開催日 | 2024年9月9日 |
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スピーカー | 宮永 径((株)日本政策投資銀行 執行役員・設備投資研究所 副所長) |
コメンテータ | 井上 誠一郎(経済産業省大臣官房審議官) |
モデレータ | 五十里 寛(RIETIコンサルティングフェロー・研究コーディネーター / (株)日本政策投資銀行設備投資研究所 主任研究員) |
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開催案内/講演概要 | 日本経済は、消費と設備投資による内需中心の持続的な成長が期待されている。2024年度の大企業の設備投資計画は前年比21.6%増と、1980年代以降では最高水準の高まりを見せているが、その背景にはコロナ禍からの繰越需要だけでなく、脱炭素やデジタル化、人手不足の深刻化、国際的な対立の強まり、インフレや金利上昇などの構造的な変化への対応がある。本BBLでは、日本政策投資銀行執行役員・設備投資研究所副所長の宮永径氏を講師としてお招きし、日本政策投資銀行がこの8月に公表した「2024年度設備投資計画調査」に基づき、2024年度の設備投資動向や、その背後にある企業行動について解説いただいた。 |
議事録
設備投資動向
私どもは銀行として企業の投融資を支援する一方で、長らく調査研究もやっています。今日ご紹介する設備投資計画調査は8月6日に発表したもので、資本金10億円以上の大企業2,000社弱の回答をベースに、資本金1から10億円の中堅企業の回答も一部含んだものとなっています。
まず、設備投資動向ですが、23年度実績は前年度比6.9%増で、2年度連続の伸びとなりました。製造業の方が非製造業より大きく伸びる見込みで、これはGX、DXへ取り組むための投資が製造業で出てきている傾向があると見ています。投資水準としてはコロナ前を1割上回る想定で、コロナ後のリカバリーから次の局面に入ってくると期待しています。
国内設備投資の修正率は、リーマンショック後に下方修正幅が大きくなり、コロナ後にそれが一段と深くなっている状況です。投資の下振れ理由としては、無駄の見直し、工期の遅れ、確度が低かった投資の剥落、工事費の高騰が挙がっています。とはいえ、投資を見送ったものも計画は維持するということで、前年伸びないものが翌年繰り越されて実行された結果、強い投資の伸びが数年続いているのではないかと考えています。
業種別に個別の投資を見ていくと、日本企業が強みを持つシリコンウエハ、電子材料、電子部品、電池は、世界的な需要拡大に備えて増産の動きが引き続き見られます。今年(2024年度)出てきたものとして、卸売・小売ではECの強化、運輸では物流の効率化対応、空港機能や娯楽施設の拡充、そして系統用蓄電池や再エネ向けの送配電網への投資が民間レベルでもかなり出てきています。
投資動機に目を向けると、高度成長期以来大きなウエートを占めていた能力増強のための投資がリーマンショック以降は弱まり、その代わりに合理化・省力化、研究開発、新製品、維持・補修といった投資動機が伸びています。これは成長分野に一本足打法的に投資するのではなく、幅広い投資を行っていると解釈することもできます。
経営課題の解決に向けた設備投資
この調査では、ダウンサイドリスクと成長機会も併せて聞いています。リスクとしては、物価の上昇、人件費上昇、人手・後継者不足、為替変動、金利が挙がっていまして、チャンスとしては、生成AI等を含む新技術、サステナビリティ、産業政策の見直し、インフラの老朽化といった辺りに注目していることが分かります。
価格転嫁や賃上げもある程度進んできていますし、物流2024年問題は業界の在り方を見直す契機にもなっていまして、物流事業所だけでなく、荷主に当たる企業でも自動化のための設備投資が進んでいます。
多くの企業が技術者や熟練労働者といった人材不足を抱えており、人材確保に向けてOJT、OFF-JT、育児支援を含めて、さまざまな施策に幅広く取り組まれています。業務の削減・合理化、デジタル化・自動化、待遇改善や社内のコミュニケーション機会の創出の他、不妊・妊活相談窓口の設置や孫のための育児休暇制度など、企業にとって直接の利益にならないにせよ、人手不足の中でこのような取り組みが求められているのだと思います。
また、有形固定資産以上にデジタル化への投資は広く伸びています。今年(2024年度)はAI、IoTの活用が30%に上がったというのが特徴的で、製品の検査、物流、空調といったさまざまな形での活用が全産業で進んでいます。
サプライチェーンと海外投資
サプライチェーンを見直す契機としては、国際秩序の変化、半導体をはじめとする供給不足、価格の高騰が上位に挙がっています。海外拠点の国内回帰は例年の水準にとどまる中、海外の調達先の多様化や事業の需要地での事業拡大といった、分散型の議論がそれなりに出てきていまして、この傾向は変わっていないという印象です。
海外の生産拠点を強化する動きはアベノミクスの時期から若干見られていましたが、この1、2年は国内強化の動きが高まっています。海外拠点の国内回帰は5%だったにもかかわらず、国内の供給能力を強化する割合は高くなってきたということで、資本コストが高い中でも国内にはメリットがあるために強化する傾向があるのではないかと思います。
海外投資先としては北米や欧州が堅調に伸びている中、中国は下方修正が少し大きかったように感じています。その分、中国を除くアジアやその他が伸びており、米中対立をはじめ、少しシフトが見られます。
地域別設備投資と脱炭素
私どもの地域別調査はおそらく他に例がない調査で、投資を行う拠点の場所に基づいて配分しています。企業としてもそこまで整理をしていない会社もあるので幅を持って見ていただく必要がありますが、今回は北海道の伸びが非常に強いですし、これは近年の傾向ですが、北関東を含めて首都圏の伸びも強い傾向にあります。
首都圏は研究所も含めた機能がある程度あるので、投資が出てくる面もあると思います。東海や関西もそれなりに伸びていますし、九州は昨年の高い伸びに比べると若干鈍いものの、依然として大きな投資が動いていると考えています。
外資系企業や資本金が小さい企業は十分拾えていない部分も正直あるのですが、各地域の特徴として、素材系の産業において脱炭素の取り組みなどが幅広く行われています。省エネ、再エネに関しては全国的に取り組まれていますし、EVについては開発拠点があるところが中心ということで、東海で伸びが見られます。
私どもは支店を通じて各地からお話を伺うのですが、どうしても脱炭素というのは東京本社の大きい会社のほうが問題意識として感じていらっしゃって、地域のサプライチェーンに入るような中堅・中小ではまだ実感が湧かないという話も聞くところです。徐々にそれが広がり、さまざまな取り組みを地銀を含めて今トライしている状況だと思っています。
脱炭素が設備投資および研究開発に占める割合は、この2年ほどあまり動きがありません。脱炭素に取り組む企業が増えてきているのは事実ですが、長丁場でもあり、それぞれで取り組みを進めている途中であると考えています。
脱炭素への取り組みは設備投資などの入れ替えの契機になる一方で、素材系や多排出の業種を中心に技術的な問題は大きいところですし、販売価格への転嫁、需要が不透明であること、調達先の制約といった議論もあるところで、この辺りは時間をかけて解決していく必要があると思っています。
コメント
井上:
日本政策投資銀行の設備投資調査は景気動向を見るという観点からも、また、政策当局にとっても、非常に貴重な情報源となっています。私の方からは、政府の取り組みについてお話しさせていただきます。
昨年(2023年)12月、11府省庁連名で、「国内投資促進パッケージ」を取りまとめました。GX、DXなど分野別の戦略投資、研究開発などの横断的な取り組み、グローバル市場を見据えた取り組みの3つの柱からなるもので、各省庁の200強の施策をまとめたものです。全国各地で補正予算の施策を受けて、すでに投資案件も動いている状況です。
いくつかの施策をご紹介させていただきます。まずGX関係では、経済産業省が中心に取り組んでいる「成長志向型カーボンプライシング構想」による投資促進パッケージがあります。今後10年間で150兆円超の官民GX投資の実現を掲げて、20兆円規模の大胆な先行投資支援を行っていくことをコミットしています。「GX経済移行債」を発行し、そこから上がってくる収入を将来の償還財源としてGXビジネスの発掘に取り組もうとしています。
また、本年度(2024年度)の税制改正では、電気自動車等、グリーンスチール、グリーンケミカル、SAF、半導体を対象に、「戦略分野国内生産促進税制」を導入しました。これは生産段階でのコストが既存製品に比べると割高なものについて、生産・販売量に応じて税額控除を行うことで投資を促す、というものです。
その他、先端半導体の国内生産拠点の確保や、ポスト5G情報通信システム基盤強化のための研究開発の後押しも行っているところです。また、中堅・中小企業の支援においては、深刻な人手不足の中で生産性を向上させるため、昨年度(2023年度)の補正予算でも1000億円を確保し、上限50億円という類を見ないような施策で大胆な成長投資を促しています。
最後に、宮永様への質問として、為替レートと設備投資の動向との関係について伺います。過去のリーマンショックのときは円高方向に推移し、国内ではなく、海外投資が加速しましたが、現在は円安方向に進展しています。為替変動が国内投資に与える影響をどのようにご覧になっていますか。
宮永:
本来は、円安が進むことで輸出製造業を中心に国内での採算が良くなり、設備投資につながるので、円高に向かう場合はマイナス方向になるというのがスタートラインだと思います。ただ、円安は設備投資の伸びにそれほど影響していないのではないかと思います。
10年ほど前から価格競争力が(輸出の)量につながらないという傾向がありますし、単なる能力増強だけでなく、企業あるいは経済全体の高度化を目指した投資が今の設備投資を支えていると考えると、必ずしも円安が是正されるとともに投資も弱まるわけではないと考えています。
為替も購買力平価対比でいえばまだまだ円安だという見通しもある一方で、収益面では輸出製造業の決算には影響が出ますし、足元の収益が投資を決める部分は当然あるので、注視が必要だと思っています。
質疑応答
- Q:
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長期金利が1%上がった場合、円高株安にはどの程度影響があるでしょうか。
- 宮永:
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借入金利が上がる場合、企業にとってはマイナスにならざるを得ない一方で、資本コストの上昇が制約になる程度はそれほど大きくないのではないかと思います。金利が1%上がっても物価上昇率が2%という状態であれば、絶対的な実質金利の負担はそれほどないという見方もできるかもしれません。現状に比べれば金利が上がることは間違いないので幾分は影響が出るリスクはありますが、それによって投資が弱まるということはないと考えています。
- Q:
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投資動機としての能力増強は3割弱とのことですが、これは国内生産が増える方向なのでしょうか。それとも維持更新にとどまる方向なのでしょうか。
- 宮永:
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日本の製造業についていえば、鉱工業の生産規模などは過去のピークから下がっていまして、元に戻るのは難しいと私は見ています。ただ、高付加価値化によって内容の質の改善や生産性を上げていく余地があることを今回の結果は示していて、この数年間が3割弱で横ばいだからといって、付加価値ベースの生産が横ばいにとどまるわけではないと考えています。
- Q:
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国内投資領域はDXや半導体あるいは研究開発と考えてよろしいでしょうか。
- 宮永:
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投資動機でみると、大きな変化がなく、合理化・省力化はむしろ低下しているが、維持補修に紛れているものが少なくないと考えている。別の問いなどからみると、物流問題に対する自動化投資、より高効率なものに置き換えていく維持・補修になっているとみられる。研究開発と併せて、プロセスとプロダクト自体の高度化といった動きが進むものと期待しているところです。
- Q:
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最後に、視聴者の皆様へメッセージをお願いします。
- 井上:
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継続的な賃上げのためには国内投資やイノベーションの創出が重要です。官民連携のもと、官も一歩前に出て取り組んでまいりますが、最後は民間企業の積極果敢な投資が大事になります。引き続き関係者の皆様のご理解、ご協力をお願い申し上げます。
- 宮永:
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数字自体は非常に強いと報じられる部分もありますが、中身を見ていくと、まだバラ色とまでは言えない状況です。実質水準でも投資が伸びていき、それが企業もしくは経済全体の競争力になっていくように、われわれも現場の情報も踏まえながら、いろいろな視点を今後もご紹介していきたいと思います。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。