スタートアップとは何か―経済活性化への処方箋

開催日 2024年6月24日
スピーカー 加藤 雅俊(関西学院大学経済学部教授・同アントレプレナーシップ研究センター長)
コメンテータ 野澤 泰志(経済産業省産業技術環境局技術振興・大学連携推進課長)
モデレータ 深尾 京司(RIETI理事長 / 一橋大学経済研究所特命教授)
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開催案内/講演概要

社会課題解決や経済活性化をはじめ、スタートアップに大きな期待が寄せられている。日本政府も2022年に「スタートアップ育成5か年計画」を決定し、①人材・ネットワークの構築、②資金供給の強化と出口戦略の多様化、③オープンイノベーションの推進を柱に、スタートアップ・エコシステムの形成に力を入れている。これまでも行政機関による取り組みがなされてきた一方で、スタートアップの創出においては多くの課題が残されている。本講演では、『スタートアップとは何か-経済活性化への処方箋』(岩波書店、2024)を上梓された関西学院大学の加藤雅俊教授に、日本のスタートアップの現状および課題を踏まえつつ、新たな起業を促進し、成長させていくための方途について伺った。

議事録

研究者から見るスタートアップ

私は産業組織論を専攻しており、最近はアントレプレナーシップやイノベーションを中心とした研究をしています。『スタートアップとは何か』という新書や『スタートアップの経済学』という教科書を執筆した背景には、スタートアップに関する知見の普及に加えて、次世代の研究者を育成する上で日本語での教科書が必要だろうという思いがありました。

本書は、研究者がどのような視点でスタートアップを見ているかを知ってもらい、研究成果から日本の課題解決に向けた手がかりを探ることを目的としています。スタートアップ支援を考える上で、スタートアップを客観的にとらえる視点、入口と出口をセットで考える重要性の他、社会からの理解と競争の視点も必要であることを論じています。

研究者は創業5、6年くらいまでの創業間もない企業をスタートアップと見なす傾向があります。ビジネスの世界では中小企業とスタートアップを対比させるような議論がありますが、中小企業というのは規模に関する用語なので、その比較軸は違うのではないかということも本書で触れています。

上から全体を見渡すような視点でスタートアップを見ることで、創業後の成功あるいは失敗までのセレクションのプロセスを知り、成否の原因を探ることが研究者の視点としての特徴だと思います。適切なセレクションが機能しているかどうかを探ることが、われわれがやろうとしていることです。

一方で、実務家や政策担当者は結果を見ています。VC(ベンチャーキャピタル)からの投資あるいはエクイティファイナンスを受ける企業というのは、全体の新規企業の中で0.2%程度だという統計もあります。投資家や実務者はそれらをスタートアップと呼ぶ傾向がありますが、研究者からすると、そのほんの一部のデータベースを使ってスタートアップ全貌をとらえようというのは問題があるだろうと思っています。

研究者としては2つのセレクションを見ています。1つは、どういう人が起業家になり、どういう環境でそれがうまく起こるのかということです。もう1つは、スタートアップや起業家が登場した後のセレクションの問題です。誰が成長し、生存し、ユニコーンやガゼルになるのかといった観点で、理論的あるいは実証的に研究をしています。

スタートアップ支援の背景

スタートアップ支援という政策的な観点を考えたときに、やはり経済効果が大変重要なモチベーションになります。創業間もない頃は、イノベーションのインパクトが平均的に高い傾向があります。また、企業年齢が高くなるほど平均的に過去の技術に依存したイノベーションが増えてくることも知られています。

企業年齢が上がると効率性は上がっていく一方で、成長率というのは創業から5年以内が高く、それ以降はあまり大きな伸びはないという傾向も見られます。そういう意味で経済効果が大きいので、スタートアップ支援は経済活性化に貢献するというのがよく言われる正当性の1つだと思います。

また、研究者の言葉で「Liability of Newness(新しさの不利益)」という言葉がありますが、創業間もない頃は新しいからこそさまざまな課題に直面し、退出率が非常に高いことが広く知られています。情報の非対称性などの市場の失敗も顕著になります。スタートアップに対する公的支援の正当性として、経済活性化への貢献だけでは十分ではありません。市場に任せていてはうまくいかないという「市場の失敗」こそが政府が介入する正当性として重要だと思います。

ただ、スタートアップに対する過度な支援は、スタートアップによる自助努力を削いだり、効率的でない企業の退出が起きないという問題もあるので気を付けなければいけませんし、ターゲットを絞った直接支援は目利き力や育成力という面で課題も多く、工夫が必要です。

日本のスタートアップの現状と課題

1990年代以降、日本の開業率は安定的に低い状況にあります。2007年から2017年までの起業希望者の数は30万人減っています。人口も減っているので多少は必然かもしれませんが、私自身はこれが開業率以上に課題なのではないかと思っています。

起業家の数は横ばいである一方で、副業による起業希望者は若干増加しています。年代別では若い世代の起業希望者が減少し、特に男性のほうが非常に大きく減っているのが気になる点ではあります。

国際的な観点に目を移して、グローバル・アントレプレナーシップ・モニター調査(GEM調査)による国際比較を見ると、この二十数年、日本の起業活動は非常に低い水準で推移していることが分かります。

もう1つ気になる点は、日本で起業家に対する評価やステータスが非常に低いことです。単に起業家希望者が少ないだけではなくて、起業活動に関わらない人の中で起業家の知り合いがいる、起業機会を持っているといった起業予備軍の比率が非常に小さいことが今後の起業活動の活性化においてネックになるのではないかと思っている次第です。

起業活動の環境面においては、OECDや米国と比べて、日本は資金調達、政府の創業支援、初等レベルでの起業家教育、あるいは文化的・社会的規範の水準が非常に低いと評価されています。他方で、起業に関心がある層だけを見てみると、起業活動実行率はOECDと比べても同等か少し高いぐらいなので、起業家になりたい人は起業できているという意味では起業環境は良いのかもしれません。

起業家・スタートアップの登場と成長への処方箋

スタートアップに関する支援は大きく分けると2つあると、先行研究で議論されてきています。1つはアントレプレナーシップ政策、もう1つは中小企業政策で、創業前と創業後の支援です。

1つ目のアントレプレナーシップ政策で考えられるのが、起業教育の可能性です。起業活動においては社会の理解の重要性が高いということで、起業について理解を促進することが重要です。では、どういう起業教育が可能かというと、まずは高等教育レベルの起業教育です。

日本における起業能力の保持者の割合を先行研究に基づいて見てみると、高卒以下よりも大卒以上のほうが格段に高く、さらに大卒よりも大学院修了の人のほうが3倍ほど高くなっています。

また、国内外ともに学歴が高い起業家ほど創業後のパフォーマンスが高いことが示されています。特に高成長スタートアップの担い手は高度な教育を受けていることが研究で明らかになっているので、起業教育という小手先の施策ではなく学歴自体を高めるという視点も必要かと思います。

近年、初等・中等教育レベルの起業教育というのも注目され、ポジティブな影響を示した研究もされています。しかし、まだ研究自体があまり十分に行われていないのが現状です。高等教育でも初等・中等教育レベルでも、本人に起業教育をしたところで親から止められるという話もあるので、起業活動を活性化させるためにはもう少し幅広い層に対する啓蒙が必要だと感じています。

また、新陳代謝が十分に起きていないことが起業活動の活性化不足の背景にあります。これには労働市場の流動性に対する措置が必要で、特に出口をうまく機能させることが非常に大事です。

研究者の世界で長く議論されている起業の数か質かという点については、質を伴った量が必要であるというのが結論です。一方で、どの企業が成長するのかということを事前に識別するというのは非常に難しく、企業成長モデルにおいても10%くらいしか独立変数が説明力を持たない。創業後に成功できるかどうかは、「運」の要素も大きく、いかに能力の高い個人による起業の数を増やすかが大事であることが示唆されています。

ただ、創業時の条件は創業後のパフォーマンスに極めて重要な影響を与えるということも広く分かっています。急いで起業させたり、若いうちに起業させるのではなく、業界での職務経験を積むなどして起業能力を身につけるなどの準備をしっかりさせて、ある程度の資源を持った状態で起業させることが成長企業を生み出すという意味では重要だと思います。

高成長企業を登場させるということは重要な目標である一方で、リスクマネーの供給に関しては課題があります。また、スタートアップ支援において、企業年齢というのは大変重要な役割を果たします。日本のスタートアップ支援政策では、企業年齢が非常に高い企業や上場企業も対象になっているので、この辺は問題ではないかと思っています。

歴史的にも競争を通して産業が発展してきました。競争があり過ぎても問題という議論もありますが、スタートアップ支援においては競争という視点をもう少し意識すべきではないかと思います。

コメント

野澤:
まず、スタートアップ政策のこれまでの概観ですが、2000年前後は制度環境の整備がされ、開業、創業、倍増で裾野を広げて量を増やす他、成長性の高いところにフォーカスをするというアプローチが取られていたように見えます。

安倍政権に戻ってからは産業の新陳代謝を意識しながら政策を行い、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)による研究開発型のベンチャーの育成をはじめ、VCにフォーカスを当てた政策が10年前ぐらいのタイミングで打たれてきました。2018年以降はM&Aでのエグジットを促進するような税制にも取り組み、日本版SBIR制度を見直し、2022年には「スタートアップ育成5か年計画」をまとめたところです。

この5か年計画では、人材ネットワークの構築、資金供給の強化と出口戦略の多様化、オープンイノベーションの推進の3つを掲げています。プレシード・シード、アーリー・ミドル、レイターのそれぞれのフェーズにおいて、多額の資金を注入しながらさまざまな施策を打っています。

ここで3つの視点を提示させていただきたいと思います。まずスタートアップの定義ですが、成長性がある程度担保されている質の高いところに投資を集中することを前提として考えていることもあり、VC-backed的な、外部からの投資を受ける高い成長性を意識した定義にしています。

次に、事業における成功事例が蓄積され、エグジットができてVCがお金を回収でき、資金が集まり、それを見ていた人たちが人材発掘されていき、起業家として育成されていくというエコシステムアプローチが必要であり、そのためのビッグプッシュ、そしてVCの育成にフォーカスした設計をしています。

最後にオープンイノベーションですが、スタートアップ・エコシステムのみならず、大学や大企業も含めたリソースの流動化にも取り組んでいかない限り、なかなか大きな成長は実現しにくいと考えています。

質疑応答

Q:

起業文化を育成するためには、飛び抜けた企業が1社でも出てくると雰囲気が変わると思うので、それを発掘して徹底支援していくことが重要かと思います。日本ではまだ起業文化が浸透していないと理解しているので、引き続き先生のアドバイスをいただきたいと思います。

加藤:

飛び抜けた企業の支援は大事かもしれませんが、スタートアップ支援というフレームワークで支援するのではなく、少し違うフレームワークの中でやるべきことのような気もします。例えば、20年、30年たった企業をスタートアップのカテゴリーで支援するのはふさわしくないのではないかと思います。

Q:

アベノミクス以降、若い起業家が多く出てきたなという印象を持っていたので、若い世代で起業希望者の比率が減っていることが衝撃でした。この背景とともに、海外との比較についても教えてください。

加藤:

これは日本全体の数字です。東京都と他の地域でもかなり違うと思いますし、おそらく地域間格差が極めて広がっているような印象はあるので、もう少しブレークダウンして見る必要があります。海外に関しての情報は、現状では存じ上げないので、調べておきます。

Q:

日本のスタートアップは米国型のようなものを本当に目指すべきなのでしょうか。スタートアップ政策の課題設定を何でとらえるかによってEBPMやKPI(重要業績評価指標)の設定の仕方も変わってくると思うのですが、アカデミックな立場からどうとらえていらっしゃいますか。

加藤:

経済活性化のためには、スタートアップの中で高成長スタートアップが出てくることが求められるのは日本でも変わらない。新しい企業、特にポテンシャルの高い企業の登場を促進することは、既存企業に対して競争のプレッシャーを与え、イノベーションを起こさせるという意味でも、絶対に欠かせないことだと思います。

ただし、先ほど指摘したように、識別することは容易ではないため、高成長スタートアップになりそうな企業だけを事前に選抜して支援することは現実的に難しい。企業成長には「運」の要素が大きいことを踏まえると、米国のように再チャレンジを含めてチャレンジ自体の数を増やすことが大事で、とにかく多くの起業家が登場するような環境を整備することが、高成長企業を生み出すという意味でも大事だと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。