開催日 | 2024年7月11日 |
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スピーカー | 川村 美穂(経済産業省製造産業局製造産業戦略企画室長) |
コメンテータ | 橋本 由紀(RIETI上席研究員(政策エコノミスト)) |
モデレータ | 関口 陽一(RIETI研究調整ディレクター・上席研究員) |
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開催案内/講演概要 | 2024年5月に総理官邸で開催された「国内投資拡大のための官民連携フォーラム」など、国内投資の重要性が叫ばれる一方、足元では、わが国製造業は売り上げの過半を海外市場で稼ぐ構造へと変化しつつある。米欧の企業と比べ利益率が低いわが国製造業が「稼ぐ力」を高めるためには、どのような企業変革=CX(コーポレートトランスフォーメーション)・DX(デジタルトランスフォーメーション)を進めればいいのだろうか。本セミナーでは、経済産業省製造産業局製造産業戦略企画室の川村美穂室長を講師としてお招きし、2024年版ものづくり白書にある「わが国製造業に求められるCX・DX」について解説いただいた。 |
議事録
連邦経営からグローバル・ワンカンパニーへ
ものづくり白書は、「ものづくり基盤技術振興基本法」に基づく法定白書で、2024年版で24回目となります。経済産業省、厚生労働省、文部科学省が連名で作成し、ものづくりに関する基礎的なデータやその年の課題、政府の取り組みを掲載する第1部と、ものづくり振興施策集である第2部から構成されています。
経済産業省が執筆した第1部の1章の業況、3章の企業行動、5章の製造業の稼ぐ力の向上の中でも、5章が本年度のメッセージパートとなります。稼ぐ力を向上させるために、経営組織の仕組み化を図るCX(コーポレートトランスフォーメーション)や、製造機能の全体最適や事業機会をDX(デジタルトランスフォーメーション)を通じてどう作っていくかについて分析をしています。
2003年から2022年にかけて日本は海外売上比率を大きく伸ばしている一方で、うまく利益につなげられている企業とそうでない企業の差が拡大しています。一般的に事業や地域の多角化度が増すほど収益性が下がる傾向はあるものの、日本企業は米国に比べて収益性が低く、多角化による複雑性をマネージする経営の仕組みがうまくできていない状況が見て取れます。
これまで日本は現場が強いと言われてきました。しかし、これからは良いものを作るのは当然で、いかに経営部門がグローバルで稼ぐために必要とされる機能を持ち、利益に結び付ける仕組みを作ることができるかといった、強いコーポレートが必要になります。この経営部門の変革がCXです。
国内外の組織共通・単一のパーパス・コアバリューの下にバーチャルなグローバル・ワンカンパニーを構成し、ファイナンス部門、HR部門、デジタル部門でヒト・モノ・カネ・データを可視化し、全体で最適化していける経営の仕組みを考えていくべきだと思います。
われわれは、CXは日本の大企業に取り組んでいただきたいと考えています。日本の製造業において資本金が10億円を超える企業は約1,800社、全体の0.6%に過ぎませんが、これら大企業が製造業全体の約8割の経常利益を生み出しており、これは日本全体の3割弱に相当します。そのため、大企業が稼ぐ力を向上させることの日本経済へのインパクトは大きく、ひいてはサプライチェーンの中小企業への裨益につながっていくと考えています。
そのためには現状の連邦経営状態(事業を分社化し、事業責任者に権限を譲渡し、横の連携を強化してグループ全体を経営すること)を解消し、デジタルの力を用いてバーチャルなワンカンパニーとして最適な資源配分する事業構造が必要です。企業経営の根幹となるパーパス・コアバリューを基に、コアファンクションを見直し、仕組み化することが求められます。
コアファンクションのCX
経営の最適化には、経営資源配分をつかさどるファイナンス、HR、デジタルの3つのコア部門の変革が必要です。ファイナンス部門は、グローバル横串で製品・サービス単位の連結損益を把握できるようにする他、データに基づいた機動的な経営判断の支援や、グローバルで最適なキャッシュ、タックス、リスクマネジメントを行う役割を担っていく必要があります。
HR部門は、全世界・全事業のジョブグレードの格付けやキーポジションを設定し、全世界の人材情報をデータベース化することでサクセッションプランの策定や人材育成を行い、イノベーションを生み出していくことが機能として求められています。
そしてDX部門で業務全体を可視化して、全社目線でデジタル戦略を策定・実行しつつ、データを標準化してマスターデータを管理することで社内アセットを把握することが必要だと考えています。
製造業のDXの必要性
われわれは、製造業におけるDXは大きく分けて2つの役割があると考えています。それは業務の全体最適化と事業機会の拡大です。さまざまなチェーンを最適化することで業務全体を向上させるとともに、デジタルで見える化したデータを活用して新たな商品・サービスを生み出すことです。例えば標準化した自分たちの技術をサービスとして外販することで、イネーブラーとしての機能にもつながります。
NEDOが実施したアンケートでは、半分弱の企業がDXによって個別工程の改善に一定の成果が見られたと答えています。しかし、製造機能の最適化や事業機会の拡大の面で成果を感じている企業は少ない状況です。
当白書のアンケートでは、サプライチェーンの領域ではDXが進んでいる一方で、エンジニアリングチェーン、デマンドチェーン、サービスチェーンにおいては十分に生かされていないことが分かりました。
DXが進まない要因として、リソースやノウハウ不足の声が大きかったことを受けて、私たちは、この6月に、「スマートマニュファクチャリング構築ガイドライン」を策定いたしました。デジタルによって、自社の経営課題・業務変革課題が何かを見極めていただくことを第一の出発点にしています。
7つのリファレンスと57個の変革課題を準備し、課題を実現するためのプロジェクト設計の案内に加えて、実際に変革できた企業の事例を盛り込み、これを読めば経営課題・業務変革課題に立脚してDXを進めることができるという内容にしています。こちらはダウンロードが可能ですので、ぜひご覧いただければと思います。
拡大が見込まれる製造ソリューション領域
製造ソリューションとは、製造業において一連のプロセスの効率化や高付加価値化を支えるさまざまな機器、ソフトウェア、サービスに加えて、自社で蓄積したノウハウをデジタル化・標準化して、それをパッケージとして外販することも含まれます。
日本はまだこの分野が弱いですが、しっかりとこの製造ソリューションを活用して日本のDXを進めていくことが重要だと考えています。この製造ソリューションが提供する価値としては、①標準化・モジュール化、②プラットフォーム、③コンサルティング、④アフターメンテナンスサービスの4つがあると考えています。製造業全体の競争力強化のためには、製造事業者、需要側が、製造ソリューションをうまく活用することに加え、供給側と連携することで製造ソリューション領域をさらに発展させるといった価値創造のサイクルを作ることが重要です。
産業データ連携と今後の取り組み
欧州では、産業規模でサステナビリティや競争力強化を図る取り組みが進行しています。日本でも「ウラノス・エコシステム」というデータ連携のイニシアチブが始まっていますが、白書でアンケートを採ったところ、産業データ連携への参加を希望する企業は約4%で、「分からない」と答えた企業が圧倒的に多いという結果でした。
しかし、自動車産業では、ウラノスを使って蓄電池のカーボンフットプリントや人権デューデリジェンス部門で取り組みが進んでいる他、ドイツのCatena-XとMOUを結び、相互にデータを連携できるような取り組みがすでに始まっています。
ただ、まだメリットを感じていない企業が多いため、政府が旗を振ってユースケース作りをしっかり進めることで、他の製造業にも取組範囲を広げていきたいと考えています。
さらに、私たちは「ものづくり日本大賞」の表彰も行っています。これは、3年に1回、総理大臣表彰、経済産業大臣表彰を授与することで、ものづくりを支える人材の意識を高め、次世代につなぐ役割を持つ事業です。8月1日から募集いたしますので、積極的な応募をお願いいたします。
コメント
橋本:
日本の企業がグローバルビジネス展開を急拡大させ、過半を海外で稼ぐ構造になっている現在、グローバル展開を意識したCXとDXの推進が最優先事項として企業が稼ぐ力を高めるべきであるという,本年度の白書の主旨は,まったくその通りであろうと思います。
一方、今年(2024年)1月に公開されたOECDの「Economic Surveys: Japan 2024」をみると、R&Dに占める中小企業の割合は、OECD平均が40%である中、日本は6%にとどまり、日本のR&D投資の90%以上を大企業が担っています。わが国では中小企業数が99%を占めるので、CXの推進もまずは大企業を優先した上で、トリクルダウン(大企業や高所得者層への支援策が経済を活性化させ、より広い層にも経済的恩恵が及ぶという仮説)によって中小企業への波及を目指しているように思われます。
そこで、さまざまな利用可能な資源が限られている中小企業がGXやグローバル化を進める場合に、何を優先し、どこを目指すべきかをお伺いしたいと思います。稼ぐ力や競争力を高めるためにDX、HR、ファイナンス、組織設計のどの段階が重要で、まず何に取り組むべきでしょうか。
また、国勢調査によると、製造業の日本人就業者数は2020年まで減少し続けている一方で、外国人就業者は増加しています。製造業就業者数の横ばい傾向を支えているのは外国人労働者の増加であると見ています。
こういった外国人の若年就業者をDX、CXで組み込んでいくためには、どのような啓発や教育が必要かという点も関心があります。同様に、DX投資は雇用形態の間でさまざまな格差の拡大にもつながり得るので、多様性に注目し、誰にどのような啓発や投資が必要かを考えたものづくり人材雇用の在り方も重要であると考えています。
川村:
私たちの部署では製造分野の特定技能外国人材の取りまとめも行っており、人材は大きな課題だと認識しています。半導体、蓄電池、ロボットの分野では高専や現場も含めて育成を行い、その取り組みをあらゆる業種で広げていくなど、製造局としてもしっかりと見ていきたいと思っています。
私たちが作ったガイドラインは、大企業はもちろんですが、中堅・中小企業の方に読んでいただきたいと思う部分があります。また、大企業の中でもCXの効果が強く見込める産業とそうでもない産業があるのではないかという問題意識も持っているので、成功企業の事例からもう少し解析度を上げて、CXを深掘りしていきたいと考えています。
質疑応答
- Q:
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生成AIの利活用に焦点を絞った深掘りの分析はなされたのでしょうか。気付きのあった分析があれば、ご紹介いただければと思います。
- 川村:
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今回、具体的な分析はありませんが、白書本文の製造ソリューションのところに生成AIの活用用途について記述を載せています。生成AIは製造業を根本から変革する可能性も秘めており、その影響については、次の白書のテーマになるかどうかも含めてしっかりと見ていきたいと考えています。
- Q:
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白書執筆を通じて、日中の企業の競争力についてどのように見られていますでしょうか。
- 川村:
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中国のDXへの予算規模やスマートマニュファクチャリングの取り組みの大きさは本当に目を見張るものがありますし、製品や技術を標準化・見える化し、次のステップにつなげていくという思想においては非常に長けています。そういう意味では日本はまだ伸び代があるので、DXをしっかり導入することによって持っている力を大きく増幅させることができるのではないかと見ています。
- Q:
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連邦経営からワンカンパニーに移行した企業の具体的な成功事例はありますか。
- 川村:
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海外では、P&G、ネスレ、デュポン等がコアパーパス・バリューに基づいた設計をして、強いコーポレート機能を持っていると思います。日系企業では、CX研究会の中で例えば、NECがファイナンス、三井化学がHRの部門でプレゼンをしており、その他資生堂や荏原製作所をはじめ、CX推進に問題意識を持って取り組んでいる企業が出ています。
- Q:
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製造現場ではCX、DXで若手人材不足をカバーできるでしょうか。外国人労働者を雇用するくらいしか手段がないような気がしています。
- 川村:
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日本企業の技術力は海外でも一定の評価を得ています。実は、海外の生成AIの企業が日本企業が持つ競争領域部分をAI学習によって形式化し、ビジネスにつなげるためにアプローチをしてきているというお話も伺っています。
日本は技術で勝ってもビジネスで負けると言われてきましたが、仕組み化を通じて持っているポテンシャルをしっかりとビジネスに結び付けていくことを考えていけば、中小企業にもまだ勝機はあると感じています。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。