エネルギー白書から読み解く、日本のエネルギー政策-エネルギーにまつわる世界的なリスクの高まり、日本の目指すべき姿とは-

開催日 2024年6月26日
スピーカー 廣田 大輔(資源エネルギー庁 長官官房 総務課 需給政策室長 / 調査広報室長 / GX実行推進室 企画官)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI上席研究員 / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

ロシアによるウクライナ侵略や中東情勢の緊迫化などの地政学リスクの高まりをはじめ、エネルギー安全保障や資源価格上昇への政策ニーズが世界的に高まる中、脱炭素に向けた動きも急速に拡大している。エネルギー自給率が1割程度しかない日本は、変わりゆく世界の中で何を目指していくべきか。本セミナーでは、経済産業省資源エネルギー庁調査広報室の廣田大輔室長に、「エネルギー白書から読み解く、日本のエネルギー対策」と題して、世界のエネルギー動向、わが国のエネルギー政策の現状、そして今後の展開について、包括的に解説いただいた。

議事録

エネルギー政策の大原則: S+3E

われわれは、エネルギー政策の要諦として「S+3E」という考え方を発信しています。一番大事な大前提としての「安全性=Safety」に加えて、「安定供給=Energy Security」「経済効率性=Economic Efficiency」「環境適合=Environment」の3つのEのバランスを常に取らなければならないというのがベースにあります。

電気という財は作る量と使う量を常に同時同量で保ち続けなければいけないところに難しさがあり、短期で打つ施策と中長期で目指すべき施策を併せてやっていく必要があります。

現行の第6次エネルギー基本計画で定められた2030年のエネルギーミックスとして、一次エネルギー供給でいえば化石燃料を全体で7割弱まで抑え、原子力が9~10%、再エネが22~23%という比率、そして電源構成のミックスとして、化石火力が4割、水素・アンモニアが1%、原子力が20~22%、再エネが36~38%という比率を目指しています。

昨年(2023年)の8月に「ALPS処理水」の海洋放出が開始されました。放射性物質濃度はWHOの飲料水基準よりも低いということで、多くの国から理解を示す反応も寄せられている状況です。併せて、国内水産物の消費拡大のための取り組みも全国で展開しています。

さらに、福島の帰還困難区域の避難指示解除に向けた取り組みも着々と進み、除染やインフラ整備に取り組んでいます。「福島イノベーション・コースト構想」では6つの重点分野において先進事業の実証試験が始まり、福島国際研究教育機構 (F-REI)を軸に取り組みをさらに加速させています。

3つのE: 安全供給・経済効率性・環境適合

その上で1つ目のEということで、エネルギーセキュリティーの話になります。ロシアによるウクライナ侵略以降、安定供給のEとコストのEが非常に揺らぎました。日本はエネルギーの8割以上を化石燃料に依存しており、2022年度時点の一次エネルギー供給ベースで見た自給率は12.6%です。

ロシアによるウクライナ侵略を起点としたエネルギー危機では、スポットマーケットのガス価格はそれ以前と比較して年間平均でも約6倍に上がりました。欧州が米国からのガスを大量に買い込んだ結果、バングラデシュやパキスタンのような国は買い負け、一昨年(2022年)の夏には計画停電が起こりました。

今回の白書はそこにもう一歩踏み込み、シーレーンリスクにフォーカスした分析をしています。イスラエルとパレスチナの情勢悪化をはじめとした地政学的なリスクの顕在化によって、エネルギーセキュリティーの確保がますます各国の重要な課題になっています。

2つ目のEのコストですが、2022年に急騰した石炭、LNGの市場価格はいったん落ち着いたものの、それでも、2010年代後半の水準からは2、3倍程度の水準が続いており、高止まりしている状態にあります。

石炭のマーケットは中国による自国生産、自国消費量が世界の半分以上を占めており、低廉・安定の代名詞であった石炭も歪なマーケットになっています。そういう意味では、中国が石炭を自国生産するのか輸入するのかによって、国際市場にかなり大きなインパクトを与えるのではないかと見ています。

こうした中でLNGを再評価する動きがEU各国で見られ、LNGの長期契約を締結する動きが活発化しています。グリーンをうたう長期政策の旗印の中で、目先の安定供給のためにガスを押さえていくという動きが世界中で起こっています。

日本では、燃料価格の高騰かつ円安の影響で、日本の化石燃料の輸入価格は2020年の11.3兆円から2022年には33.7兆円となり、これが国富流出や貿易赤字へとつながっています。この課題を根本的に解決するには、エネルギー危機に強い需給構造への転換が極めて重要になってきます。

そうした中で3つ目のEのCO2の削減ですが、昨年(2023年)のCOP28で初めての「グローバル・ストックテイク(温室効果ガス排出削減目標に向けた取り組みの進捗状況を評価する仕組み)」が行われ、日本は2030年度の温室効果ガス削減目標に対してオントラック(計画通り推移)を継続しています。また、このCOP28では、世界全体で再エネの発電容量を3倍、エネルギー効率改善率を2倍にするという目標に加えて、「原子力」が気候変動対策として初めて決定文書に明記されました。

アジアのGXを進めるには技術が必要ですが、日本はそのための技術貢献が可能であり、ビジネスチャンスもあります。各国がそれぞれの考え方に基づいて協力していくことが重要です。

GX実現に向けた日本の取り組み

この1年はまさにGXの実装に向けての制度が動いてきた1年でした。1年前(2023年5月)に「GX推進法」と「GX脱炭素電源法」が成立し、前回のセミナー(2023年6月)の後に「GX推進戦略」や分野別投資戦略が取りまとめられ、今年(2024年)の5月には水素社会推進法案とCCS事業法案が成立しました。

「GX経済移行債」を発行して20兆円規模の資金を調達しながら政府の投資支援を先行させ、規制・支援一体型の投資促進策によって150兆円超の官民GX投資を進めていきます。時間差をつけて、後からカーボンプライシングが追いかけてくるという格好で、2028年度頃に炭素に対する賦課金制度を導入し、2033年度頃には排出量取引制度の有償オークションを導入していきます。

省エネ支援としては、省エネ補助金を3年間で7,000億円規模に拡充するとともに、省エネ診断の提供や、経済産業省・国土交通省・環境省の3省連携による住宅省エネ化支援も進めているところです。

再エネのさらなる導入に向けては、再エネ電源と大きな需要をつなげていく系統の強化が重要なファクターです。

ただ、現状、面積あたりの太陽光の導入量は日本が世界一で、すでに平地が埋まってしまっているため、ペロブスカイト太陽電池が非常に注目されています。積水化学は2025年の事業化を目指した連続生産を始めていまして、実証試験も動きつつあります。洋上風力についても浮体式の早期社会実装に向けて研究開発が行われ、事業が実施できる海域の整備も進めている状況です。

原子力発電所に関しては、既存の発電所の再稼働を進めていきます。現状、日本で60基現存する発電所のうち、24基は廃炉となっており、再稼働を果たしたものが12基、設置変更許可を取ったものが5基、審査中のものが10基といった状態です。

新燃料として注目されている水素やアンモニアも、「水素社会推進法」の中で支援を受けられる制度設計が実装に向けて動いており、サプライチェーン全体のリスクをうまく取りながらビジネスとして確立していこうとしています。

また、バイオ燃料、合成燃料、合成メタンでは特にSAF (持続可能な航空燃料)が注目され、脱炭素燃料への置き換えを目指した研究開発やビジネス実装に向けた取り組みがされていますし、CCS(二酸化炭素の回収・貯留)に関しては国内の7カ所でパイロットプロジェクトが進んでいるところです。

エネルギー政策のこれから

今年(2024年)はエネルギー基本計画に加え、GXについても議論が進み、「GX2040ビジョン」に向けて、エネルギー、GX産業立地、GX産業構造、GX市場創造の4つの論点について議論が展開されていく見通しです。強靭なエネルギー供給の確保のための脱炭素電源投資の促進や、送電線の整備、新たな燃料の確保、化石燃料や設備の維持がエネルギー基本計画の議論のポイントになっていきます。

加えて、GXの産業立地の在り方や産業構造の変革、実際にカーボンプライシングをどのように入れていくのかという議論も並行して進んでいきます。エネルギーの議論とGXの議論の2本立てで、年度内をめどにエネルギー基本計画と地球温暖化対策計画の改定に向けた議論がなされていくという状況です。

質疑応答

Q:

今回のエネルギー白書で特に力を入れたテーマはありますか。

廣田:

石炭市場に着目して、石炭が安くて安定的とどこまで言えるのか、という疑問を投げかけているところは1つの見どころだと思いますし、どこの国もロングの目標を立てると同時に、足元では非常にしたたかな動きをしているという点も非常に参考になると思います。

Q:

今後、日本がエネルギーで買い負けるリスクはありますか。日本の国力的にもうエネルギーを外貨では払えないのではないでしょうか。

廣田:

量の部分では十分に供給できている状況です。日本は化石燃料を主に長期契約で確保していまして、他の国では価格が数倍になっている中、日本は価格のボラティリティを2、3割に抑え込めています。そういった契約方式でエネルギーを安定的に確保していくことが重要だと思います。

Q:

日本はどうすれば世界の勝ち組になるのでしょうか。

廣田:

勝ち負けをどこで見るかにもよりますが、中国が途上国であるという立場を崩さず、したたかに自国産の石炭を使いこなせる立場をキープしているという意味では経済的に有利かもしれません。また、自国で生産基盤能力を持ち、それを安く輸出するという観点も重要で、経済安全保障との間で、いかに国際マーケットと連動させていくかが大事だと思います。

日本は自国でエネルギーを賄うという意味では不利な地理的状況にあります。そこで、新たに国内で生産ができるエネルギーのオプションを研究開発する、あるいは資源国から有利なディールでエネルギーを持ってくるといった取り組みがさまざまな分野でなされています。そういった意味で、ペロブスカイトは自給率を高めるオプションとして育てていきたいと考えています。

Q:

気候変動に関して、日本はオントラックだからと安心していていいのでしょうか。国内の削減だけを目標にすると、EUのように国内産業が海外移転をしてしまうのではないでしょうか。また、2030年の各国コミットメント水準が達成困難になった場合、日本を含む関係国はどのような対応策を想定していますか。

廣田:

オントラックだからといって、あぐらをかいていていいとはまったく思っていません。大変野心的な目標です。他方、われわれだけがカーボンニュートラルの目標に突っ走ってしまうと、カーボンリーケージ(排出規制の厳しい国の企業が規制の緩やかな国へ移転し、結果的に世界全体の排出量が増加する事態)も発生してくるので、ビジネスと両立できるような削減の分野やエリアを特定し、世界全体で実効的に減らしていく取り組みを複層的に考えていくことが重要です。

また、パリ協定というのはそもそもボトムアップ型のプレッジ&レビュー型(各国が自主的に削減目標を掲げ、削減努力の確認を第三者から受けつつ、温室効果ガスを削減していく方式)の条約体系になっているので、目標が達成できないからといって罰金や罰則を定めているわけではありません。従って、各国が、さらにできることを現実的かつ実効的に積み上げていくことが現実解ではないかと思います。

Q:

能登半島地震のエネルギーに関する反省や教訓、国内の原子力開発の今後の見通し、 そして日本の国内投資ではどこに力を入れていくべきかに関して、簡単にコメントいただけますでしょうか。

廣田:

能登半島地震については、運送などのロジスティクスが非常にボトルネックとなり、物資やエネルギーを届けることが大変だったと聞いています。これについては道路を広くすればいいという単純なものではなく、どのような絵姿で街づくりをしていくかということと表裏一体だと認識しています。

原子力の話では、まずは今ある原子力発電所の安全な再稼働を進めていくことが大事です。また、現存の原子力発電所のリプレースの議論や、より安全性の高い原子炉の研究開発についても進めていこうとしているところです。

また、国内投資の注目点に関してですが、船舶用燃料や航空燃料市場は国際市場環境が、ある意味、理想的に動いている分野であり、注目しています。相対のマーケットをどのように見つけていくかというのと、それを制度で押し上げていくという両方がチェーンの作り方としてはあり得ると思うので、そういった新たにモザイク状にできてくるグリーンマーケットがどこにあるのかを自分は、日々考えているところです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。