開催日 | 2024年9月12日 |
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スピーカー | 森 知也(RIETIファカルティフェロー / 京都大学経済研究所教授 / 東京大学空間情報科学研究センター客員教授) |
コメンテータ | 梶 直弘(経済産業省 経済産業政策局 産業構造課長) |
モデレータ | 近藤 恵介(RIETI上席研究員 / 神戸大学経済経営研究所准教授) |
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開催案内/講演概要 | 日本の人口は2008年の1億2,800万人をピークに減少を続け、昨年(2023年)の日本人の人口減少は86万人と、実に100万都市が毎年1つ日本から消えていることになる。地方都市は衰退し、人口は大都市へと集中しているが、今後は大都市でも、周囲から人を集めながらも縮小が進むと予測されている。本セミナーでは、京都大学経済研究所の森知也教授に、都市経済学の視点から見た日本の地域経済の将来像、100年後の見通しを「悲観的な未来」と「楽観的な未来」として解説いただいた。人口減少に伴う経済・社会・家族の変化については、地球温暖化問題と同様に長期視点と危機感をもって、日本や人類の維持に向けた議論を始めることの重要性が明示された。 |
議事録
日本から人がいなくなる将来
国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、現在の日本の人口が約1億2,400万人(沖縄・離島を除く)から、100年後には中位推計で4,900万人、低位推計で3,400万人、今の東京の都市圏よりも少ない人口に減少するとされています。
日本の出生率は2022年に1.20まで低下し、上昇の兆しが見えません。また、2100年までにアフリカの6カ国を除く全世界で出生率が人口置換水準を下回る予測があり、移民による人口増加も期待できません。このペースで人口が減少し続けると、150年後には日本に住む日本人がいなくなり、200年後には日本から人がいなくなるという深刻な状況です。
ほとんどの人口が東京に住むようになるのか、あるいは各地域が同じ割合で縮小するのでしょうか。自動運転と仮想現実があたりまえの世界になったときに、都会も田舎もなくなるのでしょうか。本研究はまだ途中の段階ではありますが、2つの理由から、現時点での成果を早期に公開することを決断しました。1つ目は、日本の急激な人口減少の効果に関する定量的な分析がほとんど存在しないため、都市経済学の観点からその分析を行う必要があるという点です。政策や再開発の計画が、将来の現実と大きく乖離しており、それが次世代に大きなコストを残すことを指摘するためです。2つ目は、日本の人口減少に対処するために、社会や家族、個人の変化について議論を始める必要があり、そのきっかけを作るためです。
地域人口の予測に必要な要素
地域人口の予測のためには3つポイントがあります。まず1つ目は、人口集積としての「都市」を単位として地域をとらえること。2つ目は、「人口減少」「輸送・通信費用の減少」に注目することです。3つ目は、事実の再現性が高い理論に基づいて予測することです。経済現象は自然現象のようにデータが豊富に存在しないため、再現性が高い経済理論が必要であり、「経済集積理論」を用いて地域人口の予測を行っています。
本研究では、国勢調査の1㎢ごとの地域メッシュ統計データを使用し、人口密度が1㎢あたり1,000人以上、総人口が1万人以上の連続した地域を都市として定義しています。都市人口分布には秩序性(べき乗則)が見られ、この法則は国内全体だけでなく、地域レベルでも成り立つ相似構造を持っています。また、大都市と小都市群が入れ子状に配置される構造は日本だけでなく欧米やインド・中国などでも成立します。本研究の基礎になる理論研究として、私たちの研究グループは、都市人口分布の秩序を再現する経済集積理論を構築しています。そのような理論は、都市や地域経済の将来動向を分析する際の重要なガイドとなります。
輸送・通信費用の減少も、地域や都市の将来を考える上で重要です。戦後の50年間で、新幹線や高速道路網が整備され、日本全国が交通網でつながりました。また、通信技術の発展により、瞬時のデータ共有やビデオ会議も普及しました。「距離障壁の崩壊」です。今後、物理的な輸送では自動運転や物流の自動化が進み、通信技術では仮想現実の進歩により、物理的な移動の必要性がますます減少していくでしょう。
輸送・通信費用が減少していく状況では、国全体では大都市に向かって人口が集中し、個々の都市内では、都心の人口密度の低下を伴う人口分布の平坦化が進むことが、上述の経済集積理論では予測されます。そして、日本の過去50年はまさにその通りになりました。経済集積理論は、人口・輸送・通信費用の減少下での地域経済の長期予測にも応用できるものであると考えています。
過去50年の変遷
過去50年、「東京一極集中」のイメージ通り、大都市がより大きくなり、小都市が縮小するという傾向が見られました。輸送費が下がるにつれて、都市間の競争が激化し、小さい都市は淘汰される傾向があります。大都市は、競争に勝ち残りやすく、特に商圏が重複しないような、互いに遠く離れた大都市が成長します。このメカニズムが、国レベルでの人口集中を引き起こしています。
都市内部では逆に、人口密度は下がり、郊外で人口が増えるという、人口分布の平坦化が進行しており、全国レベルでの大都市への集中とは対照的に都市内での分散が見られます。リモートワークの普及が1つの要因として挙げられます。世帯は郊外の広い住宅を選ぶようになり、企業も都市のメリットが低下した結果、都市の内部での分散が進行しています。
100年後の悲観的な未来、楽観的な未来
100年後の予測で得られる示唆を「悲観的な未来」と「楽観的な未来」に分けて説明します。
まず悲観的な未来です。大都市では人口密度が半減から7割減し、タワーマンションや高層ビルが廃虚化していくと予測されます。現状は成長を続けている東京も、50年後には人口がピークに達し、その後は急激に下がり始めるでしょう。高層ビルは大規模修繕の時期に入るものの、人口が増えないため、修繕のインセンティブが薄れ、維持されずに放置される可能性が高まります。
また新幹線や飛行機といった地域間のマス輸送は交通需要の大幅な減少により、運行頻度が縮小する可能性があります。これにより、東京以外の大都市は交通の便が悪化し、その優位性が低下していくと予想されます。
地方においては、コンパクトシティ政策が限界を迎えます。持続可能なコミュニティーの閾値(人口10万人)が保たれる都市が減少するため、整備された都心部も廃虚化していく可能性があります。地方創生政策も、地方のインフラ維持が困難になり立ち行かなくなるでしょう。
続いて楽観的な未来です。大都市の人口密度が減少しても、低密度化はポジティブな面もあります。危険な場所への居住を抑制でき、災害に対して強靭で安全な都市作りが進むでしょう。また、高層ビルから低層建物への移行により、地域コミュニティーの再生や人々の交流が促進され、地域社会が豊かになる可能性があります。縮小していく都市の中で、交通網を効率的に集約し、自動運転や物流の自動化に適応した新たな交通インフラが整備されることで、より住みやすい都市に作り変えていくことが可能だと考えます。
地方においては、豊かな田舎への転換という方向性で、幹線道路から外れた地域で豊富な自然資源を生かし、収益性の高い一次産業に特化することで、自立した小規模な経済を形成する可能性があります。高齢世帯を拠点都市に集約し、若年層や働く世帯が豊かな田舎で働くモデルが実現できるかもしれません。通勤パターンが変わり、都会と田舎の間での双方向の移動が増えるかもしれません。「空飛ぶ自動車」などの新しい交通手段が実用化されれば、従来の鉄道やマス輸送に頼らない交通手段が普及するでしょう。
まずは議論を始めることから
家族の形をどのように維持または再考するかは、今後の大きなテーマです。個人主義が先鋭化し、結婚に基づいた家族の崩壊が進む中、家族という単位をどう再定義するかが問われています。まずは、北欧諸国のように、社会が子育てを支えるシステムを整備することが重要です。さらに未来を考えると、家族の形成がこれまでの自然な生殖プロセスに依存しない方法に移行する可能性もあります。村田沙耶香さんの小説『消滅世界』のようなフィクションで描かれている未来も、技術の進歩と社会の変化によって現実に近づくかもしれません。
現在、人口減少や家族崩壊の問題は、まだ広範に真剣に議論されているとは言い難い状況です。地球温暖化のように長期的な視点でとらえ、未来のための議論を今から始めることが重要です。例えば、地球温暖化についても、40〜50年前にはそれほど深刻に考えられていなかったものが、現在ではSDGsやカーボンニュートラルの取り組みが普及し、多くの人が200年先を見据えて動き始めています。同様に、今から人口減少や家族の未来に対して議論を始めることで、10年後、さらには100年後の日本や人類の維持に向けた解決策が見えてくるでしょう。
コメント
梶:
社会課題に着目した産業政策のうち1つは、「地方と人口」という問題でとらえています。また、今年(2024年)の春に「経済産業政策新機軸部会第3次中間整理」で発信したメッセージと、方向性に多くの共通点があると感じました。経済活動は行政区だけではとらえきれないものですが、こうして経済メカニズムで都市に着目することで、個人、企業にとっても新たな示唆を得られるでしょう。
政府全体でも少子化対策をしていますが、社会保障政策的なものだけでは不十分ではないかという問題意識があります。希望出生率の低下や、若者が東京に集中する背景には、地方での雇用の不足が大きな要因として存在しています。地方に魅力的な雇用を創出することが不可欠です。半導体や再生可能エネルギーなどの産業育成やサービスセクターの産業政策が、地方活性化につながると考えています。
テクノロジーの進展は、未来の産業構造や生活様式に大きな影響を与えるでしょう。デジタル技術の活用やカーボンニュートラルへの取り組みは、今後の経済の成長と持続可能性を確保するために不可欠です。デジタル、グリーン、地方の問題というのが同時にやってくる中で、現状維持ではかなり厳しいのだという危機感を持ちつつ、それをバネにして勉強しながら、明るい未来を作っていきたいところです。
今後、地方と都市、経済と社会、短期的な課題と長期的な視点を統合した議論を進めていくことが重要です。政策の策定や実行に際しては、こうした多角的な視点を持つことが、より良い未来への鍵となるでしょう。
質疑応答
- Q:
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高齢化が進むであろう100年後に、どのような都市、産業、家庭の在り方が考えられますか。また、都市環境はどのような変化があるでしょうか。
- 森:
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年齢構成の経済への影響は大きいと思われますが、適切なデータも理論も少ない状況で明示するのは難しく、今後の課題です。都市環境については、人口が増加しないので、今よりも公害も少なくなり、逆に住みやすくなっていくと思います。今まであった集中による負の要素というのはどんどん減っていくでしょう。
- Q:
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楽観的/悲観的な未来の分岐点はいつでしょうか。
- 森:
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約50年後だと考えています。20年程は、まだ慣性の法則が働いていますが、それが一気になくなって急激に変化するときが来ると予測しています。また、楽観的に考えても、人口減の速度を落とせる見込みはないでしょう。地域の在り方が変わるのは避けられないことですが、コストを抑える工夫はできるでしょう。
- Q:
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都市に人口が移動することによって、その地域の産業が消滅してしまうのでしょうか。
- 森:
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やはり人口減少によって産業の変化も避けられません。まず主要な3次産業ができなくなってきます。例えば内科、産婦人科、葬儀場などがなくなってくると、そこでは生活できなくなります。ただ、今後、遠隔地で医療を受けるなど、テクノロジーによって小さくても存続可能な地域は今よりも増える可能性はあるでしょう。
- Q:
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国と地方公共団体が広域連携して取り組むべきことは何でしょうか。
- 森:
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都道府県単位と都市単位はまったく異なるのですが、個別にではなく、できるだけ経済的な単位で、集積をベースにして考えるとよいと思います。また、コンパクトシティ政策を実施している地方都市の多くが衰退、消滅し、膨大なサンクコストが発生する将来を見据え、新たな政策立案者の選任も重要になってくるでしょう。
- Q:
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悲観的な未来にはどのような構造的な課題があるとお考えですか。
- 森:
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地方が抱える構造的な課題として、現在の地方創生の政策が、地方の非効率的な状態を維持し、1次産業への特化や効率化を阻害している可能性があります。地方は過大な人口を抱えており、特に高齢化によって医療サービスへの依存が大きくなっている。高齢者世帯が拠点となる都市に移動し、規模の経済を生かして集中的にサービスを提供する方が効率的かもしれません。現状維持ではなく、人口縮小や産業の特化を通じた効率化が重要でしょう。
- Q:
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人口減少に対応するための都市インフラの維持やスマートな縮小の方法とは、どのようなものでしょうか。
- 森:
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交通、医療、上下水道など、従来の固定的なインフラではなく、地域の人口やコミュニティーの規模、需要に応じて柔軟に規模を調整できるスケーラブルなインフラに移行するのがよいと考えています。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。