開催日 | 2024年7月24日 |
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スピーカー | 大湾 秀雄(RIETIファカルティフェロー / 早稲田大学政治経済学術院 教授) |
コメンテータ | 相馬 知子(経済産業省経済産業政策局経済社会政策室長) |
モデレータ | 山口 一男(RIETI客員研究員 / シカゴ大学ラルフ・ルイス記念特別社会学教授) |
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開催案内/講演概要 | 男女賃金格差解消は、労働供給を増やして少子化を解消するために、政府や企業が連携して取り組むべき喫緊の課題である。経営者が、チャイルドペナルティ、男性の育児休業取得、ジェンダーバイアスといった問題の解消にどうコミットするかはとりわけ重要で、情報開示とデータ活用をうまく活用することが、実効ある施策の導入につながる。本BBLではRIETIファカルティフェローで早稲田大学政治経済学術院の大湾秀雄教授に、問題とされつつも長らく解決されてこなかったこれらの課題、および女性が活躍できる就労環境を整備していく上で取るべき施策についてご講演いただいた。 |
議事録
男女賃金格差の解消がなぜ難しいか
日本における男女賃金格差は、男女雇用機会均等法が施行された1986年には41.6%でしたが、2006年には33%、2023年には22%と、おおむね20年につき10%ずつ縮小しています。しかし、改善のペースは遅く、また日本の場合は企業内格差が大きいのが特徴です。また、4分の1の大企業が男女賃金差異の開示に消極的な姿勢を示している状況です。
では、なぜ格差解消に時間がかかるのかをゲーム理論を使って考えてみたいと思います。企業の対応として、「女性を差別する」と「男女公平に扱う」という2つの選択肢、家計の対応として、「女性が家事・育児を担う」と「夫婦で平等に分担」という2つの選択があったとします。
家計の利得と企業の利得の組み合わせを見ていくと、家計が「夫婦で平等に分担」し企業が「男女公平に扱う」ことが双方にとって最適になる「ナッシュ均衡(すべてのプレーヤーが、自分以外の他のプレーヤーの戦略に対して、最適戦略を選んでいる状態。)」が現れます。この均衡が社会的に望ましい効率的結果なのですが、家計は「女性が家事・育児を担う」を選択し、企業が「女性を差別する」組み合わせもナッシュ均衡で、現実の世界をよりとらえています。この均衡から一方的に戦略を変えると損をしてしまうためにこの非効率な均衡から抜け出せなくなる、「囚人のジレンマ」と呼ばれる状況が生じています。
この状態を打破するにはゲームの利得を変える必要があり、1つ有効と考えられるのが、人的資本情報の開示です。開示を通じて企業のダイバーシティ施策が進み、それに伴って企業に対する株主の評価が上がることで、企業の行動を変革することが期待されています。
男女格差の問題は少子化問題とも密接に関わっています。就業率と出生率の関係は負の関係と正の関係を作り出す効果があります。負の関係を作り出すものを代替効果と呼び、女性の就業率が上がることで子どもを育てる時間が減るために、子どもを作らないという選択が取られやすくなるというものです。
一方で、正の関係には所得効果として、女性が働くことで家計に経済的な余裕が生まれ、子どもを作るという行動が取りやすくなるといった関係があります。ただし、所得効果は子どもの有無に関して強い相関があるものの、所得が増えても、必ずしも子どもの数は増えないという研究もあります。
この負の代替効果を弱めるためには、保育園の整備等をはじめとして、女性が働きながら育児をしやすい環境を整えるとともに、男性の育児休業取得率を上げることで家庭内分業を変えていくといったことが挙げられます。
また、所得効果を高めるものとしては、女性が子どもを持つと所得が減るといったチャイルドペナルティ、あるいはマミートラックを解消するような政策が少子化問題の緩和と同時に、男女賃金格差の是正にもつながるわけです。
企業が取り組むべき5つの課題
私は、企業が男女賃金格差に取り組むべき課題は5つに整理できると考えています。1つ目が男性育児休業取得率の引き上げ、2つ目がチャイルドペナルティの解消、3つ目が育成、職務配置、評価における男女格差の解消、4つ目が性別職域分離の解消、そして5つ目が男女の情報格差の解消です。
今、政府が力を入れているのが1つ目の男性の育児休業取得率の引き上げですが、個々の企業は政府が決めたからやるというのではなくて、人材獲得策の一環として行うべきだと考えています。男性の働き方を変えるため、育児休業者を抱える部署への人員などのリソース提供、あるいは業務の自動化・合理化の推進が大事だと思います。
加えて、男性社員へのメッセージングも重要だと考えています。日本における男性の育児休業取得率の低さは、周りが自分の育児休業取得を望んでいないと過度に認識する認知ギャップが原因だとする研究も発表されています。そうであれば、会社としても男性社員の育児休業取得を支援するという強いメッセージを発信することが非常に重要です。
評価や役割配分におけるジェンダーバイアス
5つの課題のうち3つ目の評価や役割配分におけるジェンダーバイアスに絞って話をします。評価の典型的な流れの1つに、部下の自己スキル評価の後で上司がスキル評価を行い、それに基づき役割/業務配分が行われ、役割と業績評価に基づき昇進を決めるというパターンがあります。日本のビジネスサービス会社1社のデータを使って、男女格差が生じる原因の1つに、社員による自己評価、あるいはそれを基にした上司の評価の段階で生じるバイアスがあることが分かってきました。スキル評価が自己・上司共に低く、そのため責任のある仕事が与えられず、昇進にも影響が出ているという関係が見えてきたのです。
その理由として、いくつかの先行研究でも報告されているように、女性は男性よりも自己評価や自己アピールが控えめであるという性格特性が挙げられます。役割/業務配分でも男女差は拡大し、特に、既婚女性あるいは6歳以下の未就学児のいる女性は役割等級を下げられている傾向も確認されました。
このような女性の行動特性に起因する過小評価、あるいはジェンダーバイアスによる男女差は断ち切る必要があります。その対応策として、自己評価を上司に伝えることを避ける必要があります。上司は部下の自己評価を参照点として調整をするアンカリング効果を生むと言われています。つまり、上司が自己評価で生じた男女差を完全に解消することは期待できません。
また、女性に対してのフィードバックを増やすことも重要です。自己奉仕バイアスの低さが原因である場合、本人が自分のスキルによる貢献を正しく認識していない可能性があるので、上司が部下のスキルの向上や貢献度を褒めることで認知バイアスを補正することができます。
加えて、客観的な評価基準を設定し、データを活用したジェンダーバイアスの可視化によって、上司、部下共に意識を高めることが大事です。ジェンダーバイアスへの理解を持ったメンターを増やし、多様性に対する組織の責任を確立することで、女性に対して自己アピールや交渉をしてもよいというメッセージを発信していく必要があります。
情報開示を格差解消につなげるために
日本では、女性活躍推進法に基づき、従業員数が300人超の大企業に対して、一昨年(2022年)から男女の賃金差異の公表が義務付けられました。去年(2023年)から有価証券報告書での開示が求められた項目もありますし、来年(2025年)4月からは育児・介護休業法に基づき男女別の育児休業取得率の公表が義務化されます。
他国でも男女賃金差の一般への開示を義務付けたり、従業員への報告を義務付けている国もあります。しかし、従業員への報告だけではなかなか法令に遵守した形で公開されていないという問題もあるようです。
現在、厚生労働省のガイダンスでは男女の賃金差異を単純な平均比較で求めていますが、多くの企業で男性社員と女性社員の属性分布が大きく異なるため、本当の姿が見えないという問題があります。また、単純平均比較では、時系列で見たときに必ずしも企業努力がKPI(重要業績評価指標)の改善に表れないことがあります。回帰分析などを用いて、年齢、学歴など基本属性が同じ男女にみられる賃金差を計算する必要があります。
こういった情報開示を格差解消につなげるためには、組織的な責任を明確にして、戦略の一環として男女賃金格差縮小のための取り組みをする必要があります。そして、データを活用することでさまざまなギャップを可視化すると同時に、KPIを設定して、施策効果をモニタリングしていくことが重要です。
コメント
相馬:
昨今、人的資本経営の流れもあり、企業によるさまざまなデータ開示に加えて、女性の活躍を推進するための取り組みに関する定性的な情報開示も非常に進んできていると感じています。投資家もそういった非財務情報にも着目しているので、企業におけるそういった取り組みは企業価値の向上とともに、労働市場からの評価にもつながっていくと考えています。
日本における女性の役員比率は、OECD諸国やG7諸国と比較しても大変低い状況が続いています。政府は、昨年(2023年)、プライム上場企業を対象に、2030年までに女性役員比率を30%以上にするという目標を掲げたところです。
男女別に見た生活時間の国際比較を見ても、日本は女性の方が家庭での無償労働に費やす時間が多く、男性も家庭の中での責任を果たしていけるような社会環境を作っていくことが引き続き重要であると考えています。
そういった中で、経済産業省で実施している女性活躍・男女共同参画の取り組み事例を2つご紹介します。1つ目が東京証券取引所と共同で実施している「なでしこ銘柄」です。これは、女性活躍に優れた上場企業を魅力ある銘柄として投資家へ紹介することで、企業の取り組みを加速させるというものです。昨年度(2023年度)からは、「Nextなでしこ共働き・共育て支援企業」として、性別を問わずに共働き・共育てをしやすい企業の選定および公表も行っています。
もう1つが、企業横断型のメンタリングプログラムです。令和4年度に、企業横断でメンターとメンティーのペアを作り、半年間にわたってメンタリングを実施していただきました。アンケート結果では、昇進に対する意欲の向上や自信につながったという声もあり、そのノウハウを『PLAYBOOK』としてまとめて、ウェブで公表しています。
また、政府は、女性の職業生活における活躍推進プロジェクトチームを設置し、省庁横断でメンバーを集めて、業界に着目した賃金格差に関するデータの分析、アクションプラン策定に向けて関係団体との議論や調整を行っているところです。こちらもウェブサイトから中間とりまとめの概要をご覧いただけます。
最後に、先生に質問させていただければと思うのですが、企業が格差解消の課題に取り組む上で、まずは何から始めればよいのでしょうか。企業規模で異なるアドバイスがありましたら、併せて教えていただければと思います。
大湾:
先ほど、企業が取り組むべき課題を5つ挙げました。男性の育児休業取得率の引き上げは労働市場あるいは資本市場に影響を与えるものなので、どの企業も取り組むべき最重要課題だと思います。
チャイルドペナルティの解消には、業務の棚卸しをして、自動化や業務支援ツールを活用しながら柔軟な働き方ができる業務プロセスを確立する必要があります。
ジェンダーバイアスに関しては、データがある程度一元管理されていて、分析できる人間がいる企業は可視化を進めていき、それに基づいて手を打つことができると思います。
性別職域分離においては、まだ偏見や先入観がたくさんあると思います。思い込みで女性をスクリーニングから外しているようなところがあれば、それはすぐにでも解消すべきです。
また、企業横断的なメンター制度はどの企業でも取り組める課題だと思うので、できるところからやることが重要だと思います。
質疑応答
- Q:
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欧米では臨時雇用などで育児休業を補填する方法が多い一方で、日本は現場でそれを吸収する傾向にありますが、それについてどうお考えですか。また、企業によっては育児休業中の女性の給与を、その女性の担当していた業務を負担することになった人たちへ分配するといった制度を採用する企業もあるそうですが、チャイルドペナルティを減らすためにはどのような方法が有効でしょうか。
- 大湾:
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欧米と日本の違いを考える上で一番重要な差異は、職が標準化されていないということです。職が標準化されているほど、業務を切り取って、短期で入ってきた助っ人にそれを任せるという対応策が取れると思います。それがなかなかできない職場が多いのが問題で、職務の標準化あるいはスキルの標準化は取り組むべき大きな課題だと思っています。
また、育児休業中の女性の給料を同じ職場の人に払うという方法ですが、短期的には職場の同僚の協力を得やすくなるかもしれませんが、いろいろなニーズの方々がいらっしゃる中で、一律にお金でその負担を担ってもらうというのはなかなかできない施策だと思います。
それを考えると、お金で補償するよりも負担を下げる方向で、外から労働力を短期的に入れる、もしくは業務の仕方を変える、他部署との関係性の中で仕事を効率化していくという方法が正攻法ではないかと思います。
- Q:
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女性の自己評価が低くなりやすい傾向への対策として、男女共に教育課程を通じて介入できる方法はありますか。
- 大湾:
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日本の女性の自己奉仕バイアスが低いのは、男の子なのだから、女の子なのだから、といった日本の子育ての文化的な背景も1つあるように思うので、そういったものを改めていく必要があると思います。
また、学校教育の成功例の1つとして、1990年代頃から中学校の技術・家庭科を男女共修にした結果、新しい教育を受けた人たちの中で、男性の家事・育児参画が増え、女性のフルタイム雇用や所得上昇に有意な改善をもたらしたということが先行研究でも明らかになっています。やはり教育の重要性は高いですし、ジェンダーバイアスをなくすことを意識して小中学校の先生が生徒さんに教育することが非常に重要だと思います。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。