2024年版中小企業白書・小規模企業白書について

開催日 2024年6月28日
スピーカー 菊田 逸平(中小企業庁事業環境部調査室長)
コメンテータ 後藤 康雄(RIETIリサーチアソシエイト / 成城大学社会イノベーション学部 教授)
モデレータ 関口 陽一(RIETI研究調整ディレクター(併)上席研究員)
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開催案内/講演概要

2024年版の「中小企業白書・小規模企業白書」では、中小企業・小規模事業者が直面する課題と今後の展望について、政策的な視点を交えて分析を行った。本BBLでは、2024年版中小企業白書・小規模企業白書の編集・執筆を担当された中小企業庁事業環境部調査室長の菊田逸平氏をお招きし、同白書のポイントについて説明いただき、環境変化に対応して成長する中小企業や、売り上げの確保などの経営課題に立ち向かう小規模事業者、そしてこれらの中小企業・小規模事業者を支える支援機関等の分析結果について議論した。

議事録

中小企業・小規模事業者を巡る動向

白書では、冒頭、能登半島地震の影響について記載しています。被災地域の人口構成を見ると、震災以前から能登半島の6市町が生産年齢人口の割合が低く、少子高齢化が進んだ地域であることが分かります。内閣府の試算によると、震災によるストック毀損額(失われた道路、港湾、航空、鉄道などの社会資本の額)は約1.1〜2.6兆円です。BCP (事業継続計画)の策定率もまだ15%という状況ですから、今後、BCP対策が中小企業にも求められていくと考えています。

今回の白書では、新型コロナウイルス感染症の影響と対応についても記載しています。休業要請や営業時間短縮要請の影響を受ける事業者に対して緊急的な支援策を実施した結果、これら支援によって倒産件数・完全失業率は比較的低い水準で保たれました。

ゼロゼロ融資(実質無利子、無担保融資)による影響については、倒産件数に占めるゼロゼロ融資利用後の倒産件数の割合が全体の5~8%程度で、ゼロゼロ融資が倒産に結び付いたという状況ではないと見ていますが、引き続き注視していきたいと思っています。

中小企業の業況と経営課題

直近の中小企業の業況感はここ30年来で最高水準となっているものの、昨年(2023年)1年間の売上DI(ディフュージョン・インデックス:企業の業況感や設備、雇用人数の過不足などの各種判断を指数化したもの)の推移をみると一服感が見られ、予断を許さない状況です。中小企業が抱える経営課題も、売り上げ不振、求人難、原材料高と多様化しており、特に人手不足感は非常に強まっています。

15歳から64歳の生産年齢人口はここ20年ほど下がるトレンドにあるにも関わらず、就業者数は横ばいを維持してきました。これは、女性や高齢者の労働市場への参画によって維持できていたのですが、定年退職後も仕事に携わっていた団塊世代も引退しつつあり、足元の就業者数は減少気味です。

職場環境の整備や人材育成によって人材が定着し、労働生産性も上がることが分かっています。各企業には働きやすい職場環境制度への取り組みもお願いしたいです。

1つの課題が賃上げです。実際、春闘でも非常に高い水準で賃金引き上げが進んでいるものの、物価もそれ以上に上昇しているので、物価上昇に見合った賃金引き上げがより重要になっています。しかし、中小企業における賃上げの内情を見ていくと、業績の改善が見られないが賃上げを実施予定であるとする企業が3、4割を占めています。人材の確保・採用、物価上昇へ対応し労働者の生活を守る、といったことを理由に、防衛的な賃上げが増えている状況です。

関連して、外国人労働者の数は2023年には200万人台の大台をつけました。日本の就業者全体に占める割合はまだ3%ですが、外国人労働者は非常に重要な戦力になりつつあります。

省力化投資(IoT・ロボット等の人手不足解消に効果がある汎用製品への投資)は人手不足への対応として重要です。省力化支援を中小企業庁として実施し、後押ししていきたいと考えています。

日本はOECD加盟国の中でも労働生産性が非常に低く、劣後しています。特に規模別の格差が大きく、小規模事業者や中小企業の労働生産性を上げてキャッチアップする必要があります。

大企業と中小企業の売上高利益率を比較すると、大企業が売上原価の低減を図ってきた中で、中小企業の利益率は圧迫されてきたように見えます。こういった状況下で中小企業が賃上げを行い、生産性を上げていくには、価格転嫁が非常に重要になります。

中小企業庁は3月と9月を価格交渉月間として、強力に運動を推進しています。昨年(2023年)の3月から9月にかけて、発注側企業からの交渉の申し入れによって価格交渉が行われた割合は倍増しており、交渉が可能な取引環境が醸成されつつあると考えています。その一方で、価格転嫁率はあまり改善が見られず、特に労務費やエネルギー費の転嫁率が低い状況です。

価格交渉の協議の場を設けることで、価格転嫁の実現の可能性が高まります。さらに、協議に臨むにあたり原価構成を把握する事前準備を行うことで価格転嫁の実現の可能性が高まります。このため、協議の場を設けると共に、しっかりと事前準備をして交渉に臨んでいただきたいと思います。

足元では比較的若い経営者も増えてきていますが、後継者問題に関する悩みは尽きません。承継は大切な課題で、中小企業庁もこうした悩みに寄り添い、スムーズな承継を支援していきたいと考えています。

再生支援に関して、中小企業活性化協議会への相談件数もかなり増えてきています。金融機関による支援は財務内容の改善効果もあり、金融機関と関係機関が一丸となって再生支援に取り組むことが重要です。

環境変化に対応する中小企業

中小企業の約9割が投資行動に意欲的な経営方針を掲げ、これら企業は高い経営パフォーマンスを発揮しています。そして、人材育成、設備投資、M&A、研究開発投資に取り組んでいる企業ほど、売り上げを伸ばして成長しています。

企業経営者が考える成長資金として、自己資金あるいは金融機関の融資がありますが、大きな成長が望める場合には、エクイティファイナンスをはじめとするさまざまな手段で積極的に資金を調達して、チャレンジをしていただきたいと考えています。

M&Aは非常に重要な成長の手段です。調査の結果、最低手数料の分布は500万円から1,000万円が最も多い価格設定となっています。

経営課題に立ち向かう小規模事業者

小規模事業者の経営課題は売上増加、人手不足、資金繰りで、一番大きな悩みは、売上増加です。コストを把握し自社製品・サービスの優位性を価格に反映する適正な値付けと、顧客ターゲットの明確化により、売り上げ増加につなげることができます。

起業・創業については、ここ10年ほど創業費用の低廉化が進んでいることで、創業しやすい環境が整いつつあります。29歳以下の若者の起業も増えています。

中小企業・小規模事業者を支える支援機関

多くの中小企業が経営支援機関を頼り、外の知恵をしっかりと活用することができつつあります。支援機関を活用している企業の方が黒字の割合が高く、効果があります。

一方で、支援機関側では、支援人員の不足あるいはノウハウや知見の欠如といった悩みが急激に増えてきています。支援体制の強化が必要ですが、強化の1つの解として支援機関同士の連携があります。すでに支援機関の約9割は他の支援機関と連携しながら経営課題の解決につなげています。課題解決に向け、各支援機関の強みを持ち寄る連携を深めていくことが重要です。

コメント

後藤:
中小企業白書というのは、その時々の中小企業を巡る課題を政策的な視点を交えながら適宜分析をする政府のレポートです。特に、近年はコロナという緊急事態が徐々に収束する中で、アフターコロナ時代の中小企業の在り方を模索するという側面が強まっているように個人的には感じています。

今回の白書について、大きく3点コメントをさせていただきます。まず、1点目として、倒産はゼロゼロ融資などと密接な関連を持つトピックかと思います。ゼロゼロ融資は中小企業の資金繰りの改善と退出の抑制に大きな効果を発揮した一方で、倒産予備群が蓄積された可能性があるのではないかという見方もできます。

2点目は、価格転嫁あるいは取引の適正化についてです。中小企業は大企業に比べて構造的に価格転嫁しづらい状況にあり、近年はその乖離が大きいように見えます。大きなウエートを占めている中小企業の価格転嫁が進まないと、賃上げをする原資が確保できずに、この好循環のチェーンがうまくつながらないということになります。

加えて、長期的なマクロ経済の課題として、価格転嫁が適正な形で進まないと、それを分析者あるいは政策当局が正確に把握できないままに中小企業の成長力を過小評価してしまう可能性があるということです。そうした問題提起をした当白書は、とても重要なポイントを押さえておられるのではないかなと感じた次第です。

最後、3点目の中小企業に対する支援機関ですが、これは今回の白書の1つのアクセントになっています。9割近くの中小企業が実際に支援機関を利用しており、利用した企業の方が経営パフォーマンスは良いという結果も紹介されました。

支援機関には金融機関も含まれています。金融機関を含めるか否かで利用状況もかなり変わってきますし、支援機関全体の中で金融機関が占める位置付けを考える上でも、今後の重要な政策的な論点になってこようかと思います。

中小企業を巡ってはさまざまな論点が、挙げれば切りがないほどたくさんあろうかと思います。私も熱心な一読者として今後の中小企業白書に引き続き注目して、しっかり勉強させていただければと思っています。

質疑応答

Q:

バイヤーから値下げ要求を受けながらも価格転嫁をされている企業の事例があれば、ご紹介いただけますか。

菊田:

公正取引委員会からも労務費の価格転嫁についての指針が出ていますが、公的な一般統計データなどを活用しながら転嫁をしていってほしいと考えています。バイヤー側へも遵守をお願いする指針を示していますし、われわれとしても、適切でない取引を是正できるよう政策的に取り組みます。

価格転嫁を成功させるためには、商品・サービスの独自性や希少性をアピールして、価格上昇を説明できるような準備をすることも有効です。例えば、ホテル松本楼は新しいベーカリーのサービスを提供することで付加価値を創出し、価格転嫁につなげています。自社商品・サービスの魅力強化というところからぜひ取り組みを進めていただければと思います。

Q:

白書の付属統計資料にある2015年から2021年の企業数の減少は何が影響しているのでしょうか。この減少傾向は現在も続いているのでしょうか。

菊田:

これは経済センサスのデータを使っています。2021年の調査結果が新たにまとめられたので、これを踏まえてリバイスしています。経営者の高齢化を理由に廃業される方が多くなっているのだと推測します。この減少傾向は続いていると想像しています。

Q:

ゼロゼロ融資で経営の実態と企業の倒産に乖離が生じたということは、融資をやめれば問題が解決するのでしょうか。また、支援策を終了することで副作用が発生する可能性はありますか。

菊田:

ゼロゼロ融資の借り換えの支援制度を設けているので、支援策を全てやめたということではありません。その影響についてはよく注視して、状況を見ながら対応していきたいと思っています。

Q:

ゼロゼロ融資はゾンビ企業の延命につながったという見方もありますが、どのようにお考えですか。

後藤:

ゾンビ企業が増えてきているというのは事実で、ゼロゼロ融資がそれを強める方向に働いた可能性というのは十分にあろうかと思います。

そもそもゾンビ企業という概念は、1990年代半ば以降、当時の不良債権問題の渦中におけるゼネコン等を中心とした大企業がメガバンクなどからの追い貸しなどによって延命をしている、という問題意識から始まった概念です。ただ、完全に同様のロジックを中小企業に当てはめて一律に退出を促すのは乱暴な議論だと思います。

マクロの議論とミクロの議論のかみ合わせというのはなかなか難しい領域です。個人的には、そもそもゾンビ企業を生まないようにする事前のスクリーニングが大事だと思いますが、今回のコロナ禍においては緊急性が重視されたので、政策的にもご苦労がおありだったのではないかと感じています。

菊田:

企業にはそれぞれ果たしている社会的役割があります。収益性だけで退出するべきと判断するのは必ずしも正しくないと思います。そもそも、ゾンビ論を言うなら、どういった資産が有効活用されていないのかを精査する必要があります。実際には、中小企業だけに不稼働資産の滞留、非効率の温床があるわけではないと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。