シン・日本の経営-悲観バイアスを排す

開催日 2024年4月25日
スピーカー ウリケ・シェーデ(カリフォルニア大学サンディエゴ校 教授)
コメンテータ 関根 悠介(経済産業省 経済産業政策局 産業構造課 課長補佐)
モデレータ 広野 彩子(RIETIコンサルティングフェロー / 日経ビジネス副編集長 / 慶應義塾大学 総合政策学部 特別招聘教授)
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開催案内/講演概要

日本経済は、本当に「失われ」ていたのだろうか。一橋大学経済研究所や日本銀行で研究員・客員教授等を歴任するなど、日本企業研究の第一人者であるカリフォルニア大学サンディエゴ校のウリケ・シェーデ教授は、米国や日本のメディアに溢れる「停滞する日本」ではなく、「変貌を遂げて再浮上する日本」に目を向けるべきだと指摘する。本BBLでは、シェーデ教授の最新の著書『シン・日本の経営 悲観バイアスを排す』のメッセージである「ジャパン・インサイド」とは何か、「シン・日本企業」の7つの特徴とは何かを解説いただき、あるべき産業政策について語っていただいた。

議事録

シン・日本の経営 悲観バイアスを排す

今日は、3月に出版した『シン・日本の経営 悲観バイアスを排す』に沿って、日本の再浮上について、なぜ今再浮上するのか、「舞の海戦略」へのピボット、優秀な日本の大企業に共通する7つのPの話をしたいと思います。その後、「舞の海戦略」をどのようにデザインし、タイトな日本の文化の中でそれをどう進めるか、そしてなぜ日本は遅いのかについて説明したいと思います。

その結論として、3つの点があります。1つは、21世紀の初めからの20年は、「失われた」というよりも産業構造や企業経営・戦略の「システム転換期」だったということです。そして、そのシステム転換期の中で、日本は最先端技術のグローバルリーダーとして再浮上し、今もそれを継続しているところであるという話です。

もう1つは「ジャパン・インサイド」で、すでに再浮上している会社が、以前のコンシューマープロダクツよりもテクノロジーフロンティアへと、川上へシフトしてきています。「技のデパート」によってそれができるという話をしたいと思います。

次に、先頭ランナーがどんな会社であるかを紹介したいと思います。そして最後に、なぜ日本の変化はこんなに遅いのかについて、「ゆっくり」は停滞ではなく、変化が遅いのは日本の選択であるということを説明させていただきたいと思います。

「失われた30年」のストーリー

日本人は悲観バイアスが強いですね。デフレ、高齢化社会、イノベーション不足といった問題はありますが、停滞の30年の流れの中で、なぜ日本はいまだにGDPで世界の経済大国なのか。それは、「失われた」よりも「変革の」時代だったという説明になると思います。

ハーバード・グロース・ラボが輸出製品の複雑性と偏在性のパラメータから作成した、過去30年間の世界の製品複雑性ランキングにおいて、日本は1位です。これは輸出だけのランキングなので米国のスコアが低く、ドイツとスイスが2位、3位に入ってきます。

私は、この失われた30年というのは、米国の経済学者の視点から見たストーリーであると思います。なぜかというと、米国の「健全な」経済の定義が、GDP成長率と労働生産性に基づいているからです。

日本は 、第二次世界大戦後に欧米に追いつき、生産プロセスや先進技術を作りました。バブル時代は大変な10年間でしたが、2005年頃から改革が始まり、日本は他の追随者ではなく、競争相手に追いかけられるテクノロジーリーダーになったのだと思います。

もちろん全ての日本の企業がそういうリーダーではありませんが、そういった先頭ランナーを研究すれば、他の日本の企業が進むべき道が分かるだろうというのが、私の考えです。

ジャパン・インサイド:テクノロジーフロンティアへのシフト

グローバルバリューチェーンにおいて、営業利益率が高いのは川上と川下です。日本はもともと組み立てが多かったのですが、中国や韓国の登場によって営業利益率が下がり、今では普通の最終品を作るだけでは勝利できない時代になりました。ですから、やはり川上や川下に移動しなければならないと思います。

高度成長期のインセンティブはサイズでした。大きければ大きいほど有利で、多角化してコングロマリットが作られました。1998年頃から選択と集中のバージョン1.0がスタートしましたが、コングロマリット・ディスカウントはまだまだあります。なので、選択と集中のバージョン2.0が必要になっています。

それを説明するには、相撲の歴史がよい例になると思います。ちょうど高度成長期の終わりには、小錦や曙のように背が高く、重量級の力士が多かったのですが、私がファンになったのは舞の海力士でした。

舞の海力士は私よりも背が低いのですが、33以上の技ができたので、「技のデパート」という名前が付きました。日本の企業も、小錦や曙よりも舞の海として闘わなければいけないと思うのです。

なぜかというと、今はサイズだけでは勝利できない時代です。大企業のグローバルコンペティションの中では、舞の海のように賢く、機敏で奇抜な技術を生み出す必要がありますし、その会社のアイデンティティーを変えるものが必要になります。日本の先頭ランナーはすでにそれをやっています。

シン・日本企業の7つの特徴

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が出している、日本企業の国際競争力を評価したデータによると、一番大きいのが車で、日本企業の世界シェアは33%ぐらいです。最近の経済産業省の分析では、車や電子部品等の1,024製品を分析したところ、約400の製品において日本のシェアは50%以上でした。

技のデパート戦略は、会社レベルと国レベルの2つがあります。そして、それは「隠れたチャンピオン」の話ではありません。みんな上場会社や大企業の「ディープテック」イノベーションの戦略です。舞の海戦略はサイズではなく、技によるパワーのシフトです。

では、先頭ランナー企業は誰でしょうか。21世紀の初め頃、利益率やROA(Return On Assets:総資産利益率) が大変な時代に利益率が高い企業がありました。データ上は共通点がなかったのですが、経営陣へのインタビューから分かった共通点は、7つのPを持っているということでした。

まず 「Profit」で、どう利益を作るかというはっきりとした「Plan」がありました。そして「Paranoia/ Sense of Urgency(危機意識)」があった。それから無駄を節約する「Parsimony」と透明性の高い「PR」がウェブサイトからも分かりました。

さらに「People」として、 経営者はリーダーシップがある印象的な方が多く、「Pride」の意味は、社員がみんな生き生きと、ハッピーで仕事をしていることです。その7つのPを持つ企業は、グローバルサプライチェーンのスイートスポットに位置しています。

日本社会のスローペースは選択

日本は遅い、いつも遅いんです。でも、日本が停滞しているとか無能だというのは、米国視点のストーリーであって、正しくないと思います。私は、「スロー」は日本社会の選択ではないかと思っています。

GDPの停滞は、社会安定と引き換えに日本が支払っている代償である、というのが私の仮説です。スローは社会志向に合います。倒産が多く、明日仕事があるかどうか分からないといった不安定な米国と違い、日本は社会が安定しています。

経済成長と社会の安定、経済的生産と環境のサステナビリティ、企業の技術進歩と人の幸せ、といった新しいバランスが21世紀には必要です。日本が新しいバランスとより良い資本主義のリーダーシップを持てれば、もう一度日本が世界のリーダーとして再浮上できると思います。

経営共創基盤(IGPI)の冨山和彦さんが新刊の帯に書いてくれた「21世紀版ジャパン・アズ・ナンバーワン」というのは、GDPでも、生産性でも、ほかのマクロ経済データやランキングとも違うという意味です。

コメント

関根:
この「悲観バイアスを排す」というところは全く同感です。やはり経済はマインドの影響も大きいので、われわれも何とかこの悲観バイアスを変えていきたいと思っています。

その上で、足元では変化が目に見える形で出てきています。日本はIMD国際競争力ランキングにおいて社会の安定性の指標のスコアが高く、ある種、社会の安定性の維持がスローな経済成長とトレードオフの関係にあったのかなと思います。

そんな中、この20年で日本の設備はどんどん古くなり、売上高に対する研究開発費の割合も2004年と2020年で約5%とほぼ横ばいで、主要国との差は拡大しています。国内の一部の企業がしっかりピボット(方向転換)してきている一方で、まだ大多数の企業が転換できていないのだと思います。

経営だけでなく、組織文化としても変革しきれない日本企業がまだまだたくさんある中で、どのようにベストプラクティスを学び、それぞれの企業の変革につなげていくべきでしょうか。

シェーデ:
動きの20%がアウトプットの80%を説明するという20対80の法則、パレートの法則をご存じかと思いますが、これからは20対80よりも40対60に向けて、いかに先頭ランナー企業を作るかだと思います。

今現在はとてもラッキーな時期だと思います。これから労働不足と金利上昇が売り上げのプレッシャーポイントになるので、経営陣のビジョンがない会社は、大企業でも中小企業でも存続できなくなります。

就職が厳しい時代は会社が必要でしたが、これからはほとんどの人が転職できるので、何もビジョンがない大きなJTC(Japan Traditional Company:伝統的な日本企業) がなくなっても、社会にとってはそんなに問題ではありませんね。切迫した時代に入ってきました。

関根:
企業が自分で変わっていかなければ本当に成り立たなくなっていくというのは大きな構造転換で、企業がなくなることによる国民一人一人へのインパクトが今までとは変わってくるので、経済産業省としても、冷静に見ていきながら政策を考えていく必要があると思っています。

質疑応答

Q:

舞の海戦略やランチェスターの第二法則(技の戦闘力でゲリラ的に戦う戦法)に沿って戦うべきとは分かるのですが、スマイルカーブの利益率の関係では、どうすれば日本は上流と下流に割り込めるのでしょうか。

シェーデ:

技のデパートになる。舞の海さんに、試合前にどのように準備していたかと聞いたところ、やはり取組ごとに新しい技を生み出して、何が必要か、戦略的に考えていたそうです。良品質で高い値段で売れるものを作れるなら大丈夫ですが、それができないなら、川上や川下を専門とするプレーヤーになって、スマイルカーブをリフトアップすることです。

関根:

自分のコアなテクノロジーの強みや、自分たちが勝負したいマーケットで必要なテクノロジーが何なのかを分析して知っていくことが、まず一番の入り口であると思います。

シェーデ:

そうですね。新しい市場やお客さんを定めて、コアコンピタンス(得意分野)をベースとして新しい技術を作るという戦略になると思います。

Q:

ドイツ企業と日本企業の類似点、相違点をどう見ていますか。

シェーデ:

ドイツ人は大企業が嫌いです(笑)。それはちょっとオーバーですが、今のドイツの上場会社の数は700です。ドイツの中堅企業は上場していませんが、いくつかはかなり大きいので、日本の中堅企業の定義とは少し違うと思います。

また、ドイツは島国ではないので、車に品物を入れて2時間も運転すると、スイスやオーストリアですが、ドイツ語を話す国に輸出ができるので、日本の輸出とは全然違います。しかしドイツはものづくりが強いので、類似点もあります。

スローかスピーディーかでいえば、米国はすごく速くて、ロスがあっても倒産した方がいいという考え方で、日本は遅い。ドイツは真ん中くらいですが、それは上場会社の話です。ドイツはもっと長い目で見て戦えと思っている会社が多く、日本と似ているかもしれません。

「隠れたチャンピオン」の話が、ほとんど毎週に、日本の新聞にも出ていますが、私は、それがJTCの大企業が変革ができないのを言い訳にならないかと、ちょっと心配しています。それよりも舞の海の大企業先頭ランナーのお話がフロントページにあったらいいじゃないですか。

Q:

価格が安く、実は高い日本の生産性は、どう測ればいいのでしょうか。

シェーデ:

日本の生産性が高いのは、その通りです。。国際比較で日本の生産性が低く見えるのは、日本にはミニゾンビみたいな会社が多いからです。ミニゾンビの小規模企業を除いた国際比較では日本は大丈夫だと思います。例えば、ロジスティクスや流通などでは日本はナンバーワンであると思います。

Q:

7つのPを新たに企業に取り入れたい場合、誰のリーダーシップによって、どの項目から取り入れていくのがよいですか。

シェーデ:

それは経営者です。ビジョンがあり、どんな変化が必要か、それがいかに難しいかをよく分かっている人がトップダウンで進めます。それは社外取締役にはできません。その会社の中の会社員をマネージするのは経営陣です。日本にもそういうパワーを持った印象的な経営者が結構いますよ。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。