開催日 | 2024年7月19日 |
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スピーカー | 早川 卓郎(製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジーセンター所長) |
スピーカー | 稲葉 重樹(製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジーセンター専門官) |
スピーカー | 萩原 大祐(筑波大学生命環境系准教授) |
スピーカー | 坂元 雄二(バイオインダストリー協会企画部部長 / 日本バイオ産業人会議事務局次長) |
モデレータ | 佐分利 応貴(RIETI上席研究員 / 経済産業省大臣官房参事) |
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開催案内/講演概要 | 環境意識やエシカル消費の高まりを受け、食肉や皮革、石油製品の代替品をカビやキノコなどの菌類から作り出す技術、マイコテクノロジー(以下マイコテック)が注目を集め、成長している。古来より麹菌等による発酵食品に親しんできた日本はこの分野で世界をリードできるだろうか。 |
議事録
日本が目指すバイオエコノミーとNBRCの取り組み
早川:
現在、バイオテクノロジーは、医薬品などの医療分野だけではなく、食料などの農林水産分野、環境浄化や化学品などの工業分野でも活用されています。OECDは、2030年の世界のバイオ市場がGDPの2.7%(約200兆円)に成⻑、うち約40%を⼯業分野が占めると予測しています。
また、2024年6月に改訂された日本の「バイオエコノミー戦略」では、バイオエコノミー市場を2030年に国内外で100兆円規模に拡大することを目標としています。「バイオものづくり・バイオ由来製品」分野においては、目指す姿として各産業のバイオプロセス転換の推進を掲げています。2019年策定の「バイオ戦略」と比較すると、今回は、経済安全保障や食料安全保障の議論が進展する中、バイオエコノミーに対する期待が高まっていることが分かります。
NITEバイオテクノロジーセンター(NBRC)では、経済産業省によるバイオ政策の下、⽣物遺伝資源等の利⽤環境を整備するとともに、情報提供や企業等との共同事業を通じて⽣物遺伝資源等の利活⽤を促進し、わが国バイオ産業の健全かつ中⻑期的な発展に貢献するべく活動しています。
今回のテーマに関連する活動として、「微⽣物資源の保存・提供」があります。われわれが管理・提供する微生物は計95,000株と、世界最大級の保有数です。このうちカビ・キノコなどの糸状菌(しじょうきん)は約40,000株です。また、「情報提供及び技術支援」活動として、微生物の安全情報などを生物資源データプラットフォーム(DBRP)で提供しています。
環境や政策状況を踏まえ、われわれは、微生物でさまざまな社会課題を解決していくことが求められています。食料やエネルギーの自給率が低いわが国にとって、経済安全保障の観点からも、農林水産分野を含め微生物を活用した社会実装は今後ますます重要になってくるでしょう。NBRCが保有している約40,000株のカビ・キノコなどの糸状菌が、食料やエネルギーの中長期的な社会課題の解決に役立つのではないかと考えております。
⽷状菌の多様性と産業利⽤への期待
稲葉:
私からは、⽷状菌とはどういうものかご説明します。⽷状菌とは、糸状の構造、菌⽷からなる菌⽷体制を基本として、胞子によって増殖する菌類のことです。「パンにカビが生える」というのは、この菌糸が伸びることによって生じる現象です。一般にはカビと呼ばれるものですが、広い意味では同じような菌糸体制を持つキノコも含まれます。それに対して、単細胞の、球状の細胞が増えていくようなものは酵母と呼ばれます。
糸状菌のもう1つの特徴として、胞子の形成があります。菌糸は固体の上を伸びたり、固体の中に潜り込んだりしながら先端部で伸長し、菌糸のネットワークである菌糸体を形成します。この菌糸体の上に胞子を付ける構造ができ、その胞子が発芽して菌糸体になってまた胞子を作るというのが糸状菌の生活環、ライフサイクルです。
また、糸状菌には、次の3つの生活スタイルが知られています。物を腐らせる「腐生」、他の生きてる生物から養分を奪ったり、他の生物を殺してから養分を分解吸収したりする「寄生」、そして他の生物と栄養分のやり取りをして持ちつ持たれつの生活を送る「共生」というスタイルです。
われわれはこのような糸状菌の機能・生態というものを非常にうまく産業利用につなげています。例えば腐生菌はさまざまな物質を分解する酵素を分泌しますが、油を分解するリパーゼは洗濯洗剤に、デンプンやセルロースを分解するアミラーゼやセルラーゼは植物バイオマスからバイオエタノールのようなバイオ燃料を生産するのに役立てられています。昆虫の寄生菌は、農作物に被害を与える害虫を抑えるために利用されています。また、共生菌は植物の生育を促進する土壌改良材や生物肥料としても用いられています。
さらに⽷状菌の生産物も重要なものです。細胞壁そのもののキチン・キトサンの成分は化粧品や医薬品に用いられますし、貯蔵物質の脂質は食品添加物としても利用されます。また、さまざまな有機酸、色素、抗生物質などの二次代謝産物がさまざまな産業用途に使われています。そしてマイコテクノロジーでは、菌糸そのものが広く利用されています。
このように、バイオエコノミー分野で糸状菌はすでにさまざまな分野で用いられています。さらに今後も発展が期待できるでしょう。
社会課題に関連したマイコテックの可能性
萩原:
気候変動や食料安全保障、天然資源の枯渇といった社会課題の解決には、全球的な技術あるいは社会の革新が必要です。前世紀は化学技術が非常に発達しましたが、今後は、バイオの技術を活用していく方向に向かっていくでしょう。
カビ・キノコ類は「バイオものづくり革命推進事業」における資源として直接リストアップされてはいないものの、バイオマスあるいはバイオマス原料としてカビ・キノコが活用される可能性は大いにあります。マイコテックによって、今までのスマートセル(細胞の生産能力を生かして、工業製品の素材や医薬品をつくることができるよう人工的に改変した細胞)の概念をさらに拡張するような産業分野に展開可能であると考えられます。
次に食料生産への利用という観点でご説明します。私たちの生活に身近なキノコは、近年その健康機能性が注目を集めています。がん予防効果や、継続的な摂取による腸内環境の改善効果が、調査研究で明らかになってきました。
また、菌類から作る代替プロテインや食品にも多くの利点があります。繊維が多く、肉に似た食感に加工するのに非常に適しており、風味にくせがなく、高タンパクで、ビタミン、アミノ酸、ミネラルも含むことなどが挙げられ、すでに市場で流通している植物性の代替肉に対しても優位性があります。生産における温室効果ガスの排出量が非常に低く、土地・水の必要な資源量も非常に低く抑えることができるという利点もあります。
食品の他、材料への利用も可能です。菌糸を圧縮することによって、ある程度の強度を持った代替皮革にもなります。また、梱包材、建材としての開発も進んでいます。
このように、マイコテックはまったく新しい価値を提供するものであり、今後の社会課題解決、地球の持続可能性に非常に重要であると考えられます。そのためのカギとなるのは、「さまざまな性質を持つ菌を保有していること」、および「利便性の高い菌を選び出すこと」です。
これについて、日本は非常に優位な立ち位置にいると感じています。NBRCや各地の種麹屋(麹菌の種を専門に売る業者)などから、豊富な菌株のリソースを利活用できるだけでなく、麹菌を国菌とする日本では、その研究の歴史も長く、知見・技術の蓄積が非常に進んでいます。こういった優位な部分に対してさらに追加投資していくことで、世界をリードしていけるのではないかと考えております。
注目を集めるマイコテック業界の動向
坂元:
産業界からの視点で、スタートアップ企業を中心にマイコテックの現状、各企業の活動についてご紹介します。
マイコプロテインを生産するスタートアップのうち、1,000万ドル以上を調達した企業12社のうち、上位3社が米国企業です。欧州の企業も多数見られます。50万ドル以上を調達した企業を見ても、欧米の企業が大多数を占めています。
使用菌株としては食用の菌Fusarium、シイタケ、ヒラタケ、麹、あるいはアカパンカビが並びます。生産方式は液体培養が大多数の中、固体培養もあり、さまざまです。
次に各企業の活動をご説明します。欧州・イスラエルのプレーヤーのうち、いくつか大規模あるいは特徴的な企業をご紹介しますと、老舗のQuorn(英国)、Enough(英国)があります。Infinite Roots(ドイツ)は製菓会社HARIBO(ドイツ)の親会社が支援をしています。多くの企業が菌類プロテイン協会(FPA)に所属しています。Enifer(フィンランド)の活動は珍しく、約50年前のシングルセルプロテインの研究を継承しています。他にもMycorena(スウェーデン)が、多数の企業と連携をしています。(発表後にMycorenaはベルギーのNaplasolに買収されました)
欧州・イスラエル以外の企業も、米国を中心としてFPAに加入している企業が多数あります。マイコプロテインだけではなく、色素やキチンを作るメーカーもあります。Nature’s Fynd(米国)やMeati Foods(米国)が非常に大規模な調達をしています。MyFoest(米国)はヴィーガンレザー企業Ecovative(米国)の子会社です。これらの企業も非常に活発です。Prime Roots(米国)は三菱ケミカル株式会社が投資をしています。
日本企業の活動に目を向けると、お多福醸造株式会社はマイコプロテインの事業化を目指しGreen Earth Institute株式会社、Agro Ludens 株式会社(日本)などと契約を締結し、設備投資も行っています。培養肉で知られる日本ハム株式会社もマイコプロテイン商品開発を手掛けると発表しています。また、菌糸体ではありませんですが、株式会社雪国まいたけも子実体(菌類の菌糸が密に集合してできた胞子形成を行う塊状のもの。大形のものをキノコという)でこの分野に近い技術を持ち、参入しようとしているようです。
マイコプロテインだけではなく、菌糸体で建材、包材、ヴィーガンレザーの開発を行う企業もあります。この分野の先駆はEcovative Design(米国)です。牛を殺さないことを目標にヴィーガンレザーを作り、高級ブランドに素材を供給する例も見られます。一方、包材・緩衝材は、発泡スチロールを使用しないことを目標に開発が進んでおり、IKEA(スウェーデン)やDELL(米国)などが先んじて取り入れています。Magical Mushroom Company(英国)の包材をLUSH(英国)なども使用しています。また、Loop Biotech(オランダ)は菌糸体でできた棺桶を開発しています。
質疑応答
- Q:
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日本におけるマイコテック産業の課題についてお聞かせください。
- 早川:
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マイコテック産業についての国民理解の促進に加え、政策的な後押しが必要ではないかと考えています。
- 萩原:
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アカデミアの側面からは、マイコテックやカビ・キノコに関する研究者の少なさが課題だと感じます。日本には発酵産業がもともとありますので、関連する研究は企業を含め行われているものの、リソースを割いて新しい技術開発に着手していけるほどではありません。国としての支援があるとよいかと思います。
- 坂元:
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日本ではマイコテックに取り組むスタートアップの数も海外と比較して非常に少ないです。世界と渡り合うためには、これは大きな課題です。
- 稲葉:
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日本では昔から発酵醸造が盛んで、先進的な研究をされている先生方は多数いらっしゃいます。また、企業も非常に努力しているかと思います。それでもやはり、層の薄さは否めません。このような機会に、興味を持ってくれる人が増え、基礎研究・応用研究に取り組む人口が増えると、より発展するのではないでしょうか。
- Q:
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今後日本はどのような戦略でマイコテックを推進していくべきでしょうか。
- 稲葉:
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菌株の数が大事な要素になってくると思っています。代替肉等の開発にNBRCが提供する30,000株を活用していただきたいです。また、数だけではなく、「いかにして優良な株を選択するか」ということも重要な要素です。NBRCの提供している、菌株に関する情報を一元的に検索できる生物資源データプラットフォーム、DBRPも活用いただきたいです。
- 萩原:
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大きく分けて2つの戦略があると考えています。1つ目は、資源と技術の豊富さです。日本の発酵食文化で積み上げてきた技術と知見は、新しいものを作り出すための技術開発に有利に働くと思います。2つ目は、ブランディングです。日本の発酵食文化は世界にも広く知られています。麹菌で作られた酒も醤油も味噌も世界中で好まれている上、安全性も確かなので、付加価値として世界にアピールしていくような戦略を考えることもできるでしょう。
- 坂元:
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日本では少ないながらも、非常に期待できるスタートアップも出現してきています。発酵大手企業と勢いのあるスタートアップが協力して、製品、品質、あるいはブランド力で日本が世界をリードできる可能性は十分あると思います。
- Q:
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最後に、皆様から一言ずつメッセージをお願いします。
- 早川:
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マイコプロテインはゲームチェンジャーになり得るものだと思っています。まだ生かしきれていない自国の菌株を活用し、日本の産業界の将来につなげていけたら幸いです。
- 稲葉:
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今回ご紹介した糸状菌には、意外に幅広い機能があります。マイコテック・フードテック方面にも活用していただきたいです。
- 萩原:
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千年以上にわたり利用してきた麹菌から、まったく新しい技術を生み出していくということは、非常にエキサイティングなことだと感じています。今後は私自身スタートアップを設立し、麹菌由来の代替肉、代替プロテインによって世界の抱える課題解決に寄与していきたいと考えております。
- 坂元:
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フードテックを推進するGood Food Instituteという団体の報告書には、マイコテック企業についての記述もかなり見受けられます。世界的にも注目されているこの分野に、日本の企業や研究者が多数参入されることを願っています。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。