通商白書2024

開催日 2024年7月23日
スピーカー 相田 政志(前経済産業省通商政策局企画調査室長)
コメンテータ 冨浦 英一(RIETI 所長・CRO・EBPMセンター長)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI上席研究員 / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

通商白書は1949年の通商産業省の創設とともに発行が開始され、その後70年以上にわたり激動する世界と日本との写鏡となってきた。7月9日に閣議配布された「令和6年版通商白書」では、ルールベースの国際貿易秩序の再構築、成長著しいグローバル・サウスとの連携強化、透明・強靱で持続可能なサプライチェーンのための同志国の協調、そして円安が進む中での輸出力の強化の重要性等を明らかにしている。本セミナーでは、同白書を執筆・編集された前経済産業省通商政策局企画調査室の相田政志室長を講師としてお招きし、白書から得られる教訓とわが国の取るべき方向性について解説いただいた。

議事録

通商白書の概要

経済産業省で作成している中小企業白書・小規模企業白書・ものづくり白書・エネルギー白書は法律に基づく法定白書であるのに対し、通商白書は法律に基づかない非法定白書であり、毎年、閣議で配布した後、公表しています。今年(2024年)で76回目の発行を迎えました。国際経済動向や通商に影響する諸外国の政策の分析を通じて通商政策の形成に貢献するとともに、国民に対して通商政策を基礎付ける考え方や方向性を示すことを目的として作成しています。

今年の通商白書の主要なメッセージは2本の柱から成ります。第一に、世界経済の分断の危機が見られる中、ルールベースの国際貿易秩序の再構築や、今後高い成長が見込まれ、重要鉱物・物資等のサプライチェーン強靱化の観点からも重要なパートナーとなり得るグローバル・サウス諸国との連携強化が重要であることです。また、特定の国への過度な依存によるリスクが顕在化していることを踏まえ、公平な競争条件を確保し、透明・強靱で持続可能なサプライチェーンを構築するために同志国で協調していくことが重要であることを指摘しています。

第二に、円安が進む中でも輸出数量が伸び悩んでおり、生産・調達の国内回帰の機運が高まる中で輸出力の強化が課題であることを示しています。また、わが国製造業の8割を占める、部素材の供給を通じて間接的に輸出に貢献している間接輸出企業による新規の海外展開や、中堅企業を含めてグローバルな競争に勝ち抜ける企業の育成が重要であることなどを指摘しています。

世界とグローバル・サウス

IMFの「世界経済見通し」によれば、GDPは2010年代後半の平均成長率を大きく下回るというのが2024年4月の見通しです。インフレは依然として高水準であるものの、落ち着きつつあります。各国の金融引き締めにも出口の兆しが見え始めています。

ただし経済の回復には国・地域ごとに差が見られます。米国で底堅い経済成長が続く一方、ユーロ圏ではエネルギー供給懸念等もあったことから、経済の回復が弱い状況です。新興国経済では、インドの高成長が際立っており、ASEANも底堅く推移しています。世界のグローバル・バリューチェーンにおいて中心的な役割を果たしている中国は、存在感は依然として大きいものの経済成長が減速している様子がうかがえます。

こうした中、JETROの「2023年度海外進出日系企業実態調査 (全世界編)」から作成した海外進出日系企業の今後1~2年の事業展開意欲を国別に尋ねたグラフからは、インドをはじめとしたグローバル・サウス諸国で事業拡大意欲が旺盛であることが分かります。

中長期的な世界経済の展望と、新興国・途上国との連携強化・共創実現

次に中長期的な視点に移り、2022年を起点として推計した50年後のGDP規模(1人あたりGDP見通し×国連の人口見通し)についてご紹介します。新興国・途上国の経済規模や貿易に占める割合は高まる見込みで、とりわけ1人あたりGDPと人口成長の双方で大きな成長が見込まれるアジアの存在感が経済規模、貿易の双方において大きくなる見込みです。

欧米諸国は人口は伸びませんが、1人あたりGDPが大きくなることで経済規模が大きくなることが見込まれています。また、アフリカも現在の1人あたりGDPの水準が非常に低いものの、人口が大きく成長することが見込まれており、これにより経済規模が大きくなることが見込まれます。

新興国や途上国が今後さらなる成長発展を遂げていくためには、ガバナンス・対外開放・イノベーションという3つの要素がカギとなります。ガバナンスの向上や対外開放の促進、イノベーションの実現を後押し・支援することを通じて、新興国・途上国との連携強化と共創を実現できるでしょう。

ルールベースの国際貿易秩序の再構築と同志国との協調

また現在、世界経済の不確実性が高まる中、米中対立やロシアによるウクライナ侵略により貿易のブロック化など、世界経済の分断の深刻化が懸念されています。分断を悪化させないためにも、ルールベースの国際貿易秩序の再構築が急務です。

また、特定の国への過度な依存によるリスクも顕在化しています。4,000以上の品目の輸入における特定国への依存の状況をハーシュマン・ハーフィンダール指数という指標を用いて国際比較したところ、日本は米国、ドイツと比べても輸入の特定国への依存の傾向が強いことが分かりました。品目では、日本では機械類の輸入依存が最も高いという特徴があります。日系製造業のグローバル・バリューチェーンが影響していると考えられます。

輸入を特定の国に依存することはサプライチェーン上のリスクであり、分散化が急務です。分散化を進めていく際は、公平な競争条件を確保し、透明かつ強靱で持続可能なサプライチェーンを構築するために、同志国で協調していくことが重要です。

ルールベースの国際貿易秩序の再構築とグローバル・サウスとの連携強化、サプライチェーンの強靱化は、個別に進めていくのではなく、総合的に取り組む必要があるでしょう。

円安下での輸出競争力強化が課題

わが国の稼ぐ力を経常収支の動向から見ると、2000年代前半までは貿易収支で稼ぐ構造でしたが、2000年代後半以降は貿易赤字方向に振れやすくなり、海外現地法人からの投資収益等による第一次所得収支で稼ぐ構造へと変遷しています。

2022年は過去最大の貿易赤字に直面するも、鉱物性燃料価格の落ち着きから貿易収支が改善、過去最高水準の第一次所得収支に支えられ、2023年は赤字幅が縮小しました。サービス収支もインバウンドの回復で赤字幅が縮小する一方、デジタル部門の赤字が拡大傾向にあり、人材育成も含めたデジタル部門の稼ぐ力の強化が課題です。また、日本の強みである知的財産権等使用料、コンテンツの輸出強化を図っていくことも重要でしょう。

昨今の円安進行においてもなお、日本の輸出は伸び悩んでいます。背景には、円安による輸出数量押し上げ効果が現れるには一定期間を要することや、輸出によるメリットを数量ではなく為替差益に求める企業行動もあると考えられますが、今後の輸出競争力の強化も課題です。また、化石燃料価格の落ち着きで、貿易赤字圧力は弱まったものの、交易条件改善も課題です。

着目すべきは間接輸出企業

今回、自分自身では直接輸出はしていないものの、自社の製品の納入先を通じて間接的に輸出に貢献している企業、いわゆる間接輸出企業に焦点を当てた分析も行いました。輸出力の強化は、わが国の製造業全体の8割を占める間接輸出企業にも裨益します。また、これらの企業は潜在的な新規輸出企業でもあります。リソースや情報・ノウハウ、輸出開始に伴うリスクに対する支援が輸出開始・拡大の後押しになり得るでしょう。

国内企業の競争力を強力に後押しし、グローバルな競争に勝ち抜ける企業の育成が重要

また、グローバルな活動を行う企業の多くは、国内経済にも貢献しています。海外現地法人を有するグローバル製造業企業と、海外現地法人を有しない国内製造業企業を比較すると、グローバル製造業企業は、よりわが国の雇用や投資に貢献しており、無形資産投資も活用し、成長拡大を実現しています。この分析で着目すべきもう1つの点は、海外現地法人を有しない国内中堅企業(製造業)が、グローバル製造業企業よりも国内への雇用や投資に積極的であるということです。中堅企業を含む国内企業の競争力を強力に後押しし、グローバルな競争に勝ち抜ける企業の育成を支援していくことが重要です。

コメント

冨浦:
白書では毎年各国の経済動向を整理する部分がありますが、今年は「グローバル・サウス経済」という節が設けられている点が、新しい試みだと思います。ただ、グローバル・サウスといっても、各国それぞれ異なる課題を持っていますので、ひとくくりにするのではなく、非常に慎重にとらえようとしている様子もうかがえました。

もう1つの印象的な試みは、50年後の経済予測です。大胆な予測だと思いますが、アジアの占める割合が非常に大きくなるという予想には納得が行きます。貿易の流れについては、貿易の標準的なモデルである重力理論に基づいて試算されていましたが、人為的な貿易政策の影響も受けること、世界経済の分断を考慮すると、今までと同じように貿易が拡大すると前提としてよいものか、やや慎重であるべきではないかという感想を持ちました。あくまで過去の趨勢から見た推計であるという点に留意して読む必要があるでしょう。

成長を促す要因については、特にガバナンスが過去よりもこれからの方が重要になってきます。また、世界経済が分断に進む中で対外開放を確保するには非常な困難を伴いますので、成長に下押し圧力がかかるリスクに対する警鐘としてとらえることもできます。

次に、特定国への輸入依存度などについて非常に詳細な数字を示していただきましたが、白書の本文の方では、今回ご紹介いただいた以外にも産業連関表の投入・産出連鎖を辿り依存度を計算するというデータも示されており、重要な情報であると感じました。また、間接的に輸出に関わる企業をあぶり出すという分析は、非常に意欲的な取り組みであるという印象を持ちました。

世界経済の分断がグローバル展開への逆風となり、中小企業が輸出を始めるには大きなリスクが伴うため、特段の支援が不可欠でしょう。あるいは、国内生産回帰に向けて、有形固定資産への投資も注目を集めていますが、同時に無形資産への投資も非常に重要になってきているということがくみ取れました。

相田:
依然として多くの人々が世界経済の分断に対する危機感を抱き続けており、重要な関心事となっています。今回は人口と1人あたりGDPの動きに沿って、中長期の貿易に与える影響を機械的な試算で示しましたが、そこには、分断の懸念はあるにせよ、それでもなお力強く成長するグローバル・サウス諸国の成長ポテンシャルをぜひ絵姿として見せたいという思いがありました。

また、間接輸出企業に焦点を当てた理由として、円安という好条件下で輸出を伸ばし、日本経済に寄与することの重要性があります。直接輸出をしている企業は全体の一握りですが、間接的に関わっている人々は大勢います。輸出を伸ばすことで得られる利益は、地域の中小企業、中堅企業にも広く裨益することを知っていただきたいと思います。

今後の課題だと感じる点は、ご指摘をいただいた間接輸出企業の分析です。今回は東京商工リサーチのデータを用いて、把握可能な範囲での分析を試みたのですが、おそらくとらえきれていないものの、実際は輸出をしている企業はあるでしょう。さらに詳細なデータを用いて分析をし、実態を深掘りしていく必要があると思っています。

質疑応答

Q:

中長期的に見て世界経済の成長トレンドから下振れするリスクとしてとらえられるものは何でしょうか。

相田:

アフリカ諸国やアジアの開発途上国の多くが、ガバナンス、対外開放度、イノベーションのスコアも低い状況でトレンドからも大きく下振れており、成長実現の課題を多く抱えているといえます。

Q:

経済安全保障のリスクを分析する上で、ハーシュマン・ハーフィンダール指数は有用だと感じます。経済安全保障推進法の「特定重要物資」11品目についても、この指数を用いた分析は可能ですか。

相田:

おそらく可能です。少なくとも日本の貿易統計であれば非常に細かい品目で国別のデータが利用できます。また、今回白書の分析でも使用したGlobal Trade Atlasという諸外国も含めた貿易統計を収録したデータベースが活用できれば、他国と日本の比較分析も可能になるでしょう。

Q:

日本のこれからの進むべき道として、輸出立国日本という方針でよいのでしょうか。あるいは投資に注力すべきとお考えですか。

相田:

現状の日本は投資で稼ぐ国になっていますが、これは経済合理性が働いた結果なのだろうととらえています。しかし、輸出立国日本という方向への舵切りを推奨する意図では決してありませんが、国内が置き去りになってしまうのではないかといった危機感から、白書では輸出が重要であるという問題意識を強調しつつ、間接輸出で貢献している企業の存在に焦点を当てました。

冨浦:

モノの輸出だけではなくサービスも含め、いかにして日本が成長率の高い経済活動に関与していけるかが重要だと考えます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。