主張がトランプ候補だけでなくヨーロッパの多くの国々でも選挙で支持を集めていて、米欧やG7の意見合意形成に影響を与える可能性があると思うのですが、そうしたヨーロッパの流れとの関係をどのようにご覧になっているでしょうか。

最後は、国際通商秩序についてです。アメリカが主導してきたGATTやWTOをはじめ、その後のFTAやTPP、更に近年ではEUや一帯一路といった国際協定あるいは経済構想が出てきたわけですが、今後の展望についてご見解をお聞かせいただけますでしょうか。

久保:
最初の国内経済政策について、レーガン政権時に共和党の主流として支持された考えが小さな政府ですが、労働者に対するさまざまな支出も減らすというのは、共和党としてはやや理念に準じて痩せ我慢をしていた部分があったと思います。

しかし、トランプ氏は労働者に対してお金を使い、自由貿易にこだわる必要がないと、身をもって実証した部分があります。これは、共和党内での主導権の入れ替わりという文脈において非常に重要な論点で、小さな政府を求める声は以前より相当弱まったと考えていいと思います。

中国への対処としては、北朝鮮との間でもそうですが、トランプ氏は予測可能性が低い部分があるので、ハリス政権のほうが原則的なのではないかと思います。

ハリス政権の場合には、例えばG7やNATOとの関係は良好なままだと思いますが、トランプ氏の場合には、アメリカが多額の負担をしているという考えから、NATOに対する批判的な感覚が残るのではないかという気がします。ただ、自身に近い指導者がいるハンガリーなどには非常に強い関心を示す可能性があります。

欧州全体についてコメントすると、アメリカと同様に、ウクライナへの支援疲れや移民問題を背景とした国内の分裂も見られます。ただ、ウクライナ支援に関しては、安全保障上の脅威が深刻なところではNATOやEU、さらには各国がウクライナと安全保障協定を結んでがんばっている状況です。

国際通商秩序においては中国の台頭が非常に大きく、自由貿易主義的な考え方による「Flat World」という概念が流行った今世紀初頭とは異なる方向に行かざるを得ないと思います。そこは今までの発想と違った形でこれから世界貿易秩序を徹底的に考え直していく必要があると感じています。

質疑応答

Q:

議会選挙の行方、および政権と議会のねじれ状態について、見解をお聞かせください。

久保:

大統領選挙と連動する部分もあるので難しいところです。ただ、上院は民主党の改選数が多く、共和党多数になる可能性も高いと感じています。他方で、下院は僅差で競っている選挙区が多く、共和党が上下両院とホワイトハウスの3部門を制する可能性もありますし、民主党がホワイトハウスと共に勝ち抜く可能性もあるので、下院については五分五分です。

Q:

政権の変化によって世界秩序はどのような変化を見せるでしょうか。また、ウクライナ情勢やパレスチナ情勢といった現地の状況は、大統領選にどのように影響するでしょうか。

久保:

民主党としては和平の達成を願っているのではないかと思います。というのは、例えばガザで多くの人々が犠牲になったという記事が出るたびに、民主党支持の傾向が強い若者は選挙に行く意欲を失うことになると思います。共和党はイスラエルを支持し、それほど分裂の問題はないので、現地の状況が共和党支持層の投票行動に与える影響は比較的小さい気がします。

ウクライナ情勢については、ウクライナの状況が好転すればバイデン・ハリス氏に少し有利な形になるとは思いますが、今の段階では何とも言えません。トランプ氏は支援を打ち切る意向を示しているので、ウクライナにとっては厳しい状態になるでしょう。

中東については、トランプ氏とネタニヤフ首相はもともと親密であったこともあり、イスラエルが望む以上のさまざまなリップサービスから本当のサービスをする可能性もあると思います。

中国に関しては、トランプ政権内でも孤立主義的な人たちとタカ派の人たちで対応が分かれており、誰が安全保障担当のスタッフに任命されるかにもよるので、外交の方針を見定めるには時間がかかるかもしれません。ただし、台湾に対するコミットメントはバイデン・ハリス氏のほうが堅固かつ予測可能性が高く、トランプ氏の場合には条件次第で、実際には強い発言を控える可能性もあると考えられます。

Q:

過去最も良い関係を築いている日米関係ですが、日本は今後どのように対応すべきでしょうか。

久保:

ハリス氏は、基本的にはバイデン政権の延長なので中国に対する対応も考えやすいと思うのですが、トランプ氏は、中国をどのように見ているか、また、台湾への対応をどうするのかなど、何を考えているのかをつかむのに時間がかかるかもしれません。

日本としても、中長期的な日米関係の緊密化という大義の下で、ハリスであれトランプであれ、新大統領を納得させ、トップダウンで取り組むことができれば、地位協定の改定については協議が進展する可能性がないわけではありません。

Q:

最後に、参加者の皆様へメッセージをお願いします。

冨浦:

選挙前で見通しが立たない中、長期的な展望の中で考える必要があるというのは、非常に教訓になりました。

久保:

2016年、2020年以上に今回はどちらが勝つか分かりませんが、どのような事態が生じても対応できるよう備えておくことが重要です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。